大きくする 標準 小さくする

「“おじさま”ステータス:お仕事小説」 - 前川 悠貴

2013/11/11

第2回 「“おじさま”ステータス:お仕事小説」
 


前川 悠貴:MST(翻訳修士)、学習塾講師


 

 
 軽妙な文体、痛快なストーリー、爽やかな読後感。そんな扉文句で人気を集めるお仕事小説を今回は掘り下げてみたい。

 そもそもお仕事小説とはどういった作品を指すのか。『この経済小説がおもしろい!』の著者、堺憲一氏はお仕事小説を次のように定義している。
1.経済小説の一ジャンルで、サラリーマン小説、OL小説とも言う。
2.仕事観や働きがい、生きがいをテーマとする。
3.企業視点というより、個人視点で書かれたものを指す。

 経済小説の傾向は、時代の潮流とともに変化している。戦後復興から高度成長期、バブル期、バブル崩壊――日本経済の変容と共に組織や企業の裏側を抉り、社会問題を追及してきた。読者層は熟年層の男性が多かった。

 しかしここ数年人気を博しているのが、ニュートレンド世代と呼ばれる作家群である。それまで他ジャンルで活躍していた作家が、経済小説にまたがる類の小説を書き始めた。それにより、仕事へのやりがいや生き方そのものを問う個人視点のお仕事小説が誕生し、「経済は苦手」という読者にも入りやすい内容と、文章の軽快さ、等身大の心理描写で読者層を広げている。 

 では早速、近年テレビドラマ化された作品をはじめとして分析していこう。
 
★池井戸潤著『俺たち花のバブル組』
内容:大手都銀の銀行員、半沢直樹を主人公とした企業小説。シリーズ二作目。

A.①文の長さ:平均20字前後、会話率35~40% 
 ②読点:極端に少ない。一文につき平均0~2。
 ③比喩:暗喩、隠喩技法はほぼ見られない。
                  体言止め、倒置法の使用が多少ある程度。
 ④文末表現:「~である。~であった。」の固い表現が多い。
                           現在形の文末が多い。
B①作品全体の印象
 明暗度: 中 軽重度: 中
 読後感(影響):悔しい気持ち、負けん気がでる。
    (余韻):作品世界を離れるのに時間はかからない。
    (再読):特に再読の必要は感じられないが、次回作を読みたい。
 ②共感度:勧善懲悪が叶わない悔しさに共感する。
 ③先入観:キャラクター設定に関しては先入観があった。
 
【A.Bの照合】:文章のテンポ、ストーリー展開の速さが魅力である。息つぎが少なく、現在形の文末表現により臨場感が出ている。会話文、地の文ともに専門用語の多用が見られ、現実味が増している。 


★新野剛志著『あぽやん』
ストーリー:大航ツーリスト本社から成田空港所勤務となった主人公遠藤啓太が、空港勤務のエキスパート「あぽやん」へ成長を遂げていく物語。シリーズ一作目。

A.①文の長さ:平均25字前後、会話率40~50% 
 ②読点:一文につき平均1~2。
 ③比喩:反復、倒置、オノマトペ。地の文にセリフを入れ込む技法。
 ④文末表現:現在形の文末が多い。
B①作品全体の印象
 明暗度: 明るい  軽重度: 軽い
 読後感(影響):全体的に爽やかな印象で読み終えることができた。
    (余韻):作品世界を離れるのに時間はかからない。
    (再読):特に再読の必要は感じられない。
 ②共感度:仕事に対する姿勢への共感。
 ③先入観:ドラマは見ていないので特になかった。
 
【A.Bの照合】:主人公の等身大の姿に共感を覚える。地の文に心情を吐露する文体が共感度を高めている。登場人物に対する先入観はなかったが、キャラクター設定に全くブレがなく、シリーズものとして楽しめる。
(※A①②の平均値は、無作為に選んだ20頁により算出)。
 
 こうした分析をニュートレンド世代作家(※)作品に対し続けたところ、文体の特徴として次の項目が挙げられた。
 多い点:現在系の文末。短文。(長文になる場合は短文とのメリハリがある)。専門用語や職業上の言葉遣い。
 少ない点:読点。比喩表現(直喩・隠喩が特に少ない)。回りくどい表現。
 また、比喩表現は少ないと結論付けたものの、作品ごとに特有の表現技法が用いられている。セリフや主人公の心情を地の文に入れ込む、会話文で文章を完結させる、何気ないセリフを反復させる、などである。
 
