大きくする 標準 小さくする

内村鑑三のアメリカ留学  ― 川村清夫

2020/01/22

第180回 内村鑑三のアメリカ留学



川村清夫
バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー
 
 

 内村鑑三は1884年から1888年までアメリカへ留学したが、当時のアメリカでは有色人種に対する人種差別がひどかった。黒人、インディアン、ヒスパニックだけでなく、アジア人に対しても露骨な差別と偏見が存在した。アジア人で最も早く、19世紀半ばにアメリカに移民した中国人は、肉体労働者として低賃金でこき使われ、侮辱されており、1882年には中国人排斥法が施行された。アジア人である日本人も、中国人同様に差別と偏見にさらされたのである。内村は、アメリカにおける中国人に対する人種差別を非難している。

 それでは内村の人種差別に対する非難を、彼の原文、松沢弘陽の和訳の順に見てみよう。

(内村原文)
As for the alleged moral obliquity of the Chinese: Have you ever heard of a Chinaman throwing a bombshell at city-police, or disgracing the American womanhood in the mid-day sun? Why not enact anti-German laws and anti-Italian laws as well if the social order and decency are your aim? What are the iniquities of the poor Chinaman that you persecute them with so much rigor; except they be their defencelessness, and abject submission to your Gothic will?

(松沢和訳)よく中国人は不道徳だと言われる点はどうか。中国人が警察に爆弾を投げたり、白昼アメリカ婦人をはずかしめたりしたためしがあるだろうか。もし社会の秩序や品位を維持したいなら、なぜドイツ人排斥法やイタリア人排斥法も作らないのか。気の毒に、中国人にどんなとががあってそんなに虐待するのか。とががあるとすれば、諸君の野蛮なしうちにさからいもせず従う卑屈さだけではないのか。

 原文の表現が古風である。現代なら
moral obliquity(不道徳)はimmoralityiniquities(とが)はfaultGothic will(野蛮なしうち)はbarbaric mistreatmentの方が一般的である。

(内村原文)
Would that the iniquities of the Caucasian sojourners in our land be counted that they be weighed over against those of Chinaman! If we had done to American or English citizens in our land half as much indignities as are done to the helpless Chinese in America, we would soon be visited with fleets of gunboats, and in the name of justice and humanity, would be compelled to pay $50,000 per capita for the lives of those worthless loafers, whose only worth as human beings consist in their having blue eyes and white skins, and in nothing more.

(松沢和訳)願わくは、わが国にいる白人居留者のとがが数えられ、中国人のとがと量りくらべられんことを!わが国在留の米英市民が、アメリカで困っている中国人にあびせられる侮辱の半分でも受けようものなら、我々はたちまち砲艦隊に襲われて、青い眼と白い皮膚をしているほか人間に値しないようなごろつきの生命のために、一人五万ドルも弁償しなければならなくなるだろう。正義と人道の名において。

 loafers(ごろつき)はhoodlumsindignities(侮辱)はinsultsの方が一般的である。訳文の「正義と人道の名において」は、「襲われて」と「青い眼」の間に入れるべきである。

 他方、内村は彼の生涯を決定するすばらしい人格者に出会った。新島襄の恩師で、アマースト大学の総長で牧師であるジュリアス・ホーリー・シーリー(Julius Hawley Seelye)である。内村のシーリーに対する賛辞を見てみよう。

(内村原文)
But none influenced and changed me more than the worthy President himself.He believed in God, in the Bible, and in the power of prayer to accomplish all things. 

(松沢和訳)しかし私の心にうったえ、私を変えたのは、誰よりも、総長だった。…彼は神を、聖書を、またすべてをなしうる祈りの力を信じていた。

 シーリーの感化によって、内村のキリスト教への信仰は完成したのである。

(内村原文)
That God is our Father, who is more zealous of His love over us than we of Him; that His blessings are so emanant throughout the Universe that we need but open our hearts for His fulness to “rush in”; that our real mistakes lay in our very efforts to be pure when none but God Himself could make us pure; that selfishness is really hatred of self, for he that really loves himself should first hate himself and give himself for others; etc., etc., -these and other precious lessons the good President taught me by his words and deeds.

(松沢和訳)神は我らの父にいまし、我らが神を慕うにまさって、我らを愛したもうということ、神の祝福は宇宙にあまねく満ちているから、我らはただ心を開きさえすれば、神の満ち溢れる祝福が「奔流となって注ぐ」のだということ、神御自身のほか我らを潔めうる者がないのに、自力で潔くなろうと努めるのは、実は誤りもはなはだしいのだということ、真におのれを愛するものはまずおのれをいとい、ひとのためにおのれをささげるべきだから、利己主義は実はおのれをなみすることだということ、等々_総長はこうした貴い教えを、言葉と行為によって教えてくれた。

 hatred of selfの訳語は「おのれをなみする」でなく、「おのれをさげすむ」とするべきである。

アメリカ留学を通して、内村は日本人としての意識に目覚めて、日本のキリスト教指導者となった。多磨霊園にある内村鑑三夫妻の墓には
I for Japan; Japan for the World; The World for Christ; And All for God(余は日本の為め、日本は世界の為め、世界は基督の為め、基督は神の為め也)という墓碑銘がある。
  


川村 清夫(かわむら・すがお)
上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。  

 

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

Eメールアドレス:必須

Eメールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付:

記事一覧