大きくする 標準 小さくする

欧州中央銀行の金融政策 -インフレ目標を見直し超緩和政策を継続

2021/08/07

英文メディアで読む 第99回
 
欧州中央銀行の金融政策
―インフレ目標を見直し超緩和政策を継続―
 






 
前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
       バベル翻訳大学院プロフェッサー
 
 
   欧州中央銀行(ECB)は7月8日、中期的な戦略方針を見直し、次いで22日、金融政策の先行きを示す指針「フォワードガイダンス」を変更すると発表した。一連の見直しと変更によりECBは、インフレ率の一時的な2パーセントからの上振れを容認し、超緩和策の継続姿勢を鮮明にした。以下に、こうしたECBの動きに関連するメディアの報道と論調を観察する。(要約は後述の注を参照)

標インフレ率の上振れ容認に踏み切った欧州中銀:欧州中央銀行(ECB)は7月8日、1年半にわたる戦略見直しの結果、中期的なインフレ率目標を「2%」に変更すると発表したと同日付ロイター通信が伝える。発表によれば、これまでの「2パーセントに近いが、それを下回る水準」を改め、物価の一時的な上振れを容認する。戦略見直しは2003年以来18年ぶりで、気候変動の問題にも一段と配慮するとしている。ECBのラガルド総裁は会見で、「緩やかで(2パーセントからの)一時的な乖離が上下両方向にあり得るものの、問題ではない。しかし持続的で根強く、大幅な乖離があれば大きく懸念する」と述べ、米連邦準備理事会(FRB)が昨年導入した平均インフレ目標政策(インフレ率が一定期間2%を上回ることを許容し、平均でならして2%程度を目指す考え)とは異なると明言したと報じる。

歓迎すべきECBの新戦略:7月9日付フィナンシャル・タイムズは、上記のECB方針について早速、社説「ECB’s new strategy is a welcome update(歓迎すべきECBの戦略見直しと新戦略)」で、今回の見直しは03年以来で控え目だが歓迎すべだと述べ、ECBが伝統的な中銀に戻るとともに、その目指す目標を一段と明確にしたと論じる。社説は、ECBは世界の中央銀行の中で長く最もタカ派的姿勢を守ってきたが、今回、上下2パーセントの対称的な(symmetric)動きを示すインフレ目標を設定する見直しを行い、一時的なインフレ率の「上振れ」(“overshooting”)を容認し、タカ派寄りの姿勢(hawkish bias)を放棄したとコメントする。これはECBに持ち込まれていたブンデスバンク(独中銀)の保守的政策からの決別になるとし、08年の金融危機以後、インフレ目標が未達成だった(undershot)ECBとしては妥当な戦略だと評する。

期待していたほど大胆ではなかった戦略見直し:しかし社説は、ECBは主要中銀のなかで量的緩和策を採用した最後のグループに入り、もっと積極的な政策をとっていたら、力強い回復を導いていただろうと述べ、今回の政策見直しも大方が期待していたほど大胆ではなかったとし、ECBは米連邦準備理事会(FRB)と異なり「平均的インフレ」を目標としていないと批判する。またインフレ尺度に含める住宅は、実際の住宅価格ではなく、価格が年間でわずかしか変化しない「オーナー占有住宅のコスト」に限定されており、「気候行動計画」(“climate action plan”)も、社債を購入する企業がパリの気候協定(the Paris climate accords)の目標に沿って行動していることを確認する程度にとどまっていると指摘する。

独政府はECBの独立性順守を支援すべし:ただし見直しは計画より2か月早く完了したが、これは理事会内で強い反対がなかったこと、またラガルデ総裁の政治的手腕(political skills)の証左かもしれないと述べ、それにもかかわらず、これ以上ハト派寄りの枠組みとするには、政治的に経済と同じくらい難しそうだとコメントする。これまでもECBは、積極的に動くために独政府の支援に頼ってきたとし、ドラギ前総裁がユーロ圏危機に際して、ヴォルフガング・ショーブル元独財務相と衝突した時には、アンゲラ・メルケル首相の支持を当てにできたと振り返り、次の独首相は、欧州政局でメルケル首相のような地位や支配力を持つ可能性は低いが、メルケル氏と同じようにECBの独立性を守るべきだと強調する。
 
