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2021年の日本その3- 日米首脳会談と岐路に立つ日米同盟

2021/05/07

英文メディアで読む 第96回
 
2021年の日本その3
―日米首脳会談と岐路に立つ日米同盟―
 






 
前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
       バベル翻訳大学院プロフェッサー
 
 
 菅義偉首相は4月16日、外国指導者として初めてワシントンを訪問し、バイデン米大統領と対面で会談した。今回は、この首脳会談前後における主要メディアの報道と論調を観察した。要約は後述の注1を参照。
 菅首相のワシントン訪問に先立って4月14日付ニューヨーク・タイムズは、「Will Japan Confront China? A Visit to Washington May Offer a Clue(日本は中国と対決するか、手がかりとなるワシントン訪問)」と題する記事で、ホワイトハウスに招かれた最初の外国指導者である菅首相は、アジア地域の安定に脅威を及ぼす中国に全面的に対峙するよう迫られそうだ、と次のように報じる。

岐路に立つ日米同盟:東アジア国際安全保障の専門家であるダートマス・カレッジのジェニファー・リンド准教授は、「我々は、アジアが脅威の焦点になっている全く新しい時代にあり、日本はその脅威の最前線にいる」と述べ、「日米同盟は岐路に立っており(at a crossroads)、増大する中国の脅威と国際秩序に対する中国の政策にどのように対応したいのかを決めなければならない、と語る。

予想される首脳会談の議題:両首脳が話し合うと予想される議題は、コロナウイルス大流行、貿易、半導体などの部品のサプライチェーン確保、北朝鮮の核の脅威、気候変動に関する共通目標などである。元駐米大使の藤崎一郎氏は「通常、日本の総理大臣が訪米する際には、買い物リストのようなものがある。このことに触れますか、例の件を確認してくれますかなど。しかし今回は、それはすべきではない。世界とアジア太平洋について大きな話をすべきだ」と言う。

軍事紛争への対処策を明確化すべき日本:このような大胆な発言は、日本の当局者の根深い本能(deep-seated instincts)に反するだろう。彼らは中国やその最も敏感な利益への言及を避ける傾向があり、自由で開かれたインド太平洋地域の維持の必要性などについての曖昧で大雑把な(sweeping)表現を好む。しかし中国が、南シナ海や東シナ海における攻撃的な行動を封じ込める外交努力や法的努力を繰り返し無視してきたので、日本は軍事紛争(military conflict)が起きた場合に取るべき行動について明示する必要があると指摘されている。

紛争発生リスクが大きい台湾海峡:次いで記事は、尖閣諸島周辺での中国の挑発的行動について触れた後、それより軍事紛争のリスクが大きい地域として台湾海峡を挙げ、オースティン米国防長官とブリンケン米国務長官が先月、東京を訪問した際に共同声明で、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調したと指摘する。そのうえで、来週の菅・バイデン会談後の共同声明にで同様の表現が盛り込まれれば、1969年の佐藤・ニクソン首脳会談後、台湾周辺地域での平和と安全保障の維持は日本にとっても重要だと述べた共同声明以来のことになると伝える。しかし中国が台湾に侵攻(invasion)した場合に、日本がどのように確固として米国と台湾を支援するか、という具体論については今回の首脳会談の範囲には収まらない問題だろうと述べ、ただし一つの可能性として、日本が長距離ミサイルの基地提供を求められることがあるが、おそらく国内の大きな反対に直面するだろうと指摘する。

軍事行動だけでなく人権問題も議題へ:さらに記事は想定される議題として次のように論じる。バイデン氏と菅氏は中国の軍事行動だけでなく、人権問題(human rights record)やミャンマーのクーデターについても議論すると予想される。バイデン政権は、新疆ウイグル地区のイスラム教徒に対する中国の弾圧をジェノサイドと呼び、中国当局に制裁を科し、ミャンマーの将軍にも制裁を加えている。しかし日本は人権への取り組みや経済制裁などの直接的な行動に慎重になりがちである。中国と膨大な貿易を行い、ミャンマーに投資している日本が反発(backlash)を恐れているのは明らかであり、中国政府はいつでも蛇口を締められると理解しているからだ。

