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「翻訳はなにに忠実であるべきか」 - 神部 健一

2013/05/25

「翻訳はなにに忠実であるべきか」


神部 健一:観光通訳業、ビジネス・英訳出版翻訳者
 

観光通訳と、ビジネス翻訳、又、出版翻訳の時は、同じ翻訳なのですが、それぞれ翻訳する心構えは違います。そこで、これらの翻訳の体験から、翻訳する時の心構えというテーマで、共通する項目を考えてみます。
まず、翻訳の心構えとして思い浮かぶのは、「翻訳は何に忠実であることが求められているのか」ということです。翻訳者が橋渡しするのは、勿論、原著者と読者の間です。
 
・原著者の表現に忠実
・原作者の表現意図に忠実
・原作者が想定した読者に忠実
・想定外の読者も含めすべての読者に忠実
・翻訳者が読み取った原著者の意図に忠実
・翻訳者が感じたことに忠実
・本が伝えようとしている内容に忠実
 
いろいろ出てきました。英語訳出版の翻訳をする時に、日頃感じているのは、米国の翻訳出版編集の姿勢と日本の翻訳出版編集の姿勢の違いがあります。20年くらい前でしょうか、ある英訳出版のエディターが、日本の作品を英訳出版する姿勢に関して次のように言っていました。
 
日本の作品を英訳して出版するときは
 ・英語圏(特に米国)の読者を想定して
 ・不要な箇所はカット、時には修正もする
 ・これは異文化差を乗り越えるという側面でも必要
 ・読んでくれなければ翻訳書の意味がないので
  読者を想定して言わば組み直していますと
 
一方、最近の日本の翻訳出版編集、つまり、海外の作品を日本語に翻訳して出版する役割の編集者はどうかというと、「なるべく原文に忠実に原著者の表現を流暢な日本語に置き換えることこそが翻訳出版には必要である」と考える傾向があるようです。これは、著作権契約にかなり縛られていて、現テキストから離れることが制限されていることにも一因があると思います。もう一つは、翻訳作品がかなり多く出版され、異文化理解がかなり進んでいる、という事情もあります。
 
そのような事情はさておき、この日本と米国の翻訳出版に臨む姿勢の違いから、翻訳する心構えとは?を考える大きなヒントがあるように思います。
 
そこで、掲載された講演を聞きまして、宇場先生の言われる『自由な愛に基づく個性芸術』という翻訳の捉え方を考えてみますと、それは翻訳者の主体性にきわめて深くかかわる課題を含んでいる様に思います。それは先ほどの日・米翻訳出版編集の中間の道とも言うべきポイントです。
 
翻訳を『自由な愛に基づく個性芸術』として、この様なとらえ方をすると、まず、翻訳者は原著に対する読者としてそれを掴み、その思想を自分のものとして、それを自己の内に孵化し、それを原著の意図・意識に忠実に再表現をすることだ、と言えるでしょう。
 
そこでは、原著の一言一句に囚われず、その思想を再創作していく、そんな翻訳者の姿勢があってもいいのかもしれません。更に言えば、原文に翻訳者の見識と言いますか、付加価値を加えて、再表現をする。ここは米国流とは違うところです。つまり、原著によって啓発された翻訳者の意図、創造性が加えられるということです。
 
何故、言葉も文化も違うのに翻訳ができるのでしょうか?異文化同志であっても翻訳ができる、翻訳が可能となるのは、相互に何か共通のものがあるということによるのだと考えられます。翻訳とは、異文化間の等価交換なのですから、例え文化、歴史、言語が違っても、人類共通の叡智はもともとひとつで、その叡智を分かち合っているからこそできることなのだと言えそうです。その意味で、翻訳者とは、異文化間等価交換業だとなりますか!
 
とすると、いまひとつ言えるのは、どんな著書を翻訳者は選ぶのか、自分が共鳴、共振できるどんな作品を選ぶのか、その主体的出会いが良い翻訳になるかどうかを決めるようにも思います。翻訳者が一読者として、まず自分が共鳴、感動する本との出会い、ある思想との出会い ― それは偶然としか思えない出会いから生まれるもので、ある種、運命的なものなのかもしれません。
 
翻訳の心構えを考えていましたら、予期しない結末となりました。翻訳を『自由な愛に基づく個性芸術』として考えると、翻訳者が主体性を持っていくことが望まれます。そこでは、翻訳と創作の距離はますます近づいてくる、というように思います。

 


<プロフィール>

神部 健一(じんぶ けんいち):
英語・日本語・ドイツ語間で観光通訳業、ビジネス翻訳者、英訳出版を経験。

 

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