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梁啓超と『中国之武士道』― 川村清夫

2022/05/07

第235回 

梁啓超と『中国之武士道』



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


      

 中国人には、中国が古代から近代まで東アジア文化圏の中心であったと自認する、中華の誇りがあった。しかし19世紀に清国はアヘン戦争でイギリスに、清仏戦争でフランスに、日清戦争で日本に敗れ、欧米、日本の半植民地になってしまった。1898年に康有為など知識人層が、清国を立憲君主国に改造しようと変法運動を推進したが、守旧派に弾圧され、彼らの多くは孫文の革命運動に協力して、1911年の辛亥革命を成功させるのである。

 梁啓超は
20世紀初期の中国の啓蒙思想家である。彼は1873年に広東省に生まれ、同郷の先輩である康有為と変法運動を主導したが、守旧派に敗れ、1912年まで日本に亡命した。日本から中国の知識人層に、和製漢語を多用した著作で欧米、日本の思想を広めた。辛亥革命が成功して建国された中華民国に帰国、孫文の国民党と敵対した袁世凱の軍閥政権の閣僚となって、1929年に死去した。

 『中国之武士道』は、梁啓超が日本に亡命していた
1904年に著し、1916年に出版された。この本で彼は、日露戦争で日本にもロシアにも味方せず中立を決め込んだ清国の軟弱な態度に怒って、中国にも古代に日本のような武士道が存在したが、秦、漢の統一帝国によって廃れていった歴史を強調している。

 それでは『中国之武士道』の自叙(序文)を、原文、読み下し文、近世中国史の大家だった宮崎市定京都大学教授による現代語訳の順に見てみよう。

(原文)乃叙其端日、泰西日本人當言、中国之歴史、不武之歴史也。嗚呼、吾恥其言。吾憤其言。吾未能卒服也。

(読み下し文)乃(すなわ)ちその端(はじめ)に叙して曰(いわ)く、泰西(たいせい)・日本の人は常に言う、中国の民族は不武の歴史なりと。嗚呼(ああ)、吾れ其の言を恥じ、吾れ其の言を憤る。吾れ未だ卒(にわ)かに服(したが)う能わざるなり。

(宮崎現代語訳)そこでその初めに序文を作り、何故に武士道を問題とし、題名にまでつけたかを説明する。西洋人や日本人は口癖に言う、中国の歴史は文弱の歴史であり、中国は文弱の民族であると。私はその言を恥じ憤り、またすぐ承服することはできない。

 「泰西」は西洋の意味、「不武」は文弱を意味する婉曲的表現である。

(原文)六国之末、懸崖転石之機、愈急愈劇。有勢位者、益不得不広結材侠之民以自固。故其風扇而弥盛。名誉誉此者也。爵賞賞此者也。権利利此者也。全社会以此為教育。故全民族以此為生涯。轟轟烈烈。真千古之奇観哉。

(読み下し文)六国の末、崖に懸り石を転ぜんとするの機、愈愈急に愈愈劇(はげ)し。勢位ある者は益々広く材侠の民と結んで自らを固めざるを得ず。故に其の風、扇(あお)られて弥々(ますます)盛んなり。名誉とは此れを誉(ほ)むる者、爵賞とは此れを賞する者、権利とは此れを利する者たり。全社会は此れを以て教育をなす。故に全民族は此れを以て生涯となす。轟轟たり、烈々たり、真に千古の奇観なるかな。

(宮崎現代語訳)戦国の末期になると、競争はいよいよ甚しく、高い崖から巖石を転し落すよう、急転直下の形勢となった。位あり権力ある者は、ますます広く才能武術にすぐれた者を召し抱えて地位を固めなければならなくなった。尚武の風は煽られてますます盛んとなった。名誉は彼等の為にある。爵位も恩賞も利権もみな彼等に与えられる。社会は尚武をもって教育とした。そこで全中国人は尚武をもって生き甲斐とした。その盛大なことは、真に千古に稀な盛観ということができる。

 「六国」は戦国時代の強国だった秦、楚、晋、魏、斉、燕のことである。梁啓超は司馬遷の『史記』を引用して。愛国心、外交における強気、国への自己犠牲、深謀遠慮、主君への忠義、勇気、職務上の忠実、恩義への自己犠牲、友情への自己犠牲、功績を求めない無欲さ、秘密を守る自己犠牲、他人に迷惑をかけない、他人の名誉への自己犠牲、捕虜の恥辱を受けない、主君への殉死、窮地でも最善を尽くす、死を覚悟した場合の自決、後世の模範となる、という春秋・戦国時代の英雄豪傑たちの徳目を解説している。

(原文)以視彼日本人所自侈許日武士道武士道者、何遽不逮耶。何遽不逮耶。

(読み下し文)以て彼の日本人が自ら侈(ほこ)り許して、武士道、武士道と曰う所の者に視(くら)べて、何ぞ遽(にわ)かに及ばずといわんや。何ぞ遽(にわ)かに及ばずといわんや。

(宮崎現代語訳)これをかの日本人が自ら誇って武士道、武士道というものに比べて、どっこい負けるものか。負けるものか。

 『中国武士道』の論法は、梁啓超の日本に対する対抗意識が感じ取れるのである。



川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

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