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ローマ帝国衰亡史とキリスト教公認 ― 川村清夫

2020/09/07

第195回  ローマ帝国衰亡史とキリスト教公認



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー

  

               
 「ローマ帝国衰亡史」(
The History of the Decline and Fall of the Roman Empire)は、18世紀末のイギリスの歴史家エドワード・ギボン(Edward Gibbon)によって1776年から1788年までにかけて出版された、2世紀の五賢帝時代から5世紀の西ローマ帝国の滅亡、15世紀の東ローマ帝国の滅亡までを描いた、ローマ帝国史の古典的な大著である。

 ギボンはこの大著を著すに当たって、ローマ帝国末期の
4世紀に6人の歴史家によって書かれたといわれる「ローマ皇帝群像」(皇帝列伝、Scriptores Historiae Augustae)、6世紀の東ローマ帝国の歴史家ヨルダネス(Jordanes)による「ゴート族史」(Historia Gothorum)などのラテン語原書、6世紀の東ローマ帝国の歴史家ゾシムス(Zosimus)による「新ローマ史」(Historia Nova)などのギリシャ語原書を底本としている。

 邦訳は英文学者の村山勇三が、
1939年から1940年にかけて初めて全訳している。それに次いで、英文学者の中野好夫が1976年から新しい全訳をはじめたが1985年に病没、同僚の朱牟田夏雄が全訳を続けたが1987年に没したので、中野の子息である中野好之が1993年に全訳を完成した。ここでは中野父子と朱牟田による全訳書に準拠して、313年のキリスト教の公認から476年の西ローマ帝国の滅亡までをあつかう。

 ローマ帝国は伝統的に、皇帝を崇拝しないキリスト教を弾圧してきた。しかしコンスタンティヌス
1世は313年に「ミラノ勅令」を発布して、帝国内の全市民の信教の自由を認めて、キリスト教も諸宗教の1つとして公認され、彼もキリスト教に改宗したのである。コンスタンティヌスのキリスト教改宗の動機に関して、ギボンは、当時コンスタンティヌスはマクシミアヌス、マクセンティウス父子、リキニウスといった宿敵とローマ帝国の支配権を争っていたので、彼の現実的な打算によるものだろうと推定している。それではギボンの原文、中野の和訳の順に見てみよう。

(ギボン原文)
The mind of Constantine might fluctuate between the Pagan and the Christian religions. According to the loose and complying notions of Polytheism, he might acknowledge the God of the Christians as one of the many deities who compose the hierarchy of heaven. Or perhaps he might embrace the philosophic and pleasing idea, that notwithstanding the variety of names, of rites, and of opinions, all the sects, and all the nations of mankind, are united in the worship of the common Father and Creator of the universe. 

(中野和訳)すなわち、コンスタンティヌス帝の心は、いまだ異教信仰とキリスト教信仰との間を動揺していたらしいこと。もともと曖昧かつ融通無礙ともいうべき多神教特有の神観にしたがえば、帝はキリスト教の神をもただ多神教体制を構成する多数神のその一つとして認めていただけなのかもしれぬ。それともまた呼称、祭式、考え方こそ異なれ、人類のあらゆる教派および民族は結局一つの共通父神、そして宇宙の創造者を礼拝するとの意味では一つだという、まことに便利な哲学的神観で満足していたのかもしれぬ。

 中野の翻訳は文学的である。原文の
loose and complying notions of Polytheismを「もともと曖昧かつ融通無礙というべき多神教特有の神観」と訳している。原文のperhaps he might embrace the philosophic and pleasing ideasを、「まことに便利な哲学的神観で満足していたのかもしれぬ」と訳している。

(ギボン原文)
Personal interest is often the standard of our belief, as well as of our practice, and the same motives of temporal advantage, which might influence the public conduct and professions of Constantine, would insensibly dispose his mind to embrace a religious so propitious to his fame and fortunes. His vanity was gratified by the flattering assurance, that he had been chosen by Heaven to reign over the earth; success had justified his divine title to the throne, and that title was founded on the truth of the Christian revelation. 

(中野和訳)一身上の利害が、しばしばわれらの実践のみならず、信仰の基準にさえなることも珍しくない。おそらくコンスタンティヌス帝の場合も、やはりそうした現世的利益という考慮が、その公人としての言動にある種の影響をあたえたろうことは十分考えられる。すなわち、その名声や運勢にとり有利有用な宗教と見れば、知らず知らずこれを奉じたい心境にも当然なったはず。事実彼自身こそ世界を統治すべく神により選ばれた人間だという確信は、帝の自負心をくすぐるに十分だった。しかも数々の戦勝は聖なる帝位への彼の権利を正当化してくれたし、彼の帝位要求の資格は明らかにキリスト教啓示の真実性の上に築かれたのだ。

 ギボンの原文は長文で、区切って翻訳する必要があるが、中野は巧みに区切り、主語を取り換えて、読みやすい訳文にしている。原文の
personal interestを「一身上の利害」、the same motive of temporal advantageを「そうした現世的利益という考慮」と訳している。原文のsuccessとは、312年にコンスタンティヌスがマクセンティウスを滅ぼしたミルヴィウス橋の戦いのことである。

 キリスト教は、
392年にテオドシウス1世の「テオドシウス勅令」によって国教となり、ローマ帝国で伝統的に信仰されてきた他の宗教は禁止されたのである。


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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