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米国経済の近況 -迫りくるインフレと金融政策の転換

2021/06/07

英文メディアで読む 第97回
 
米国経済の近況
―迫りくるインフレと金融政策の転換―
 






 
前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
       バベル翻訳大学院プロフェッサー
 
 
 米金融界でにわかにインフレ警戒論が高まっている。足元の消費者物価が前年比で大幅に上昇したことが、こうした警戒論を煽っているが、米連邦準備理事会(FRB)はコアインフレ率が平均2パーセントとなり完全雇用が回復するまで、金利はゼロに抑えられると平静に対応している。だが、メデイアは金融政策の転換の必要性について活発な論議を展開している。以下に、そうしたメデイアの報道や論調を観察した。(要約は後述の注1を参照)

FRBは早期に政策転換すべし:5月13日付ウォール・ストリート・ジャーナル記事「Inflation Data Test Fed’s Strategy and Outlook(日本版記事:物価上昇で試されるFRBの戦略と見通し)」は、深いインフレ懸念を示してFRBに早期の政策転換を求める。エコノミストや業界関係者の一部は、現在の金利水準では、景気が過熱する(overheating)リスクが極めて高く、利上げをしなければならないと主張する者もいると述べ、投資家に対しては、FRBによる政策転換の支援に動くべきだと促す。

資産価値、市場機能、経済的かつ社会的福祉に大損害を与える政策ミス:その理由として、大きな政策ミスがあると、資産価値や市場機能、経済的かつ社会的福祉(wellbeing)に長期にわたる大きな損害を与えるからだと説く。しかしFRBは昨年、金利設定戦略を見直し、物価上昇がFRBの目標である2パーセントを超えないよう先手を打って(preemptive)利上げするのではなく、長期的に2パーセントの平均インフレ率を目指す方針に変えたばかりであり、今後数カ月の物価上昇がそれを幾分上回るペースになると見込んでいるものの、政策スタンスを変えようとしていない。FRB当局者は、物価が2パーセント上昇を達成後に一段と上昇に向かい、経済が完全雇用かそれを超える状態になるまで、金利をゼロ付近で維持する見通しだと語り、昨年12月以降、これらの目標に向けて「さらなる実質的な進展」があるまで現在のペースで資産購入を続ける意向を示したと伝える。

インフレ高進持続に疑問があり緩和政策を見直すべき時:そうした政策姿勢を支える要因として、数兆ドル規模の景気刺激策、消費者がワクチン接種を終えることで企業の財・サービスの供給能力を圧迫するとみられること、広範囲に及ぶ労働力不足や半導体不足などの供給不足が経済の足を引っ張る懸念などをメディアは挙げる。そのうえで今後のシナリオとして、第1に一時的な症状であるインフレ率上昇がずっと持続する、第2に必要以上に急な政策転換を迫られる、という2つの可能性を挙げる。第1については直近の物価急上昇が、持続的なインフレ高進を招くかどうかは「まだ疑問の余地がある(open question)」との専門家の見方を紹介、第2について、FRBは緩和的な政策スタンスを見直すべき時だとの共和党議員のコメントを伝える。

先行きのリスクを明示する新データ:5月24日付ブルームバーグも「The Fed Should Say It’s Ready to Rethink(FRBは政策見直しの用意があることを表明すべきだ)」と題する社説で、新経済データは先行きのリスクを明示しており、FRBはこうした不確実性に目を凝らしているのを示すべきだと主張する。4月の消費者物価が前年同月比で4.2パーセント上昇したのは、前年春に物価が大きく下落したことで歪められており、コア・インフレ率は同3パーセントの上昇に止まっているが、数字自体は予想を上回っていると警告する。

これまでの立場を繰り返すだけのFRB:社説は、これに対しFRB当局者は、コアインフレ率が平均2パーセントとなり完全雇用が回復するまで、金利はゼロに抑えられるという以前の立場を繰り返しているだけだと批判する。ただし3月の 給与支払名簿( payrolls)データによると、雇用は266万人しか増加しなかったのは驚きだったと述べ、雇用の回復の遅さは不安定な回復を示しており、その限りでは金融政策を可能な限り緩く保つことは正しいと指摘する。

