大きくする 標準 小さくする

インドの総選挙 ― 再選されたモディ首相の光と影

2019/06/07

英文メディアで読む 第73回
 インドの総選挙

― 再選されたモディ首相の光と影 

         
               

     前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト。バベル翻訳大学院プロフェッサ-


  
 
4月11日から実施され5月23日に開票が始まった総選挙(連邦下院選挙。注1)で、モディ首相(68)と与党、インド人民党(
Bharatiya Janata Party、以下、BJP)が圧勝した。選挙は有権者が9億人に上り、選挙期間も6週間に及んでいた。与党は303の選挙区(parliamentary constituencies)で勝利し、下院で過半数となる272を十分上回る議席数を確保する地滑り的勝利(landslide victory)を収めたと24日付ワシントン・ポストは伝える。記事は、これはモディ首相に対する驚くべき信任投票を意味すると述べ、同氏はカリスマ的で分極化させる(polarizing) 政治家だが、ライバルを圧倒して過去5年間で類をみない信任を得て再選されたとコメントする。

モディ圧勝は宗教的ナショナリズムの勝利:記事は、モディ首相が初めて政権の座についたのは5年前で、変革を求めていた国民は、同氏がインドを再編して経済をくびきから解放し、数百万人の雇用を創出すると信頼していたと述べ、こうした期待は実現していないものの、今回の選挙でモディ首相は、ナショナリスト的誇りを前面に打ち出し、有権者に対して国の安全を守り、テロと戦う候補者は自分だけだと語りかけたと述べる。こうしたモディの勝利は、建国の指導者が推進した世俗主義(
secularism)を放棄し、インドをヒンズー原理主義の国とみなす、ある種の宗教的ナショナリズムの勝利だと記事は論評する。

次期政権の主たる課題は経済:さらに記事は、次期政権の主たる課題として経済を挙げ、昨年の失業率が6.1パーセントと45年ぶりの高水準に達し、消費者の購買額も減少、経済全体が減速していると指摘、そうしたなか原油価格が上昇しており、エネルギーを輸入原油に頼るインドとして対応が急務となっていると警告する。また記事はモディ首相の人気の一因として、有権者が勤勉で腐敗とは無縁(
corruption-free)の政治家とみていることを挙げる。しかしモディ政権が2014年に発足して以来、ヒンズー過激派による暴力行為のニュースが増えたと述べ、イスラム教徒らはインドが進む方向について危惧を表明している、と伝える。

 以上のように与党は今回の選挙で歴史的大勝利を収め、その後の選挙管理委員会の発表では最終的に282議席を獲得、与党連合としては350議席余となる見込みとなった。これに対し最大野党の国民会議派の獲得議席は52で野党連合としても90議席程度に止まったとみられている。次に、今後のモディ政権の在り方に関する主要メディアの論調をいくつか観察する。

与党圧勝は民主主義にとって悪しき前兆:先ず上記のように伝えたワシントン・ポストは、さらに25日付社説「
India’s dangerous landslide(インドの危険な地滑り的勝利)」で、BJPの勝因は無関心(apathy)が理由ではないとし、投票率は67パーセントにも達し、延べ6億人近い有権者が投票したと指摘、その一方でモディ政権はメディアを軽視し、5年間も記者会見を開かず、一部のジャーナリストや非政府機関に圧力をかけるなど反自由主義的政策を展開したと批判、勝因についての見方とそれに関連する懸念を以下のように伝える。ここは原文を読んで翻訳してみよう。

Yet if India’s democracy remains robust, Mr. Modi’s triumph does not bode well for it. Having campaigned five years ago as an economic modernizer, the charismatic prime minister this year offered a platform of nationalism and sectarianism.(中略)The worry now is that Mr. Modi will take his resounding victory as a mandate to double down on Hindu nationalism, rather than pivoting back to the needed economic reforms.

