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英国のEU離脱後の欧州経済 -新貿易協定に合意するも前途多難な両経済

2021/03/08

英文メディアで読む 第94回
 
英国のEU離脱後の欧州経済
―新貿易協定に合意するも前途多難な両経済
 






 
前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
       バベル翻訳大学院プロフェッサー
 
 
 英国は2016年6月、国民投票で欧州連合(European Union.以下、EU)からの離脱(以下、ブレグジット)を決定し、その4年半後の2020年1月31日、離脱協定に基づきEUから離脱した。その後、昨年末までの移行期間の間、ブレグジット後の貿易などの将来の関係に関する協定の交渉が行われ、昨年12月24日に合意に達した。英国の批准手続きと、EUの暫定適用の手続きが昨年中に終了し、本年1月1日から同協定の暫定適用が開始された。合意内容は、貿易、通関、国境管理、魚業権、北アイルレランドなどに関するもので、概略を12月25日付ウォール・ストリート・ジャーナル記事「How the Brexit Deal Alters Relations Between the U.K. and European Union(日本版記事:ブレグジット合意、英EU関係ここが変わる)」がまとめているので、後述の注1で紹介した。

 この合意内容に関連して同じウォール・ストリート・ジャーナルが12月25日付社説「Prosperity After Brexit(日本版記事:【社説】ブレグジット後の繁栄への道)」で次のように論じているので、まずその概略からみていく。

強硬離脱(ハードブレグジット)に近い新協定:新たな協定は貿易に関するもので、移行期間が12月末に終了した後に適用される。合意内容にはモノの関税(tariffs)と割り当てをゼロに、一部のサービス貿易で最小限の制限を維持することなどが含まれる。英国は労働や環境などに関する規制を再び独自で決められるようになる。ただしEUが英国との貿易は「不公正」だと見なすようになれば、関税を再び課すことも可能である。貿易は英国のEU加盟時ほど自由とはいかず、手続きが増えることは避けられない。また今回の協定には金融サービスは含まれていない。英EU間の違い(divergence)が拡大する余地を残しているため、同協定は英国と欧州の多くの政治家が予想していたよりも、いわゆる強硬離脱(hard Brexit)に近い。それでも世界中の他の貿易協定と照らし合わせると、比較的オープンといえる。

英国は離脱の代償として対米貿易協定を目指すべし:英国は、国内経済を解き放ち、他の諸国と新たな貿易協定を結ぶために規制上の自由を取り戻す代償として、欧州市場への自由なアクセス(seamless access)を犠牲にした。英国はその目的を完遂すべきであり、ジョンソン首相は国内の規制緩和(deregulation)を強硬に推し進めることに乗り気ではないようだが、そうしなければ合意がもたらした好機を逃し、高い代償が残ることになる。米国との貿易協定は最も大きな収穫となるだろう。英国がとりわけ食品安全規制改革と医薬品調達の自由化を行う用意があるのであれば、それは可能だろう。ジョンソン氏率いる保守党は、貿易協定に前向きなトランプ米政権と協定を結ぶ機会を逃した。当面は、バイデン政権が落ち着き、どれほど保護貿易主義的な路線を取るかを決めるまで待たねばならないだろう。2国間協定を結べば、英米はEUを出し抜き(steal a march)、EUが追従を迫られるような自由貿易の基準設定が可能となる。

EUにとっても真のチャンスは貿易の自由:EU側も、一部の重要な交渉原則を犠牲にした。自由貿易の条件としての平等な規制の主張である。ただし欧州企業は合意なきブレグジット(no-deal Brexit)の深刻な混乱を回避できた。だがEUにとって真のチャンスは、規制の統一(regulatory convergence)に固執しなくても自由かつ首尾よく貿易できることに気付くことだ。そうした新たな姿勢で臨めば、他の主要な貿易協定交渉、特に対米交渉でやりやすくなろう。

新協定はコロナ禍に悩む世界にとっても朗報:投資家や企業、そして英国と欧州の一般市民は一安心できそうだ。合意なき離脱(no-deal crash-out)なら、前例のない出来事が相次いだ2020年に経済的トラウマがもうひとつ増えていただろう。英国と欧州はそれぞれの経済を活性化し、新型コロナウイルス禍から立ち直る必要がある。今回の新たな協定はそのための十分な機会を双方に与える。