賃金と物価を上昇させるリスクがある緩和的金融政策:しかし他の指標によると、賃金は順調に増加し、職場には空席(Vacancies)が多く、FRB自身の企業マインド調査(survey of business sentiment)によると、多くの雇用主が人手不足と雇用の困難を訴えている。つまり労働市場は緩くはなく、タイトなのだ。こう述べた社説は、さらに次のように主張する。
 この原因が最近のパンデミック救済パッケージ(pandemic-relief package)で提供される失業給付(unemployment benefits)の延長によるものであれば、これらの給付金が今年後半に期限切れになるにつれて雇用は持ち直し、雇用はコストに危険な上昇圧力をかけずに回復するだろう。しかし、それが利用可能な労働者と企業が必要とする労働者との間の不一致、すなわちパンデミック発生後に起きた永続的な構造変化(structural change)によるものである場合、労働市場は4月の雇用データが示唆するよりも厳しく、総雇用数は誤解を招く指標となる。その場合、緩やかな金融政策がもたらすさらなる需要は、賃金と物価に対する上昇圧力を増大させるリスクがある。

FRBは目前にある危機を認めるべし:インフレの数字と同様に状況は不確実であり、FRB当局者もまた大半が従来の見解に固執しているが、ラリー・サマーズ元財務長官は、FRBが金融市場で「危険な自己満足」(“dangerous complacency”)を助長していると非難している。資産価格(asset prices)が突飛な水準に押し上げられており、危険は目の前にある。雇用、賃金、物価の見通しに関して矛盾するシグナルがあり、これを認めないのは賢明でない。そうしたことが長く続けば続くほど、政策修正が経済に衝撃を与え、残酷な結果をもたらす危険性が高くなる。実際、金融政策の修正はいずれ避けられないのだ。

FRBは必要あれば政策修正の用意がありと投資家に発信すべし:FRBは、間違いなくデータを見た目よりも注意深く見守っていることは疑うべきではないだろう。また長期にわたる金融刺激策を公約しているので、進路を軽々しく変えるべきではない。そうしたことがあれば、次の約束はそれに応じて割引されるだろう。それにもかかわらず、FRBは、データによって必要となる時には、その見解を再考する意思があることを投資家に理解してもらう必要がある。現時点では、そのメッセージは伝わっていない。

 5月25日付フィナンシャル・タイムズは「The Federal Reserve is no longer markets’ best friend(市場の最良の友でなくなったFRB)」と題する論説記事で、次のとおり論じる。筆者はケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ学長のモハメド・エラリアン氏。同氏はピムコ(PIMCO)の親会社であるアリアンツ(Allianz)の最高経済顧問を務めている。

短期の業績不振を恐れる銀行:記事はまず、07年後半の世界的金融危機を振り返り、大手米銀のトップは当時、金融市場が絶頂期にあり、銀行としては最大限のリスクを取っていると説明し、その戦略を転換するには、市場が変わろうとしていることを示す「曖昧さを残さない証拠(unambiguous evidence)」が必要だと答えたことを紹介、銀行は目先の実績を気にして、短期の業績不振(short-term underperformance)を恐れていたと指摘する。

再発する巨大なリスク・テイク:次いで1月の債券利回りの急騰や2月の業績不振の米ゲームソフト販売大手「ゲームストップ(GameStop)」株価の連日急騰、ファミリーオフィスのアルケゴス(Archegos)が金融機関に与えた100億ドルもの損害などの事件に触れ、こうした経済を不必要なリスクにさらす市場の出来事に金融システムは脆弱だと述べ、中央銀行による流動性の供給によって巨大なリスク・テイクの動き(risk-taking)が再発していると懸念を表明、一度発火すれば、重大な金融事件に発展しかねない危険があると警告する。

インフレ懸念を否定するFRB、政策修正も示唆:そのうえで金融当局の動きについて触れ、米連邦準備理事会(FRB)について次のように述べる。FRB当局者は実際、一般的な発言のポイントをインフレ懸念の否定で貫いてきており、FRBは、量的金融緩和による毎月の資産購入規模の段階的縮小、すなわちテーパリング(tapering)について「考えることは考えていない」と繰り返している。しかし、先週発表されたFRBの政策委員会議議事録によれば、一部の当局者は「今後の会合で」その可能性について話したいと述べたという。良いニュースは、FRBがようやく政策修正(policy correction)に乗り出そうとしているようであることだ。そうなるとFRBが2007年から08年にかけて犯したような政策過誤(policy mishap)の可能性が減ることになろう。