「インドの民主主義がこれからも力強くあり続けるとすれば、モディ氏の勝利はよい前兆とはいえない。5年前の選挙で、経済改革者として活動したカリスマ的な同首相は今年、愛国主義と宗派主義の綱領を示してみせたのだ。(中略)今、心配なことは、その華々しい勝利をモディ氏が、必要な経済改革という元の路線に戻るよりも、ヒンズー・ナショナリズムについてさらに危険な賭けに出る信任として受け止めることだ」

次期モディ政権の課題は経済改革の達成:5月23日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「
Narendra Modi’s Massive Mandate(圧倒的信任を得たナレンドラ・モディ)」と題する社説で、モディ首相は指導者として経済を開放するチャンスをもう一度得たと述べ、次のように論じる。

 モディ氏は、とりわけ今年初に起きたパキスタンとの衝突(注2)の機会をとらえてポピュリスト的政治スキルを発揮し、ナショナリストと地場ヒンズー教徒へ働きかけ、与党連合として強力な多数派勢力の結成に成功した。確固たる信任を獲得したモディ首相にとって、問題は、この勝利を最初の任期で失敗した経済改革の達成のために活用するかどうかにある。

労働市場と土地改革が急務:モディ氏は2014年、数十年間にわたって政権を担当してきた国民会議派による社会主義(
Congress Party socialism)の時代を経て、レッドテープの削減、肥大した社会保障国となったインドの改革、外資の導入などに期待する有権者によって信任を受け、政権の初期に成果を挙げた。破産法改革によって信用市場を強化し、世銀のビジネス容易度ランキングも規制緩和によって14年の134位から19年に77位へ引き上げられた。しかし17年の新物品サービス法の制定や前年の高額紙幣の改廃による混乱などで政治的資産(political capital)を失った。モディ首相がなすべきこととして、労働市場と土地改革がある。100人以上の従業員を抱える企業にとって解雇はきわめて困難であり、土地購入に関する規制によって市場がゆがめられ、経済成長が損なわれているからだ。

問題は経済の不振とヒンズー狂信的分子への迎合:インド経済監視センター(
CMIE)によれば、今年第1四半期の経済成長率は6.6パーセントに減速し、4月の失業率は7.4パーセントに上昇した。BJPは食品価格の低下に苦しむ小規模農家に現金を支給したが、製造業向けの外資導入を増やせば、非生産的な農業(unproductive farms)に従事する若者に雇用機会を創出し、農家支援になる。最も失望したのは、モディ氏が与党内のヒンズー狂信的分子(Hindu chauvinist elements)を宥め、さらには、はやし立てたことだ。自らをインドの守護神として演出する一方で、党内他候補は牛(ヒンズー教の聖なる存在)殺戮の禁止やイスラム少数派保護の停止を掲げて出馬した。また政府は反政府勢力への嫌がらせや公式統計の操作などで非難されており、専門家はインド民主主義へのリスクだと説いている。

国民を政府の家父長主義と腐敗から開放すべし:社説は最後に、モディ首相はインド独立以来の最も親米的な政治家で、米印両国は経済、安全保障で緊密な関係を強化し相互に支援できるだろうが、インドをグローバルパワーとして高めたいのであれば、全国民の才能を政府の家父長主義(
paternalism)と腐敗の重荷から開放しなければならないと主張する。

ヒンズー・ナショナリズムを正当化し地域の緊張を高めかねないモディ圧勝:5月23日付フィナンシャル・タイムズも「
Modi should opt for reform, not division(モディは分断よりも改革を)」と題する社説で、モディの再選は、そのカリスマ性と政治的本能および継続する野党の混乱の産物だと述べ、モディ氏と与党の勝利が包摂する政治の分極化は、インドの将来に深刻な問題を提起していると指摘、悪くすると、モディ再選はヒンズー・ナショナリズム(Hindu nationalism)の正統化(legitimisation)と見做され、さらなるイスラム教徒への敵対心とインドの不安定化を生み出しかねないと懸念を表明する。モディは選挙戦で声高に愛国主義を訴え、最近のパキスタンへの攻撃で国民の誇りをくすぐり、またテロ撲滅の決意は理解できるとしても、排他的愛国主義(jingoism)への傾斜を奨励しており、一例として、与党のアミット総裁がバングラデシュからの移住者を「侵入者」(“infiltrators”)と呼んだことを挙げ、こうした攻撃的なトーンは、地域の緊張を高めると批判する。

再選の機会をとらえて近代化努力を倍加すべし:同時に社説は、モディ氏は再選の機会をとらえてインド近代化の努力を倍加し、貧困削減とインフラ改善、政府の効率化に集中できると主張する。再選を果たしたモディ首相は大胆かつ慎重に配慮調整された(
carefully calibrated)経済政策の見直し(rethink of economic policy)をすべきだと指摘、土地所有制と銀行業務に関する構造改革や、食品価格の下落と生産コスト増、水不足(water scarcity)などに苦しむ農民への対策を挙げ、新内閣の組成に当たり、モディ氏は近代化論者としての自身を明示し、再選を確かにした愛国主義を後退させるべきだと提言する。

