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ローマ帝国衰亡史とテオドシウス王朝断絶 ― 川村清夫

2020/11/24

第200回 ローマ帝国衰亡史とテオドシウス王朝断絶



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


  
        


 ローマ帝国皇帝テオドシウス1世は395年に崩御した時に、長男アルカディウスに帝国の東半分を、次男ホノリウスに西半分を分与した。東ローマ帝国の皇帝は優秀だったが、西ローマ帝国の皇帝は暗君が続いた。ホノリウスの甥でテオドシウス王朝最後の皇帝ウァレンティアヌス3世は特に低能だった。

 ヴァレンティアヌスは、454年にフン族の王国が滅んで、西ローマ帝国軍総司令官フラヴィウス・アエティウスの政治的影響力が強まるのを、うとましく感じていた。アエティウスの政敵である元老院議員のペトロニウス・マクシムスと宦官のヘラクリウスは、ヴァレンティアヌスにアエティウスが帝位を奪い取ろうとしていると讒言した。アエティウスは息子のガウデンティウスをヴァレンティアヌスの皇女プラキディアと結婚させようとしていた。ヴァレンティアヌスは、息子と皇女の結婚をせきたてるアエティウスを刺殺したのである。ギボンの原文、朱牟田の和訳の順に見てみよう。

(ギボン原文)
Whilst he urged, perhaps with intemperate vehemence, the marriage of his son, Valentinian, drawing his sword, the sword he had ever drawn, plunged it in the breast of a general who had saved his empire: his courtiers and eunuchs ambitiously struggled to imitate their master; and Aetius, pierced with a hundred wounds, fell dead in the royal presence.

(朱牟田和訳)早く息子の結婚をとせき立てたとき、ウァレンティニアヌス帝はサッと剣を抜くと(生まれて初めて抜いた剣だったろう)、自分の帝国を救ってくれたこの将軍の胸を刺し貫いた。廷臣たちと宦官たちは夢中に先を争って主に倣い、こうしてアエティウスは百からの突き傷を受けて皇帝の面前で即死した。

 朱牟田は
perhaps with intemperate vehemenceを訳してないが、訳文がくどくならず、これでよい。pierced with a hundred woundsは「百もの突き傷を受けて」と訳すべきだ。

 マクシムスは西ローマ軍総司令官になろうとしたが、任命されなかった。ヘラクリウスがヴァレンティアヌスに、マクシムスを任命しないように助言したのを知ったマクシムスは、2人の殺害を決意した。マクシムスは、アエティウスの元部下でヴァレンティアヌスの護衛をしていたスキタイ人のオプティリアとトラウスティラを手なずけて、455年にマルスの丘で弓矢の競技を観戦していたヴァレンティアヌスとヘラクリウスを暗殺させた。これでテオドシウス王朝は断絶したのである。

(ギボン原文)
Whilst Valentinian amused himself, in the field of Mars, with the spectacle of some military sports, they suddenly rushed upon him with drawn weapons, dispatched the the guilty Heraclius, and stubbed the emperor to the heart, without the least opposition from his numerous train, who seemed to rejoice in the tyrant’s death. 

(朱牟田和訳)ウァレンティニアヌスが「マルスの野」で何かの軍事競技見物に興じていたとき、二人は抜剣して突然帝に迫り、罪深いヘラクリウスをまず血祭りにあげた後に帝の心臓を刺した。数多い供廻りの連中からは何の抵抗もなく、一同は暴君の死を喜んでいるかに見えた。

 ギボンは競技の内容を伝えていない。
trainは「供回り」の意味である。

 マクシムスは帝位につき、ヴァレンティアヌスの皇后エウドクシアとむりやり結婚した。エウドクシアはマクシムスに報復しようと、北アフリカのカルタゴを首都とするヴァンダル王国の国王ガイセリックに援助を頼む書簡を送った。エウドクシアの書簡はヴァンダル族にローマを攻撃する口実を与えた。カルタゴの旧ローマ海軍を接収していたヴァンダル族は西ローマ軍を破って、ローマに攻め込んだ。マクシムスは、暴徒になったローマ市民に虐殺された。ヴァンダル族は2週間にわたりローマを略奪して、皇后エウドクシアと皇女のエウドキアとプラキディアはヴァンダル王国に拉致され、人質になってしまった。

(ギボン原文)
Eudoxia herself, who advanced to meet her friend and deliverer, soon bewailed the imprudence of her own conduct. She was rudely stripped of her jewels; and the unfortunate empress, with her two daughters, the only surviving remains of the great Theodosius, was compelled, as a captive, to follow the haughty Vandal. 

(朱牟田和訳)ガイセリックを味方、救護者と思ってわざわざ出迎えたエウドクシアその人も、間もなく自身の行動の軽率さを嘆くことになった。身に着けた宝石類は荒っぽく剥ぎ取られ、この不運な女帝は、二人の娘とともに(この二人だけが今やテオドシウス直系の僅かな生き残りだったが)、捕虜として傲岸なこのヴァンダル族王に随行を強いられた。

 
rudely stripped ofは「無造作に剥ぎ取られ」、empressは「皇后」と訳すべきである。

 エウドクシアと2人の皇女は、東ローマ皇帝レオ1世からの身代金で解放された。エウドクシアとプラキディアはコンスタンチノープルへ移住した。ガイセリックの息子フネリックと結婚していたエウドキアは、カルタゴに永住した。ローマが略奪され、皇后と皇女がヴァンダル族に拉致されて、西ローマ帝国の権威は地に堕ちてしまったのである。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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