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“女流作家の重さと軽さ――綿矢りさ編” - 前川 悠貴

2013/12/10

第4回 “女流作家の重さと軽さ --綿矢りさ編”

前川 悠貴:MST(翻訳修士)、学習塾講師

 


 
 綿矢りさが文壇デビューした十七歳当時、私もまた高校生だった。驚きと羨望の眼差しとともに、一読者となって十年以上が経つ。

 綿矢りさといえば、処女作『インストール』での文藝賞受賞後、『蹴りたい背中』で史上最年少で芥川賞を受賞し世間を騒がせた。その後数年空いて、近年ペースが上がり作品を発表しているものの著作は少なめで、全体像を把握することは難しい。おそらく著者自身も様々な文体を試みているのだろうと思われ、作品ごとに揺れがある。しかし綿矢作品の大きな特徴として、個性的な比喩表現が挙げられるだろう。
 
 比喩には、抽象的なものを身近にある具体的なもので表し、情景や心情などを読者がイメージしやすくする効果がある。しかし実際には、比喩そのものが難解で再読を要する場合もあり、作者の個性を反映する役割も担っているため、読者側のイメージ作業は一筋縄にはいかない。今回はそうした比喩表現の中でも、特に直喩と隠喩による効果を詳しく見ていくこととしよう。
 
<直喩と隠喩>
直喩:「まるで~」「~のようだ」等を用い、比喩であることを明確に示す。
*メリット:「AはBのようだ」=「AB間の類似点がある」という前提があるため、読者は無意識にAB感の類似点を探り、具体的なイメージがしやすくなる。
*デメリット:すでに比較の対象が明示されるため、「含意力」が弱い。隠喩にくらべ主張が弱い。
 
隠喩:「まるで~」「~のようだ」等を使わず、たとえる。
*メリット:「AはBである」という強い主張により、実際にはそう考えられない場合でも、「A=B」という世界をあらたに成立させることができる。
*デメリット:比較の基盤を明示されていないため、文中の比較の射程範囲が狭まる。つまり、A=Bを主張したとしても、長文になるほど説得力が弱くなる。
 
 
さらに隠喩に関して、アメリカの言語学者ジョージ・レイコフらの提唱する認知意味論による分類がなされている。
 
 <認知意味論における隠喩表現の種類>

①メタファー:類似性に基づく比喩。具体的でよく知っているものを用いて、未知のもの、抽象的なものを説明する。例:彼女はクラスの太陽だ。(太陽=光り輝く生命の源) 

②メトニミー:近接性に基づく比喩。何らかの近い関係にあるものをそのものとして表現する。例:シェイクスピアを読む。(シェイクスピア=シェイクスピアの著作) 

③イメージスキーマ(概念メタファー):心の中に存在している概念に基づき、具体性の高いもので抽象的なものを例える。例:時間はお金である。恋愛は旅である。 

※この三つの軸に加え、「A=B」という世界をあらたに成立させるものを⓪とし、綿矢作品における比喩の効果を分析する。隠喩を中心に文章を選び、⓪~③の分類を加えた。
※直喩は網掛け
 
 
『勝手にふるえてろ』より
Ⅰ.ううん、タキシード姿でただ肩を落として首をかしげるだけで、彼は私に星の王子さまを無理やりひっとらえてきた山賊の罪悪感を植え付けることができる。
・星の王子さま=商品化された固有名詞。小さく可憐なイメージ。……①
・山賊=身近なものではない。野蛮なイメージ。……③
<全体解釈>小さく可憐な者を野蛮な者が脅かすときの罪悪感に言及している……⓪
 
Ⅱ.イチも来るよね来なきゃひどいぞてめえと、自分のリサイタルに人を集めようとするジャイアンなみに叫びたくなったけれど……後略。
・イチも来るよね…=比喩の中の口語表現。
・ジャイアン=商品化された固有名詞。横暴なイメージ……①
<全体解釈>横暴なふるまいに関する比喩である……⓪
 
 
『かわいそうだね?』より
V.もっとも弱い者を最優先で助けるあなたの正確な保護精神は、私にとっては良性のガンだ
・保護精神≒良性のガン……⓪
<全体解釈>「良性のガン」のイメージがしづらい。……⓪
 
Ⅵ.いまのこの、神経という名の激冷たいかき氷麻酔の赤いシロップをかけてがつがつ食っているありさまを早急に中止しなければ、私は生きるしかばねになってしまう。
・神経=激冷たいかき氷…...⓪
・麻酔=赤いシロップ…...⓪
<全体解釈>「神経を麻痺させてがつがつ生きている」ことの比喩だと思われるが、一読では理解しづらい。
 
 
『ひらいて』より
Ⅳ.恋は、⒜とがった赤い舌の先、⒝思い切り掴む茨の葉、⒞野草でこしらえた王冠、⒟頭を垂れたうす緑色の発芽。⒠休日の朝の起きぬけに布団の中で聞く、外で遊ぶ子どもの笑い声、⒡ガードレールのひしゃげた茶色い傷、⒢ハムスターを手のひらに乗せたときに伝わる、温かい腹と脈打つ小さな心臓
 
⒜ 官能的 ⒝とげとげしさ ⒞幼さ ⒟新鮮さ ⒠無邪気さ ⒡痛々しさ ⒢脆さ
を連想させる。これらは、誰もが“恋”という抽象概念の例えとして考えうるものではないため⓪となる。またこの文章には隠喩のデメリット=「長文になると説得力が弱くなる」に該当するが、途中に句点を入れることでリズムが保たれている。
 
いずれの例文も比喩表現の中では⓪に該当するものが多い。つまり「A=B」という世界をあらたに成立させる隠喩が多いのである。これに共感させるためには、「著者はこう考えるのか、考えたこともなかったけれど言われてみればそうかも」と思えるような文章の説得力が必要となる。⓪の世界観を他者のマインドに浸透させるには、それなりに時間がかかりそうである。
 
しかし、いつものように<客観視および主観視>による分析を加えてみると、共感度はすべて最大評価となった。それは、私自身が著者と同世代である事実よりも、「なんとかして自分の言葉で表現しよう」という姿勢に胸を打たれるからではないかと思う。新しさはいずれ廃れていくが、もどかしさはいつまでも胸をくすぶる。“背中を蹴る”こともできないまま、もどかしさの中に埋もれて笑ったり泣いたりしてしまう変わらない魅力が、綿矢作品にはある。
 
※今回は<客観視(A項目)および主観視(B項目)>による分析はお休みさせて頂きました。次回は、“女流作家の重さと軽さ――川上弘美編”をお送りします。
 
 
参考(引用):
綿矢りさ著 『ひらいて』新潮社 2012 , 『かわいそうだね?』文藝春秋 2011 ,
『勝手にふるえてろ』文藝春秋 2010


(プロフィール)
前川悠貴(まえかわ ゆうき):成城大学文芸学部英文学科卒業。MST(翻訳修士)バベル翻訳大学院修了。研究分野は宗教文学、移民文学。趣味は絵画と西洋美術史。芸術系大学進学を目指し高校時代はデッサンに明け暮れたが、大学で英米文学に心酔。宗教や民族の壁を越えた作品に魅了され探究を続けている。現在、ワークショップ監訳スタッフ、学習塾講師。共訳書に『親より稼ぐ25の方法』(合同会社Dresh 2013年 kindle版)がある。

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