市場ボラティリティとFRB信頼性損失のリスクを含む政策転換:さほど良くないこともある。議事録によれば、政策委員会に出席していたメンバーがごく少数で、しかも議長が不在のようだったのだ。またスケジールも内容も、あいまいである。市場がほとんど注目しなかったのも不思議ではない。FRBはすでに長く待ち続け、特にインフレ率は期間平均で2パーセントを目指す方針とする「新しい金融枠組み」(“new monetary framework”)を掲げ、これがパンデミックに関連する経済構造の変化に適していないため、政策転換は厄介な問題を抱えることになった。

大きな打撃が待ち構える後ろ向きの政策:上記のように論じた記事は最後に次のように警告する。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

As such, the pivot involves the twin risks of market volatility and loss of Fed credibility. Yet the alternative of dogmatically holding on to a backward-looking policy stance would threaten far greater damage.

「したがって、この政策転換には、市場のボラティリティとFRBの信頼性の損失という双子のリスクを含む。とはいえ、これに代わって独断的な後ろ向きの政策スタンスにしがみつくと、はるかに大きな損害という脅威が待ち構えているだろう」

 5月11日付エコノミスト誌は、「America’s economy suffers bottlenecks and shortages And inflation is picking up speed(ボトルネックと不足に苦しむ米経済、インフレも加速)」と題する金融経済記事の冒頭で、半導体や労働力不足が景気回復の障害やインフレ加速要因となるのではないかと述べるが、最終的には一時的現象に終わるかもしれないと次のように論じる。

深刻な半導体、労働力不足問題:半導体や労働力の不足問題は深刻なようだ。ゴールドマン・サックスが3月に発表した調査によると、1970年代半ば以降で、企業のサプライヤーからの配達遅れの報告頻度がこれほど高くなったことはないという。IHS マークイット責任者の調査によると、メーカー業務のバックログ在庫は春に記録的な速度で増加した。これは景気回復を脱線させるかどうか、さらにはインフレの横行を引き起こすかどうか、という問題を提起する。

不足問題は米経済の回復が原因:しかし不足問題は、実際には経済活力を取り戻す兆しなのだ。昨年初頭にもいくつかの遅れが明らかになった。新型コロナウイルスの流行に伴う中国工場の閉鎖によって、自動車メーカーが主要部品の調達に苦労するなど世界経済に影響を与えていたが、現在の不足問題は米経済の回復と結びついている。たとえば、配達の遅延は米国で最もよく見られるようであり、このことと米国での消費者需要の健全な回復とはおそらく偶然に一致しているのではないのだ。JPモルガン・チェースがまとめた追跡調査によると、クレジットカード支出は、3月までの半年間でパンデミック前の10分の1を下回る傾向から5月までにわずかに下回る水準にまで増加したのである。

小規模企業の被害が大きかった物資不足:この回復のスピードは、企業を不意打ちにした(caught off guard)と思われる。米小売業者の在庫は、収益対比で史上最低に落ち込み、小売店が売れるものを売り果たしていることを示唆している。多くの企業、特に小規模企業は不足した物資を注文し、現在は必死に補充しようとしている。対照的に、大手上場企業(large listed firms)の在庫は減少していない。これは今後の支出を予測できたか、サプライチェーンがより多様化しているためだった。しかし急増する需要はすぐには補充できない。たとえば、輸入品をみると、最良の時でさえ、国際的な供給に対する超過需要を充足するにはしばらく時間がかかった。船の米中間航行期間は数週間かかり、加えて21年には、企業はいくつかの港湾でコンテナ不足と立ち向かわねばならなかった。コロナによるロックダウン第1波により思わぬ場所で立ち往生させられた例もある。

生産者物価の上昇と価格転嫁の動き:その間、いくつかの物の価格が上がるかもしれない。中国から米国への商品の輸送コストは、この1年間で約3倍になった。一部の企業は、米国に製品を持ち込む別の方法を探している。これには航空貨物も含まれているが、時間を短縮するもののコストがかかる。生産者価格(producer-price)のインフレ率は春に上昇してきており、需要に確信が持てると一部の企業は、このコスト上昇分を価格に転嫁し始める可能性があるのだ。また価格を上げることによって、需要を割当てようとする企業もある。国際金融協会(Institute of International Finance)の調査によると、米国メーカーは投入コスト対比で、実質的に他のどの国の企業よりも価格を引き上げている。

