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「“オタク”の底力!――ライトノベルの文体」 - 前川 悠貴
2013/11/25
第3回 「“オタク”の底力!――ライトノベルの文体」
ライトノベルの定義は「男子中高生を対象とした娯楽読み物」とされる。1990年代前半から起こったオタクブームに支えられ、2000年代から一般にも広く知られるようになった。文芸批評家のFredric Jameson氏は、ポストモダン社会の特徴の一つとして「イメージとシミュラークル(シミュレーション)」を挙げているが、ゲームやアニメ、漫画といったハイパーリアリティの世界が、ポストモダン社会を背景に日本のポピュラーカルチャーとして誕生したわけである。ライトノベルもまた、こうしたいわゆる「二次元の世界」に分類される。
ここで分析に入る前に「アフォーダンス(Affordance)」という概念に言及しておこう。知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソンによる造語であり「人の行動を左右する環境の性質、または人と環境の相互関係性」を示す言葉である。例として“ドアノブが左側についている→左手で手を開ける”などが挙げられる。これをライトノベルの文体研究にあたり「作品世界と読者間の相互関係性」と解釈してみると様々な見方ができる。
では、虚構を現実として捉える世界=(シミュラークル)を創造するために、ライトノベルはどういった文体を必要するのか見ていこう。
★時雨沢恵一著『キノの旅』
内容:少年キノが、相棒のエルメス(モトラドという空をとばない二輪車)とともに、様々な国を旅する物語。
A. ①文の長さ:文自体は短めのものが多い(一文平均15文字前後)。
②読 点:文の長さに対しては多めである。
③比 喩:独特の擬声語、擬態語(オノマトペ辞典には掲載されていないものもある。)
④文末表現:過去形が多い。
B. ①作品全体の印象
明暗度:中 軽重度:中
読後感(影響):ロールプレイングゲームを終えたときのような浮遊感。
(余韻):作品世界を離れるのに意外に時間がかかる。
②共感度:感情移入はしにくい。
③先入観:表紙や挿絵の印象が強く、漫画を連想する。
A, Bの照合:過去形の文末が多く、ファンタジーものにしては少し重い印象である。人類の侵略の歴史と重ね合わせられないこともないが、現実感はなく、感情移入しにくい。
★田中ロミオ著『人類は衰退しました1』
内容:人類が衰退して数世紀、地球は“妖精さん”のものになっている。妖精さんと人との間を取り持つ “調停官”となった主人公は故郷のクスノキ里に帰って来た。
A. ①文の長さ:短い。
② 読 点 :“!”“?”“……”が多い。
③ 比 喩 :独特な擬声語(「ぴ――――っ!?」など)が多い。
ナンセンスなセリフによる揶揄。
④文末表現:“ですます調”と“である調”が混合。地の文がセリフとなっている。
⑤その他の特徴:全ひらがなのセリフ。
B.①作品全体の印象
明暗度:明るい 軽重度:軽い
読後感(影響):疲労感が残る。
(余韻):独特な言語に洗脳されたようになる。
②共感度:感情移入はしにくい。
③先入観:「ですます」調のタイトルに一歩引いてから読み始めた。
A, Bの照合:「ですます調」の地の文、ナンセンスなセリフの掛け合いなどにより、作品全体の軽さは群を抜いている。ファンタジックな内容だが、各セリフ絶妙な揶揄が見られる。わざと間違った日本語を使い、ユーモアの度合が増している。
作品の一部分を以下に紹介しよう。“妖精さん”と主人公のやりとりである。
「改めて、こんにちはですね」
「ごぶのさたです」
片手でつり下げられたまま、ぺこりと首を垂れます。
「でも、忘れちゃうのはひどいですね。そんなに日数は経過していないのに」
「はー、めんもくないー」
ぼんやりと首をかしげられました。(…中略…)
「あなたがたにとって、一日というのはとても長い時間なのかもですね」
「いちじつせんじゅうのおもいですよ?」
「あら、なるほど」
クスリと笑みを漏らしてしまいました。
(田中ロミオ著『人類は衰退しました1』2011年 小学館 より引用)
ライトノベルの文体的な特徴をまとめると次のようになる。
ⅰ.記号の用い方が比較的自由であり、文体以前に視覚に訴えるスタイルが多い。
・改行が多い。
・ダッシュ記号(――)と傍点(……)が多く長い。文全体を囲むこともある。
・記号のみの心情描写(「……」「!」「――――!」または地の文に直接用いられる)。
・擬声語と擬態語が独特である。(例:ズバッ、ブゥー……ン、ズキューン!)