気候変動も議題へ:バイデン氏はまた、気候変動(climate change)に関して日本を引っ張り込もうとするかもしれない。日米政府はともに二酸化炭素排出量の大幅削減に向けて取り組んでおり、バイデン氏は来週気候サミットを開催する予定だ。一つの目標は、すでに支援の削減が始まってはいるが、海外の石炭プロジェクトの財政支援を止めるよう日本を説得することだろう。

訪米の成否はバイデン氏との信頼関係の構築にあり:記事は最後に次のように指摘する。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

Mr. Suga may hope that a fruitful trip to Washington will bolster his standing at home, where he is politically vulnerable. The Japanese public is unhappy with his administration’s management of the pandemic and a slow vaccine rollout, and a majority oppose the decision to host the Olympic Games this summer. The trip’s success may depend in part on whether Mr. Suga develops a rapport with Mr. Biden.

「菅氏は、実りあるワシントン訪問が政治的に脆弱な国内の立ち位置を強化することを望んでいると思われる。国民は、菅政権のパンデミックの管理とワクチン投与の遅れに不満を持ち、また大多数は今夏の東京五輪開催の決定に反対している。訪米の成否は一部、菅氏がバイデン氏と信頼関係を築くかどうかにかかっているかもしれない」

日本は米国のアジア戦略成功の要:4月15日付ブルームバーグは、「How Japan Can Lead in Asia(アジアで指導力を発揮すべき日本)」と題する社説で、日本は世界で最も重要な地域における最も親しい米国の同盟国で、そのためバイデン米大統領は日本の菅義偉首相を最初の公式ゲストに選んだと述べ、両国はアジアにおける現状の秩序を維持し、中国の台頭に対抗したいと考えていると論じる。そのうえで日本について次のようにコメントする。ここも原文を読んで翻訳してみよう。

The linchpin to any successful U.S. strategy in Asia has long been Japan. The Pentagon has more troops deployed there — roughly 55,000 — than anywhere else in the world. Japan is the top holder of U.S. Treasuries, America’s largest source of foreign direct investment and its fourth-largest trading partner.

「アジアにおいて米国が戦略上の成功を収める上での要は、長い間日本だった。国防総省は世界最多となる、ざっと5万5000人の軍隊を日本に配備している。日本は米国債の第1位の保有者、つまり米国にとって最大の海外直接投資源であり、第4位の貿易相手国である」

 次いで社説は、日本企業は重要なテクノロジーサプライチェーンの主要プレーヤーであり、インドとオーストラリアを加えたクワッド(The Quad)メンバーと共に、日本は中国の地域的野心をチェックする米国の取り組みの中心となると指摘、概略以下のとおり述べる。

アジアで貿易・安全保障のパートナーとして信頼される日本:日本は安倍前首相の下で米国と他のアジア諸国とのかけがえのない架け橋(irreplaceable bridge)にもなってきた。クワッド自体も、米国が受け入れてきた「自由で開かれたインド太平洋」の概念と同様に、安倍のアイデアだった。東南アジアの多くの国にとって、日本は米国、そして当然、中国よりも貿易・安全保障のパートナーとして信頼されている。東南アジアでは、米政府寄りとみられることに消極的な政府が多いが、防衛問題に関する日本の協力は公然(openly)と歓迎する。菅政権はすでに予想以上に大胆だ。中国政府の怒りを買うリスクを取りながら、新疆と香港における中国の行動と台湾を脅迫する試みを批判している。

菅首相に求められるもう少しの大胆さ:また昨年秋、日本はオーストラリアと正式な防衛協定(defense pact)を結んだ。ミャンマーの軍政に制裁を課す他のG7諸国に同調はしていないが、新たな援助を停止した。国内での菅の脆弱な立場を考えると、これ以上を日本の指導者に望むのは無理(churlish)かもしれないが、実際には、もう少しの大胆さが求められている。それが実現すれば、日米の双方に配当があるだろう。一例を挙げれば、貿易に関して安倍は、米国撤退後の環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Partnership)を復活させたという功績がある。バイデン政権がすぐに再加入する可能性は低いが、菅は他の署名国と協力して米国の再加入(re-entry)の障害に対処できるだろう。また中国を加入させるための取引基準の引き下げ圧力に抵抗し、デジタル貿易に関する合意の拡大解釈を防ぐなど信頼の構築と自由化の勢いを推し進めるべきだ。