一過性に終わる可能性が高いインフレ懸念:こうしたことすべてが、手の付けられない(runaway)インフレが近づいているという市場の騒ぎに貢献している。市場予想インフレ率の指標である5年間損益分岐率(The five-year break-even rate)は、5月11日に2.7パーセントに達し、13年ぶりの高水準となった。物価上昇が持続するかどうかは全く不明だが、5月12日に発表されたデータによると、4月の消費者物価指数は前年比4.2パーセント上昇し、前月の2.6パーセントから大きく加速、多くのアナリストの予想よりも大幅に上昇した。しかし物価上昇の最大の要因は物資不足の隘路(bottlenecks)ではなく、昨年の原油価格の下落が年間比較から脱落していることに関連している。かつ昨年の経験は、物資不足が一過性の(transient)物価上昇以上のインフレを引き起こすほど長く続かない可能性を示唆している。昨年初頭、経済がロックダウンされるなか、企業はすぐに材料を調達する新しい方法を見つけているからだ。インフレ待ちは結局、時間切れとなって然るべきだろう。

 最後に、現在の英国経済の状況からインフレ問題について論じた5月26日付ガーデイアンの「The Guardian view on inflation: the revival that’s nothing like the 1970s(1970年代とは全く異なるインフレ再燃)」と題する社説を観察してみる。インフレ対策よりも景気刺激と失業対策が肝要だと概略次のように論じる。

低迷後の成長の兆しとして歓迎されるべきインフレ:インフレが復活した。ロンドンやワシントンで話題になっているが、いくつかの視点でみることが不可欠だ。今日の価格上昇は、半世紀前に見たものとは全く別物である。物価上昇の兆候に対する懸念の多くは見当違い(misplaced)なのだ。この春から夏にかけて、物価上昇が復活したのは確かである。今後数ヶ月間、大きなニュースになろう。先週のインフレ率倍増のニュースは始まりに過ぎない。主因は、パブやレストラン、衣料品店の再開、目抜き通りでの消費支出の復活により、物価が上昇していることにある。その意味で、インフレ率は、記録的な低迷後の経済成長の兆しとして歓迎されて然るべきなのである。

燃料価格の上昇、素材不足、移民政策による労働力不足も要因:もう一つの要因は、ガソリンスタンドと家庭暖房の両方で燃料価格が上昇中であることだ。そして最後の要因はより具体的で、あまり触れられていないが、一部の業界で素材と労働力が不足していることである。主要な例は建設で、木材は11月よりも80パーセント高く、塗料は3分の1値上がりしている。ロンドンでは、労働者はパンデミック以前ほど容易に募集できなくなっている。他国にコネを持つ人々がロンドンを離れているのだ。パン(crust)を稼ぎ出せず、福祉国家(welfare state)が手を差し伸べてくれないなかで、どうして生活費の高い都市に居続けるのか。何年もの間、保守党(the Conservatives)は、英国が間違ったタイプの移民、つまり十分なスキルを持たない人々を受け入れてきたとし、建設業者やバーテンダーを減らし、生物科学者や銀行家を増やすべきだと示唆してきた。今日、我々はこうした転換のもたらしたコストを実感しつつある。

ゼロ時間契約の普及で特筆される労働市場:08年の金融危機後、先進諸国は銀行の救済と経済のてこ入れのために介入した。その結果、債務の対国内総生産比率に対するパニックが起きた。このクラッシュ後の敵は明らかにインフレである。しかし1970年代との大きな違いは、政治家や政策立案者が当時、心配していたのは、賃金のインフレだったことである。50年後、労働側は社会勢力として粉砕された。英国の労働市場は、強引な労働組合ではなく、雇用者の呼びかけに応じて従業員が勤務する不安定なゼロ時間契約(zero-hours contracts)が普及したことで特筆されている。 

インフレ対策よりも景気刺激と失業対策が肝要:以上のように論じて記事は最後に、次のように呼びかける。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

The reopening of our economy will reveal much weakness and high unemployment. This is a time for stimulus and repairing a broken social contract. Get people into work, especially the young, who have lost many opportunities in the past 15 months, and ensure key workers are better paid and protected. First things first.