達成すべき良き目標を与えられたECB:
そのうえで、今回の包括策はECBが「大ブンデスバンク」(“Greater Bundesbank”)ではなく、普通の(normal)中央銀行になるための遅ればせながらの一歩(an overdue step)だと述べ、目標の変更は控えめで妥当ではあるが、有意義な行動が欠かせないと主張、ECBは目指すべき良き目標を与えられたが、それを達成できるかどうかは別問題だと指摘する。

FRBほど大胆な政策変更に踏み込まなかったECB:7月8日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「ECB Aims for Slightly Higher Inflation, Stops Short of Fed’s Major Shift (日本版記事:ECB、インフレ目標を引き上げ 中期「2%」に)」と題する記事で、ECBは、ほぼ2年ぶりに政策枠組み(policy framework)を見直し、中期的なインフレ目標を現行の「2パーセント弱」から「2パーセント」に引き上げ、必要な場合にはこの目標を超過しても容認することを決めたと伝え、ただし、米連邦準備制度理事会(FRB)が昨年表明したような大きな政策変更(policy shift)には踏み込まなかったと論評する。これは高インフレを懸念しがちなドイツなど北部諸国と、経済成長を重視するイタリアなど南欧諸国が歩み寄った結果だと述べる。

インフレ目標の引き上げは金融緩和の長期化を示すシグナル:インフレ率の算出に住宅価格を織り込み、債券購入プログラムおよび付随的な枠組みを通じて気候変動対策を支援すると表明したと補足する。インフレ目標の引き上げは金融緩和の長期化を示すシグナルで、追加の景気刺激効果が生まれる可能性があると指摘する。またユーロ圏の今年の経済成長見通しについては、米経済の7パーセント増に対して4.5パーセント増の予想だと述べ、インフレ率は先月、米国の5.4パーセントに対してユーロ圏は1.9パーセントだったと伝える。米経済はすでにパンデミック前の規模を超えているとみられるが、ユーロ圏がパンデミックによる失地を回復する(make up the lost ground)のは来年になると予想されていると報じる。

良好な資金調達環境の維持を目指すECB:次いでECBは7月22日、インフレ率が目標の2パーセントに相当近づくまで(much closer)主要政策金利をマイナス0.5パーセントから引き上げないと政策声明で発表する。ロイター通信によると、ラガルデ総裁は「パンデミックが続く間、経済の全てのセクターに対する良好な資金調達環境を維持する必要があり、これは現在の回復を持続的な拡大に発展させ、パンデミックによるインフレへのマイナスの影響を相殺する上で不可欠だ」と述べ、同時に「経済の大きな部分の活動が再開されたことで、サービス部門の力強い回復が支援されているが、デルタ変異株の感染拡大に伴い、観光業や接客業を中心にサービス部門の回復が鈍化する恐れがある」と懸念を示した。

マイナス0.5パーセントの政策金利の長期化を示唆:こうしたECBの動きについて7月23日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「ECB Looks to Keep Rates Low for Longer(日本版記事:ECB、低金利の長期化を示唆
)」と題する記事で、ECBは金利がマイナス0.5パーセントにとどまる公算が大きいとの見方を示したと伝え、これは2週間前に公表した新たな政策の枠組みを反映しており、ECBは長期間にわたり低金利を継続して経済を支える意向を示したと述べる。

パンデミック緊急購入プログラムの来春までの継続も表明:記事はさらに、ECBはパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)に基づくユーロ圏の債券買い入れを少なくとも2022年3月まで続けると改めて表明した、と述べ、ラガルドECB総裁によると、ECB当局者は1兆8500億ユーロ(約2兆2000億ドル)の緊急購入プログラムの変更については議論しなかったが、このプログラムによりECBはユーロ圏の債券を毎月約800億ユーロ購入していると補足する。記事はこうしたECBの動きは、来週、緊急債券購入(emergency bond purchases)の段階的縮小(phasing out)の議論を開始するとみられるFRBと乖離してくると評する。J.P.モルガン・アセット・マネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジスト、ジャイ・マリ氏は「FRBは前回の会合でよりタカ派的な動きを見せたが、ECBはユーロ圏に低インフレがはるかに定着するなかで、反対方向に動いた」と語ったと紹介する。