安定、発展、改革の期待を抱かせた与党の勝利:25日付英エコノミスト誌も社説「
What Narendra Modi should do next(モディが次になすべきこと)」の冒頭で、与党の圧勝をインド独立直後の国民会議派の勢いに喩え、人民党が当たり前のように政権与党となったと評し、これを投資家も歓迎、株価も史上最高値をつけたと述べる。その勝利は安定だけでなく、発展と改革の期待を抱かせたとし、BJPのマニフェストに空港、地下鉄などの大盤振る舞いのインフラ投資と、2030年にはインドが世界第3位の経済大国になることがうたわれていると指摘する。

経済成長に対す障害を無視する与党:ただし社説は、BJPは経済成長に対する最大の障害、例えば、労働者の多くが貧弱な教育しか受けておらず、大半の土地に明確な所有権が存在せず、銀行業は硬直化した国有企業の支配下にあること、などについてほとんど触れていないと批判する。そしてヒンズー活動家(
activists)は、さほど実際的でない問題に精力を注ぎ込みがちだと指摘し、ケララ州において大寺院を女人禁制にする、イスラム教徒が多数派を占める唯一の州、ジャンムー・カシミール州 に対する特権を憲法改正によって剥奪する、新内閣にイスラム教徒6人の殺害を支援した容疑で起訴を待つ女性が入閣しそうなこと、などを挙げる。

グローバル大国化を阻むヒンズー党派意識:さらに社説は、BJPは世界と上昇志向の(
upwardly mobile)有権者に対して自らを近代化論者で改革派と称し、インドの潜在力を十分引き出す決意があると宣伝しているが、同時に、ヒンズー主義の強力なチャンピオンだとも主張し支持を得ていると述べる。そして最後に、モディ氏は再選によって経済発展を加速し、インドを純粋にグローバル大国とする機会を得たが、そのためには経済に焦点を絞る必要があると述べ、選挙運動中に盛り上げた宗派的問題意識(sectarian concerns)は有害な障害(harmful distraction)となると警告する。

モディは先ず製造業の拡大に取り組むべし:5月23日付ブルームバーグも社説「
India Needs a Leader for All Indians(すべての国民のためになる指導者が必要)」で、大勝したモディ首相は早速、2つの課題に取り組むべきだと次のように主張する。

 第1は経済である。モディ首相は第1期に新破産法の制定や物品サービス税の導入など評価に値する改革を推進したが、経済を構造的な成長軌道に乗せるまでには至らなかった。膨れ上がる人口のために毎月100万人近い雇用を創出する必要があるが、それを達成する唯一の道は、製造業部門(
manufacturing sector)の拡大、とりわけ輸出品の生産増であり、それには労働市場法と、インド企業が成長発展してグローバル・サプライチェーンに組み込まれるように土地取得法を、それぞれ根本的に改正しなければならない。

保護主義の修正、統治の強化、国有企業改革も課題:また最近における保護主義への傾斜を逆転させる必要もある。この2つの措置によって、貿易相手国からの反発に先手を打ち、かつ競争力を向上させることになる。またモディ首相は2014年の公約、「最小の政府と最大の統治」(
“minimum government, maximum governance”)の実行に向けて動き出す必要がある。さらに投資が再び流れ始めるよう非効率な国有銀行は閉鎖もしくは民営化されて然るべきだ。税金を無駄使いするインド航空のような国有企業についても同様である。

国内の分裂を封じ込めるべし:第2は、モディとBJPが勝利を得るために利用した分裂(
divisiveness)を封じ込めるという、もう1つの中核的な仕事である。モディ首相は、野党の国民会議派がイスラム教徒の国、パキスタンに同情を示すという裏切り行為を行ったと非難している。またモディ陣営の幹部は不法なイスラム移住者を「シロアリ」(“termites”)にたとえ、追放すると宣言し、イスラム教徒を6人殺害した自称、聖なる女性を選挙に立候補させている。モディは、ヒンズーナショナリスト運動の筋金入りの信奉者で、ヒンズー教の遺産を推進すべきとの信念を隠そうとしていない。反イスラムの偏見による緊張の高まりを放置し、それが暴力沙汰に発展、モディ政権発足後に少なくとも40人近いイスラム教徒がリンチを受けている。そして、事件の容疑者に対する地方BJP幹部の寛容な態度が、ヒンズー過激派に自分たちは罰を受けないとの観念(sense of impunity)を植え付けている。  

