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鴨長明と『方丈記』― 川村清夫

2021/07/07

第215回 鴨長明と『方丈記』


川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


      

 鴨長明が鎌倉時代初期に著した『方丈記』は、平安時代中期に清少納言が書いた『枕草子』、鎌倉時代末期に著した『徒然草』と並ぶ、中世日本の三大随筆の一つである。

 作者の鴨長明は、神職出身の文学者である。彼は保元の乱の前年である
1155年に、京都で最も有名な神社である賀茂御祖神社(下鴨神社)の禰宜鴨長継の息子に生まれた。二条天皇の中宮である高松院に可愛がられて官位が従五位下になったが、父の死によってうしろだてを失い、1175年に下鴨神社の禰宜職を親戚の鴨祐兼に奪われ、1207年に下鴨神社の摂社(附属神社)である河合神社の禰宜になろうとしたが、鴨祐兼の妨害にあって失敗した。神職になる望みを絶たれた鴨長明は出家して、日野(伏見区醍醐)に庵を建てて隠棲した。『方丈記』は、彼の死の4年前の12123月末に庵で一気に書いたものである。それでも鴨長明は歌人として有名で、朝廷の和歌所寄人になっており、後鳥羽上皇をはじめとする朝廷の人々と親しかった。『方丈記』の他に、鴨長明は歌論書の『無名抄』、仏教説話集の『発心集』を著している。

 鴨長明が生きた時代は、戦乱と天然災害の時代であった。
1156年の保元の乱と1159年の平治の乱によって平家が朝廷の支配権を握ったが、1180年から1185年にかけての治承・寿永の乱で平家が滅亡、源氏が鎌倉に幕府を開いた、『平家物語』の時代だった。戦乱の間に京都の街は、1177年の安元の大火、1180年の治承の竜巻、1181年から翌年までの養和の飢饉、1185年の元暦の地震に見舞われて、大きな損害を受けた。戦乱と天変地異を目撃した鴨長明は、自身の人生の挫折も思い起こしながら、人間社会のはかなさ、無常感を感じて、『方丈記』を書いたのである。

  『方丈記』の冒頭は、人間社会のはかなさと無常感を河の流れにたとえた名文である。
(原文)ゆく河のながれはたえずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたはかつきえかつむすびて、ひさしくとどまる事なし。世中にある、人と栖(すみか)と又かくのごとし。

 この名文には原典が存在する。
6世紀前半、中国が南北朝時代にあった時、南朝の梁の昭明太子蕭統が、春秋時代からの賦、詩、文章の中ですぐれたものを選んで編纂した『文選』に所載された、3世紀後半の呉出身で西晋の政治家陸機(字は士衡)が書いた「嘆逝賦」である。陸機は名門出身の政治家だったが、八王の乱で殺害されてしまった。魏呉蜀の三国時代を西晋が280年に統一したが、291年に皇族同士が殺し合う八王の乱が起こり、304年に北方騎馬民族が中国北部を占領、南北朝時代がはじまった。陸機は乱世における人間社会のはかなさと無常感を嘆いたのである。

(嘆逝賦)悲夫!川閲水以成川。水滔滔日度。世閲人而為世。人冉冉而行暮。人何世而弗新。世何人之能故。

(読み下し文)悲しきかな!川は水を閲(す)べて以て川を成す。水は滔滔(とうとう)として日にわたる。世は人を閲べて世を成す。人は冉冉(ぜんぜん)として行き暮らしぬ。人何れの世としてか新たならざらん。世何れの人としてか能(よ)く故(ふる)からん。

  『方丈記』の初期の英訳では、
1891年に夏目漱石が東京帝国大学在学中に、イギリス人の恩師ジェームズ・メイン・ディクソン(James Main Dixon)から依頼されて作った翻訳がある。

(夏目英訳)
Incessant is the change of water where the stream glides on calmly: the spray appears over a cataract, yet vanishes without a moment’s delay. Such is the fate of men in the world and of the houses in which they live. 

 他の英訳では、
1905年に天才博物学者の南方熊楠が、イギリスの日本文学研究者フレデリック・ヴィクター・ディキンス(Frederick Victor Dickins)と共同して作った翻訳もある。

(南方、ディキンス英訳)
Of the flowing river the flood ever changeth, on the still pool the foam gathering, vanishing, stayeth not. Such too is the lot of men and of the dwellings of men in this world of ours. 

新しい英訳では、
1995年にイギリス人英語教師デヴィッド・ジェンキンス(David Jenkins)が森口靖彦と協力して作った翻訳がある。

(ジェンキンス、森口英訳)

The flowing river never stops
and yet the water never stays the same. 
Foam floats upon the pools, 
scattering, re-forming, never lingering long. 
So it is with man 
and all his dwelling places 
here on earth. 


 夏目の訳は素直な作風で、わかりやすい。南方とディキンスの訳は英語の古語を用いて、少しひねった作風である。ジェンキンスと森口の翻訳は韻文仕立てで、優雅で美しい。

 『方丈記』は短い随筆なので、翻訳しやすい。
19世紀末の夏目漱石から21世紀の現代まで、数多くの翻訳家たちによって多種多様の翻訳が作られてゆくことであろう。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

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