自滅的保護主義の阻止、サプライチェーン確立などで貢献できる日本:日本はまた、中国とのデカップリングに向けた米国の試みが自滅的な保護主義(self-defeating protectionism)に陥らないように動くべきである。日本企業は、レアアース(rare earths)のような重要資源を中国に依存しすぎているとの米企業の懸念を共有しており、アジア全域での強靭な(resilient)サプライチェーン確立に貢献できる。また日本は長年にわたる援助と開発の関係を活用して、米国と日本の資源の両方を他のアジア諸国の最も懸念する問題(クワッドが最近公約したワクチン生産の増加、コロナ危機後の経済回復、長期的なインフラプロジェクト)に集中できる。

軍事面でも対米協力を強化すべき日本:能力を高める中国の軍事力とのバランスを取るためには、日本は米国とさらに緊密に協調する必要がある。例えば、新しい長距離対艦巡航ミサイルの開発や地上ミサイル防衛に協力すべきである。また、日本各地のより多くの基地に米軍を分散させるかどうか、台湾をめぐる紛争で自衛隊(Japanese military)が米軍をどのように支援するかなど困難な対話の中で、静かにとはいえ、関与すべきである。

人権問題でもアジアのリーダーとなり得る日本:人権に対する率直なアプローチも可能である。日本企業は新疆とミャンマーでの関係見直しを求める声に直面しており、幅広い議員らが日本に対し、人権侵害者を特定して個人的に入国禁止や資産凍結などの制裁が行えるマグニツキー・スタイルの制裁法(Magnitsky-style sanctions laws)の策定を求めている。その議論が進む中で、日本はインドや東南アジア諸国における影響力を利用して、ミャンマー軍事政権(Burmese junta)に対して多くの圧力をかけるべきだ。日本は貴重な同盟国である。地域のリーダーとして、それはさらに貴重な存在となり得る。

自己主張を強める中国に対抗するために同盟を強化:4月16日付ワシントン・ポストも「Biden meets Japan’s leader to boost China-facing alliances(バイデン、日本の指導者と会談、狙いは対中同盟の強化)」と題する記事で、今回の日米首脳会談の目的について概略次のように報じる。バイデン大統領が最初の対面会談の外国指導者として日本の菅首相を選んだのは、自己主張を強める(more assertive)中国とその他の世界的な課題に対処するための同盟強化に重点を置いているためである。バイデン大統領と菅義偉首相は、ドナルド・トランプ米大統領時代を特徴付ける政治的混乱(political turmoil)と国際社会からの撤収の後、米国と民主主義全体が衰退している(on the decline)という中国の習近平国家主席からのメッセージに対抗しようとしている。

北朝鮮、サプライチェーン、台湾も議題へ:また両氏は、北朝鮮の核開発を含む他の地域安全保障問題について議論するだろう。さらに両国政府は、世界中の企業が半導体不足を懸念するなかで、中国から独立した技術サプライチェーンの強化に取り組んできている。日本はサプライチェーン協力の一環として、5Gセルラーネットワークへの投資を発表し、中国のネットワークに代わるものを後押しする見込みだ。バイデン政権はまた、日本に対して台湾についてまれな正式支援声明を菅に迫るなど、さらに厳しい要求を突きつけるかもしれない。ただし中国側資料によると、菅首相の訪米に先立って王毅外相が日本の外相への電話で、中日関係は「主要国間のいわゆる対立に関与しない」ことに留意するよう日本側に警告したという。

 次に首脳会談の結果に関するメディアの報道や論調をみていく。4月20日付ウォール・ストリート・ジャーナルは同紙「グローバルビュー」欄のコラムニスト、ウォルター・ラッセル・ミード氏の論説記事、「Tokyo Flexes Its Talons(日本版記事:【オピニオン】対中強硬姿勢で米国と歩調合わせた日本)」で、日本の菅義偉首相は米国のアジア戦略に明確な支持示したが、課題はソフトパワーの協力にあると述べ、概略次のように論じる。

