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急展開する香港情勢― 対応に迫られる共産党指導部

2019/12/07

英文メディアで読む 第79回
 急展開する香港情勢

 ―対応に迫られる共産党指導部

         
               

 前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト。バベル翻訳大学院プロフェッサ



 前号で香港情勢に関する英文メディアの報道や論調を一部取り上げた。例えば、10月1日付ロサンゼルス・タイムズは社説「 At 70, communist China is a rising but irresponsible global superpower(70才を迎えた中国、無責任でグローバルな超大国として台頭)」において、最も差し迫った危機は香港にあると警告、17週間にわたって警察と衝突を続けている抗議デモは、台湾や中国への犯罪人引き渡しを認める逃亡犯条例への反対として始まったが、今や要求は「普遍的な参政権」(“universal suffrage”)や警察による残虐行為の調査、投獄されたデモ参加者への恩赦要求にまで拡大したと報じ、中国政府の対応が、今後の中国に何を期待すべきか、についてのヒントになると論じた。10月17日付フィナンシャル・タイムズ記事「Inside the battle for Hong Kong(香港の戦いの内幕)」は、抗議デモは天安門事件以後で最大の反体制民主化運動(pro-democracy movement)で、真の敵(actual foe)は中国であるのが周知の事実となると共に、香港は中国本土から分離した存在という明確なアイデンティティが深まり、最悪の政治危機に陥ったと指摘、中国の将来に持つ意味は計り知れなくなったと論評した。

2047年まで香港自治を認める公約を順守すべし;こうした論調を受けてウォール・ストリート・ジャーナルは11月14日付社説「China’s Hong Kong Crisis(日本版記事:【社説】香港危機、習近平国家主席は対応の誤り認めよ)」で、香港での抗議行動と暴力の激化について、これは香港市民が享受してきた自由を、専制主義的政府が奪い取ろうとした結果として生じたものであり、習主席は現在、1989年の(天安門事件につながった)民主化デモ(democracy uprising)以降では最大の、共産主義政権への挑戦に直面していると警告、習主席にとっての賢い選択肢は新たな抑圧的な法律を香港に押しつけるという間違いをしたことを認め、2047年まで自治(autonomy)を認めるという約束を順守することだと提言する。

「覆面禁止法」制定で深まる混乱:この間、11月4日付ロイター通信によれば、香港政府トップの林鄭行政長官は同日、緊急時に行政長官が公共の利益のために必要な規制を制定できる「緊急状況規則条例(緊急条例)」を適用し、デモ参加者がマスクなどで顔全体を覆うことを禁止する「覆面禁止法」を5日から導入すると表明した。これに反発し、同日午後には数万人が参加した抗議行動が起きるなど混乱が深まるなか、香港高等裁判所(The territory’s High Court)は19日、同法が香港基本法に違反するとして破棄する判決を下した。しかし、中国は同判決を認めない声明を発する。

香港の司法自治への懸念が再燃:20日付フィナンシャル・タイムズは「Chinese stance on Hong Kong mask ban ruling reignites legal fears(香港の覆面禁止判決に関する中国の姿勢で司法をめぐる懸念が再燃)」と題する記事で、香港裁判所の決定に対する中国の非難が香港の司法自治に対する疑問を提起したと副題で述べ、概略次のように報じる。
 香港の裁判所が違憲(unconstitutional)判決を下して24時間も経たないうちに、中国の議会、全国人民代表大会(全人代)(National People’s Congress)は同判決を厳しく非難し、香港最高裁が覆面禁止法を再導入しなければ、全人代が自ら実行すると宣言した。新華社が伝えた声明で全人代は「香港の法律が香港基本法に合致するかどうかは全人代常務委員会だけが判断できる」と述べた。