・小文字の多用(例:わぁぁぁぁぁぁ!)
・ひらがな←→カタカナが突然に切り替わる。(例:撃たれた……ッ!)
・空白による語り→①
・多彩な“かっこ”の使用→②
・セリフ中の“どもり”→③
①――撥ねた衝撃で!? 馬鹿な 嘘だ 殺人 俺が 正当防衛
でも いや なんで ちょっと待てよ ちょっと (以下略)
②――甘楽さんが入室されました――
≪落ちてたよ―。っていうかなんか今日接続悪いからそろそろ寝ます!≫
[おやすー]
【話の続きは?ドタチンって……】
≪今度話しますよー。ふふう、最後に一つだけ≫
(成田良悟著『デュラララ!』2004年 電撃文庫 より引用)
※①は心情、②はネット上の会話を示し、話主ごとにかっこの形が変わっている。
③「ななな、なにって、ヴィヴィヴィクトリカを、じゃ、邪悪な弾丸から、まままもってる!」
「君が、死ぬが?」
「かかかもね。でもこうすれば、ヴィヴィヴィクトリカは、しし死なない」
(桜庭一樹『GOSICK』2003 富士見ミステリー文庫より引用)
ⅱ.心の中のセリフや心内会話を地の文に用いることが多く、以下の傾向がある。
・皮肉を交えたもの
・ふざけ言葉(例:くそたわけた名前、妖精さん)
・若者を意識した口語表現(例:「ねぇ」、「~じゃん」、「~さー。」)
・老人を意識した口語表現(例:「~ですなあ」「~ますなあ」)
・方言・加工された方言
試しに純文学をライトノベル風に書けないか実験してみよう。ライトノベルでは純文学をパロディ化したり、作品中で何度も作品名を連呼したりする例がある。ここでは芥川龍之介の短編『蜜柑』を題材に、記号と改行のみ変化を加え文体による印象の違いを見る。※旧字は現在のものに訂正した。
引用文:
が、その間も勿論あの小娘が、恰あたかも卑俗な現実を人間にしたやうな面持ちで、私の前に坐つてゐる事を絶えず意識せずにはゐられなかつた。この隧道の中の汽車と、この田舎者の小娘と、さうして又この平凡な記事に埋つてゐる夕刊と、――これが象徴でなくて何であらう。不可解な、下等な、退屈な人生の象徴でなくて何であらう。
(芥川龍之介著『蜜柑』青空文庫より)
書き換え文:
――が、その間ももちろんあの小娘が……あたかも卑俗な現実を人間にしたような面持ちで、私の前に坐っている事を絶えず意識せずにはいられなかった……。
この隧道の中の汽車と!
この田舎者の小娘と!
そうしてまたこの平凡な記事に埋っている夕刊と!
――これが象徴でなくて何であろう……。
不可解な!
下等な!
退屈な!
――人生の象徴でなくて何であろう……。
こうした心内表現(心の中のセリフ)からも、ライトノベルが独特な文体を用いてよりリアルな心理描写を再現しようとしていることが伺える。しかしその一方で、虚構と現実との認識を高める側面もある。つまり、虚構をより現実に近づけようとする“ハイパーリアルさ”に思考を操作される一方で、“これは虚構である”と強く認識しようとするのである。このさじ加減こそが、ライトノベルの世界観と読者の相互関係性=アフォーダンスを生んでいるのではないだろうか。
☆次回は、“女流作家の重さと軽さ――綿谷りさ編”をお送りします。
参考(引用):
甲田学人『MISSING』 電撃文庫2001
桜庭一樹『GOSICK』 富士見ミステリー文庫2003
時雨沢恵一著『キノの旅1』電撃文庫 2001
田中ロミオ著『人類は衰退しました1』小学館2011
成田良悟著『デュラララ!』電撃文庫2004
泉子・K. メイナード 著 『ライトノベルの表現論:会話・創造・遊びのディスコ―スの考察』明治書院 2012(プロフィール)
前川悠貴(まえかわ ゆうき):成城大学文芸学部英文学科卒業。MST(翻訳修士)バベル翻訳大学院修了。研究分野は宗教文学、移民文学。趣味は絵画と西洋美術史。芸術系大学進学を目指し高校時代はデッサンに明け暮れたが、大学で英米文学に心酔。宗教や民族の壁を越えた作品に魅了され探究を続けている。現在、ワークショップ監訳スタッフ、学習塾講師。共訳書に『親より稼ぐ25の方法』(合同会社Dresh 2013年 kindle版)がある。
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