「経済の再開によって、多くの脆弱さと高失業率が明るみに出るだろう。今は、景気刺激と壊れた社会契約を修復する時である。人々に職を与え、特に過去15ヶ月間に多くの機会を失った若者たちを職場に連れて行こう。そして枢要な労働者に良き給与と保護を保障しよう。まずは大事なことから始めるのだ」

まとめ:以上のようにメディアには、FRBに対して、即刻、政策転換すべきだとするタカ派の主張(WSジャーナル)と、インフレは一過性のもので雇用情勢を考えると、緩和政策を維持すべきだとするハト派(ガーディアン)の意見があり、その中間に中道右派(ブルームバーグ、フィナンシャル・タイムズ)と中道左派(エコノミスト誌)の見解があるといえよう。状況は雇用、賃金、物価の見通しに関して矛盾するシグナルがあり、資産価格の高騰にみられるように危険は確かに目の前にある。政策当局の対応としては、第1に、問題に真っ向から取り組み、インフレ厳戒態勢に移行する、第2に、これとは正反対にインフレ要因は一過性であるとして、雇用対策を優先して現在の政策を維持継続する、第3に、景気過熱とインフレ懸念への警戒感を明示して、データ監視姿勢を鮮明にして、必要な際には政策転換をする用意があることを明確にする、などが考えられるが、FRBは目下、第2のスタンスを崩していない。
 こうしたFRBの政策姿勢に対してタカ派は、金融危機における米銀の経験から学んだように、大きな政策ミスがあると、資産価値や市場機能、経済的かつ社会的福祉に延々と続く大きな損害を与えると反論し、投資家に対してFRBによる政策転換の支援に動くべきだと促す。
 中道右派は、インフレ・データは先行きのリスクを明示しており、FRBはこうした不確実性に目を凝らしていることを示す必要があると主張する。ただし雇用の回復は遅く、景気回復は不安定で、その限りではFRBが金融政策を可能な限り緩く保つことは正しいが、多くの雇用主が人手不足と雇用の困難を訴えている、つまり労働市場は緩くはなく、タイトだと述べ、これが利用可能な労働者と企業が必要とする労働者との間の不一致、すなわちパンデミック発生後に起きた永続的な構造変化によるものである場合、金融緩和政策による需要増が賃金、物価への上昇圧力増大リスクになると指摘する。また資産価格が突飛な水準に押し上げられており、こうした目の前にある危険を認めない事態が長く続けば続くほど、政策修正が経済に衝撃を与える危険性が高くなると警告、FRBは必要あれば政策修正の用意がありと投資家に発信すべきだと論じる。さらにFRBなどの中央銀行による流動性供給によって巨大なリスク・テイクの動きが再発していると懸念を表明、一度発火すれば、重大な金融事件に発展しかねない危険があると指摘、FRBが07年から08年にかけて犯したような政策過誤を避けるべく政策転換を検討すべきだと主張する。

 これに対して中道左派は、半導体や労働力の不足が景気回復の障害やインフレ加速要因となる可能性に触れつつも、最終的には一時的現象に終わるかもしれないと論じる。1970年代半ば以降で、企業のサプライヤーからの配達遅れの報告頻度がこれほど高くなったことはないというゴールドマン・サックスの調査やメーカー業務のバックログ在庫は春に記録的な速度で増加したとのIHS マークイットの調査を引用し、これは景気回復の脱線やインフレ横行の懸念などの問題を提起するが、配達の遅延は米国で最もよく見られ、このことは米国での消費者需要の健全な回復とおそらく結びついていると指摘する。回復のスピードが企業を不意打ちにし、米小売業者の在庫は、収益対比で史上最低に落ち込み、小売店が売れるものを売り果たしたことを示していると述べ、この傾向は特に小規模企業に著しく、大手上場企業の在庫は減少していないと報じる。ただし急増する需要はすぐには補充できないと述べ、その間に物の価格が上がるかもしれないとし、米中間の商品輸送コストはこの1年間で約3倍になり、一部の米企業は航空貨物などコストがかかる方法を採用しており、このコスト上昇分を価格に転嫁する可能性があると指摘、こうしたことすべてが、手の付けられないインフレが近づいているという市場の騒ぎを煽り立てていると述べる。
 こうしたインフレ懐疑論をさらに進めて、ハト派は現在の英国経済の状況を踏まえて、インフレは復活したが、物価上昇の兆候に対する懸念の多くは見当違いだと主張する。春から夏にかけて物価上昇が復活したのは確だが、主因は、パブやレストラン、衣料品店の再開、目抜き通りでの消費支出の復活によるのであり、インフレ率は、記録的な低迷後の経済成長の兆しとして歓迎されて然るべきだと主張する。さらにインフレ要因として、ガソリンスタンドと家庭暖房の両方で上昇中の燃料価格、一部業界での素材と労働力の不足があるとし、一例として建設業界での木材や塗料の値上がりを挙げる。労働力不足については、ロンドンでの労働者募集がパンデミック以前に比して困難になっていると述べ、また保守党が、英国は間違ったタイプの移民、つまり十分なスキルを持たない人々を受け入れてきたとして建設業者やバーテンダーを減らし、生物科学者や銀行家を増やすべきだと主張し、今日の一般労働者不足を引き起こしたとして同党を批判する。そのうえで今は景気刺激と壊れた社会契約を修復する時であり、特に過去15ヶ月間に多くの機会を失った若者たちに職を与え、枢要な労働者に良き給与と保護を保障しようと呼びかける。