全人代の介入に反発する香港司法界:これに対し民主派弁護士団の一人は、ショックを受けたと反論し、香港基本法に関わる問題について香港裁判所の判断を覆せるという全人代の権限は、それ自体が問題であり、これによって香港の地位はさらに貶められたと語り、コモン・ロー(common law)に基づく我々の法体系は本土から切り離された独立した制度で、「1国2制度」と香港自治の不可欠な原則のひとつだと主張した。香港基本法の制定に参加し、香港民主党の創設者であるマーティン・リーは、全人代の声明を「憂慮すべきこと」と評し、香港の裁判所から司法権を奪い全人代に取り戻そうとする危険きわまりない一歩だと批判、さらに香港の弁護士会、香港大律師公会(Hong Kong Bar Association)も、全人代声明は法的に間違っていると主張する。
 
頂点に達する学生と機動隊の衝突:こうしたなか、情勢は11月後半に入ると急展開する。まず機動隊が学生らの立てこもる香港理工大学を包囲し、突入する事件が発生、学生と機動隊との衝突がひとつの頂点に達する。11月18日付英ガーディアンは社説「The Guardian view on Hong Kong: a city on the brink(崖っぷちに立つ香港)」で、機動隊が香港理工大学を包囲し催涙弾を打ち込んでいる状況について、香港は燃えている、と報じ、当局は危機をエスカレートし続けていると非難、「学生を救え」と行進する数万の人々もゴム弾と催涙弾を浴びていると伝える。香港の断固とした抗議デモは、中国本土における出来事への回答のひとつだと指摘し、新疆ウイグル自治区(Xinjiang)におけるウイグル族に対する弾圧などを挙げる。そのうえで外国の指導者は、自分らが監視していることを中国に思い起こさせる義務があると主張する。

中国政府による最良の抗議デモ収拾策は譲歩さらに米上院は19日、次いで下院は20日、香港の自治権や人権が十分に守られているかを毎年検証するよう国務長官に求めることなどを盛り込んだ「香港人権・民主主義法案」(Hong Kong Human Rights and Democracy Act)を可決する。また11月24日に香港区議選挙(district council elections)が実施され、民主派が地滑り的勝利を収める。26日付フィナンシャル・タイムズは社説「Hong Kong poll is a chance to embed democracy(香港選挙は民主主義を埋め込む好機)」で、区議選は街頭よりも投票箱を通すことの力を示したと指摘、中国政府が最も希望の持てる抗議収拾策は譲歩であって弾圧ではないと主張する。

沈黙する市民が後押しした区議選での民主派の勝利:社説は、沈黙する香港市民の大多数は激しさを増す民主派の暴力的抗議に対して反対していると中国政府は主張していたが、区議選での民主派の圧倒的勝利は、結局、中国政府が主張する大多数は少数派であったことを示したと述べる。選挙結果は、西側において扇動的動き(demagoguery)が、また中国において専制主義(authoritarianism)が増大する時代に民主主義の精神を力強く表現したと評し、過去6ヶ月間の混乱は外国人活動家が先導してきたとする中国政府の主張を粉砕したと強調する。

中国政府は1国2制度の精神に立ち返るべ:そのうえで社説は、次のように提言する。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

The serious challenge facing China’s central government is how to respond to Hong Kong’s yearning for self-determination. The reflex of senior officials will be to crack down further. This will only invite more chaos. Instead, Beijing should return to the spirit of “one country, two systems”, the formula by which Hong Kong is supposed to be governed as a separate entity within China, with its own laws and civic freedoms.