インフレ復活政策の活用機会を逃したECB:7月22日付フィナンシャル・タイムズは「The ECB strategy review is a missed opportunity(機会を逃がした欧州中銀の戦略見直し)」と題する論説記事で、欧州中央銀行がインフレ復活のための政策を活用しようとしないのは、格好の機会を逃していると概略以下のように論じる。筆者はJPモルガンの西欧経済の責任者を務めるマルコム・バー氏。
 過去10年間、ユーロ圏のインフレ結果は、欧州中央銀行の目標を執拗に下回ってきた。別な言い方をすれば(Put differently)、生産(output)と雇用が、ECBが自ら定義する物価安定の尺度を実現するために必要とされていたよりも低かったことである。こうした未達は、将来的には続かないとしても、それ自体が重要なのである。しかも物価安定の目的が達成された場合よりも、広範な財政赤字、高い債務残高(debt stocks)、低いインフレ予想が遺産として残され、そのため経済の潜在力(economy’s potential)との関連で、国内総生産に損失が将来生じる可能性を高めたのである。

世界的金融危機への対応に追われたECB:ECBはインフレが下振れしていた(undershoot)ほぼ全期間にわたって、インフレは通常の2~3年の期間では目標に達しないことを独自に予測する金融政策を設定していた。ECBの最近の戦略的見直しは、なぜこうした事態が起こったのか、それに対してどのような政策を展開すべきだったか、という問題に関することを期待していたかもしれないが、そうした兆候はほとんどみられない。ただしECBは、低インフレに対する政策対応の設計と規模(magnitude)の両方で革新的だったと主張することはできる。ECBとしては、世界的な金融危機を受けて、あまりにも早い段階で緊縮的(tight)となった財政政策に対処しなければならず、また政治家が解決に乗り出すのが遅いソブリン資金調達危機(sovereign funding crisis)への対応を仲介する役割を果たす必要があったからだ。

パンデミックにも迅速に対応したECB:ECBはまた、パンデミックに速やかに対応してきた。銀行に大規模な貸出を行い、マイナス金利を設定し、数兆ドルの資産を購入してきた。これらの政策は依然として機能しているだけでなく、ECBは将来も続けることを公約している。そしてECBは、これらのツールの他に、必要に応じて別の政策手段を展開する余地がまだ残っていると主張している。

財政政策への懸念と低インフレへの忍耐の狭間にあるECB:しかしECBがインフレを目標に戻す政策手段(policy tools)を持っているなら、なぜそれを展開しないのか。政策が非伝統的になるにつれて、その影響も不確実になったと主張できるのだ。インフレを目標(または少なくともECBの予測)に戻すために政策変更が必要であれば、それによって予測の不確実性もまた増すからである。例えば、資産購入拡大に伴い、金融不安定化の可能性も高まりかねないのである。あるいは、財政政策立案者に対する歪んだ(perverse)、または不安定化(destabilising)させるインセンティブが、これまで以上に大きなソブリン債務の購入で生み出されるのではないか、とECBは懸念するかもしれない。こうした議論は正当(legitimately)といえるが、それが低インフレに対する忍耐の説明であるならば、議論を正当にするのはECB次第なのだ。これらの議論を行う際には、ECBは他の政策や政策立案者が混在して果たすことができる役割を強調するだろう。例えば、金融不安定(financial instability)を恐れるのであれば、ECBはマクロプルーデンスやその他の規制介入(regulatory interventions)がより重要になることを明確にすべきである。財政インセンティブが懸念される場合、ECBはそれを強調すべきなのだ。

「有利な資金調達条件」維持の中間目標も物価との関連が不明確:ECBは、これらの議論に加わらず、その政策が達成すべく設計されたものを分かりにくくしてしまった。経済の全てのセクターにとって「有利な資金調達条件」を維持するという中間目標を導入したが、物価安定を実現するための正しい方法である理由の体系的な説明もなく、その目的に関する納得のいく(cogent)定量的な定義も提供されていない。戦略レビューが明らかにしたのは、ECBが2パーセントの目標を上回る、または下回ることに同等の重みを与えることだけだった。

