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孫文と日中関係 ― 川村清夫

2021/02/22

第206回 孫文と日中関係



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


          

   
 孫文の伝記映画は、
1986年から製作されるようになった。中国では、孫文の別名を題名にした「孫中山」が丁蔭楠監督の下で製作され、孫文を劉文治が演じている。この映画では孫文の革命運動に対する日本人の貢献を強調しており、宮崎滔天は大和田伸也、その妻槌子は中野良子が演じている。

 孫文が東京で中国同盟会を結成した
1905年当時の日本には、近代化に成功した日本に学ぼうとして、中国人留学生が2万人も来ていた。政治家では、孫文の愛弟子で中華民国総統になった蒋介石は振武学校(陸軍士官学校予科)、蒋介石の政敵で日中戦争中に親日政権首席になった汪兆銘は法政大学、毛沢東の右腕で中華人民共和国首相になった周恩来は明治大学に留学した。文化人では、儒教文化を否定して中国共産党を結成した陳独秀は早稲田大学、文豪の魯迅は東北大学に留学した。

 孫文は民権主義は人民の政治力だと定義している。原文、安藤の和訳の順に見てみよう。

(原文)大凡有団体有組織的衆人、就叫做民。…権就是力量、就是威勢、那些力量大到同国家一様、就叫做権。…把民同権攏起来説、民権就是人民的政治力量。

(安藤和訳)すべて、団体があり組織がある多数の人を「民」とよぶ。…「権」とは力であり、勢いである。そういう力が国家とおなじにまで大きくなったのを「権」というのである。…「民」と「権」をいっしょにあわせて「民権」といえば、つまり人民の政治の力のことだ。

 民権主義によれば、人民は4つの政権(政治をする権利)、すなわち選挙権、創制権(法律の制定を要求する権利)、複決権(政府、議会が決めた法律に対して賛否を表明する権利)、罷免権(公務員を解任する権利)を持って、政府を管理する。政府は人民のための政治をするために5つの治権(統治する権利)、すなわち行政権、立法権、司法権、考試権(公務員を試験で選ぶ権利)、観察権(公務員を観察する権利)を持って人民の要求に応える。これらの諸権利に基づいて、1946年に主権在民の中華民国憲法(五権憲法)が制定された。

 孫文はアメリカ、フランスの革命思想に関して解説するが、欧米の政治哲学、民権の進歩は、物質科学の進歩に及ばないと喝破して、むやみに真似してはならないと注意する。そして彼は、中国に民権に基づく国家が実現すれば、欧米を追い抜けると希望するのである。

(原文)我們掌欧美己往的歴史来做材料、不是要学欧美、歩他們的後塵、是用我們的民権主義、把中国改造成一個「全民政治」的民国、要駕乎欧美之上。

(安藤和訳)われわれがヨーロッパ、アメリカのこれまでの歴史を材料にするのは、なにもヨーロッパ、アメリカをまね、かれらのうしろ姿をおがもうというのではない。われわれの民権主義によって、中国を「全民政治」(すべての人民を主権者にする政治)の民国(共和国)に改造し、ヨーロッパ、アメリカの上をいこうというのだ。

 孫文は、民生主義は社会における貧富の格差を是正する社会主義だと、定義している。
(原文)我今天就掌這個名詞来下一個定義、可説民生就是人民的生活_社会的生存、国民的生計、群衆的生命便是。…故民生主義就是社会主義、又名共産主義。

(安藤和訳)わたしはきょうこの言葉(民生)に定義をくだして、民生とは人民の生活、社会の生存、国民の生計、大衆の生命であるということができる。…それゆえ、民生主義は社会主義にほかならず、また共産主義とも名づけられる。

 原文にはハイフンがあるので、「人民の生活」の後に「つまり」を加えるべきである。

 孫文は、カール・マルクスが科学的方法論を駆使して社会主義思想を発展させた功績を評価するが、1920年代のドイツ、イギリスの社会主義政党が資本主義社会の議会制民主主義に適応している実情から、マルクスの階級闘争は実現しなかったと、批判している。

(原文)国民党対於民生主義定了両個弁法、第一個是平均地検、第二個是節制資本。只要照這両個弁法、便可以解決中国的民生問題。

(安藤和訳)国民党は民生主義にたいして二つの方法をきめている。その第一は地権の平均、第二は資本の節制である。この二つの方法どおりにやりさえすれば、中国の民生問題は解決できるのである。

 孫文は、地権に関しては地価に基づく徴税と買い上げによって土地問題を解決し、国家が基幹産業を管理する国家資本主義を確立して資本家を統制することを提唱している。

 孫文の三民主義は、蒋介石の国民政府では順守されず、貧富の差がはげしい社会が続いた。毛沢東が建国した中華人民共和国では、人民が共産党政府に支配されていて、三民主義はいまだ実現されていない。
 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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