『おねえさんになったの』の翻訳者、溝井正美さん
2010/08/25
新人翻訳家デビュー 8月25日号
8月25日号に登場の新人翻訳家は ―溝井正美(みぞいまさみ)さん。
毎月多くの翻訳書が出版され、新人翻訳家も多数誕生しています、これまでの出版経験を持つプロ翻訳家ばかりでなく、多様なチャンスを積極的に活用することで、自己表現できる機会がひろがってきていることを感じます。編集部では、これらの新人翻訳家にスポットをあて、どんな方がデビューしているのかをご紹介し、インタビューによって翻訳出版の動機や、その背景も探っていきます。
連載13回目の8月25日号では、絵本『おねえさんになったの』の翻訳者、溝井 正美さんをご紹介します。
書籍名:『おねえさんになったの』
著 者: ジョアンナ・コール
絵:マクシー・チェンブリス
出 版:バベルプレス
編集:はじめにプロフィールと最近の活動についてお聞かせください。
溝井:
1963年の東京生まれです。国内医学学術論文の抄録誌を出版する「医学中央雑誌刊行会」に約9年勤めたのちフリーとなり、現在は、横浜市の自宅で論文の抄録データ作成やホームページ製作を行っています。また、地元の私立大学の図書館でアルバイトをしながら、パソコンインストラクターも依頼があれば時々しています。
編集:翻訳はどのように勉強されたのですか。また翻訳家になりたいと思ったきっかけはどんなことですか。
溝井:
高校生の時、夏休みの自由課題として英語の本を読んでみたいと思い、書店の洋書コーナーを見ていましたら、シャーロットのおくりもの(E.B. White著 題"Charlotte's Web")のペーパーバックが目に止まりました。
読み始めたら面白くて、読書感想文だけじゃもったいない、全部訳してしまえ、ということになり、夏休み中かかって仕上げました。それ以来、翻訳の楽しさ、面白さに惹かれ、洋書を買って試訳をしたり、バベルの通信講座の受講もしていました。
受講中紹介された安西徹雄先生の「英文翻訳術」は、よい翻訳をするには英語の力に加え、日本語の力も必要だということに気付かせてもらいました。
直近で刺激を受けたのは、" 翻訳家 " 村上春樹との出会いでした。『空飛び猫』(アーシュラ・K.ル=グウィン著 原題" CATWINGS ")の訳を読んだ時、優れた日本語作品を書ける人は、翻訳でもその力を発揮するということを、まざまざと見せつけられ、再び " 翻訳熱 " に火がつき、バベルプレスのメルマガを購読したりサイトを訪問するようになっていました。
編集:そこで、この絵本と出会い、溝井さんがこの絵本を翻訳することになったのはどんな思いがあったのでしょうか。
溝井:
バベルプレスのCo-PUBメイトがスタートしてメルマガを購読していたところ、2007年3月の絵本の原書紹介で " I'M BIG SISTER " と出会いました。著者のJoanna Coleについてネットで調べると、優れた作品を多数輩出している、アメリカでは著名な児童作家であることを知り、とても興味を持ちましたので事務局に翻訳をさせていただきたいと連絡しました。
一番惹かれたのは、子供に向けた本文だけではなく、ご両親に向けたメッセージもしっかりと書かれていたことでした。こんな「1冊で2度おいしい」本とはそう出会えるものではない、このチャンスを生かしたいと心から思いました。
またCole氏の作品に一貫して流れている「科学する心を育む」姿勢にも、自分がずっと科学分野の出版・編集に関わってきたこともあって、とても共感した部分でした。
編集:この絵本を翻訳された感想、苦労したことや楽しかったことを聞かせていただけますか。
溝井:
幼児向けの英文ですから難易度は高くなく、下訳はすぐ出来たのですが、いざ作品として仕上げようとした時「こどもがわかることば」になっていないことを編集者の方に指摘され、ずいぶん悩みました。日本語タイトルも納期ぎりぎりまで考えました。書店で本が並んだ時、インパクトがあるのはどんなタイトルだろう、などと、結構楽しめました。
この作品に取り組んで一番勉強になったのは「日本語の力」が翻訳には必要不可欠であることでした。また、私自身長女なので、作品を読み込むにつれ子供の時感じた弟への気持ちがよみがえり、涙したことが何度もありました。一読者としても大変楽しめた本でした。
初版のほぼ半分を公共図書館で採用していただきました。2年経った今でも、入れてもらった図書館の蔵書検索で「おねえさんになったの」を検索すると「貸出中」になっていることが多く、たくさんの子どもたちが読んでくれているのだなあと感慨無量です。地元の司書の方々からも様々なアドバイスや感想を頂き、大変ありがたいと思っています。
編集:絵本の翻訳を目指している方へのメッセージをお願いします。
溝井:
作品世界やキャラクターをどれだけ自分のものにできるかが、訳文の出来にかかってくると思います。本作品の場合、もうお母さんの年代になってしまった自分が、小さな子供の「おねえさん」の気持ちをいかに正直に捉えるかという点で苦労しました。
また、原文のリズムも出来るだけ活かしたいですね。日本語にすると、構文の違いから文章の流れも長さも変わってしまいがちですが、そこを一工夫することで、原作の味を活かした作品に仕上げられるのではないでしょうか。
さらに、もうひとつ付け加えるならば、取り組む原作以外の著者の他の作品も読むことをおすすめします。著者の持ち味をより深く知ることで、翻訳する上で必要な表現やインスピレーションが得られると思います。今はインターネットで海外の著者・作品情報や原書を得るのがわりと簡単にできますので、これらの情報収集をする努力を出来るだけしていただきたいと思います。
編集:ご自分でブログも作られているようですね。ご紹介してください。
溝井:
LUKEの日記 http://plaza.rakuten.co.jp/luke7/ を2004年から書いていて丸6年になります。読んだ本、旅行、翻訳について思いつくまま綴っています。「おねえさんになったの」との出会いや出版されるまでのプロセスも詳しく書いていますので、ぜひブログも読んで下さい。
編集:最後にこれからの抱負をお聞かせください。
溝井:
バベルプレスのCo-PUBシステムで、私のような無名の翻訳者にはなかなかチャンスが巡ってこない出版翻訳に、本作品の翻訳を通して取り組む機会を頂き、大変感謝しています。
私の興味ある児童書分野でも海外にはまだ日本で紹介されていない著者・作品が数多くありますので、よい原作と出会う機会をこれからもたくさん持って、次のチャンスを待ちたいと思います。その時に備えて、英語と日本語の表現の学びをさらに深めていきたいと思います。
編集:ありがとうございました。溝井さんは物心着いた頃から「本」によっていつも励まされてきたとのこと、そのすばらしさを、多くの方にも体験していただきたいと思い、「おねえさんになったの」を翻訳しましたと、以前お話されていました。これからも素晴らしい作品と出会い、翻訳出版が実現して、多くの方に感動を伝えられるといいですね。ますますのご活躍をお祈りいたします。
編集部:佐野
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