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源氏物語と「宿木」 ― 川村清夫

2020/05/22

第188回  源氏物語と「宿木」



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー

  


  薫は大君のことが忘れられないが、匂宮に嫁ぎ、その子息を身ごもった中君にも言い寄るようになった。そこで中君は薫に、大君そっくりの異母妹の浮舟がいることを打ち明けた。さらに薫は、出家していた弁の君(弁の尼)に問うと、浮舟の母は中将の君という八の宮の侍女で、八の宮の手がつくとすぐ見捨てられ、常陸介と結婚して、浮舟は二十歳くらいになることを教えてくれたのである。
 中君と弁の尼が浮舟を語る台詞を、大島本原文、渋谷栄一の現代語訳、ウェイリーとサイデンステッカーの英訳の順に見てみよう。

(大島本原文)「年ごろは、世にやあらむとも知らざりつる人の、この夏ごろ、遠き所よりものして尋ね出でたりしを、疎くは思ふまじけれど、またうちつけに、さしも何かは睦び思はむと思ひはべりしを、さいつころ来たりしこそ、あやしきまで昔人の御けはひにかよひたりしかば、あはれにおぼえなりにしか」

(渋谷現代語訳)「今までは、この世にいるとも知らなかった人が、今年の夏頃、遠い所から出てきて尋ねて来たのですが、よそよそしくは思うことのできない人ですが、また急に、そのようにどうして親しくすることもあるまい、と思っておりましたが、最近来た時は、不思議なまでに、故人のご様子に似ていたので、しみじみと胸を打たれました」

(ウェイリー英訳)
“This summer,” she said, “I suddenly got a letter from someone I had not heard of for years and indeed scarcely imagined to be still alive. She said that she had just returned from a distant province, and wished to see me. It is someone with whom I am in a way connected. But there seemed no reason why she should suddenly descend on me in this way, and I was not very encouraging about the visit. However, she insisted on coming, and to my surprise I discovered that she bore the most astonishing resemblance to Agemaki. We were friends immediately. You have often told me that I remind you of her; but no one else sees it. Whereas this girl, who is far less closely related to me, is almost indistinguishable from Agemaki. Really, it is such a likeness as you would hardly think conceivable.” 

(サイデンステッカー英訳)
“I heard recently of a lady whose existence I had not dreamed of someone whom I could not keep at a distance, and at the same time whom I had no great wish to be friendly with. The other day she came calling, and the resemblance to my sister astonished me and moved me deeply.” 

 ウェイリー訳が思い入れたっぷりで冗長なのに対して、サイデンステッカー訳はあまりにも簡単で、思い入れがなさすぎる。

(大島本原文)「故宮の、まだかかる山里住みもしたまはず、故北の方の亡せたまへりけるほど近かりけるころ、中将の君とてさぶらひける上臈の、心ばせなどもけしうはあらざりけるを、いと忍びて、はかなきほどにもののたまはせける、知る人もはべりざりけるに、女子をなむ産みてはべりけるを、さもやあらむ、と思すことのありけるからに、あいなくわづらはしくものしきやうに思しなりて、またとも御覧じ入るることもなかりけり。…かの君の年は、二十ばかりになりたまひぬらむかし。いとうつくしく生ひ出でたまふがかなしきなどこそ、中ごろは、文にさへ書き続けてはべめりしか」

(渋谷現代語訳)「故宮が、まだこのような山里生活もなさらず、故北の方がお亡くなりになって間近かったころ、中将の君と言ってお仕えしていた上臈で、気立てなども悪くはなかったが、たいそうこっそりと、ちょっと情けをお交わしになったが、知る人もございませんでしたが、女の子を産みましたのを、あるいはご自分の子であろうか、とお思いになることがありませんでしたので、つまらなく厄介で嫌なようにお思いになって、二度とお逢いになることもありませんでした。…あの君の年齢は、二十歳くらいにおなりになったでしょう。とてもかわいらしくお育ちになったのがいとおしいなどと、近頃は、手紙にまで書き綴ってございましたとか」

(ウェイリー英訳)
“While Prince Hachi was still in the Capital, shortly before his wife’s death, he took a fancy to one of the upper serving-women. The affair was of no importance and no one knew of it, but they met once or twice in secret, and a child was born. He knew that the little girl was his, but coming as it did when his thoughts were absorbed in his great sorrow, he could not bring himself to see the mother again.The girl must by now I suppose be about nineteen. I know that in a long letter she wrote some time ago to Lady Kozeri her mother spoke of her as being very good-looking, which made it, she said, all the sadder that she could not come into her own.”  

(サイデンステッカー英訳)
“ It was before the prince came to these mountains to live, and shortly after he lost his wife. Among his attendants was a woman named Chujo, of good family and an amiable enough disposition. For a very short time he favored her with his attentions. No one knew of the affair, and presently she had a daughter. He was embarrassed, yes, even disgusted, knowing that it might well be his. He did not want to be troubled further and refused to see her again. The daughter will be about twenty, I should imagine. I did once have a long letter from the mother saying that she was far too pretty to be wasted in the provinces.” 

 ウェイリー訳もサイデンステッカー訳も、原文を丁寧に翻訳している。ウェイリーは原文と違って浮舟の年齢を十九歳にしているが、サイデンステッカーは原文通り二十歳にしている。「いとうつくしく生ひ出でたまふがかなしき」の翻訳に関しては、ウェイリー訳もサイデンステッカー訳も不正確である。
 浮舟の存在を知った薫は、弁の尼の助けを借りて、浮舟を囲おうとするのである。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)

上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

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