 次に欧州経済の近況をユーロ圏経済の動向からみていこう。2月19日付フィナンシャル・タイムズは「Eurozone manufacturing recovery partially offsets downturn in services (ユーロ圏経済、製造業の回復がサービス産業の落ち込みを一部相殺)」と題する記事で、ユーロ圏はパンデミックによる第2波の不況を避けるためには産業力が十分でなく、景気後退に陥るかもしれない、と次のように論じる。

製造業の回復がサービス産業の落ち込みを一部相殺:産業界に関するある著名な調査によると、製造業の力強い回復は、2月にユーロ圏全体のサービス業の低迷を部分的に相殺したという。金曜日に発表されたデータによると、HISマークイット(The IHS Markit)は、ドイツ製造業購買マネージャー指数(German purchasing managers’ index for manufacturing)が1月の57.1から60.へと3年ぶりの高水準に上昇したと指摘する。フランスでも対応する指数が3.4ポイント上昇して55となった。50を上回る数字は、企業の大多数が前月から活動が伸びたと報告したことを示している。これらとは対照的に、サービスPMIはドイツで0.8ポイント下落して45.9と9カ月ぶりの低水準となり、フランスでも47.3から43.6へと3カ月ぶりの低水準に落ち込んだ。コロナウイルスの流行抑制のための制限措置により、今年初めの数週間にユーロ圏全域で多くのサービス業が閉鎖(ロックダウン)されていたのだ。

ロックダウン措置で打撃を受けるサービス部門:しかしユーロ圏製造業は力強い上昇(uptick)をみせている。一因は中国を含むアジア経済圏からの需要にある。オックスフォード・エコノミクスのエコノミストは、「データはセクター別の違いと、ユーロ圏での現在の健康状況の影響を明示している」と語り、「ユーロ圏では高い感染率が執拗に続き、政府は封じ込め措置の強化拡大に迫られていた」と述べている。汎ユーロ圏製造業PMIは54,8から57.7に上昇したが、サービス業のPMIは45.4から44.7と過去3ヶ月で最低の水準となっている。なお両セクターの平均である複合PMIは48.1だった。IHSマークイットのチーフ・ビジネス・エコノミスト、クリス・ウィリアムソンは、「ロックダウン措置は2月にユーロ圏のサービス部門にさらなる打撃を与え、第1四半期の国内総生産が再び下落する可能性を高めた」と語る。

2四半期連続のマイナス成長で景気後退に陥る懸念:同氏はまた、「しかし、独生産者による印象的なパフォーマンスとユーロ圏の他の地域全体で力強い生産動向がみられたことから、工場生産(factory output)は過去3年間で最速といえるペースで成長した」と語る。とはいえユーロ圏の製造業は第1四半期の国内総生産が再び下落するのを防止できるほど強力でない可能性がある。そうなると、昨年最終四半期の国内総生産が既に縮小していることから、今年第1四半期の国内総生産が再び低下すれば、マイナス成長が2四半期続くことになり、定義上、ユーロ圏経済は景気後退に陥ることになる。 

コロナウイルス用ワクチンの成功に期待する企業:しかしIHSマークイットによれば、企業は2月に以前より楽観的になってきた。これは今後数ヶ月間に新型コロナウイルス(Covid-19)用ワクチンの成功によって、今後、経済規模が2018年3月以来の高水準に上昇すると期待しているためだという。ベレンベルクのエコノミスト、フロリアン・ヘンセ氏は、「数字をみると、2月の景気後退は厳しいとはいえず、第1四半期の国内総生産のリスクは均衡が取れた状態にあることを示している」と語り、ユーロ圏GDPの今年最初の3ヶ月間における落ち込みは前四半期比で2パーセントと予想している。

製造業にも若干の逆風:ただし製造業の復活(resurgence)は若干の逆風に直面している。サプライチェーンが主要部品の不足と世界貿易の回復(rebound)によって圧迫され、2月の配送時間が記録的な配達量のために長くなり、工場渡し価格(factory gate prices)はほぼ3年間で最も急激に上昇しているのだ。