日米双方に歓迎すべき内容が多かった共同声明:米側当局者は、米国が掲げるアジア戦略の主要テーマ(talking points)に菅氏が歩み寄ったことを歓迎した。菅首相は共同記者会見(joint press conference)で、日米両国が「東シナ海や南シナ海における力による現状変更の試み、地域の他者に対する威圧に反対する」ことで一致したと語った。菅氏が台湾海峡と新疆ウイグル自治区の状況に言及したことは、米国の強硬路線に対し、日本がより明確な(more forthright)支持を示すようになったとの印象を強めた。日本側にとっても、歓迎すべき内容が多くあった。バイデン大統領は、大統領執務室で会談する最初の外国首脳に菅氏を選んだ。これがバイデン政権の対日関係を最重視する姿勢を示すシグナルであることは間違いない。さらに良かったのは、米当局者が菅首相に対し、日本国内で受けが悪かったり、難しい日中関係を険悪化させたりしかねない言質(comments)を求めなかったことだ。   

中国との過度な対立を避けたい日本:菅氏の台湾と新疆ウイグル自治区に関するコメントは表現に含みを持たせていた(hedged)。共同記者会見で同氏は、台湾に関しては、日米のコンセンサスを「再確認したものだ」と語ったのである。新疆ウイグル自治区の状況については「わが国の立場や取り組みについてバイデン大統領に説明」したと述べた。バイデン、菅両氏は記者会見でも、共同声明でも「ジェノサイド(民族大量虐殺)」という言葉を使わなかった。日本は依然として、米国の数歩後ろにとどまることを望んでいる。地理、経済、歴史の全てにおいて、日本と中国はつながっている。日本は、中国が軍事力と領有権に関する主張を強めていることに対して、断固たる対応が必要なことを十分に理解しているものの、日本の産業界も国民も、近隣の超大国と過度に対立したくない(too confrontational)と考えている。日本のコンセンサスは変わりつつあるが、戦後の伝統である慎重な外交は一晩にして変わらないのだろう。

バイデン政権の中国政策に十分な確信を持てない日本:米側の問題もある。オバマ、トランプ両政権の下で米国の政策が揺れ動いたこと(oscillations)で、日本はひどく痛めつけられた。中国の南シナ海での人工島造成に対するオバマ氏の軟弱な(flaccid)対応は、安倍晋三政権に大きな衝撃を与えた。オバマ氏は環太平洋連携協定(TPP)をアジア政策の中心に置いたが、トランプ氏は就任後に離脱した。日本政府は、バイデン政権の中国政策の行方について100パーセントの確信を持てないのだ。菅氏が訪米中、ジョン・ケリー米大統領特使は中国で気候に関する重要な取引を押し進めようとしていた。台湾から新疆に至る問題に対するバイデン政権の発言は強硬だが、バイデン氏はインフレ調整後の国防予算について、小幅な削減を提案している。菅氏にとって最も賢明な道は、米政府の気分を害さずに中国に過度な衝撃を与えないことであり、まさにこれを達成したようだ。

ソフトパワーの面で脆弱な日米同盟:米国と特定国の間の最も重要な国際関係は日本との同盟だ。日本の経済力(economic weight)、技術力と地理的位置がなければ、米国は中国と対峙する上で、有効な連合体を構築できない。しかし日本は、米国からの力強く安定したサポートがなければ、中国の前庭で、独立した大国として存続できない。こうした事実が米国と日本を結び付けているが、民主主義国家間の同盟は現実的政治(realpolitik)だけで成り立つものではない。菅氏はワシントンにおいて両国が共有する自由、民主主義、人権、法の支配など普遍的価値について話した。それはこれまでのところ、非常にうまくいっている。しかし、人的交流、さまざまな社会的分野での相互理解、運命共同体の認識など同盟の持つソフトパワーの面は、英国やイスラエルなどの他の同盟国と米国との間の結びつきよりも著しく弱い。

日米関係の支えとなる社会・文化面の関係構築が喫緊の課題:上記のように論じて記事は最後に、次のように提言する。2018~19学年度に日本で学ぶ米国人学生の数は9000人弱だったが、19年に日本語能力試験(JLPT)に参加した米国人学生の数は、わずか約7000人だった。中国は新型コロナウイルス感染症の流行以前の時点で、人口当たりで日本の約2倍の学生を米国留学に送り出していた。アジア29カ国の学生を対象とした英語能力試験で日本の学生の順位は27位で、日本を下回ったのはラオスとタジキスタンだけだった。日本について深い知識を持つ米国の学者、シンクタンクの研究者(think tankers)、ジャーナリストはほとんどいない。予見可能な将来において、日米同盟は引き続き米国外交の基盤になるとみられる。この両国関係の支えとなる社会・文化面の関係を築くことが、両国にとって喫緊の課題である。

