大きくする 標準 小さくする

特許翻訳マーケットについて - 奥田 百子

2013/07/25

「特許翻訳マーケットについて」


奥田 百子:翻訳家、弁理士、バベル翻訳大学院プロフェッサー



 翻訳市場は今後、どうなっていくのだろうか? 翻訳の現場にいる者として予想してみたい。私自身と知りあいの翻訳者、翻訳会社の話を聞いたところ、今年に入って特に3月以降、仕事が減っているという話をよく聞く。私自身もそうである。これは主に技術翻訳、そして特に特許翻訳の話である。それはなぜか? 
 
アベノミクスが発足して以来、仕事は右肩上がりと期待してはいたものの、残念ながら技術翻訳の業界にはこれは当てはまらないようである。翻訳業界は経済や政治の影響をすぐには受けない。経済が良くなったからといって、すぐに翻訳業界が潤う訳ではない。経済効果が翻訳業界に浸透するにはいつも時間が少しかかる。
 
 しかし株価も乱降下を続けている昨今であるから、この翻訳需要の落ち込みも一時的なものであると考える。技術翻訳(特に特許翻訳)の和訳の需要が減少しているとしたら、以下の要因が考えられる。
 

①企業の翻訳内製化
②円高
③ワード単価の現状維持
 

①企業の翻訳内製化

 これは以前から生じていた傾向である。特にワード単価の高い直請け翻訳者(翻訳会社に登録している翻訳者ではなく、企業から直接翻訳を請け負う翻訳者)は受注が抑えられている傾向もある。
 

②円高
 円高になると、日本への出願を控えるのは当然である。しかし為替レートも毎日変動し、円高、円安が入れ替わる毎日であるから、この減少が長く続くともいえない。しかも拒絶理由通知や意見書、補正書は為替レートとは関係なく、否応なしに発生する書類であるから、中間書類の翻訳の仕事は相変わらず多い。
 

③ワード単価の現状維持
ワード単価は8~25円であるが、低きに流れているのが現状である。しかしこれ以上ワード単価を下げることは、翻訳作業の大変さから考えて難しいし、短納期と低ワード単価では質の低下につながるおそれがある。
 
次に、私自身は4月に入ってから、英訳より和訳の仕事が増えている(それ以前は英訳の方が多かった)。
 逆に
英訳の需要減少には以下の要因が考えられる。
 

①企業の翻訳内製化
②円安
③ワード単価の現状維持

 
 しかし翻訳需要の一時的落ち込みは長くは続かないと予測する。2006年以降、
米国特許庁のウエブサイトでEFS-Webを利用して誰でも米国外からも米国特許庁に出願できようになった。つまり米国代理人を通さなくても米国出願ができてしまうのである。これは翻訳会社のみならず、翻訳者にとってビジネスチャンスである。今後は翻訳会社で外国出願を請け負うところが益々増えるであろう。外国出願の依頼が翻訳会社に増えれば、翻訳会社が抱える翻訳者の数も多くなる。そして外国出願のノウハウを持った翻訳者であれば、ますます翻訳会社に好まれるようになる。
 
 翻訳者は翻訳するだけでなく、
外国出願特に米国出願の知識を持つことが好ましいとされるであろう。なぜなら翻訳会社も日本の特許事務所を通さずに、企業から直接外国出願の受注をして、さらに米国弁護士を通さずに直接米国出願するところが増えるからである。もっと言えば、翻訳者が直接外国出願を受注して、米国出願することもできる
 その点で翻訳ができる人はさらに外国特許制度や手続に精通していれば、出願を請け負うこともできるし、
その後のオフィスアクションに対する対応など中間手続を行うこともできる。
 
 これまでの私の10年間の翻訳生活を思い返すと、翻訳需要は変動が著しかった。まずリーマンショックである。
リーマンショック直後は翻訳需要は激減した次は東日本大震災、そしてそれに次ぐ原発問題であった。東京も混乱に陥ったため、翻訳発注どころではなくなった。大阪や名古屋からみると、東京も東北と同程度に混乱しているように映ったため、関西・東海地方からの需要も減った。
 
 この
2つの出来事からようやく立ち直りつつある日本の翻訳業界は、これからというところである。今後は翻訳スキルだけでなく、付加価値のある翻訳者が求められるであろう。
 
たとえば翻訳の過程で
依頼人と意見交換をしながら翻訳するというシステムも創設されるべきである。 特許の仕事は顧客とface to faceで特許明細書を作成 していく。疑問点は多く挙がり、これを解明しながら特許文書を作成する。これと同様のプロセスも翻訳者に求められるであろう。翻訳の過程では質問せずに、納品時に翻訳コメントや用語リストのみを添付するというスタイルがこれまで行われてきたが、翻訳途中で疑問点を解明しながら仕上げていくシステムが構築されるべきである。
 
 これは翻訳者のみの働きかけでは難しいが、翻訳会社、そしてクライアントもそのような姿勢と意識を持つことが必要である。そうすれば翻訳業界も変わって行くであろう。
 
 またクレームの補正の翻訳ができる翻訳者が求められるであろう。クレームを作成するのは弁理士であるが、その補正の翻訳ができる弁理士、これはクレームの構造を理解していないと難しい。したがって英語や技術のみならず、内外の特許制度に精通しておく翻訳者が求められるであろう。
 
 特許庁発行の特許行政年次報告書(2013年版)第11頁「1-1-23図 五大特許庁間の特許出願状況(2011年)」(
http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/toushin/nenji/nenpou2013_index.htm)によると、2011年に日本特許庁を通して米国特許庁に出願された出願件数は85,184件、米国特許庁を通して日本特許庁に出願された件数は23,414件であった。つまり2011年には単純計算して、日本語→英語、英語→日本語の翻訳で合わせて10万件以上の翻訳需要があったことになる。
 
 更に中間書類やレターの需要、裁判資料、プレゼン資料、制度紹介などの翻訳需要も含めると、15万件程度の翻訳件数があったことが予想される。
 さらに欧州特許庁(EPO)にも日本特許庁を通して、2011年には20,568件の出願がされている。EPOには英、独、仏語で出願できるから、すべてが英訳されているわけではないが、半分以上が英訳で出願していると考えると、ここでも1万件以上の需要がある。
 
 また日本特許庁を通した中国特許庁への出願件数も多い。同年では39,231件である。
 したがって中国語に職域を広げるのも一法であろう。

 


<プロフィール>
奥田 百子(おくだ ももこ)
翻訳家、執筆家、弁理士、バベル翻訳大学院(USA)特許翻訳プロフェッサー。
近著に「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社) 

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

メールアドレス:必須

メールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付:

削除