英国より打撃が少ないユーロ圏:とはいえユーロ圏は、英国ほど大きな打撃を受けていない。IHSマークイットによれば、英国ではブレグジットによってサプライチェーンの混乱が悪化し、製造活動が弱まり、サービス企業は緩やかなペースではあるが活動の落ち込みに苦しみ続けている。モルガン・スタンレーのアナリストは、ユーロ圏では工業製品の急激なインフレにもかかわらず、規模の大きいサービス部門では価格圧力が低く、コアインフレへの価格転嫁(pass-through)は当面、緩やかであると予想している。

英国のブレグジットの代償はEUの4倍:次に、そうした英経済が受けると予想される打撃について、もう少し詳しく観察してみよう。2月11日付英ガーディアンは「Brexit cost will be four times greater for UK than EU, Brussels forecasts(英国のブレグジット代償はEUの4倍)」と題する記事で、ブレグジットに伴う英、EU双方の被害の程度について次のように報じる。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

A month into the new relationship, the European commission said the UK’s exit on the terms agreed by Boris Johnson’s government would generate a loss in gross domestic product (GDP) by the end of 2022 of about 2.25% in the UK compared with continued membership. In contrast, the hit for the EU is estimated to be about 0.5% over the same period.

「英国とEUが新しい関係に入って1ヶ月後に欧州委員会は、ボリス・ジョンソン英政権が合意した離脱によって、英国は加盟継続の場合と比較して2022年末までに約2.25パーセントの国内総生産(GDP)の損失を被ると語った。対照的に、EUの損失は同期間に0.5パーセント程度と見積もられている」

新協定に残る貿易障壁が英国のさらなる負担:記事はまた、欧州委員会は、これは英国が今後2年間で400億ポンド以上の経済生産高(economic output)を失うことになるが、12月に署名された貿易協定のおかげで、これを上回る損失は回避されたと語り、ただし貿易に対する相当の障壁が依然として残っており、英国にとってさらなる負担となろうと指摘したと報じる。さらに、大半の主要エコノミストは、ブレグジットはEUよりも英国経済に大きな打撃を与えるとすでに予測しているが、委員会がまとめた数字は、取引が合意されて以来初の公式見積もりとなると解説する。記事はさらに今後の問題を次のように指摘する。

追加コストとサービス条項欠落による損害の発生:企業は、新システムをめぐる新らたな書類作業(Paperwork)、税関検査、混乱などから追加コストと遅延に直面している。欧州委員会は、これらのいわゆる非関税障壁からの「貿易ショック」をコスト換算すると、EUにとって輸入品に対する10.9パーセント、同じく英国にとって8.5パーセントの関税に相当すると語る。アイルランドのようにEUとの物品貿易(goods trade)のシェアが高い国は、それだけ成長に大きな影響を受けると指摘する。さらに新協定には、英国経済の8割を占めるサービスに関する取り決めがないことが英国と、英国のサービス部門とのビジネスが重要であるEU諸国を傷つけるだろうと述べる。しかし合意に漕ぎ着けた貿易協定は、合意なきシナリオ(no-deal scenario)と世界貿易機関(WTO)の条件に戻る場合と比較して、EUはマイナスの影響を約3分の1、英国は4分の1減らすのに役立ったと説明している。記事は最後に、英国とEUの当面の経済成長率については次のような見方を伝える。

良好なワクチン管理でパンデミック前水準を早期に回復する英国:欧州委員会2021年冬の中間経済見通し(The winter 2021 economic forecast)によれば、EU経済は2021年に3.7パーセント、22年に3.9パーセント成長すると見込んでいる。これは、景気は21年初頭のロックダウン対策によって厳しい影響を受けたが、ワクチン効果により同年後半に回復するためである。またEU経済は22年にパンデミック前の水準に戻るだろうと述べたが、一部の国では他の国よりも時間がかかると付け加えた。他方、イングランド銀行は、英国経済の成長率を21年に5パーセント、22年に7.25パーセントと予測し、国内総生産(GDP)は年末に向けてパンデミック以前の水準に戻るとしている。回復がEUより早いのは、ワクチン管理で良好な進展があったためだと述べた。