日本の台湾防衛への関与に問題提起した日米サミット:4月21日付フィナンシャル・タイムズも「With US help, Japan’s stance towards China hardens(米国の支援を受けて対中姿勢を硬化する日本)」と題する論説記事(筆者は、ダートマス大学政治学准教授でチャタム・ハウス(Chatham House)の研究員、ジェニファー・リンド(Jennifer Lind))で、先週の菅義偉首相とバイデン米大統領との首脳会談の後、精査を要する新しい微妙な問題が生じたと指摘する。会談後の共同声明の「我々は台湾海峡全体の平和と安定の重要性を強調し、両岸関係の問題の平和的解決を促す」という箇所に触れ、両国が正式な首脳会談で台湾に最後に言及したのは1969年であり、今回は日本政府がどこまで台湾の防衛に対して踏み込むかという疑問が提起されたと主張する。

中国の高まる対台湾圧力への対応を望む米当局:さらに記事は、台湾に関する声明文は、菅のワシントン訪問前に米側から提案されていたと述べ、特に米当局者は、台湾に対して高まる中国の圧力への対応を望んでいたと報じ、それは中国の対台圧力は脅迫的な言葉だけでなく、台湾の防空識別圏(air defence zone)への中国軍用機による記録的な数の侵犯などに示されており、広い意味では、菅がホワイトハウス・ローズガーデンで語ったように、「地域の安全保障環境はますます厳しくなっている」ためだと述べる。 

台湾に関する話し合いを控えてきた日本:次いで記事は、台湾に関する今回の日本政府の動きについて次のように論じる。日本は長い間、同盟国の米国と台湾について話し合うことを控えてきた。日本政府は地域戦争に引き込まれることを長年懸念して、集団安全保障(collective security)という考えに神経を尖らせ、また現在最大の貿易相手国である中国に敵対すること(antagonising)を避けようとしてきた。菅氏の台湾について語る意欲は、こうした長年の行動規範(longstanding norm)からの顕著な逸脱となる。しかし中国政府にとって、これは全く敏感な(subtle)問題ではないようだ。共同声明は中国の野放図な行動に関する記述で溢れている。いわく、「経済その他の形態の強制」の発動、「国際ルールに基づく秩序と矛盾する」活動、そして「南シナ海における違法な海洋上の主張と活動」などを挙げる。

米外交政策の中心にある日本と中国と「クワッド」:菅はバイデン大統領就任後、初めてホワイトハウスを訪問した外国の指導者である。このことは日本(そして中国)が米外交政策の中心にあることを示している。菅のワシントン訪問に続いて、米印日豪による中国に対抗する取り組みであるインド太平洋「クワッド」(“Quad”)の史上初の首脳会談が開催された。そして日米共同声明が発表されたまさに数日後、バイデンは米国のアフガニスタンからの撤退を発表した。これにより米国はインド太平洋に集中できるようになる。

不明確なクワッドの軍事的意志と能力:中国政府にとって、以上のメッセージは朗々として明確である。しかしメッセージに続き、多くの行動が起こされるかどうかはまだ分からない。クワッドが中国に立ち向かう軍事的意志と能力を持つかどうかは不明確である。一部のアナリストはクワッドを強化するために、国防政策と安全保障政策の調整や軍事面の相互運用性(interoperability)を向上させるための演習の実施を提唱している。今年後半には、クワッドは最初の対面の首脳会談を開催する予定である。菅はローズガーデンで、「同盟の抑止力と対応力を強化しなければならない」と語った。同氏の言うとおりだ。中国の軍事力増強(特に大規模海軍とミサイル拡大)は、アジアにおける軍事バランスを変えた。ロイド・オースティン米国防長官は米国の軍事態勢(military posture)の見直しを命じたが、それにより地域で米軍の船舶、兵員さらには長距離ミサイルが増加する可能性がある。