インフレ上振れ容認だけでは目標達成に不十分:またECBは、インフレの上振れ(inflation overshoot)に対する許容範囲の拡大という概念を導入した。しかし、これらの考え方がインフレ目標(inflation objective)の信頼性(credibility)構築にもたらす影響は、ECBが現在、インフレ下振れの見通しを容認している理由を説明しなかったことによって損なわれてしまった。日本銀行の最近の経験に目を向けるだけで、大規模で持続的な金融政策行動は、インフレ上振れ容認は言うまでもなく、インフレ目標の達成には十分な条件でないことがわかる。

インフレ上振れの実現を積極的に発信しないECB:米連邦準備制度理事会(FRB)は、インフレ下振れを時間の経過とともに限定すべく態勢(regime)を転換した。ラガルド総裁は、今回の戦略見直しがFRBと同じ考えを「欧州」で実施するためであるのを示唆している。しかし、目標を上回るインフレを積極的に求めると宣言することと、一定期間の下振れ後に単なるリスクとして容認することには大きな違いがある。その違いは現在、賃金と価格の設定者の行動に反映されている。

目覚ましい回復を遂げるも米に後れをとる欧州経済:最後に、直近のユーロ圏経済の状況をみておこう。7月30日付ニューヨーク・タイムズは「Europe recovers from double-dip recession but lags the United States.(欧州経済、2度の不況から回復するも米国に後れ)」と題する記事で、第2四半期のユーロ圏国内総生産(GDP)は2パーセント成長し、前年比14パーセント近く増加、今年初の3ヶ月間における0.3パーセントの縮小を逆転させた、と欧州統計局(Europe’s statistics agency、略称、ユーロスタット)は7月30日、報告したと伝える。だがユーロ圏の回復は、そのスピードは目覚ましい(striking)一方で、完全というには程遠い。第2半期のGDPがパンデミック前に戻ったことを示すデータを29日に発表した米経済に、依然として後れを取っているからである。欧州は来年末まで、その水準に戻るとは予想されていない。

とはいえ回復の速度を増す欧州経済:経済協力開発機構(OECD)によると、欧州連合(EU)は最近、今年の成長率見通しを4.8パーセントに引き上げたが、米国経済は21年には6.9パーセント成長すると予想されている。とはいえ、政府が春に新たなロックダウンを防ぐために動いた後、ユーロ圏19カ国の間でサービスと製造業の景況感(sentiment)と活動が上向き、それに伴い欧州の回復は速度を増している。当局はまた、回復を維持する上で鍵とみられるワクチン接種(vaccinations)を強化するために市民に圧力をかけており、労働者や企業に対する数十億ドルのパンデミック支援を徐々に減らしている。

結び:メディアは上記のように多面的な分析と見解を示した。以下に、メディアの見方について6つの観点からコメントしたい。
 第1に、一部のメディアは今回の見直しによって、ECB内に残る独中銀のタカ派的姿勢が廃棄されたと評するが、こうした見方に疑問が残ることである。現にメディアは、FRBが打ち出した「平均的インフレ」目標を取り入れていないことなどを挙げて、見直しが期待していたほど大胆ではなかったと批判している。これは、ECBが依然としてインフレ上振れに対して、独中銀的な警戒感を持っていることを示していると思われる。

 第2に、見直しが高インフレを懸念しがちなドイツなどの北部諸国と経済成長を重視するイタリアなど南欧諸国との根深い対立感情の残存を示唆したことである。実際、メディアはメルケル首相後の独政府に対して、引き続きECBの独立性維持を支援するよう呼びかけている。

 第3に、インフレ上振れに対する警戒感は、EUが今年の成長率見通しを4.8パーセントに引き上げた動きや、ユーロ圏19カ国の間でサービスと製造業の景況感と活動が上向き、欧州の回復は速度を増している状況を反映しているとみられることである。一部メディアは、インフレ目標の引き上げは金融緩和の長期化を示すシグナルとの見方を示しているが、欧州経済の回復スピードを勘案すると、長期化せずむしろ短気に終了する可能性があると言えよう。ECB内部になおタカ派的思考が残っているとすれば、尚更であろう。