 最後に、金融サービスでの動きを観察しよう。EUと英国の金融機関などが双方の市場で営業できるかは、「同等性」(注2参照)のステータスが認められるかにかかっているが、2月20日付英エコノミスト誌は、「Amsterdam’s financial centre gains an edge over continental rivals(アムステルダムの金融センター、大陸のライバルの優位に立つ)」と題する記事で、ブレグジットとIPO(新規株式公開)ブームがオランダ市場を強化したと次のように伝える。

欧州最大の株式市場としてロンドンを追い抜いたアムステルダム:多くの取引所(exchanges)は多国籍企業によって運営されているが、それでも資本市場でのサッカー代表チームのような存在と見なされることがよくある。アムステルダムが先月、ヨーロッパ最大の株式取引センター(share-trading centre)としてロンドンを追い抜いた際、それはメディアのビッグニュースとなった。「EUは株式取引に関する最初の戦いで英国に勝つ」とヘット・フィナンシーレ・ダグブラッドは報じ、フィナンシャル・タイムズは、「アムステルダムがブレグジット後のシティの希望を打ち破る」と伝えた。

注目度の高い銘柄の上場が追い風:アムステルダムで注目度の高い上場(high-profile listings)が発表されてきたことで、オランダ側の勢いが増した。例えば、イタリアの銀行、ユニクレジットの元頭取ジャン=ピエール・ムスティエと高級品業界の大物ベルナール・アルノーは、フィンテックなどの金融会社の買収を目的とした特別買収目的会社(SPAC)を、またフランスのメディアグループ、ヴィヴェンディは、傘下のレコード会社、ユニバーサルミュージックをそれぞれアムステルダムで上場する予定としている。さらにドイツのコメルツ銀行の元ボス、マーティン・ブレッシングは今月初め、アムステルダムに上場している金融業界をターゲットにしたSPACのために約3億ユーロ(3億6200万ドル)を調達する計画だと語っている。これに先立って、ポーランドの電子商取引グループ、イン・ポスト(InPost)が先月、18年以来最大のヨーロッパ大陸上場となる新規株式公開によって2億8000万ユーロを調達した。 

ロンドンのシティに「同等性」を与えなかったEU:英国がEUからの離脱を決議して以来、パリやフランクフルトを含む多くの大陸都市がロンドンからビジネスを奪い合ってきたが、アムステルダムが先頭を切った(gained a head-start)ようだ。1月の1日平均欧州株式取引でアムステルダム証券取引所(the Amsterdam bourse)が92億ユーロを占めたのに対し、ロンドンは約86億ユーと前年1月の約半分の水準に落ち込んだ。この首位交代はあらかじめ予想できることだった。英国が1月1日に単一市場から離脱した後、EUはロンドンのシティに対して、比較的自由に欧州市場で取引できるようにする規制上の取り決めである「同等性」(“equivalence”)を与えることを拒否しており、その結果、欧州株の取引は大陸に移動せざるを得なくなっていたからである。

アムステルダムが大陸の他のライバルを押さえた要因:それでは、なぜアムステルダムが大陸の他のライバルを押さえるほど魅力的だったのか。これには幾つかの要因がある。デュアル・クラス・ストラクチャー(dual-class voting structures)(注3)の許容度などの規制とガバナンスの枠組みが企業にやや有利なこと。一流のインターネットインフラストラクチャが高速取引を容易にしていること、英語が非常に広く(そしてよく)話されている、などの事情である。

それでも王座が揺るがないロンドン:それにもかかわらず、ロンドンの王座は未だ揺るがない。オランダのIPOブームといっても非常に低いベースから始まっている。昨年、アムステルダムで上場した企業はわずか2社だったが、ロンドン証券取引所(London’s stock exchange)は33社に達し、今年はアムステルダムの1社に対し、すでに11社がロンドンに上場している。ユーロネクストの広報担当者は、取引量の急増から「結論を出すのは時期尚早だ」と述べている。

依然として好循環の恩恵を受ける可能性があるアムステルダム:ただし記事は最後に、問題は、こうしたブレグジット効果が一時的かどうかだと述べ、EUは英国に同等性を与えるかどうかを検討中だが、たとえそうなっても、アムステルダムは依然として好循環(virtuous circle)の恩恵を受ける可能性があると指摘する。株式市場は、流動性が流動性を呼び込むので、薄いマージンビジネスである株式取引であっても極めて積極的に競争し、それによる大量の取引に伴って売り手と買い手がお互いを見つけやすくなり、株式上場の市場として魅力を増すことになると述べ、アムステルダムの優位性(advantage)はおそらく定着するだろうと論じる。

金融ハブ争奪戦で伏兵のアムステルダムが先行:さらに2月18日付ロイター通信も、欧州の金融ハブ争奪戦で伏兵のアムステルダムが先行したと報じる。報道によれば、アムステルダムは企業上場拠点として年初来の実績がロンドンを抜き欧州トップとなり、ユーロ建て金利スワップ市場でも首位に立った。オランダ外国投資庁は、アムステルダムが優位に立てる金融セクターをいくつか特定し、トレーディングとフィンテックに的を絞ったと述べ、強みとしてレスポンスの速いデジタルトレーディング用インフラを売り込んできたと明かしている。またアムステルダムには株式デリバティブを立ち上げる事業計画もあり、さらにインターコンチネンタル取引所(ICE)は二酸化炭素(CO2)排出権取引を年内にロンドンからアムステルダムに移す予定で、アムステルダムはこの分野で欧州の重要拠点になると見込まれる。

移動した人員、企業は少なくアムステルダムに雇用ブームは起きず:こうした事業進出は、金融取引の税収やインフラ向け投資の増加をもたらす可能性があるが、「雇用ブーム」は起きていない。企業の専門性が高く、従業員数が少ない傾向があるためで、オランダ外国投資庁によると、ブレグジットに伴う金融サービス企業が創出した雇用は1000人程度である。これまでにロンドンからEUに移動した雇用者数は7500─1万人と推計され、アムステルダムはこの一部を獲得したに過ぎない。民間シンクタンクの暫定データによると、ロンドンからアムステルダムに全体もしくは一部の事業を移した企業は47社で、パリの88社、フランクフルトの56社を下回っている。ただしアムステルダムは移転企業数こそが少ないが、仲介やトレーディング、取引所、フィンテックなどの分野でのリードが鮮明だと語る業界関係者もいる。
 
まとめ:以上のようにEUと英国は昨年末、ようやく貿易協定の合意に漕ぎ着け、合意なきブレグジット、いわゆるハード・ブレグジットを回避した。これにより両者のみならず世界に混乱を引き起こす事態が避けられた。まさしく世界経済にとって朗報である。ただし協定には、EUが対英貿易を「不公正」と見なせば、関税の再賦課が可能であり、金融サービスが含まれていないなどの問題があり、ハード・ブレグジットに近いとの批判があることは留意しておく必要があろう。
 また大きな問題として、ブレグジットに加え、新型コロナウイルスの世界的大流行、すなわちパンデミックが英、EU経済に悪影響を与えていることがある。ロクダウンのためにユーロ圏のサービス産業が不振に陥ったが、中国を含むアジア経済圏からの需要などによって力強い上昇をみせた製造業が、第1四半期のサービス業全体の低迷を部分的に相殺したという。だが、ユーロ圏は昨年の最終四半期に既にマイナス成長に陥っており、今年第1四半期の経済成長が再び縮小すれば、景気後退に陥ることになる。しかしユーロ圏製造業はこれを防止できるほど強力でないかもしれないと報じられ、懸念が深まっている。
 他方、英経済もブレグジットによってEUの4倍以上の被害を受けるとみられる。英国は加盟継続の場合と比較して2022年末までの2年間に400億ポンド以上の損失、すなわち国内総生産(GDP)の約2.25パーセントの損失を被るとされる。これに対してEUの損失は同期間に0.5パーセント程度と欧州委員会は見積もっている。また新協定に英国経済の8割を占めるサービスに関する取り決めがないことが、英国と英国のサービス部門とのビジネスが重要であるEU諸国を傷つけるだろうとも報じられ、これも今後の不安材料である。
 ただし経済成長率については、EUが2021年に3.7パーセント、22年に3.9パーセントとなり、22年にパンデミック前の水準に戻るとみられているのに対し、英国はイングランド銀行が成長率は21年に5パーセント、22年に7.25パーセントに回復し、GDPは年末に向けてパンデミック以前の水準に戻るとEUより早期の回復を予想している。英国でワクチン管理の進展があったためとされるが、楽観的に過ぎる見通しとも思われ、注視する必要があろう。
 伏兵とみられたアムステルダムが活発なIPO(新規株式公開)を追い風にして、欧州最大の株式市場としてロンドンを追い抜き、パリやフランクフルトなどの大陸のライバルに対して優位に立った、とのニュ―スは意外感を持って受け止められた。アムステルダムはIPOだけでなく、ユーロ建て金利スワップ市場でも首位に立ち、株式デリバティブの立ち上げ計画や二酸化炭素(CO2)排出権取引の誘致などでも活発な動きを示している。またアムステルダム株式市場は、取引量の増大に伴い株式上場の市場として魅力を増すとみられることから、EUが英国に同等性を与えたとしても優位性は変わらないとの見方があることに留意しておく必要があろう。

