大きくする 標準 小さくする

源氏物語と「匂宮」  ― 川村清夫

2020/02/07

第181回  源氏物語と「匂宮」



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー

  

 源氏物語は主人公の光源氏亡き後、第42帖「匂宮」から最後の第54帖「夢浮橋」まで、薫、匂宮、浮舟が主人公をつとめる、The Tale of Genji: the Next Generationと呼べる物語に代わる。もはや光源氏のような人並外れたプレイボーイ貴族は登場しない、現実の平安貴族の身の丈に合った恋愛物語に移行するのである。

 「匂宮」の冒頭には、光源氏亡き後の平安宮廷には、彼ほどの器量の男性貴族はいないありさまが書かれている。大島本の原文、渋谷栄一の現代語訳、ウェイリーとサイデンステッカーの英訳の順に見てみよう。

(大島本原文)光隠れたまひにし後、かの御影に立ちつぎたまふべき人、そこらの御末々にありがたかりけり。

(渋谷現代語訳)光源氏が御隠れになって後、あのお輝きをお継ぎになるような方、大勢のご子孫方の中にもいらっしゃらないのであった。


(ウェイリー英訳)
 Genji was dead, and there was no one to take his place.

(サイデンステッカー英訳)The shining Genji was dead, and there was no one quite like him.

 ウェイリーもサイデンステッカーも、光源氏亡き後のありさまを、簡潔に、思い入れのかけらもない翻訳をしている。

 源氏物語の新たな主役となった薫は、おもてむきは光源氏と女三宮の子息ということになっているが、本当は柏木と女三宮の子息であった。薫は冷泉院と秋好中宮にかわいがられて官位の昇進が早かったのだが、自分の出生に疑問を持っていた。ところが彼のまわりには出生の秘密を打ち明けてくれる者がおらず、薫は恋愛に消極的な、引っ込み思案の性格の貴公子になったのである。

(大島本原文)
「おぼつかな誰れに問はましいかにして
 初めも果ても知らぬわが身ぞ」

いらふべき人もなし。ことに触れて、わが身につつがある心地するも、ただならず、もの嘆かしくのみ、思ひめぐらしつつ、「宮もかく盛りの御容貌をやつしたまひて、何ばかりの御道心にてか、にはかにおもむきたまひけむ。かく、思はずなりけることの乱れに、かならず憂しと思しなるふしありけむ。人もまさに漏り出で、知らじやは、なほ、つつむべきことの聞こえにより、我にはけしきを知らする人のなきなめり」と思ふ。

(渋谷現代語訳)
「はっきりしないことだ、誰に尋ねたらよいものか
 どうして初めも終わりも分らない身の上なのだろう」

 答えることのできる人はいない。何かにつけて、自分自身に悪いところがある感じがするのも、気持ちが落ち着かず、何か物思いばかりがされ、あれこれ思案して、「母宮もこのような盛りのお姿を尼姿になさって、どのような御道心からか、急に出家されたのだろう。このように、不本意な過ちがもとで、きっと世の中が嫌になることがあったのだろう。世間の人も漏れ聞いて、知らないはずがあろうか。やはり、隠しておかなければならないことのために、わたしには事情を知らせる人がいないようだ」と思う。

(ウェイリー英訳)

“Who, who will rid me of my doubts? For groping now I know not whither I am carried nor whence into this would I came.”

But there was none to answer him. 
He was constantly oppressed by a feeling of insecurity. He would turn the matter over and over in his mind, and just when he was half-convinced that his suspicions were in reality ungrounded, it would occur to him, for example, that his mother’s sudden retreat from the world just when she was looking her best was not likely to have been dictated solely by an access of religious feeling. Such actions were far more often the sequel to some scandal or disastrous entanglement. If anything of this kind had occurred there must be someone besides Nyosan who knew about it, and the fact that he had, no doubt quite deliberately, been left in such complete ignorance, only showed how unpalatable to him the real facts were judged to be. 


(サイデンステッカー英訳)
“Whom might I ask? Why must it be
 That I do not know the beginning or the end?”

 But of course there was no one he could go to for an answer.
These doubts were with him most persistently when he was unwell. His mother, taking the nun’s habit when still in the flush of girlhood – had it been from a real and thorough conversion? He suspected rather that some horrible surprise had overtaken her, something that had shaken her to the to the roots of her being. People must surely have heard about it in the course of everyday events, and for some reason had felt constrained to keep it from him.


 薫の和歌は、ウェイリーよりサイデンステッカーの方が簡潔で正確な翻訳をしている。薫の心境「つつがある心地」に関しては、サイデンステッカーがunwellとしたのは誤訳で、ウェイリーのfeeling of insecurityの方が正しい。それ以降は、サイデンステッカーの翻訳の方が簡潔でわかりやすい。

 薫の消極的な性格は、第
42帖以降の源氏物語で、彼に恋愛の不首尾と、浮舟に災難をまねくことになるのである。
 


川村 清夫(かわむら・すがお)
上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

Eメールアドレス:必須

Eメールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付:

記事一覧