増大する脅威に対処する必要がある日本政府と国民:日本についてはどうか。共同声明では、日本が地域の安全保障をさらに強化するために「自国の国防能力を強化することを決意した」と述べた。しかし米国は日本に対して何十年もの間、まさにそうすることを促してきたが、日本は、非友好的な隣人が裏庭に広大な軍隊を築き上げているのを目の当りにしながら、決定を留保してきた。台湾を支援するどころか、日本を防衛するには、日本政府が防衛費(defence spending)を臆せずに増やす必要がある。そのためには日本の指導者は、気の進まない国民と率直な対話を交わさなければならず、国民は増大する脅威にどう対処するかを決断する必要があるのだ。

結び:以上が日米首脳会談に関するメディアの論調であるが、これを次の5つの視点から概括してみたい。

 第1は、日本が増大する中国の脅威の最前線にいるという指摘である。ただし、これは正確には目下、最前線に立っているのは、台湾というべきだろう。メディアも軍事紛争のリスクは尖閣諸島より台湾海峡が高いと警告している。この脅威を前にして、日本は立ち位置をいっそう明確にする必要に迫られている。その意味で、日本と日米同盟は岐路に立たされている。こうした状況を踏まえて、日米両国は首脳会談後の共同声明で、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調したが、メディアはさらに、台湾有事に際しての自衛隊の支援態勢を検討すべきだと問題を提起する。平和憲法を持つ日本にとって極めつけの難問と言えるが、許される範囲内での行動について具体的に検討しておくべきであろう。また台湾以前の問題として日本は自身の防衛のために防衛費を増やし、そのために指導者は国民と率直な対話を交わし、国民は増大する脅威にどう対処するかを決断すべきだ、とメディアは主張する。日本として真剣に受け止めるべき提言である。

 第2に、南シナ海において増大する中国の脅威への対処の問題である。日本は安倍前首相の下で米国とアジア諸国との架け橋となり、クワッドや「自由で開かれたインド太平洋」の概念を打ち出し、多くの東南アジア諸国にとって米中両国よりも貿易・安全保障のパートナーとして信頼されているとメディアは評価する。これは確かに、今後も大事にすべき日本の資産と言える。クワッドについては、中国に立ち向かう軍事的意志と能力を持つかどうかは不明確だとメディアは懸念を示している。構想を主導した日本は腰砕けになってはならないだろう。このことは、訪米中の菅氏が「同盟の抑止力と対応力を強化しなければならない」と語り、「自国の国防能力を強化することを決意した」と述べたと伝えるメデイアは当然、日本に期待していることだろう。

 第3に、メディアは中国での人権問題やミャンマーのクーデターを挙げ、バイデン政権は新疆ウイグル地区のイスラム教徒弾圧で中国制裁を科し、ミャンマーの将軍にも制裁を加えているが、膨大な対中貿易とミャンマー投資を抱える日本は経済制裁に慎重だと批判する。そのうえで、日本はインドや東南アジア諸国における影響力を利用して、ミャンマー軍事政権に対して多くの圧力をかけるべきだと主張する。日本として何らかの対応が必要なことは明らかである。そうした具体的対策として、マグニツキー・スタイルの制裁法案が検討されていることに注目したい。

 第4に、菅氏はワシントン訪問が脆弱な国内政治基盤の強化に繋がることを望んでいるようだと述べ、菅政権のパンデミック管理とワクチン投与の遅れに対する国民の不満や東京五輪開催の決定への大多数の反対などを挙げ、今回の訪米の成否は、菅氏がバイデン氏と信頼関係を築くかどうかにかかっていると指摘する。今後の両首脳の動向を、こうした観点からも注目する必要がある。

 第5に、メディアは民主主義国家間の同盟は現実的政治だけで成り立たないと主張し、人的交流、さまざまな社会的分野での相互理解、運命共同体の認識など同盟の持つソフトパワーの面で日本は、英国やイスラエルなどの他の同盟国と米国との間の結びつきよりも著しく弱いと指摘する。そのうえで日本や日本語を学ぶ米国人学生の少なさや人口当たりで日本の約2倍の米国留学生を送り出す中国、日本の学生の低い英語能力などを挙げ、さらに日本について深い知識を持つ米国の学者、シンクタンク研究者、ジャーナリストはほとんどいないと指摘する。耳に痛い率直かつ貴重な助言として謙虚に受け止め、日時を要する問題であるとしても即刻対応に動くべきだろう。