○原宏一著『極楽カンパニー』の一節を覗いてみよう。定年後の男性二人が会社ごっこを始め、会社の理念を決め終えた場面だ。セリフを反復させることで文章のリズムとユーモアが生まれている。
 
桐峰はまたホワイトボートに書き記した。そして、それを勉強机の上に立てかけると、
「絵空事、馬鹿正直、度外視」
あらためて発音して言葉の感触をたしかめた。
「いいじゃないですか」
「いいですよねえ」
「すばらしい理念ですよ」
「すばらしいです」
「決定しましょう!」
「決定しましょう!」
  二人で大きくうなずき合った。   
    (原宏一著『極楽カンパニー』2009年 集英社 より引用)
 
                       
○荻原浩著『メリーゴーランド』では、電話口の相手のセリフに“「 」”でなく“――”を使い、電話による会話だという意識をはっきりさせている。
 
あの、来宮さんのお宅ですか?」
――そう。
「遠野と申します。あのぉ、来宮さんは?」
――ユウちゃん? ちょっと待ってて。いま起こすから。
   (荻原浩著『メリーゴーランド』2004年 新潮社 より引用)
 
○最後に文末表現と読点の実験をしてみよう。『あぽやん』の最終章「不完全旅行」の冒頭である。文末を過去形で統一、さらに読点を増やして印象の違いを見る。
 
引用文: 
僕には蒐集癖がない。
 子供のころからものを集めるという行為とはおよそ無縁であった。
 そんな僕でもひとつだけコレクションをもっている。
 別れのコレクションだ。
 これはたいていのひとがもっていて珍しいものではない。……以下略。
      (新野剛志著『あぽやん』2008年 文芸春秋 より引用)
 
書き換え文:
僕には、蒐集癖がなかった。
 子供のころから、ものを集めるという行為とはおよそ無縁であった。
 そんな僕でも、ひとつだけコレクションをもっていた。
 (それは)別れのコレクションだった。
 これは、たいていのひとがもっていて、珍しいものではなかった。……以下略。
 
文末を過去形にすると、ノスタルジックな雰囲気が出て、さらに読点を増やすと純文学的要素が強くなるように感じる。つまり、逆をいえば文末に現在形が多いことで常に前進している印象を与えるということである。また、会話文の工夫やテンポの良さが読書に勢いを与え、耳慣れない専門用語の壁を乗り越えさせてくれる。純粋な共感と前向きな気持ちを与えてくれるお仕事小説が、今ほんとうに熱い。
 
☆次回は、“オタク”の底力!――ライトノベルの文体 をお送りします。
 
参考(引用): 
池井戸潤著『俺たち花のバブル組』(2008年 文芸春秋)
荻原浩著『メリーゴーランド』(2004年 新潮社)
堺憲一著『この経済小説がおもしろい!』(2010年 ダイヤモンド社)
堺憲一著『日本経済のドラマ:経済小説で読み解1945-2000』(2001年 東洋経済新報社)   
新野剛志著『あぽやん』(2008年 文芸春秋)
原宏一著『極楽カンパニー』(改編版 2009年 集英社)
 
※ニュートレンド世代の作家群は、堺憲一著『この経済小説がおもしろい!』を参考に選出しました。今回取り上げた作家以外にも参考にした作家を追記します。
 ――有川浩、安藤祐介、石田衣良、桂望実、貴志祐介、三浦しをん、本田有明


(プロフィール)
前川悠貴(まえかわ ゆうき):成城大学文芸学部英文学科卒業。MST(翻訳修士)バベル翻訳大学院修了。研究分野は宗教文学、移民文学。趣味は絵画と西洋美術史。芸術系大学進学を目指し高校時代はデッサンに明け暮れたが、大学で英米文学に心酔。宗教や民族の壁を越えた作品に魅了され探究を続けている。現在、ワークショップ監訳スタッフ、学習塾講師。共訳書に『親より稼ぐ25の方法』(合同会社Dresh 2013年 kindle版)がある。

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

Eメールアドレス:必須

Eメールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付: