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台湾の総統選挙 ―「1国2制度」を拒否した台湾市民

2020/02/07

英文メディアで読む 第81回
台湾の総統選挙
―「1国2制度」を拒否した台湾市民 ―
 






 
前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
       バベル翻訳大学院プロフェッサー  
 
 去る1月11日に実施された総統選挙で現職の蔡英文(ツァイ・インウエン)氏が勝利した。蔡氏の得票数は817万票で得票率は57パーセントに達し、国民党の対立候補、韓国瑜(ハン・グオユー)高雄市長の552万票に大差をつけた。蔡氏の得票数は96年に始まった総統直接選挙で最多となった。与党の民主進歩党は、同時に行われた立法院(国会)選挙でも過半数を維持したが、改選議席数では民進、国民の両党とも13議席を獲得した。民進党は総統選では圧勝したが、議員選では国民党と互角の結果となった。以下に選挙結果に関するメディアの論調をみていく。
    
中国には歓迎できない新年の贈り物:1月12日付フィナンシャル・タイムズは「Taiwan election result is a challenge for China(台湾の選挙、中国に挑戦する結果へ)」と題する社説で、台湾の総統選(presidential election)で有権者は、台湾の主権と民主主義の擁護を選挙運動(electoral campaign)の中心に据えて中国政府を怒らせた現総統の蔡英文氏を再選させ、中国に対して回答したと述べ、事実上の独立の立場にある台湾を統一しようと試みる中国の習近平国家主席にとって、まさしく歓迎せざる新年の贈り物になったと指摘する。

明確に失敗した「1国2制度」の原則:社説は蔡総統の勝因について、1年前は問題を抱えていた蔡総統に香港での民衆蜂起が強力な説得力のある選挙テーマを与えたと述べ、中国が当初、台湾統一のモデルとした香港との関係、すなわち「1国2制度」(“one country, two systems”)の原則が明確に失敗し、香港は台湾にとってモデルどころか恐ろしい警告となったという主張が可能になったからだと指摘する。そのうえで社説は、台湾での選挙は平和的な大集会で終わり、台湾における平和的な民主主義と香港における街頭での騒乱や中国本土政府による弾圧とのコントラストは強烈で、蔡英文総統の勝利を後押ししたと強調する。

反発を招いた中国の圧力戦術:また社説は、中国政府はこの機会に今回の失敗の責任が自らにあることを反省すべきであり、中国政府の圧力戦術(pressure tactics)が台湾の反発を招いたのは明らかだと主張する。中国は長らく台湾が正式に独立に動けば台湾に侵攻する権利を留保すると主張、近年、強大な軍事力の蓄積を背景にして脅しを強化し、台湾侵攻が現実味を増していたが、それは台湾を屈服させるどころか、中国の関与(embrace)を跳ね返す台湾の決意を強固にさせたと指摘する。

中国を世界の孤児にする台湾侵攻:さらに社説は、中国政府は歴史的に台湾を服従させようとしてきた時代遅れの方針を今なお変えようとしないと批判、そのため台湾政府と世界の民主主義国家は対策を考えざるを得なくなっているとし、蔡総統は、「独立派」(“pro-independence”)とみられているが、実際は、台湾が繁栄し民主主義国家として主権が守られている限り、正式な独立に動いて中国を徒に刺激する必要はないと考える現状維持派(a status quo figure)であり、世界は、そうした台湾をいかに支援するかを考えるべきだと主張、中国に対して台湾侵攻による事態の解決を試みれば、世界の孤児になることを明確に伝えるべきだと提言する。これは脅迫ではなく、事実として西側は中国と交易を続けられなくなるということだと付言する。

民主主義の大義にとって重要な台湾の成功:次いで社説は、世界は中国による台湾を孤立(island’s isolation)させる試みを阻止するよう支援すべきだと主張する。そうした軍事、道義的負担が現在、米国に偏っているが、勇気づけられる動き(encouraging developments)も出ていると述べ、チェコの首都、プラハが最近、中国の圧力に抗して北京とではなく台北と姉妹都市となった(twinning itself with)例を紹介し、最後に以下のように主張する。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

Taiwan deserves more moral support of this kind. At a time when the People’s Republic of China is becoming ever more authoritarian, Taiwan’s continued success matters to the cause of democracy all over the world.

「台湾は引き続きこの種の道義的支えを受けるに値する。中国が独裁主義を強める時期にあって、台湾の成功が続くことは、全世界の民主主義の大義にとって重要なのだ」

 1月13日付ウォール・ストリート・ジャーナルも社説「Two Portents of Freedom(日本版記事:【社説】台湾とイランに見る「自由」の兆し)」の冒頭で、台湾の総統選とイランでの反政府抗議デモの発生を独裁支配に明確に反対する動きとして取り上げ、台湾について次のように論じる。

共産党指導部を非難した有権者:台湾の有権者は11日、現職の蔡英文総統に圧倒的勝利をもたらし、中国共産党の支配者をはっきりと非難した。蔡氏は台湾の自治と民主的自決への支持を強調することで過去最多の820万票を獲得、得票率は57パーセントに達した。蔡氏率いる民主進歩党は2018年の地方選で大敗したが、昨年、香港で起きた民主化デモ(pro-democracy protests)に台湾市民が共感し、蔡氏は評価を取り戻した。中国は香港に約束した「1国2制度」を尊重せず、台湾と中国本土の統一に向けて中国が差し出した同様の保証が偽りであることを証明した。

選挙結果を生かす米台関係の緊密化:トランプ米政権は、台湾と緊密な関係を求めることで選挙結果を生かすことができる。米国が台湾との自由貿易協定(U.S.-Taiwan free-trade accord)締結に取り組めば、台湾は中国からの一定の経済的独立を得られる。トランプ大統領が蔡氏に電話をかけて再選を祝ったり、米国政府関係者による台湾への渡航拡大を認めたりして象徴的な形で台湾を支持することも可能だろう。

総統選は習主席のスローガンに対する台湾市民の回答:他方、1月16日付エコノミスト誌は「What next for Taiwan after Tsai Ing-wen’s emphatic victory?(蔡英文の圧勝で台湾はどうなるか)」と題する社説で、選挙後の台湾情勢について論じている。社説は、昨年の秋、中国が人民共和国建国70周年を祝う準備を進めるなか、習近平国家主席のスローガンが北京市内に掲げられ、そこには「初志(original intention)を忘れず、使命を貫徹しよう」と書かれており、使命とは国家の再生(national revival)についてであり、中国共産党が主張するように、それには祖国の紛れもない一部(an undisputed part)として台湾を正当な場所に戻すことが含まれていたと述べる。そのうえで、上記の習主席のスローガンに対する台湾市民の回答が1月11日の総統選だったと主張する。

「1国2制度」を拒否して復活した蔡総統:次いで社説は、1年前、地方統一選挙で民主党が大敗(drubbing)した後、蔡総統は総統候補として党の指名を勝ち取ることさえ不確かだったが、その蔡氏の劇的な復活は、習氏と香港の彼の手下(minion)、林鄭行政長官のおかげだと指摘する。19年初頭、習氏は台湾に関する演説で、香港支配の公式として用いられている「1国2制度」は台湾ためのモデルだったことを明らかにしたが、蔡氏が恒久的な力の脅威の下におかれても、台湾人はこのモデルを拒絶すると主張すると、その支持率は上昇し始めたと述べる。

外交で習主席の上を行く蔡総統:そのうえで社説は、現在の蔡総統について、今のところ同氏の人気度は高く、外交の巧みさで習主席の上を行くと評する。オーストラリア、ヨーロッパ、日本との関係を静かに強化し、とりわけ台湾の独立をむやみに主張せず、状況を不安定化させないことを明確にして、台湾にとって究極の安全保証国(ultimate guarantor of security)であるアメリカの支援を強固にしたと述べ、それは昨年、数十機のF-16戦闘機の購入という形で報われたと指摘する。
 
米中貿易戦争で利益を享受する台湾:また台湾は、アメリカの米中貿易戦争で利益を得ている希な勝者でもあると指摘する。米関税の脅威が、それから逃れるため台湾ハイテク産業をして中国本土への巨額の投資の一部を台湾に「回帰」(“reshore”)させる原動力(impetus)となったと述べ、これは蔡総統の目指したことだと論じる。そして長年にわたる予想以下の低成長(sub-par growth)の後、台湾経済は今年、東アジアの中で良好な実績を上げるだろうと予測する。
 
台湾企業に米中の狭間で困難な立場に追い込まれるリスク:その一方で記事は、米国が中国との完全な技術上の絶縁に固執すれば、台湾企業は米中の狭間で困難な立場に追い込まれるだろうと述べ、米戦闘機に部品を提供する世界最大の契約チップメーカーである台湾積体電路製造(TSMC)は、通信大手のファーウェイなどの中国企業から収益の5分の1を得ていると指摘する。また台湾が飼料添加物(feed additive)を理由に米国からの豚肉の輸入を禁止している例を挙げ、対米輸出が拡大するにつれて、台湾はトランプ米大統領の「米国第一主義」の視界に入ってくるリスクがあると述べ、そうなると蔡総統の勝利の輝きが早々に失われていく可能性があると懸念を表明する。 
 
大敗した国民党に内紛の気配:次いで記事は大敗した国民党について概略次のように報じる。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

Yet, for now, it is China and its traditional bases of support in Taiwan that are in a pickle. Chinese attempts to influence the election, from threats to disinformation campaigns, have backfired. Worse, after its electoral drubbing the KMT may launch into a debilitating civil war. Younger members blame the old guard for clinging too closely to the idea of reunification. They even want the party to abandon the “1992 consensus.” 

「けれども、当面、苦境にあるのは中国とその台湾内の伝統的な支持勢力である。中国が、脅迫や偽情報キャンペーンで選挙に影響を与えようとしたことが裏目に出ている。さらに悪いことに、大敗した国民党が党を疲弊させる内紛を始めた可能性がある。若手党員が、古参議員が再統一という考えに余りに固執したと非難しているのだ。彼らは党が「92年コンセンサス」を廃棄することすら求めている」

注:上記の「92年コンセンサス」とは、中華人民共和国と中華民国(台湾)の当局間で「1つの中国」の原則について1992年に中国と台湾が確認したとされる共通認識で、九二共識と呼ばれる。台湾側は「中国」が何を指すのかはそれぞれが解釈するとし、中国と当時の台湾の馬英九政権はこれを「コンセンサス(共通認識)」として位置づけた。

対中よりも対米関係の優先を主張する若手国民党員:上記のように論じた記事は最後に、新進気鋭(Up-and-coming)の若手は「グローバルな反中の波」がうねるなか、親中的(pro-China)とみられている国民党は代償を払わされていると党指導部を非難し、両岸関係よりも対米関係を優先させるべき時が来たと主張していると述べ、そうした過激な動きは習主席と側近らを驚かすだろうが、香港問題と同様に習主席は対策を用意していないようだとコメントする。

民主主義をめぐり衝突に向かう中台両政府:選挙後の国民党の動向について1月21日付フィナンシャル・タイムズも「Beijing and Taipei headed for collision over democracy(民主主義をめぐり衝突に向かう中台両政府)」と題する記事で、大敗した国民党の内部で、強大な中国に対する政策をいかに有権者に好感されるように(palatable)練り直すか、という議論(debate)が白熱していると報じる。また圧勝した民進党の蔡総統は、中国政府に対して台湾の現実を直視する(face reality)よう呼びかけているが、中国は台湾の現実を認めるどころか、非現実的になった目標をさらに頑迷に追求しようとしていると伝える。さらに中国は台湾の民主主義というDNAを拒否する姿勢を強めており、中台は民主主義をめぐり衝突への道をひた走っていると評し、スマニア大学の両岸関係専門家のコメント、「中国共産党にとって究極的な優先事項は、党の正統性とその主張の正しさ(rectitude)であり、これには柔軟性が欠如し、外部からみると自滅的(self-defeating)と思えるが、共産党国家の論理として理に適っているのだ」を紹介する。