「中国の中央政府は深刻な挑戦に直面している。香港が切望する自決に対して、どう対応するか、という問題である。当局幹部は反射的に弾圧を押し進めることを考えるだろう。だが、これは混乱を招くだけだ。それよりも、中国政府は『1国2制度』の精神に立ち返るべきだ。すなわち、香港は中国内で別個の存在として統治され、独自の法律と公民権を保有すると考える原則である」

民主派運動への信認を表明した香港市民:11月25日付ニューヨーク・タイムズも「Hong Kong Voted. Is Beijing Listening ?(区議選を実施した香港、中国政府は結果に耳を傾けるか)」と題する社説で、香港市民は圧倒的に改革派候補に投票したと述べ、今はトランプ大統領が香港人権・民主主義法案に署名する絶好の機会だと強調、概略次のように論じる。
 6ヶ月に及ぶ抗議デモは、香港市民が民主主義に関する受け止め方について中国政府に対して十分に明確なメッセージを発していなかったが、区議選での民主派の圧倒的な(landslide victory)勝利は、そうした疑問を払拭するだろう。選挙は、民主派勢力(pro-democracy forces)の草の根運動に対する市民の信任投票となった。選挙結果は疑う余地のないほど明白である。有権者の70パーセントが投票し、民主派は452議席のうち389を獲得し、18区のうち17を制した。

抗議デモが外国の陰謀でないことを示した区議選:選挙結果の持つ実際の影響力(real power,)はさほどではないかもしれないが、主たる意味合いは、中国共産党指導部はもはや抗議デモが外国から指図を受けたごろつき(hooligans)による仕業だと信じ、主張できなくなったことである。習近平国家主席の下での中国指導部が、沈黙している香港市民の大半は暴力的抗議デモに反対していると考えているとしても、投票率と選挙結果は、市民の大半は相対的な自由を尊重し、中国政府に奪われることを見過ごすつもりはないことを明らかにしたのである。

香港、中国両政府は抗議の要求に耳を傾けるべし:上記のように論じた社説は、市民からの明確な支持を得て抗議デモが勢いづくことは間違いないと述べ、林鄭行政長官は抗議の要求に沿うよう真剣に考えるべきであり、中国政府は民主主義が外国の陰謀ではないという事実を理解すべきだと主張、そのうえで、今はトランプ大統領が米上下両院を全会一致で通過した香港人権・民主主義法に署名する絶好の機会だと強調する。

香港市民政治的自由も希求:11月24日付ウォール・ストリート・ジャーナルも「Hong Kong’s Freedom Message(日本版記事:【社説】香港区議選、自由求めるメッセージ)」と題する社説で香港区議選の結果について、香港市民は経済的自由に加えて政治的自由をも求めていることを示したと指摘、トランプ氏は香港人権法案に署名すべきだと概略次のように主張する。
 今回の選挙は香港として初めて、半年に及ぶ反政府デモに評決を下すチャンスとなった。有権者の71パーセント超が投票所を訪れ、サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP) によると、これまでに民主派候補(pro-democracy candidates)が201議席を獲得したのに対し、香港の体制派や親中派(pro-Beijing parties)が得たのは28議席にとどまり、独立系候補も12人当選した。驚くべき(stunning)結果だ。有権者にとっては一部デモ参加者の行き過ぎよりも、中国政府の命令に従う香港政府を巡る懸念の方が大きいようだ。 

議会と行政長官の民主的選挙推進を約束すべし:有権者が突き付けた拒絶に対する中国と林鄭長官の反応は、香港が平静を取り戻し、デモを終結させられるかどうかを左右するだろう。今回の投票は、市民がうっぷんを晴らす(blow off steam)手段として選挙が有効であること(efficacy of elections)を物語っている。香港市民は、自治を求める姿勢を見せつける民主的な機会が他にもあれば、経済を混乱させはしないはずだ。容疑者の本土引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への抗議に端を発するデモへの対応を、中国政府と林鄭長官は大きく誤った(badly mishandled)。香港と中国両政府は今回の投票を機に有権者の声を受け止めたと表明したうえで、警察による権力乱用の調査を求める市民の要求に応え、立法会(Legislative Council)と行政長官の選出では民主的な影響の受け入れを進めると約束するのが賢明だろう。
 