結び:以上、5つの主要メディアの論調は、タカ派からハト派と中道右派、左派へと截然と分かれている。しかし共通点もあるといえよう。それは07年から08年にかけて起きた米国発世界的金融危機の再発への警戒感もしくは恐怖感である。日本でリーマンショックとして知られる、この危機は発生から10年有余を経ても、一種のトラウマとして今なお関係筋の脳裏に刻まれているのであろう。危機から立ち直る段階で金融政策の舵取りを担っていた当時のFRBのジャネット・イエレン議長(現米財務相)が繰り返した言葉に、「データ次第」がある。金融政策は物価や雇用データを道標として運営するといいう見解である。
 新型コロナウイルスの大流行は世界経済を直撃し、いわばリーマンショックを上回る大打撃を与えた。米経済を初めとする大型景気対策を実行した先進諸国経済は、ワクチン接種の急速な進展もあり、経済が急回復している。その意味で、リーマンショック後の回復期に相似した現在は、上述の「データ次第」が当てはまる時期だといえよう。その限りでは、米ビジネス誌ブルームバーグの、インフレ・データは先行きのリスクを明示しておりFRBはこうした不確実性に目を凝らすべきだ、との主張は的を射ている。FRBはデータを基にして必要あれば、政策修正の用意があると市場に発信して然るべきだろう。(2021年6月5日)