モディは全国民のための指導者であることを示せ:こうしたトップからのシグナルが政治と司法に対する信頼を損なっただけでなく、コミュニティ間の関係にも有害で、この数十年間でイスラム教徒に対する最も受け入れられないような、あからさまな(
overt)偏見をもたらした。これは危険なばかりに近視眼的な(short-sighted)見解であり、経済改革の推進に必要な2大政党主義(bipartisanship)という体制を不可能とし、インドの弱体な社会組織(social fabric)に深刻な打撃を与える恐れがある。こう論じた社説は最後に、モディ氏は今回の選挙でまたもや異常なまでに練達した(preternaturally skilled)政治家であることを証明したが、偉大な指導者であろうとすれば、彼は全てのインド国民のための指導者であることを示さなければならない、と主張する。

まとめ:メディアは、モディ政権と与党の勝因は、モディ首相のカリスマ性と政治的本能および継続する野党の混乱にあると指摘、国民に愛国主義の誇りを訴え、それがヒンズー・ナショナリズムと結びついて宗教的ナショナリズムの勝利をもたらしたと分析する。ただし、それがイスラム教徒への敵対心を煽り、政治の分極化を招いたと述べ、モディ政権の反自由主義的政策と相まってインド民主主義にとって悪しき前兆となると懸念を表明する。

 そのうえで、再選を果たしたモディ首相は、経済発展を加速し、インドをグローバル大国へと導く機会を得たとし、喫緊の課題は経済問題だと述べ、インド近代化の努力を倍加し、貧困削減、インフラ改善、労働市場と土地改革、苦境にある農民の救済、保護主義の修正、統治の強化、政府の効率化、国有企業改革などを推進すべきだと主張する。また失業対策として製造業の拡大を挙げ、外資導入の促進を提言する。

結び:安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略」に象徴されるように、日本にとってインドの重要性は近年ますます高まっている。そのインドでモディ現政権が圧勝した。モディ政権は親日的政権と言え、その限りでは日本として歓迎すべきことである。しかし、勝因をみると、そこに光と影がある。モディと与党の地滑り的勝利が光とすれば、ヒンズー・ナショナリズムと結びついた宗教的ナショナリズムの勝利という影の部分がある。見方を変えれば、モディ再選は現政権と与党が訴えたポピュリスト的綱領に対する大衆の信任であり、アジアにおける民主主義の先進大国、インドで大衆迎合的政権が再選されたのである。

 それでは第2期モディ政権は何をなすべきか。第1に、政権の正統性を宗教や排外主義に頼らず、世俗主義の伝統を遵守し、地域の緊張を煽る古くさい外交戦略を放棄することだろう。第2は、国民の信任に応えるために経済を安定強化することである。政権の安定は、経済成長を通じて国民生活を安定向上させること以外にはあり得ない。まさにメディアが指摘するように、経済改革という足が地に着いた政策をしっかり展開することであろう。「自由で開かれたインド太平洋戦略」を掲げる日本としても協力支援していくのは当然であろう。その手立ては経済分野でも多々あるはずである。



注1:インドは独立以来、一貫して議会制民主主義体制を維持し、現在も上下両院による議院内閣制を採用し、下院が行政を担う首相を選出している。首相、下院議員の任期はいずれも5年。第1回下院議員選挙(総選挙)が1952年に実施されて以降、これまでに16回の総選挙が行われ、今年4月の総選挙は第17次連邦下院の議員を任命するために実施された。

注2:この事件について4月8日付ニューズウィーク誌は、次のように伝えている。
パキスタンとインドが領有権を争うカシミール地方では2月14日、インド支配地域でパキスタンを拠点とする過激派が乗用車による自爆攻撃を行い、インドの治安部隊員少なくとも40人が死亡。その後、インドがパキスタンで過激派の訓練施設とする拠点を空爆し、対立のリスクが一気に高まった。パキスタンはインドの戦闘機を撃墜し、インド軍のパイロットを拘束。パイロットはその後解放された。

 


 (プロフィール)
前田 高昭 :金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。訳書に『チャイナCEO』他。『東アジアニュースレター』配信中。 

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

Eメールアドレス:必須

Eメールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付:

記事一覧