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孫文と「三民主義」― 川村清夫

2021/02/08

第205回 孫文と「三民主義」



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


          

   
 孫文は、大清帝国を倒してアジアで最初の共和国である中華民国を建国した革命家であり、今でも中華人民共和国、台湾を問わず「国父」として尊敬されている人物である。

 孫文は
1866年に広東省に客家人(世紀に西晋が北方遊牧民によって滅ぼされ、中国北部が北方遊牧民に支配されたのを嫌って中国南部に移住した古代北方中国人の子孫)の家庭に生まれた。ハワイで学び、香港西医学院で医学博士号をとった。孫文は清朝打倒をこころざして1894年にハワイで興中会を結成、翌年に広東省で武装決起したが失敗、日本に亡命して、日本人革命家の宮崎滔天、国家主義者の頭山満の援助を受けた。欧米で遊説しながら、1905年に国家主義者の内田良平の援助で東京に中国同盟会を結成した。1911年に辛亥革命が起こると、孫文は遊説先のアメリカから帰国して、南京で臨時大総統になった。しかし清朝と結託した袁世凱が大総統になり、孫文は革命の主導権を奪われた。袁世凱が1916年に病死した後、中国は彼の部下だった張作霖などの諸軍閥が支配した。これに対して孫文は1919年に中国国民党を結成して、中国の再統一をめざした。孫文は社会主義革命が成功したソ連に接近して、1923年にソ連からミハイル・ボロディンを政治顧問に招き、翌年広州に黄埔軍官学校を設立して国民革命軍を組織した。しかし孫文は1925年に肝臓癌で病死した。彼の愛弟子の蒋介石が1926年に北伐を開始、張作霖を破り、1928年に中国を再統一、南京に国民政府を樹立したのである。

 孫文の講演をまとめた著書「三民主義」で孫文は、民族、民権、民生から成る三民主義が、中国の国際的地位・政治的地位・経済的地位の平等を促進し、中国を永久に世界に伍して生存できるようにする救国思想であると主張している。では民族主義に関して、原文、
1957年の安藤彦太郎の和訳の順に見てみよう。

(原文)按中国歴史上社会習慣諸情形来講、我可以用一句簡単話説、民族主義就是国族主義。中国人最崇拝的是家族主義和宗族主義、所以中国只有家族主義和宗族主義、没有国族主義。

(安藤和訳)中国の歴史における社会生活や慣習などの諸事情からいって、わたしは簡単に、民族主義とは国族主義だ、ということができる。中国人がもっとも尊重するのは家族主義と宗族主義である。だから、中国には家族主義と宗族主義があるのみで、国族主義がない。

 孫文は簡単な表現を使って、彼の考えが大衆に理解されるように工夫している。彼は中国人社会が各地方の一族郎党主義から成立して、国家に基づく国族意識が発達していないことを看破している。国族意識を育てるために、孫文は忠孝、仁愛、信義による儒教道徳の復興と、儒教の古典「大学」の政治哲学「修身斉家治国平天下」を唱えるのである。

(原文)就是大学中所説的「格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下」那一段的話、把一個人従内発揚到外、由一個人的内部做起、推到平天下止。

(安藤和訳)すなわち、「大学」に説く「格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下」という言葉がそれである。一人の人間の内部からはじめて「平天下」までおしおよぼすものである。

 格物致知は事物を正しく理解すること、修身は個人が人格者になること、斉家は家庭を円満にすること、平天下は天下を支配することである。孫文は、欧米が中国よりまさっているのは自然科学だけだと考え、自然科学を受容して欧米に追い付けと激励したのである。

(原文)要想恢復到那様的地位、除了恢復一切国粋之後、還要去学欧美的長所、…外国人的長所是科学。

(安藤和訳)そういう地位をとりもどしたければ、いっさいの国粋的なものをとりもどしたのちに、さらにヨーロッパ、アメリカの長所にまなばなくてはならないのである。…その外国の長所とは科学である。

 孫文は、従来中国から文化を学んでいた日本が、欧米から文化を学んで世界の列強に仲間入りしたことを、中国にとって模範であると称賛している。

(原文)日本従前的文化、是従中国学去的、比較中国低得多、但是日本近来専学欧美的文化、不過幾十年便成為世界中列強之一。

(安藤和訳)日本のこれまでの文化は中国からまなんだもので、中国よりずっと低かった。ところが、近年、日本はもっぱらヨーロッパ、アメリカの文化にまなんだ結果、わずか数十年で世界の列強の一つになったのである。

 ここでは孫文が、中国が日本に追い越されたことをくやしがる、中国人としての自尊心を感じ取ることができる。

 三民主義の民族主義を支える思想が、民権主義と民生主義なのである。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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