結び:ブレグジットの影響は、大雑把にいえば、両当事者の目線でとらえられるものと、グローバルな視点で捉える必要があるものとに分けられるだろう。前者は、例えば、貿易や関税、移民、北アイルランドとアイルランドとの国境管理、魚業権の問題などがある。後者の大きな問題としては、金融サービスがあろう。ロンドンの金融街、シティが機能を喪失したり低下させたりした場合、どの市場がそれを補い、あるいは代替していくのか、という問題である。
 この両方の視点で考えていく必要のある問題もある。例えば、EUや英国の経済規模や成長率の問題である。今やライバル視する関係となった両者にとって、後れを取りたくない問題であると共に、世界経済にとっても由々しい問題である。ただし、ここではパンデミックが大きな影響を及ぼしていることが事態を複雑にしている。それだけにEU、英国の双方は悪しきライバル意識を捨て、こうした難問題を乗り越えて行く努力を徹底すべきであろう。
 また貿易関連では、英国は高い代償を払って実現したEU離脱の目的を完遂するのは当然であり、そのために対米貿易協定の締結に注力すべきだろう。英米自由貿易協定(FTA)は、EUに追従を迫るような自由貿易の基準の設定が可能となるとの指摘も重要である。EUにとっても自由貿易は大原則であり、米国など主要国との貿易協定を目指す必要があるのは言うまでもない。なおEUは日本、中国とは内容に差異があるとしても、すでにFTAを締結済みである。
 金融サービス分野は、貿易関係が主体の新協定では、いわばEU、英当局によるこれからの対応に任されているだけに、ロンドンのシティと大陸の独や仏、すなわちフランクフルトやパリが、今後どのように巻き返してくるかに注目したい。

(注1)EU英国新協定概要
貿易関係:12月31日までは、英国は欧州連合(EU)の単一市場と関税同盟内にとどまる。貿易障壁もなく関税も課されない。1月1日以降は、輸出入品への関税や量的制限はないものの英国が単一市場と関税同盟を去るため、国境で一連の手続きが必要となる。

通関と国境管理:12月31日までは、輸出入品の通関書類の提出義務はなく、国境での検査も最小限に止まる。1月1日以降、新たな関税や安全性、付加価値税などに関する申告が必要となる。EU向けの食品や動物については新たなチェックが実施され、EUから英国本土や北アイルランドに向かう商品についても管理が強化される。

金融サービス:12月31日までは、英国には「パスポーティング」の権利がEUで認められているため、金融サービス会社はEU各地で営業することが認められている。EUの会社も英国で同様の権利がある。1月1日以降は、今回の合意には金融サービスに関する内容も含まれているものの、英企業のアクセス拡大についてはあまり影響をもたらさないものとなった。各企業が双方の市場で営業できるかは、「同等性」のステータスが認められるかにかかっている。英国は国内居住者がEUの銀行のサービスを受けられるとするなど、同等性に関する多くの内容をすでに明らかにしている。一方でEU当局者らは英国のクリアリングハウス(清算機関)については同等性に関する判断を示したものの、それ以外についてはまだ明確にしていない。当局者らは24日の合意後も、どの程度の時間が必要になるかはコメントしなかった。

