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翻訳をする心構えについての考察 - 湯浅 美代子

2013/06/25

「翻訳する心構えについての考察」


湯浅 美代子 : バベル翻訳大学院 学長

  
  この特集は、「皆で考えよう!」という提案でした。そこで、読者の方や、院生の方がたから、いろんな意見をいただきました。特に佐々木理恵子さんからは、この2カ月の間に3回以上のコメントや、投稿をいただき、さらには、数日間にわたりメールのやり取りをするなど、佐々木さんが、今,とっても旬な感じで、翻訳に取り組んでおられるのが、よく伝わってきました。また、久保さん、ハクセヴェルさんほか、情報の提供や、メッセージをいただき、「皆で考えよう!」という呼び掛けに、多くの方が応えていただいたことに、とても嬉しく、皆さんの参加意識に感謝する次第です。

 また、今回のテーマ「翻訳をする心構えとは?」については、佐々木理恵子さん2回、ジャネット・トービさん、神部健一さん、黒岩克彦さん、ヨシコ・ランズバーグさん、クリーバー海老原 章子さんと、合計、7件の記事を投稿頂きました。皆さんが、翻訳分野や経験の違いを超えて、それぞれの実感、体験に基づく考察をされていたのが、とても新鮮に感じました。大きな拍手を送りたい気持ちです。

 記事を投稿するのは、なんとなく気後れしたり、面倒に思ったりして、なかなか投稿に踏み切れなかった方も多かったのではないかと思います。今回ばかりでなく、毎回、記事の末尾には、編集部宛のコメント欄がありますから、是非これをご活用いただき、質問、意見、その他なんでも回答してみよう、とお考えになってみて下さい。

 本誌をお読みの方は、翻訳、コミュニケーションに興味をお持ちの方がほとんどです。いわば、同好の士の集まりでもあります。先輩、後輩もいれば、他分野の専門家もいます。いろいろな意見や質問が飛び交うことで、自然と学びが深くなります。

 今回は、初めての試みにもかかわらず、質の高い成果を得られたことに満足しつつ、この経験を活かして、次のステップへとひとつ上がっていくことを考えました。単に同意が得られればいいという感じだけではなく、相互の意見交換というスタイルのシステムを研究することにいたしましたので、皆様も何かアイデアがございましたら、本文の末尾に書き込みいただけると幸いです。
 
 さて、本稿のテーマであります「翻訳をする心構え」についてですが、私なりの考えをまとめてみたいと思います。そもそも、このテーマは、4月29日に行われた、バベル翻訳大学院の春季学位授与式で、御講演をいただいた「自由な愛に基づく個性芸術―次元の高い翻訳家になるためには」というテーマで話されたことがきっかけになりました。

未だの方は下記からお聞きください。  

題して「自由な愛に基づく個性芸術―次元の高い翻訳家になるためには」です。〈50分〉

http://www.babel-edu.jp/video/MST20130428-3.wmv


 ここでのテーマは、翻訳者としてその存在価値を如何に高め、自己の目指す目的を如何に実現するかということでした。翻訳者というと、すぐに翻訳技術、翻訳ビジネスを上手くやるには?というようなことが頭に浮かびますが、これからの新しい世界の中で、どのような翻訳者になっていくのか?というようなことを考えずに、いつまでも、既知の事柄、既知のシステムの中で翻訳者としての成功を考えることだけで、いいのでしょうか?

 これまでの経済システム、過去の価値体系が壊れていこうとしている今、翻訳のビジネスがその影響を何ら受けることなく、生き延びていけるのでしょうか?

 さてそこで、講演者の宇場さんは、ご自身のこれまでの人生を通して自己が直面した問題を追及していく中で、世界が抱えた矛盾に気が付き、何年もかけて探究された結果、『パラレボ理論』つまり、従来の概念体系の真逆の理論にたどり着いたのです。

 そこで、このパラドックスとしての世界から、どうすれば、これからの翻訳の在り方というものを導いていけるだろうか?それこそ、それを考える時、この「パラレボ理論」をベンチマーキングしながら、考えていけばいいのではないかと考えました。

 何もないところから、急に何かを考えようと言われてもそれは難しいですよね。そこで、私達には、既知の現実というシステム、体験がありますから、これをベースにして考えればいいと思えるのですが、ところが現代の問題の本質は、従来の『現場改善』では、対応できないところにあるのです。そこで、この「宇宙聖書」と名付けられた『パラレボ理論』という思考システムを使って、翻訳意識、翻訳する時の意識とは何かについて、考察していこうという、チャレンジングな試みなのです。

 編集長は、この特集について、次のように記述しています。「翻訳をする心構え―これをもう少しいいかえると、翻訳者が翻訳作業をしている時、その時の意識状態は、翻訳作業に何らかの影響を与えるのか?という疑問から発生したテーマです。私達は、意識的な存在ですし、意識が無くなったら、それこそ、死んでいる状態と言わざるをえません。勿論意識のあるなしと言うようなレヴェルで、翻訳を語っても意味が無いので、もっとそれを具体化し、どんな意識の在り方の時、翻訳はよりよい成果をうみ、逆にどんな意識状態によって、誤訳、または翻訳作業が上手くいかない、と言うことが起きるのだろうか?と言うことから始まって、さらにどのような意識で臨むことが、翻訳と言う行為を進化させていくことができるのか?ということまで考えてみようと思います。」