 以上の他にメデイアは、米中間の貿易問題やアジア全域でのサプライチェーン確立など経済問題への日本による協力の必要性に言及する。いずれも日本と地域の安全保障と関連する重要課題であり、また日本として否応なしに巻き込まれる問題でもあり、積極的に関与していくべきだ。
 菅氏は米アジア戦略の主要テーマに歩み寄り、米国も日本国内で受けが悪かったり、日中関係を険悪化させたりしかねない言質を求めなかったとメデイアは伝えるが、それが事実とすれば幸運だったと言えよう。今後、日本が留意しなければならない問題の一つは、メディアが指摘するように、菅氏訪米中にケリー米大統領特使を中国に派遣したり、対中強硬姿勢をとりながら国防予算の削減を提案したりするなどの米側の動きであろう。その意味でも、菅首相が台湾問題の発言に含みを持たせたのは賢明だったと言えるかもしれない。
 
(注1)要約:首脳会談に先立ってメディアは、アジアは増大する中国の脅威が焦点になっている新しい時代にあり、日本はその脅威の最前線にいると述べ、日米同盟も岐路に立たされていると指摘、軍事紛争のリスクは尖閣諸島よりも台湾海峡の方が大きいと警告する。日米首脳は共同声明で、「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調したが、日本は自由で開かれたインド太平洋地域の維持の必要性などの曖昧で大雑把な表現を好み、中国やその最も敏感な利益への言及を避ける根深い本能があると述べ、しかし日本は軍事紛争が起きた場合に取るべき行動について明示するよう迫られていると指摘する。
 さらに想定される議題としてコロナウイルスの大流行、貿易、半導体などの部品のサプライチェーンの確保、北朝鮮の核の脅威、気候変動に関する共通目標、人権やミャンマーのクーデターを挙げ、バイデン政権は新疆ウイグル地区のイスラム教徒弾圧で中国制裁を科し、ミャンマーの将軍にも制裁を加えているが、膨大な対中貿易とミャンマー投資を抱える日本は経済制裁に慎重だと批判する。最後に、菅氏は実りあるワシントン訪問が脆弱な国内政治基盤の強化に繋がることを望んでいるようだと述べ、菅政権のパンデミック管理とワクチン投与の遅れに対する国民の不満や東京五輪開催の決定への大多数の反対などを挙げ、今回の訪米の成否は、菅氏がバイデン氏と信頼関係を築くかどうかにかかっていると主張する。

 他方、メディアは日本について、米国がアジアで戦略上の成功を収めるための要で、米国は世界最多の軍隊を日本に配備し、日本はまた米国債の最大の保有者で第4位の貿易相手国であり、日本企業は重要なテクノロジーサプライチェーンの主要プレーヤーで、クワッド(The Quad)メンバーと共に中国の地域的野心をチェックする米国の取り組みの中心となると伝える。さらに安倍前首相の下で米国とアジア諸国との架け橋となり、クワッドや「自由で開かれたインド太平洋」の概念は共に安倍のアイデアだったと指摘、日本は多くの東南アジア諸国にとって米中両国よりも貿易・安全保障のパートナーとして信頼され、防衛問題の協力は公然と歓迎されていると報じる。菅政権もすでに予想以上に大胆で、中国政府の怒りを買うリスクを取りながら、新疆と香港における中国の行動と台湾を脅迫する試みを批判し、オーストラリアと正式な防衛協定を結び、ミャンマーの軍政に対しては新たな援助を停止したと述べる。
 しかしもう少し大胆さが必要だと述べ、幾つかの課題への協力を求める。大別すると米中間の貿易問題、アジア諸国への支援、アジア全域でのサプライチェーン確立、人権問題へのアプローチなどだが、このうち軍事面、就中、台湾有事への自衛隊の支援態勢検討という問題は日本にとって難問と言える。メディアはまた今回の首脳会談を、自己主張を強める中国とその他の世界的な課題に対処するための同盟強化のためであり、両首脳はトランプ時代の政治的混乱や、米国と民主主義全体が衰退しているという中国の習近平国家主席からのメッセージに対抗しようとしていると指摘、これに対して中国も、菅首相の訪米に先立って王毅外相が、中日関係は「主要国間のいわゆる対立に関与しない」ことに留意するよう日本側に警告したと報じる。

