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源氏物語と「手習」 ― 川村清夫

2020/07/22

第192回  源氏物語と「手習



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー

  

  浮舟は宇治川に入水しようとしたが、死にきれなかった。川辺の大木の下に放心状態でいたところを、比叡山延暦寺の横川の僧都に命を助けられたのであった。この横川の僧都は、10世紀後半から11世紀初めまで活躍した、「往生要集」を著して浄土教を発展させた、天台宗の高僧である源信(恵心僧都)をモデルにしたようである。僧都一行は、当初は浮舟を狐ではないかと疑ったが、人間であると確認して救い出し、小野(現在の大原)の山荘に移したのである。僧都の妹尼が浮舟を献身的に介抱したので、浮舟は健康を回復した。薫と匂宮との三角関係から入水寸前まで追い詰められた浮舟は、過去と決別するために僧都に出家を懇願して、尼僧になるのである。

 それでは浮舟が横川の僧都に出家を懇願する台詞を、大島本の原文、渋谷栄一の現代語訳、ウェイリーとサイデンステッカーの英訳の順に見てみよう。

(大島本原文)「世の中にはべらじと思ひ立ちはべりし身の、いとあやしくて今まではべりつるを、心憂しと思ひはべるものから、よろづにせさせたまひける御心ばへをなむ、いふかひなき心地にも、思ひたまへ知らるるを、なほ、世づかずのみ、つひにえ止まるまじく思ひたまへらるるを、尼になさせたまひとよ。世の中にはべるとも、例の人にてながらふべくとはべらぬ身になむ」

(渋谷現代語訳)「この世に生きていまいと決心いたしました身が、とても不思議にも今日まで生きておりましたが、つらいと思います一方で、あれこれとお世話いただいたご厚志を、何とも申し上げようもないわが身ながら、深く存じられますが、やはり、世間並のようには生きて行けず、とうとうこの世になじめそうになく存じられますので、尼にしてくださいませ。この世に生きていましても、普通の人のように長生きできない身の上です」

(ウェイリー英訳)
“I can’t be grateful enough for all she has done. But I wanted to die, and despite everyone here being so good to me, I still bitterly regret that I survived. Not that it will be for long. I do not feel that I have any hold on life, and before it is too late, I want you to receive me as a nun. I know that even if I remain alive, I shall never again lead an ordinary life.” 

(サイデンステッカー英訳) “You will remember that I had no wish to live on, and my strange survival has only brought me grief. But of course I am grateful, in my poor way, for all you have done. Do please, let me take my vows. I do not think I am capable of the sort of life other women lead. Even if I were to stay among them, I do not think I could follow their example.”


 ウェイリー訳もサイデンステッカー訳も内容はほぼ同じであるが、サイデンステッカーの方が原文の流れに忠実な翻訳をしている。

(大島本原文)「幼くはべりしほどより、ものをのみ思ふべきありさまにて、親なども、尼になしてや見まし、などなむ思ひのたまひし。まして、すこしもの思ひ知りて後は、例の人ざまならで、後の世をだに、と思ふ心深かりしを、亡くなるべきほどのやうやう近くなりはべるにや、心地のいと弱くのみなりはべるを、なほ、いかで」

(渋谷現代語訳)「子供の時から、物思いばかりをしているような状態で、母親なども、尼にして育てようか、などと思いおっしゃいました。ましてや、少し物心がつきまして後は、普通の人と違って、せめて来世だけでも、と思う考えが深かったが、死ぬ時はだんだん近くなりましたのでしょうか、気分はとても心細くばかりなりましたが、やはり、どうか出家を」 

(ウェイリー英訳) 
“Even when I was a small child I was so serious that everyone said I ought to become a nun. And having been like that when I was a child, it was only natural that afterwards, when real troubles came, my thoughts should turn more and more away from the passing pleasure of this world and be set upon the world to come. I feel very weak and cannot believe that I shall last much longer. That is why I am so anxious to take my Vows at once.” 

(サイデンステッカー英訳) 
“I have never been happy, not since I was very young, and my mother often thought of putting me in a nunnery. And when I began to understand things a little better I could see that I was different from other people, and must seek my happiness in another world.” She was weeping. “Perhaps it is better I am so near the end of all – I feel as if everything were slipping away. Please, reverend sir, let me take my vows.”

  ここでも、サイデンステッカー訳の方がウェイリー訳より原文の流れに忠実な翻訳をしている。「ものをのみ思ふべきありさま」をウェイリーはI was so serious、サイデンステッカーはI have never been happyと訳したが、いずれも不正確である。「心地のいと弱くのみなりはべる」をウェイリーは省略したが、サイデンステッカーはI feel as if everything were slipping away.と訳した。サイデンステッカーは「僧都」をreverendと訳したが、これでは「司祭」、「牧師」と同じで、位階が低すぎる。「修道院長」を意味するabbotとするべきだ。take vowsとは本来はキリスト教の修道院に入る誓いを立てる意味だが、ここでは出家して仏門に入る意味に転用している。

 薫は浮舟の生存を知ると、彼女へ還俗をすすめる手紙を横川の僧都に書いてもらい、その手紙を浮舟の異父弟である小君に持たせて、浮舟のもとへ向かわせるのであった。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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