 つまり、翻訳する時の意識の持ちよう、
意識のありようによって、翻訳という行為を進化させていくことができるかを考えようとしているわけです。何とまあ、壮大な試みでしょうか?!なんでも、やってみなければ分かりませんから、この様な、今まで手掛けられたことのない、試みに、冒頭で述べた皆さん方が、チャレンジされたわけです。みなさんの試みに、拍手を送りたいという気持ちがお分かりいただけたのではないでしょうか?

 ここで、宇場さんが話されるテーマを確認してみましょう。「自由な愛に基づく個性芸術―次元の高い翻訳家になるためには」ここには、翻訳を説明する言葉として、「自由な愛に基づく個性芸術」だと言っています。いかがでしょうか?自由、愛、基づく、個性、芸術、一つ一つの言葉は今まで知っていたと思っています。しかし、この様に組み合わされた時、自由な愛とは何か?個性芸術とは何?そして、自由な愛に基づく個性芸術となると、「うーん」と唸ってしまいませんか?

 例えば、「自由な愛」を検索してみましょう。いかがですか?不倫の話だとか、なかなか難しい話になってしまうようですね。私達の世界では、「愛」とは、結構不自由なものだということが分かります。では、個性芸術はどうでしょうか?個性は個性、芸術は芸術で、別扱いが多いですね。そうすると、芸術といわれてきたけれど、本当は個性的だとは言えない何かがあるのかしら?という疑問がわきますね。確かに、他者の評価、経済的な価値の側面だけがクローズアップされてきた現代の芸術では、本当に、個性的かというと、疑問がつきそうな気配です。それに、個性とは何かという点についても、『パラレボ理論』的に考えるとどうなるのでしょうか?

 個性について検索して調べてみましょう。翻訳者が翻訳作業のよりどころにするのは、自分の体験、記憶でしょうか?それとも、インターネットで検索できる、多数情報でしょうか?一概には言えないかもしれませんが、自己の主観的体験より、多数の使用例、用語解説の共有性が、やはり尊重されるでしょう。しかし、多数派の意見というものは、従来の既知の情報に支えられていることが多いのも事実です。少数の意見であっても、ユニークな意見であって、十分に論理的であり、自分が納得できるかまたは、啓発されるものがあれば、それは検討すべき情報であると言えましょう。

 この様に、翻訳とは何か、「自由な愛に基づく個性芸術」というような、組み合わせによっては、全く既知の概念をひっくり返してしまうような言葉を考えていくことで、段々パラレボ理論へと踏み出していくことになるのです。しかし、このステップだけでは、やはり、頭打ちになることがあるでしょう。次に大事なことは、インスピレーション(ひらめき、直感、霊感・・・)が伴っているか?という点です。単に思考という論理の積み重ねだけでもたらされた解答は、やはり、飛躍的解決とは言い難いものになります。

 上記の文章にあったように、「飛躍」が必要なのです。この飛躍が、インスピレーションによってもたらされます。この単語の、この文章に訳が、なかなかうまく、しっくりする訳語が思いつかないで、あれこれ調べて、どうもうまくいかない、その挙句に、ええい、もういいや!とあきらめて、トイレに立って、ちょっと気分が変わって空を眺めていたら、ハッと良い訳語が思い浮かんだ!というような体験をされた方も、多いのではないかと思います。勿論、シチュエーションは違うと思いますが、似たような体験をされた方は多いのではないでしょうか?これが、インスピレーションの瞬間ですね。それはもう、とてもすっきりして、頭も、心も晴れ晴れ!という感じではないでしょうか?

 というように、「自由な愛に基づく個性芸術」としての翻訳を考えてきましたが、これには、さらに、「次元の高い翻訳家になるためには」という言葉がつながれています。つまり、宇場さんは、現在の次元からさらに高い次元の翻訳家を目指しませんか?という提案をされているわけです。編集長はそれを、翻訳の進化―と理解したわけです。そのためには、現在次元、今の私達のいる現場での翻訳ビジネス観、翻訳観いわば、世界観を次元上昇させてはいかがですか?という提案をされていると分かります。

 さてそこで、この現在自分がどういう状態なのか、本当に知っていると言えるでしょうか?他人のことはわかっても、一番知らない、分かっていないのが自分自身です。どうやれば自分を知ることになるのでしょうか?そのためには、現時点の自分の世界観、翻訳ビジネス観、翻訳観というものがどういうものなのかを、知る必要があるでしょう。ここでは、ギリシアのデルフォイのアポロン神殿の入口に刻まれた古代の格言、あの有名な「汝自身を知れ!」という言葉を掲げてまとめと致します。
 

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