 首脳会談の結果についてメディアはまず、菅首相は米国のアジア戦略に明確な支持を示したが、課題はソフトパワーの協力にあると論じる。菅氏は米アジア戦略の主要テーマに歩み寄り、台湾海峡と新疆ウイグル自治区の状況に言及したと述べ、米国も日本国内で受けが悪かったり、日中関係を険悪化させたりしかねない言質を求めなかったと指摘する。ただし菅氏は台湾と新疆ウイグル自治区に関するコメントには含みを持たせていたと述べ、台湾については、これまでの日米間コンセンサスを再確認したものだ、と語ったと伝える。日本は地理、経済、歴史の全てで中国と繋がっており、産業界も国民も過度に対立したくないと考えていると指摘、戦後の伝統である慎重な外交は一晩にして変わらず、なお米国の数歩後ろにとどまるのを望んでいると分析する。
 さらにオバマ、トランプ両政権の下で日本はひどく痛めつけられ、バイデン政権の中国政策に十分な確信を持てていないと述べる。具体的には、中国の南シナ海での人工島造成に対するオバマ氏の軟弱な対応、トランプ政権の環太平洋連携協定(TPP)からの離脱、菅氏訪米中のケリー米大統領特使の訪中、バイデン政権による国防予算の削減提案などを挙げ、菅氏にとって最も賢明な道は、米政府の気分を害さずに中国に過度な衝撃を与えないことであり、まさにこれを達成したようだと指摘する。

 日米は中国と対峙する上で互いに必要としているが、民主国家間の同盟は現実的政治だけで成り立たないと主張、人的交流、様々な社会的分野での相互理解、運命共同体の認識など同盟の持つソフトパワーの面で日本は、英国やイスラエルなどの他の同盟国と米国との間の結びつきよりも著しく弱いと指摘する。そのうえで、日本で学んだり日本語能力試験(JLPT)に参加したりする米国人学生の少なさ、人口当たりで日本の約2倍の学生を米国留学に送り出している中国、英語能力試験で日本の学生の順位の低さなどを挙げ、さらに日本について深い知識を持つ米国の学者、シンクタンクの研究者、ジャーナリストはほとんどいないと述べ、日米同盟は引き続き米国外交の基盤になるとみられるなか、両国関係の支えとなる社会・文化面の関係を築くことが喫緊の課題だと強調する。

 またメディアは、会談後の台湾海峡に言及した共同声明文は、菅のワシントン訪問前に米側から提案されており、米当局者は高まる中国の対台圧力への対応を望んでいたと報じる。しかし日本政府は地域戦争に引き込まれることを懸念して、同盟国の米国と台湾について話し合うことを控えてきたと述べ、集団安全保障という考えに神経を尖らせ、現在最大の貿易相手国である中国に敵対することを避けようとしてきたとし、菅氏の台湾について語る意欲は、こうした長年の行動規範からの顕著な逸脱となると指摘する。菅がホワイトハウスを訪問した最初の外国の指導者であるのは、日本(そして中国)が米外交政策の中心にあることを示していると述べ、直後に中国に対抗するクワッドの初の首脳会談が開催されたが、クワッドが中国に立ち向かう軍事的意志と能力を持つかどうかは不明確だと懸念を示し、中国の軍事力増強(特に大規模海軍とミサイル拡大)によってアジアの軍事バランスが変わっており、訪米中の菅氏の「同盟の抑止力と対応力を強化しなければならない」との言や、オースティン米国防長官が米軍事態勢の見直しを命じたことによる米軍増強(船舶、兵員、長距離ミサイルが増加)の可能性が出てきたことへ支持を表明する。
 特に、日本が「自国の国防能力を強化することを決意した」と述べたことに触れ、これは日本が何十年もの間、中国が広大な軍隊を築き上げているのを尻目に決定を留保してきたことだと指摘、台湾どころか自身の防衛のために日本政府は防衛費を増やし、そのためには日本の指導者は、気の進まない国民と率直な対話を交わし、国民は増大する脅威にどう対処するかを決断すべきだと主張する。

                              
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。

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