中国政府の台湾への見方に変化の兆し:ただし記事は、台湾への見方に変化が起きている節があるとも報じる。習主席が最近、ミャンマーを訪問した際、ミャンマー側が声明文に「台湾は中華人民共和国の不可分の領土の一部であると考える」(“believes that Taiwan [is an] inalienable part of the People’s Republic of China”)、と書き込んだことに触れ、中国は長らく外国政府に対して台湾を独立国家として扱わないという保証を要求していたが、これまでのところ中国政府は対外折衝で、台湾を「中国の領土」の一部と見做すという、ある程度の曖昧さを残す表現を許容していると指摘する。

国民党に致命的な打撃を与えた「1国2制度」:また記事は、中国は憲法で台湾を領土の一部と規定しているが、中国政府の台湾政策に関する重要書類にはそうした記載がないと指摘、加えて台湾も憲法、国旗、中華民国という国名を使用していることから、中国という言葉について中台間に若干の解釈の余地(wriggle room)が生まれ、「92年コンセンサス」につながったと述べる。ただし習主席は「1国2制度」の推進を改めて主張して、この灰色解釈の余地を毀損したと指摘、同時に中国は台湾を中国の一部と呼ぶことで、中国との統一を理論的な選択肢として受け入れている台湾唯一の主要な政治勢力、国民党に致命的な打撃を与えたとみられ、総統選での同党の敗北につながったと分析する。記事は最後に、中国政府は今のところ様子を見ているだけ(just testing the water)かもしれないが、それさえも台湾には心配なシグナルを送っていると述べ、中国がこうしたフィクションを主張すれば、台湾と衝突する道を進む(on a collision path)ことになると警告する。

まとめ:メディアは蔡総統の圧勝の主因として、香港騒乱に対する中国の対応が台湾市民の反発と警戒心を呼び起こし、また香港に約束した「1国2制度」を踏みにじったことから、台湾に差し出した同様の保証が偽りであるのが証明されたためだと指摘する。台湾選挙の意義については、アジアにおける米国の国家安全保障戦略は、台湾が強く、独立した存在であることにかかっているとし、民進党の勝利は民主主義側に立つ米国と台湾が関係を強化する機会を提供すると主張する。さらに台湾の繁栄は全世界の民主主義の大義にとって重要であり、台湾の孤立を阻止すべきだと訴え、中国に対して、台湾侵攻を試みれば世界の孤児になることを明確に伝えるべきだと提言する。

 選挙後の台湾についてメディアは、蔡総統の人気は依然として高いと報じ、その巧みな外交力を挙げ、米中貿易紛争も台湾にとって有利に働いていると主張する。ただし米中摩擦が拡大すれば、台湾にも被害が及ぶこと、また台湾自体の対米輸出にもリスク発生の可能性があると指摘する。その一方で大敗した国民党は、対中政策を有権者に好まれるように見直すべきだという議論が内部で白熱し、党内の若手からの突き上げもあり親中路線の転換に迫られていると伝える。同時に中国は台湾の民主主義を拒否し、習主席が「1国2制度」による台湾統一を改めて主張しているため、中国と台湾は民主主義をめぐって衝突への道をひた走っていると警告する。

結び: 以上、総統選は、大敗した国民党に対中政策の再編という大きな問題を提起した一方で、圧勝した民進党と蔡総統にも、民主主義をめぐる中国との対立激化の可能性に加え、米中摩擦の拡大による悪影響や台湾の対米輸出に対するトランプ関税賦課の可能性など対米関係での問題発生のリスクが指摘されており、今回の選挙は民進、国民の両党に大きな課題を提起したといえよう。とりわけ、今回の敗北で国民党内に激震が走ったことは容易に想像でき、今後の同党の動きが大いに注目される。またメディアは、台湾の繁栄は全世界の民主主義にとって重要であり、台湾の孤立を阻止すべきだと訴え、中国には台湾侵攻を試みれば世界の孤児になることを明確に伝えるべきだと提言する。こうした指摘や提言は貴重であり、特に台湾民主主義の支援は当然、隣国の日本に真っ先に期待される役割であり、真剣に受け止めていく必要がある。

 

前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。

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