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百人一首と万葉集の歌人たち ― 川村清夫

2021/08/07

第217回 百人一首と万葉集の歌人たち


川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


      

  
 正月の風物詩である「小倉百人一首」は、
1235年に文学者の藤原定家が京都の嵯峨野に所有した小倉山荘(時雨亭、現在は厭離庵がある)で、飛鳥時代の天智天皇、持統天皇から、鎌倉時代の後鳥羽上皇、順徳上皇までの、すぐれた和歌を選んだ和歌集である。

 百人一首の英訳は、イギリス人外交官のウィリアム・ニニス・ポーター(
William Ninnis Porter)による1909年の初訳、アメリカ人宣教師のクレイ・マッコーレー(Clay MacCauley)による1917年の英訳にはじまり、最近ではアイルランド人の日本学者ピーター・マクミラン(Peter MacMillan)による2017年の英訳も発表されている。ここでは万葉集の歌人に焦点を当てて、ポーター訳、マッコーレー訳の順に見てみよう。

(持統天皇、万葉集1巻28)
春過而 夏来良之 白妙能 
衣乾有 天之香来山

春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山

(ポーター英訳)

The spring has gone, the summer’s come, 
And I can just decry
The peak of Ama-no-Kagu, 
Where angels of the sky 
Spread their white robes to dry. 


(マッコーレー英訳)

The spring has passed
And the summer come again; 
For the silk-white robes, 
So they say, are spread to dry 
On the “Mount of Heaven’s Perfume”.


 藤原宮の内裏から、東南にある天香久山で庶民の白衣が干されているのを見て詠んだ歌である。ポーター訳は白衣を
angels of the skyと超訳、マッコーレー訳は白衣を絹だと誤解している。

(柿本人麻呂、万葉集11巻2802、作者名なし)
足日木乃 山鳥乃尾乃 四垂尾乃
長永夜乎 一鴨将宿

足引きの 山鳥の尾の しだり尾の
ながながし夜を ひとりかもねむ

(ポーター英訳)

Long is the mountain pheasant’s tail 
That curves down in its flight; 
But longer still, it seems to me, 
Left in my lonely plight, 
Is this unending night. 


(マッコーレー英訳)

Oh, the foot-drawn trail 
Of the mountain-pheasant’s tail 
Dropped like down-curved branch! 
Through this long, long-dragging night
Must I lie in bed alone? 


 一緒に寝る愛人のいない夜を嘆いた歌である。マッコーレー訳の方が、山鳥の尾の形容、句の順番と、原歌に忠実に翻訳している。

(山部赤人、万葉集3巻318)
田児之浦従 打出而見者 真白衣
不尽能高嶺爾 雪波零家留

田子の浦に 打出でてみれば 白妙の
ふじの高嶺に 雪は降りつつ

(ポーター英訳)

I started off along the shore, 
The sea shore at Tago, 
And saw the white and glist’ning peak 
Of Fuji all aglow
Through falling flakes of snow. 


(マッコーレー英訳)

When I take the path
To Tago’s coast, I see 
Perfect whiteness laid 
On Mount Fuji’s lofty peak 
By the drift of falling snow. 


 駿河国の田子の浦(静岡市清水区)から、富士山頂の雪をたたえた歌である。マッコーレー訳の方が表現がわかりやすい。

(大伴家持、万葉集にはない、新古今集620)
鵲乃 和多世流波之耳 遠久霜能
志呂支越見礼者 夜曽更爾計留

かささぎの 渡せる橋に おく霜の
しろきを見れば 夜ぞふけにける

(ポーター英訳)

When on the Magpies’ Bridge I see 
The Hoar-frost King has cast
His sparkling mantle, well I know
The night is nearly past, 
Daylight approaches fast. 


(マッコーレー英訳)

If I see that bridge 
That is spanned by flights of magpies 
Across the arc of heaven 
Made white with a deep-laid frost, 
Then the night is almost past. 


 かささぎが天の川に橋を渡したという七夕の伝説を詠んだ歌である。霜は空の星のことで、マッコーレー訳の方が簡潔である。

 日本人の生活に密着した百人一首は、これからも数多くの英訳が作られることであろう。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

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