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百人一首と古今集の歌人たち ― 川村清夫

2021/08/23

第218回 百人一首と古今集の歌人たち


川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


      

  
 「小倉百人一首」に所載されている最も古い歌集は、奈良時代末期の
783年頃に大伴家持が完成した万葉集である。その次に古い歌集は、平安時代前期の905年に紀貫之、紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑が編纂した古今和歌集である。古今和歌集は、醍醐天皇から万葉集に選ばれなかった古い和歌から平安前期までの和歌を選んだ歌集を作れとの勅令に従って編纂された、最初の勅撰和歌集なのである。

 古今和歌集から、奈良時代の唐風文化に代わって、国風文化が日本文化を代表するようになった。
894年に菅原道真が遣唐使を廃止して以来、漢字文化崇拝から、かな文字文化が顕彰、尊重されるようになったのである。

百人一首にある古今集の和歌の英訳を、ポーター訳、マッコーレー訳の順に見てみよう。

(小野小町、古今集春下
113
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに

(ポーター英訳)

The blossom’s tint is washed away 
By heavy showers of rain; 
My charms, which once I prized so much, 
Are also on the wane, 
Both bloomed, alas! in vain.


(マッコーレー英訳)

Color of the flower 
Has already faded away, 
While in idle thoughts 
My life passes vainly by, 
As I watch the long rains fall. 


 
9世紀きっての美女だった小野小町が、年を取って容貌が衰えたのを嘆いた歌である。マッコーレー訳の方が簡潔でわかりやすい。

(在原業平、古今集秋下
294
ちはやぶる 神代もきかず 竜田河
唐紅に 水くくるとは

(ポーター英訳)

All red with leaves Tatsuta’s stream
So softly purls along, 
The everlasting Gods themselves 
Who judge ‘twixt right and wrong, 
Ne’er heard so sweet a song. 


(マッコーレー英訳)

Even when the gods 
Held sway in the ancient days, 
I have never heard 
The water gleamed with autumn red 
As it does in Tatsuta’s stream. 


 在原業平も
9世紀きっての美男子で、『伊勢物語』の主人公のモデルにされている。竜田川は奈良県西部を流れる川で、生駒山の東から南へ流れ、法隆寺がある斑鳩町の西で大和川に合流する。現在の竜田公園のあたりの紅葉の美しさをたたえた歌だが、マッコーレー訳の方が正確で、すっきりしている。

(紀友則、古今集春下
84
久方の ひかりのどけき 春の日に
しづ心なく 花のちるらむ

(ポーター英訳)

The spring has come, and once again 
The sun shines in the sky; 
So gently smile the heavens, that 
It also makes me cry, 
When blossoms drop and die. 


(マッコーレー英訳)

In the peaceful light 
Of the ever-shining sun 
In the days of spring, 
Why do the cherry’s new-blown blooms 
Scatter like restless thoughts? 


 紀友則は紀貫之の年長の従兄弟である。日の光がのどかにさしている春の日に、桜の花が落ち着きなく散っている光景を描いた歌である。マッコーレー訳の方が正確である。

(紀貫之、古今集春上
42
人はいさ 心もしらず ふるさとは
花ぞ昔の かににほひける

(ポーター英訳)

The village of my youth is gone, 
New faces meet my gaze; 
But still the blossoms at thy gate, 
Whose perfume scents the ways, 
Recall my childhood’s days. 


(マッコーレー英訳)

The depth of the hearts 
Of humankind cannot be known, 
But in my birthplace 
The plum blossoms smell the same 
As in the years gone by. 


 紀貫之は
10世紀を代表する文学者で、『土佐日記』の作者である。奈良県桜井市の長谷寺に参詣した時に、久しぶりに泊まった家も梅の花も変っていないことを詠んだ歌である。ポーターもマッコーレーも、「ふるさと」を紀貫之の故郷だと誤訳している。

 人間の感性を率直に表現した万葉集に比べて、古今集は技巧が効いていて優雅である。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

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