 第4に、ECBは当面、主要政策金利をマイナス0.5パーセントから引き上げないと宣言し、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)に基づくユーロ圏の債券買い入れの22年3月までの継続も表明したことについて、メディアは、こうしたECBの姿勢を、緊急債券購入の段階的縮小の議論を開始する意向のFRBと乖離してくると指摘している。しかしECBとしては、上記のような施策を当面の景気対策として継続する必要があり、欧州経済が未だ購
入縮小を検討する段階にないと考えているとみるべきだろう。
 この関連でECBが導入した、経済の全てのセクターにとって「有利な資金調達条件」を維持するという中間目標も、インフレ目標達成のための対策の一環と考えられるが、これが物価安定を実現するための正しい方法である理由の体系的な説明がなく、目的に関する納得のいく定量的な定義も提供されていないと批判されていることをECBとして銘記すべきだろう。

 第5に、またECBがインフレを目標に戻す政策手段を持っているなら、なぜそれを展開しないのかとの疑問提起は当然であり、資産購入拡大に伴い、金融の不安定化や財政政策に歪んだ不安定化のインセンティブが生み出される可能性をECBが懸念するのであれば、マクロプルーデンスやその他の規制介入の重要性を明確に主張すればよいとの指摘も妥当と言えよう。またメディアは、ユーロ圏インフレ率が過去10年間、ECB目標を執拗に下回ってきたのは、ECBが定義する物価安定の尺度を実現するための生産と雇用が低かったためと指摘しているが、これは財政面での支援が不十分だったことを批判する意味で妥当と言えよう。

 第6に、インフレの上振れに対する許容範囲の拡大もインフレ目標達成に向けた施策の一つであるが、その効果がインフレ下振れの見通しを容認している理由をECBが説明しなかったことによって損なわれた、とメディアは指摘、日本銀行の大規模で持続的な金融政策行動ですら、インフレ目標の達成には十分な条件でなく、インフレ上振れ容認だけではどうにもならないとし、目標を上回るインフレを積極的に求める宣言と、一定期間の下振れ後に単なるリスクとして上振れを容認する姿勢には大きな違いがあると述べるが、いずれも妥当な指摘であろう。 

 総合すると、ECBの目標と政策の見直しは、方向としては妥当と思われるが、FRBとの比較において大胆さに欠けるのは否定できない。その背景として、米経済の回復に欧州が追いついていない経済情勢と、ECB内部にタカ派的姿勢が残存し、北部と南欧諸国の対立が解消していない実態があると指摘できよう。そうした背景を引きずるECBが、金融政策だけで景気をけん引しようとしても明らかに限界があると考えられる。メディアは、インフレ目標未達の一因として財政面でのてこ入れ不足を示唆している。今後、積極的な財政出動が益々欠かせなくなったと言えよう。

(注)要約:以上のようにECBは7月8日、中期的なインフレ率目標をこれまでの「2パーセントに近いが、それを下回る水準」を改め、「2%」に変更し、次いで7月22日、金融政策の先行きを示す指針「フォワードガイダンス」を変更し、インフレ率の一時的な2パーセントからの上振れを容認すると共に、インフレ率が目標の2パーセントに相当近づくまで主要政策金利をマイナス0.5パーセントから引き上げないと政策声明で発表する。

 こうしたECBの政策変更についてメディアはまず、ECBが伝統的な中銀に戻るとともに、その目指す目標を一段と明確にしたと論じ、一時的なインフレ率の「上振れ」容認はタカ派寄りの姿勢の放棄だとして歓迎、ブンデスバンク(独中銀)の保守的政策からの決別になり、08年の金融危機以後、インフレ目標が未達成だったECBとしては妥当な戦略転換だと評する。ただし今回の見直しは、FRBが昨年表明したような大きな政策変更に踏み込まなかったと述べ、大方が期待していたほど大胆ではなかったと論評、ECBがFRBの「平均的インフレ」目標を取り入れていないことや、インフレ尺度に含める住宅が価格変動の少ない「オーナー占有住宅のコスト」に限定されていること、「気候行動計画」も社債購入対象企業の行動が気候協定の目標に沿っていることを確認する程度であること、などを挙げて批判する。その一方で、これ以上のハト派的施策が無理と思われると述べ、理由として、高インフレを懸念しがちなドイツなど北部諸国と、経済成長を重視するイタリアなど南欧諸国が歩み寄った妥協の結果だからだと述べ、インフレ目標の引き上げは金融緩和の長期化を示すシグナルで、追加の景気刺激効果が生まれる可能性があるとの見方を示す。さらに背景として独政府の存在を示唆し、ドラギ前ECB総裁がメルケル独首相の支持を頼りにしてきた例を振り返って、次の独首相は、メルケル氏と同様にECBの独立性を守るべきだと要求、今回の見直しはECBが「大ブンデスバンク」ではなく、普通の中央銀行になるための遅ればせながらの一歩だと述べ、新目標の達成には有意義な行動が欠かせないと論じる。