専門資格:12月31日までは、弁護士や会計士、航空管制官、パイロットなどといった専門資格は、英国とEU双方のものが有効とされる。1月1日以降は、これら資格のほとんどが互いに認められなくなる。

漁業権:12月31日までは、英国はEU海域で、EUは英海域での漁業が認められ、EUで自由に水産加工品を売ることもできる。より重要な点として、EU籍船であれば英海域へのアクセスも認められている。1月1日以降は、英国とEUは5年半をかけて漁業に関し移行を進めていくことに合意。英国は、自国海域内の漁獲物割り当てが引き上げられる。その後は海域内の英国の権利がより完全なものへと移行するが、合意では、EUの漁船がその後も英海域へのアクセスを認められる見込みを示す文言が含まれている。仮にどこかの時点でこれが拒否されれば、EUは英国産の漁獲物に関税を課すか、英国籍船をEU海域から締め出す可能性もある。

北アイルランド:12月31日までは、英国と同様、北アイルランドもEUの単一市場と関税同盟の一部であり、EUが非加盟国と結んだ貿易協定へのアクセスが認められる。1月1日以降は、アイルランドに物理的な国境が築かれることを避ける目的で2019年12月に結ばれた合意に基づき、北アイルランドは事実上、EUの単一市場と関税同盟にとどまることになる。英国本土から北アイルランドへ向かう商品については検査が必要になるものの、北アイルランドから英国本土へ向かう商品の検査は簡素なものにとどまる。

(注2)「同等性」について20年12月24日付ロイター通信は次のように解説している。
 EUが外国の銀行、保険、その他金融機関に対し、母国のルールがEUと「同等」に頑健だと見なされる場合に限って市場アクセスを与える制度。ただ、全面的にアクセスを認めるわけではなく、リテール銀行業などは除外される。EUはこれまで、2つの活動に限って英国に同等性評価を与えている。対象は英デリバティブ精算機関とアイルランドの証券決済で、期間はそれぞれ1月からの18か月間と6カ月間。英国の銀行は既に、EU域内の顧客に口座の閉鎖を通告している。英銀は「パスポート」と呼ばれる全面的アクセスの維持を訴えてきたが、それとは程遠い結果となっている。なお同等性制度に基づくアクセスは、1カ月前の通告により撤回が可能。
 また新協定に欠落している金融サービス問題について、12月25日付フィナンシャル・タイムズ記事「How UK-EU trade deal will change relations between Britain and Brussels(英EU貿易協定、両者の関係はどうなるか)」は、次のように報じる。

 ロンドンのシティは、12月31日のブレグジット移行期間の終わりにEUの金融サービス単一市場から離脱する。双方は、英国とEUの金融サービス企業のための新しい市場アクセスの取り決めは、貿易協定によるのではなく、英国とユーロ圏による一方的な決定に基づくとされると述べた。これらのいわゆる同等性は、相手の金融サービス規制が自身のものと同程度に厳しいかどうかを評価することにより決定される。銀行やトレーダーは、提案されたシステムが既存の取り決めよりも断片的(piecemeal)であり、安定性が低いことを認めている。EUは木曜日の貿易協定と並行して英国のユーロ圏市場へのアクセスに関する新たな同等の決定を発表しておらず、株式取引やデリバティブを含む主要分野で不確実性を残した。双方は、別の覚書に基づいて金融サービス規制に関する対話を実施する予定である。

(注3)デュアル・クラス・ストラクチャー(Dual Class Structure, DCS)とは、付与される議決権の数が異なる2つのクラス(種類)の株式を発行する仕組みを指す。すなわち、1株当たり1つの議決権のみを付与するクラスA株と複数の議決権を付与するクラスB株を発行し、通常、前者は株式市場に上場し、後者は創業者をはじめとする経営陣側に付与する。これにより持株比率の小さい一部の株主が会社の支配権を持てるようになり、上場による資金調達と、創業者や経営者の会社支配権の維持という非上場の利点の両方を実現できる。日本でも2008年に東証の上場規則改定により新規株式公開(IPO)が可能となった。
                              

 
                              
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。

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