(注1)要約:ウォール・ストリート・ジャーナルは、インフレ懸念を強く示し、FRBに早期の政策転換を求める。エコノミストや業界関係者の一部は、現在の金利水準では、景気が過熱するリスクが極めて高く、利上げをしなければならないと主張する者もいると述べ、投資家に対しては、FRBによる政策転換の支援に動くべきだと促す。その理由として、大きな政策ミスがあると、資産価値や市場機能、経済的かつ社会的福祉に長期にわたる大きな損害を与えるからだと説く。しかしFRBは昨年、金利設定戦略を見直し、物価上昇がFRBの目標である2パーセントを超えないよう先手を打って利上げするのではなく、長期的に2パーセントの平均インフレ率を目指す方針に変えたばかりであり、今後数カ月の物価上昇がそれを幾分上回るペースになると見込んでいるものの、政策スタンスを変えようとしていない。FRB当局者は、物価が2パーセント上昇を達成後に一段と上昇に向かい、経済が完全雇用かそれを超える状態になるまで、金利をゼロ付近で維持する見通しだと語り、昨年12月以降、これらの目標に向けて「さらなる実質的な進展」があるまで現在のペースで資産購入を続ける意向を示したと伝える。
 そうした政策姿勢を支える要因として、数兆ドル規模の景気刺激策、消費者がワクチン接種を終えることで企業の財・サービスの供給能力を圧迫するとみられること、広範囲に及ぶ労働力不足や半導体不足などの供給不足が経済の足を引っ張る懸念などをメディアは挙げる。そのうえで今後のシナリオとして、第1に一時的な症状であるインフレ率上昇がずっと持続する、第2に必要以上に急な政策転換を迫られる、という2つの可能性を挙げる。第1については直近の物価急上昇が、持続的なインフレ高進を招くかどうかは「まだ疑問の余地がある」との専門家の見方を紹介、第2については、FRBは緩和的な政策スタンスを見直すべき時だとの共和党議員のコメントを伝える。
 次いでブルームバーグも、FRBは政策見直しの用意があることを表明すべきだと主張する。4月の消費者物価は前年同月比で4.2パーセント、コア・インフレ率も同3パーセント(上昇しており、上昇率は予想を上回っていると警告する。これに対しFRB当局者は、これまでの立場を繰り返すだけで、リチャード・クラリダ副議長は、物価の加速は「基礎となるインフレに一時的な影響しか及ぼさないだろう」と述べていると批判する。ただし3月の 給与支払名簿データによると、雇用は266万人の増加にとどまっており、こうした雇用回復の遅さは不安定な回復を示すもので、その限りではFRBが金融政策を可能な限り緩く保つことは正しいと指摘する。
 しかしFRBの企業マインド調査によると、多くの雇用主が人手不足と雇用の困難を訴えている、つまり労働市場は緩くはなく、タイトだと述べ、この原因が最近のパンデミック救済パッケージで提供される失業給付の延長によるものでなく、利用可能な労働者と企業が必要とする労働者との間の不一致、すなわちパンデミック発生後に起きた永続的な構造変化によるものである場合、緩やかな金融政策がもたらす更なる需要は、賃金と物価に対する上昇圧力を増大させるリスクがあると指摘する。資産価格が突飛な水準に押し上げられており、危険は目の前にあると述べ、雇用、賃金、物価の見通しに関して矛盾するシグナルがあり、これを認めないのは賢明でなく、そうしたことが長く続けば続くほど、政策修正が経済に衝撃を与え、残酷な結果をもたらす危険性が高くなると警告する。4月末の中央銀行の政策会議の議事録によると、一部の連銀総裁は、必要に応じてインフレ動向を監視し、政策を調整する必要性について話し合っているが、議事録自体はこの問題をさらに突っ込んで議論しようとしていないと批判、FRBは必要あれば政策修正の用意がありと投資家に発信すべきだと論じる。

 同じくタカ派的なフィナンシャル・タイムズは、1月の債券利回りの急騰や2月の業績不振の米ゲームソフト販売大手の株価の連日急騰、ファミリーオフィスのアルケゴスが金融機関に100億ドルもの損害を与えた事件に触れ、中央銀行による流動性供給によって巨大なリスク・テイクの動きが再発していると懸念を表明、一度発火すれば、重大な金融事件に発展しかねない危険があると警告する。07年の世界的金融危機の際、大手米銀のトップは、戦略を転換するには市場が変わろうとしていることを示す「曖昧さを残さない証拠が必要だ」と答えたことを紹介、銀行は目先の実績を気にして、短期の業績不振を恐れていたと指摘する。
 そのうえで米連邦準備理事会(FRB)当局者は、一般的な発言のポイントをインフレ懸念の否定で貫き、量的金融緩和による毎月の資産購入規模の段階的縮小、すなわちテーパリングについて「考えることは考えていない」と繰り返してきたが、先週発表された政策委員会議議事録によれば、一部の当局者は「今後の会合で」インフレの可能性を話題にしたいと述べ、FRBがようやく政策修正に乗り出そうとしており、そうなるとFRBが2007年から08年にかけて犯したような政策過誤の可能性が減ると歓迎する。ただし政策委員会に出席していたメンバーがごく少数で、しかも議長が不在のようだったと述べ、スケジールも内容も、あいまいで、市場がほとんど注目しなかったのも不思議ではないと補足、加えてFRBは、インフレ率は期間平均で2パーセントを目指す方針とする「新しい金融枠組み」を掲げ、これがパンデミックに関連する経済構造の変化に適していないため、政策転換は厄介な問題を抱えていると懸念を表明する。そして政策転換には、市場のボラティリティとFRBの信頼性の損失という双子のリスクがあるが、これに代わって独断的な後ろ向きの政策スタンスにしがみつくと、はるかに大きな損害という脅威が待ち構えているだろうと警告する。