 ECBが当面、主要政策金利をマイナス0.5パーセントから引き上げないと宣言したことについて、メディアは、これは新たな政策の枠組みを反映しており、ECBは長期間にわたる低金利で経済を支える意向を示唆したとコメントし、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)に基づくユーロ圏の債券買い入れの22年3月までの継続表明については、緊急債券購入の段階的縮小の議論を開始する意向のFRBと乖離してくると指摘する。
 さらにメディアは、過去10年間、ユーロ圏のインフレ率がECBの目標を執拗に下回ってきたことについて、ECBが定義する物価安定の尺度を実現するために必要な生産と雇用が低かったためだと述べ、物価安定の目的が達成されなかったために、広範な財政赤字、高い債務残高、低いインフレ予想が残され、国内総生産に損失が将来生じる可能性を高めたと指摘する。ただしECBは最近の戦略的見直しでは、なぜこうした事態が起こったのか、それに対してどのような政策を展開すべきだったか、という問題に触れようとしていないと批判、これに対しECBは、別の政策手段を用いる余地が残っていると述べているが、ECBがインフレを目標に戻す政策手段を持っているなら、なぜそれを活用しないのかと疑問を提起する。

 例えば、資産購入拡大に伴い、金融が不安定化したり、財政政策立案者に対する歪んだ、または不安定化させるインセンティブが生み出されたりする可能性をECBが懸念するのであれば、マクロプルーデンスやその他の規制介入の重要性を明確にすればよいと論じる。しかしECBは、これらの議論に加わらず、その政策が達成すべく設計されたものを分かりにくくしてしまったと指摘する。また経済の全てのセクターにとって「有利な資金調達条件」を維持するという中間目標を導入したが、これが物価安定を実現するための正しい方法である理由の体系的な説明がなく、その目的に関する納得のいく定量的な定義も提供されていないと批判する。

 インフレの上振れに対する許容範囲の拡大については、インフレ目標の信頼性構築にもたらす影響が、インフレ下振れの見通しを容認している理由をECBが説明しなかったことによって損なわれたと主張する。日本銀行の最近の経験をみれば分かるとおり、大規模で持続的な金融政策行動すら、インフレ目標の達成には十分な条件でなく、インフレ上振れ容認ではどうにもならないと論評する。さらにラガルド総裁は、今回の戦略見直しがFRBと同じ考えを「欧州」で実施するためだと示唆しているが、目標を上回るインフレを積極的に求めると宣言することと、一定期間の下振れ後に単なるリスクとして容認することには大きな違いがあると述べ、その違いが現在、賃金と価格の動きに反映されていると最後に指摘する。

 直近のユーロ圏経済の状況についてメディアは、ユーロスタットが7月30日付の報告で今年第2四半期のユーロ圏域内内総生産(GDP)は前期比2パーセント成長し、前年比で14パーセント近く増加、第1四半期の0.3パーセント減を逆転させたと伝える。だがこの回復は、第2半期GDPがパンデミック前に戻ったことを示すデータを29日に発表した米経済に後れを取っていると述べ、欧州は来年末まで、パンデミック前の水準に戻るとは予想されていないと付け加える。またEUは最近、今年の成長率見通しを4.8パーセントに引き上げたが、米経済は6.9パーセント成長すると予想されていると報じる。ただし各国政府が春に新たなロックダウンの防止に動いた後、ユーロ圏19カ国の間でサービスと製造業の景況感と活動が上向き、それに伴い欧州の回復は速度を増していると伝える。

 
                                                           
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

Eメールアドレス:必須

Eメールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付:

記事一覧