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源氏物語と「藤の裏葉」ー 川村清夫

2019/06/22

第166回  源氏物語と「藤の裏葉」

川村清夫: バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー


 
 天皇家の皇位継承の歴史には、皇室を離れて臣籍に下った元皇族が皇室に復帰して天皇に即位した前例がある。
9世紀末に菅原道真の後援者になって藤原氏を抑え天皇親政を実現した宇多天皇と、彼が臣籍にいた時に生まれた子息で10世紀初めに藤原氏と協調しながら天皇親政を継続した醍醐天皇である。宇多天皇は臣籍にいた間は源定省(さだみ)、醍醐天皇は源維城(これざね)と名乗っていた。

 「藤の裏葉」の帖は、皇室を離れて臣籍に下っていた光源氏が、冷泉帝のはからいで准太上天皇(准上皇)に、内大臣は太政大臣に、夕霧は中納言になって、光源氏一家も内大臣一家も栄華の絶頂を迎える、めでたしめでたし型の帖である。与謝野晶子は、紫式部が書いた源氏物語は「藤の裏葉」までで、「若菜」の帖以降は娘の大弐三位が書いたと考えている。それでは光源氏が准上天皇になる場面を、大島本原文、渋谷栄一の現代語訳、ウェイリーとサイデンステッカーの英訳の順に見てみよう。

(大島本原文)
明けむ年、四十になりたまふ。御賀のことを、朝廷よりはじめてたてまつりて、大きなる世のいそぎなり。

その秋、上天皇に准らふ御位得たまうて、御封加はり、年官年爵など、皆添ひたまふ。かからでも、世の御心に叶はぬことなけれど、なほめづらしかりける昔の例を改めで、院司どもなどなり、さまことにいつくしうなり添ひたまへば、内裏に参りたまふべきこと、難かるべきをぞ、かつ思しける。

かくても、なほ飽かず帝は思して、世の中を憚りて、位をえ譲りきこえぬことをなむ、朝夕の御嘆きぐさなりける。

(渋谷現代語訳)
明年、四十歳におなりになる。御賀のことを、朝廷をお初め申して、大変な世を挙げてのご準備である。

その年の秋、太上天皇に準じる御待遇をお受けになって、御封が増加し、年官や年爵など、全部お加わりになる。そうでなくても、世の中でご希望通りにならないことはないのが、やはりめったになかった昔の例を踏襲して、院司たちが任命され、各段に威儀厳めしくおなりになったので、宮中に参内なさることが、難しいだろうことを、一方では残念にお思いであった。

それでも、なおも物足りなく帝はお思ひあそばして、世間に遠慮して、皇位をお譲り申し上げられないことが、朝夕のお嘆きの種であった。

(ウェイリー英訳)

Next year would see his fortieth birthday, and he heard that both at Court and in the country at large great preparation were afoot for celebrating this event. Already in the autumn of the present year he was proclaimed equal in rank to an Imperial parent, and his fiefs and patronage were correspondingly increased. His actual power had for a long time past been absolute and complete, so that these changes brought him no great advantage. Indeed, in one respect they were inconvenient; for in defiance of a very well-established precedent he was burdened with the special retinue of his new rank, which, magnificent though it made his public appearances, rendered his comings and goings in the Palace very burdensome, and he was no longer able to meet the Emperor so often as he desired.

Ryozen still felt acutely the illegality of his own position and would at any moment have been prepared to resign the Throne, had not Genji refused to sanction such a step, pointing out that it would have a disastrous effect on public opinion if it became known that the true line of succession had been impaired.


(サイデンステッカー英訳)

Genji would be forty next year. Preparations were already under way at court and elsewhere to celebrate the event. In the autumn he was accorded benefices equivalent to those of a retired emperor. His life had seemed full enough already and he would have preferred to decline the honor. All the old precedents were followed, and he was so hemmed in by retainers and formalities that it became almost impossible for him to go to court. The emperor had his own secret reason for dissatisfaction: public opinion apparently would not permit him to abdicate in favor of Genji.

 この場面は源氏物語における重要な場面なのだが、ウェイリー訳はいささか冗漫で、サイデンステッカー訳は簡潔だがそっけない翻訳をしている。「太上天皇に准らふ御位」を、ウェイリーは
equal in rank to an Imperial parentと訳しているが、桐壺帝と同じ「天皇」の意味になってしまい、誤訳である。サイデンステッカーはbenefices equivalent to those of a retired emperorと訳している。彼によれば「太上天皇」はretired emperorである.「なほめづらしかりける昔の例」とは、一度臣籍に下りながら皇室に復帰して即位した、宇多天皇と醍醐天皇のことである。これをウェイリーはa very well-established precendentと、サイデンステッカーはall the old precedentsと訳している。サイデンステッカーはこの箇所に註釈を設けてIt is interesting to note that there were no real precedentsと書いている。彼は元皇族が天皇に即位した、歴史的事実を知らないようである。ウェイリーは「冷泉帝」を、間違えてRyozenと表記している。日本の古典文学を正確に翻訳するためには、日本史に関する十分な知識が必要なのである。

 光源氏の栄耀栄華は「藤の裏葉」の帖までで、この後に続く「若菜」の帖から光源氏の運勢は暗転してゆくのである。

 


川村 清夫(かわむら・すがお)
上智大学文学部卒業後、上智大学大学院にて文学修士号を取得。
さらに米国インディアナ大学大学院にてPh.D(歴史学)を取得 する。
専攻は近代東欧史。
チェコ・ドイツ民族問題、ハプスブルク帝国の連邦化運動、パン・スラヴ主義を研究する。

株式会社バベル勤務、常磐大学国際学部非 常勤講師、湘南工科大学総合文化教育センター非常勤講師を経て、現在バベル翻訳大学院アソシエイト・プロフェッサー。
著書は、「オーストリア・ボヘミア和協:幻のハプスブルク帝国改造構想」(中央公論事業出版、2005年)、「プラハとモスクワのスラヴ会議」(中央公論 事業出版、2008年)、The Bohemian State-Law and the Bohemian Ausgleich(中央公論事業出版、2010年)、「ターフェとバデーニの言語令:ハプスブルク帝国とチェコ・ドイツ民族問題」(中央公論事業出版、 2012年)。
  

 

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