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源氏物語と「蜻蛉」(かげろう) ― 川村清夫

2020/07/07

第191回  源氏物語と蜻蛉」(かげろう)



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー

  

  
 浮舟が突然いなくなり、山荘の人々は彼女が宇治川に入水したのだと悟り、彼女の遺体が見つからないまま、葬儀を営んだ。薫は浮舟の入水を知って、彼女を八の宮の山荘に放置していたことを悔やみ、嘆いた。薫は浮舟の侍女の右近と侍従の君に事件の詳細を尋ねて、浮舟が匂宮に強引に男女関係を結ばされたことを知ったのである。

 それでは薫が浮舟の入水を知った時と、匂宮のしわざを知った時の台詞を、大島本の原文、渋谷栄一の現代語訳、ウェイリーとサイデンステッカーの英訳の順に見てみよう。

(大島本原文)
「さらにあらじとおぼゆるかな。なべての人の思ひ言ふことをも、こよなく言少なに、おほどかなりし人は、いかでかさるおどろおどろしきことは思ひ立つべきぞ。いかなるさまに、この人びと、もてなしに言ふにか」

(渋谷現代語訳)
「難とも信じがたいと思われることだ。普通誰でもが思ったり言ったりすることも、この上なく言葉少なく、おっとりとしていた人が、どうしてそのような恐ろしいことを思い立ったのだろう。どのような様子のために、この人びとは、取り繕って言うのであろうか」

(ウェイリー英訳)

So far from being the sort of person to fly off into a sudden fit of rage or despondency, Ukifune was extraordinarily sensible, even-tempered, dependable. No, it was obviously a clumsy invention, designed by Ukon and Jiju to hide their mistress’s tracks. 

(サイデンステッカー英訳) 
A girl so quiet, so sparing even of commonplaces – how could she had done it? No – these women had conspired to deceive him.


  薫は右近と侍従の君を信用していない。「この人びと」とは、右近と侍従の君のことである。ウェイリーもサイデンステッカーも薫の台詞をナレーションの形に翻訳しているが、前者が丁寧な翻訳をしているのにくらべ、後者は粗雑な翻訳をしている。

(大島本原文)
「宮をめづらしくあはれと思ひきこえても、わが方をさすがにおろかに思はざりけるほどに、いと明らむるところなく、はかなげなりし心にて、この水の近きたよりにて、思ひ寄るなりけむかし。わがここにさし放ち据ゑざらましかば、いみじく憂き世に経とも、いかでか、かならず深き谷をも求め出でまし」

(渋谷現代語訳)
「宮をめったにないいとしい方と思い申し上げても、自分のほうをやはりいい加減には思っていなかったために、どうしたらよいか分からなくなって、頼りない考えで、この川に近いのを手だてにして、思いついたのであろう。自分がここに放って置かなかったら、たいそうつらい生活であっても、どうして、必ず深い谷を探して身投げをしなかっただろうに」

(ウェイリー英訳)

“You realize, I am sure,” he said, “that if I had been anyone in a less conspicuous position – if I had been free to come and go as I chose, I should never have been content to leave her even for so short a while in a place where I could so seldom see her. The arrangement was of course very unsatisfactory, but I consoled myself with the thought that before long I should be able to carry out plans which would not only have ensured our meeting much more frequently, but would also have given her for the rest of her life the sort of surroundings to which her rank entitled her. Up to a certain point I think she understood all this and made allowances for me; but I feel that other influences were at work. There is something I rather hesitate to mention now that this is all a thing of the past. However, since we are alone together… tell me, this affair with Niou – when did it begin? I know how attractive he is, and I can quite well imagine her falling madly in love with him, as indeed innumerable women have done. Then when it suddenly became impossible for her to see him, she would have fallen into a state of terrible despair. Hasn’t it occurred to you that this may be the explanation? I see from your face that it has. Very well, then, hadn’t you better drop all this secrecy and tell me the whole story from beginning to end?”

(サイデンステッカー英訳)

He lapsed into his own thoughts. The girl had fallen victim to Niou’s charms, but she had not found Kaoru’s own advances distasteful. And so she had been caught in an impossible dilemma, and here was the river, beckoning, and she had given in to it. If he had not left her in this wilderness, she might have found life difficult, but she would hardly have sought a “bottomless chasm.” How sinister his ties had been with this river, how deep its hostility flowed! 

 「わが方」は薫自身のことである。ウェイリーは薫の台詞に思い入れがこもりすぎて、The arrangement was of course very unsatisfactoryからwhen did it begin?までの原文にない創作を加えて、原文から内容が遊離した冗長な訳文にしている。原文では、浮舟の入水に関する薫の推測から薫の後悔の順に描いているのに、ウェイリーは、薫の後悔から浮舟の入水に関する薫の後悔の順に描いているのである。サイデンステッカーは薫の台詞をナレーションの形で、無味乾燥であるが原文により忠実な翻訳をしているが、「いかでか、かならず深き谷をも求め出でまし」を、How sinister his ties had been with this river, how deep its hostility flowed!としたのは不正確である。

 薫は中将の君を慰め、彼女の子息(浮舟にとって異父弟)である小君を従者として召し抱える。薫は匂宮と違って誠意はあるのだが優柔不断で、「宇治十帖」のストーリー展開をじれったいものにしている。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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