 こうした論調に対してエコノミスト誌は、半導体不足や労働力不足について触れた後、これが景気回復の障害やインフレ加速要因となるのではないかと述べるが、最終的には一時的現象に終わるかもしれないと論じる。半導体、労働力不足問題については、1970年代半ば以降で、企業のサプライヤーからの配達遅れの報告頻度がこれほど高くなったことはないというゴールドマン・サックスの調査やメーカー業務のバックログ在庫は春に記録的な速度で増加しとのIHS マークイットの調査を引用し、これは景気回復を脱線させるかどうか、さらにはインフレの横行を引き起こすかどうか、という問題を提起すると指摘する。
 その一方、不足問題は米経済の回復と結びついていると述べ、配達の遅延は米国で最もよく見られるようであり、このことは米国での消費者需要の健全な回復とはおそらく結びついているとし、JPモルガン・チェースの追跡調査によると、クレジットカード支出は、3月までの半年間でパンデミック前の10分の1を下回る傾向から5月までにわずかに下回る水準にまで増加したと伝える。この回復のスピードが企業を不意打ちにし、米小売業者の在庫は、収益対比で史上最低に落ち込み、小売店が売れるものを売り果たしたことを示していると述べ、この傾向は特に小規模企業に著しく、大手上場企業の在庫は減少していないと報じる。しかし急増する需要はすぐには補充できないと述べ、たとえば、輸入品をみると船の米中間航行期間は数週間かかり、港湾でのコンテナ不足やコロナによるロックダウン第1波による立ち往生などが起きた例などを挙げる。
 ただし、その間に物の価格が上がるかもしれないとし、米中間の商品輸送コストはこの1年間で約3倍になり、一部の米企業は航空貨物などコストがかかる方法を採用しており、このコスト上昇分を価格に転嫁する可能性があると指摘する。こうしたことすべてが、手の付けられないインフレが近づいているという市場の騒ぎに貢献していると述べ、市場予想インフレ率の指標である5年間損益分岐率は、5月11日に2.7パーセントに達し、13年ぶりの高水準となったと報じる。4月の消費者物価指数は前年比4.2パーセント上昇したが、物価上昇の最大の要因は物資不足の隘路ではなく、昨年の原油価格の下落が年間比較から脱落していることに関連しており、かつ昨年の経験は、物資不足が一過性の物価上昇以上のインフレを引き起こすほど長く続かない可能性を示唆しているとし、昨年初頭、経済がロックダウンされるなか、企業はすぐに材料を調達する新しい方法を見つけているからだと述べ、インフレ待ちは結局、時間切れとなって然るべきだろうと論じる。

 最後に最もタカ派のガーデイアンは、現在の英国経済の状況からインフレ問題について論じ、インフレが復活したが、このインフレは半世紀前のものとは別物で、物価上昇の兆候に対する懸念の多くは見当違いだと論じる。この春から夏にかけて、物価上昇が復活したのは確かであるが、主因は、パブやレストラン、衣料品店の再開、目抜き通りでの消費支出の復活により、物価が上昇しているのであり、インフレ率は、記録的な低迷後の経済成長の兆しとして歓迎されて然るべきだと主張する。
 もう一つの要因は、ガソリンスタンドと家庭暖房の両方で燃料価格が上昇中であること、そして最後の要因は、一部の業界で素材と労働力が不足していることにあり、木材や塗料の値上がりを挙げる。労働力不足については、ロンドンで労働者がパンデミック以前ほど容易に募集できなくなっていると報じ、海外に強力なネットワークを持つ人々の中には、完全に去った人もいると述べ、保守党は、英国が間違ったタイプの移民、つまり十分なスキルを持たない人々を受け入れてきたと主張し、建設業者やバーテンダーを減らし、生物科学者や銀行家を増やすべきだと示唆してきたが、今日、我々はこうした転換のもたらしたコストを実感しつつあると指摘する。
 現在のインフレと1970年代との大きな違いは、政治家や政策立案者が当時、心配していたのは、賃金のインフレだったことだと述べ、50年後の今は、労働側は社会勢力として粉砕されており、英国の労働市場は、雇用者の呼びかけに応じて従業員が勤務する不安定なゼロ時間契約が普及したことで特筆されていると指摘、今は景気刺激と壊れた社会契約を修復する時であり、特に過去15ヶ月間に多くの機会を失った若者たちに職を与え、枢要な労働者に良き給与と保護を保障しようと呼びかける。

                                                           
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。

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