トランプ大統領は自由を求める香港市民の嘆願に耳を傾けよ:上記のように論じた社説は、今回の区議選には、トランプ米大統領に香港の自由希求を支援するよう求める嘆願(plea)という側面があるが、香港に関して同氏はロナルド・レーガン元大統領のような明確な倫理観に基づいて発言してきていないと批判、同法案について署名するかどうかを決めていないと指摘する。さらに、通商交渉のさなかに習氏を侮辱したくないというトランプ大統領の現実的な意向は理解できるが、独裁者たちに対する同氏の美辞麗句(rhetorical indulgence)には困惑すると述べ、習主席に送れる美辞麗句は、せいぜい香港の反体制派をつぶすために中国軍を送り込んでいないという程度だと付言する。

 そのうえで社説は、習氏は感情的な人物(sentimental man)ではなく、通商協議では中国の国益に基づいて冷徹に{cold-blooded)判断を下し、自国経済のために協定が必要だと考えれば、トランプ氏が香港人権・民主主義法案に署名してもしなくても米国の要求に同意するだろうと述べ、香港の有権者が勇気を示した今、トランプ氏が同法案に拒否権を発動すれば、米国の価値観を裏切り(betray America’s values)、中国に対する弱さを見せることになると主張、同法案への署名を強く促す。
 
香港人権・民主主義法案は、結局、トランプ大統領が11月27日に署名し、成立する。しかし、これに対して中国政府は強く反発し、12月3日、米軍艦の香港寄港を禁止するなどの制裁措置を発表、米中関係を緊張させる新たな火種となった。

まとめ:以上みてきたように、11月に入ると香港情勢は急展開する。初旬には覆面禁止法が制定され、さらに学生が香港理工大に立てこもり、機動隊との衝突がひとつの頂点に達する。下旬には米議会が香港人権法案を可決するなか、24日に香港区議選が実施され、民主派が地滑り的勝利を収める。覆面禁止法については、香港高裁が香港基本法に反するとの判決を下すが、中国の全人代が同判決を真っ向から否定したことから、香港司法界が全人代の介入に反発する。こうした一連の動きについてメディアは、香港の司法自治への懸念が再燃したと指摘する。
区議選での民主派の勝利についてメディアは、沈黙する香港市民が後押ししたためであり、市民は民主派運動への信認と政治的自由への希求を示したと述べ、同時に抗議デモが外国の陰謀でないこと、さらに市民の大半は相対的な自由を尊重し、中国政府に奪われたくないとの意思を明らかにしたと論じる。米議会による香港人権法制定の動きに関連してメディアは、区議選には、トランプ米大統領に香港の自由希求を支援するよう求める嘆願という側面があり、トランプ大統領が同法案に拒否権を発動すれば、米国の価値観を裏切ると主張、同法案への署名を強く促す。
 
結び:上述のように、抗議運動が天安門事件以来の最大の反体制・民主化運動に発展した香港では、過去1月間に状況が目まぐるしく変転し、中国指導部に深刻な問題を突き付けた。こうした香港情勢を収拾する方法は、これまで続けてきたような警察の力による弾圧か、1国2制度の原則に立ち返って香港自治を認めるか、のいずれしかないだろう。そして中国に残されているのは、後者の道のみである。理由の第1は、区議選が明示したように、市民は民主化運動への支持を明確にしたことだ。情勢は一見すると、天安門事件の際と似ているが、時代と状況は基本的に異なる。第2に米国が議会、政府とも香港自治と1国2制度を監視する姿勢を明らかにしたことだ。そして国際社会も中国に譲歩を求めている。香港自治を認める公約の順守を迫るメディアの論調は、まさに国際社会の要求である。貿易問題その他で米国と対立する中国が、米国や国際社会との摩擦を激化させる余裕はないはずである。中国に開かれている道は、譲歩と妥協のみなのだ。



 (プロフィール)
前田 高昭 :金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。訳書に『チャイナCEO』他。『東アジアニュースレター』配信中。 

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