大きくする 標準 小さくする

東アジア・ニュースレター ― 海外メディアからみた東アジアと日本 ― 第128回

2021/08/23

東アジア・ニュースレター
――海外メディアからみた東アジアと日本――
第128回








前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳大学院プロフェッサー 

 
 
 中国関係では、世界の超大国中国という概念に挑戦した論説記事を紹介した。記事はまず、超大国になるのは複雑な仕事であり、中国の能力、熱意、意志が試されると指摘。問題を軍事的分野と貿易、製造という経済分野に分け、経済の重みは大きなレバレッジとはなるものの政治的には決定的ではないと主張する。軍事面では、中国はこれまで米国の世界に張り巡らした同盟国体制や軍事的プレゼンスを崩そうとする動きをみせていないこと、米国のようにその軍と基地を歓迎した国々に対して安全保障を提供する可能性が低く、米に対抗する独自の代替システム構築は困難と思われることを挙げ、最終的には、超大国になるには米国とは異なる新しい方法を見つけるか、野心をあきらめるかだと論じる。

 台湾では6月に米台間でTIFA協議が再開され、自由貿易協定の締結への期待が高まっていたが、7月に米国で大統領に通商交渉権限を与える大統領貿易促進権限(TPA)法が失効し、米国側において交渉進展の芽が摘まれた。バイデン政権は議会に新TPA法を求める意向はないと報じられているが、自由貿易協定には幾つかの利点がある。加えて台湾との協定には中国に対する地政学的な意義があり、バイデン政権の台湾政策の観点からも今後の同政権の動きが注目される。

 韓国住宅価格の上昇が止まらない。ソウル首都圏でマンションの平均価格が過去5年間で倍増している。このため国民、特に中間層が経済的不平等を拡大させている。根本原因を攻撃すると公約して登場した文在寅政権への怒りを募らせている。これに対する文政権の対応は、モグラ叩きと評されている。中間層の間に政権への怒りが、次の大統領選を控える与党陣営に打撃を与えている。 

 北朝鮮食料事情熱波と干ばつによって一段と悪化している。金総書記もこうした食料状況を「窮迫している」と評しているが、専門家は、穀物や米を含む大幅な食料不足は北朝鮮が単独で対処できる規模を超えていると指摘し、最大300万人の命が失われるとの見方も示している。

 東南アジア関係では、シンガポールが仮想通貨などのデジタル資産の取引で、世界の金融ハブのなかで特にライバルの香港市場に先行して取引所の参入を認める決定をした。シンガポール当局にとって重要な命題は、投資家の保護マネーロンダリング、テロ資金の調達や詐欺などの仮想資産の悪用の防止とのバランスをいかに取るかにある。日本を含む世界各国の当局者が大きな関心を持って見守っているテーマであり、今後の動向を注視したい。

 インドからは、メディアが第2波となる5月のコロナ禍による被害の惨状を詳細に報じる。大被害の主因はデルタ型の変異ウイルスにあり、解決策は人口の8割以上のワクチン接種以外にはないとの専門家の見方や当面はデルタ型と共生していく他はないとの意見を伝える。ただし児童の感染率が低く、多くは無症候で重篤者が極めて少ないと報じる。

 主要紙社説・論説欄では、中期目標と金融政策を見直した欧州中央銀行最近の政策動向を取り上げた。

             § § § § § § § § § §

北東アジア


中 国

☆ 超大国への道は前途遼遠

 7月19日付フィナンシャル・タイムズは、「China is still a long way from being a superpower (中国、超大国となるには、なお前途遼遠)」と題する論説記事を掲載している。筆者は同紙チーフ・フォーリン・アフェアーズ・コメンテーターのギデオン・ラックマン氏である。記事は冒頭で、中国は超大国になりたいのだろうかと問題提起し、超大国の地位は国家の誇りの源であり、経済的、政治的に大きな利益をもたらすが、それはまたコストとリスク、負担を伴うと述べ、先週のパキスタンでのテロ攻撃で9人の中国人が死亡した事件を挙げる。さらに超大国となるのは複雑な仕事であり、能力、熱意、意志に関する一連の関連する問題を提起すると指摘し、いわば、世界の超大国中国という概念に挑戦する。

 次いで記事は、能力、熱意、意志の区別が最も重要なのは軍事分野だと述べ、中国海軍は現在米国よりも多くの船舶を保有し、一部のアメリカ軍幹部は、米国が台湾をめぐる戦いに勝つかどうか公然と疑っていると述べ、習近平政権は北京のパレードで軍事力を誇示し、インターネットや報道機関は好戦的なナショナリズムのレトリックで溢れていると指摘する。他方、それにもかかわらず、オバマ元大統領の高官は、中国が米国のように世界的な軍事力の重荷を引き受ける意志と能力があるかは不明だと主張しており、事実、中国は1979年にベトナムと衝突して以来戦争をしておらず、「平和的な台頭」を誇っていると付け加え、さらに概略次のように論じる。

 米国とは異なり、中国政府は歴史的に友人や同盟国の防衛を約束することに非常に消極的だった。海外に何百もの施設を持つ米国と比べて、中国は東アフリカのジブチに軍事基地を1つ保有するだけである。中国の政府や人々が戦争に消極的であれば、それは間違いなく賞賛に値するが、英国やソ連の歴史が示すように新しい超大国が出現し、世界秩序を作り直す手段といえば大抵戦争なのだ。

 世界最大の貿易、製造大国である中国の経済的重みは、国際的に大きな政治的レバレッジを与えている。中国の貿易や投資に依存している国は、しばしば中国政府との衝突に消極的であるからだ。しかし、中国の経済力は必ずしも政治的に決定的であるとは限らない。中国は日本、韓国、オーストラリアの最大の貿易相手国であるが、これらの国々は時折中国政府に逆らってきた。韓国は米国が自国の領土にミサイル防衛システムを配備することを許し、日本は領土問題の譲歩を拒否している。

 日本、韓国、オーストラリアは、独裁的な一党独裁国家の政治的軌道に引き込まれることを警戒する民主主義国家である。米国の条約同盟国であり、米国はその国土に軍事基地を保有する。こうした米国の同盟体制の信頼性は、中国が米国の同盟国を攻撃した後、米政府が介入しなかった場合にのみ崩れる。幸いなことに、米国の防衛保証が明確でない台湾であっても中国がそのリスクを取る準備ができているという証拠は現在のところない。

 こうした米国に対抗して中国は、独自の代替システムを構築しようとするかもしれない。ホワイトハウスの高官は、中国は世界中で購入または開発してきた民間港湾施設と並んで軍事設備を追加することによって、グローバルな軍事的影響力を拡大しようとしていると主張している。もっともらしい話だが、そうした拡大の動きはまだ起きていない。たとえ中国がパキスタンのグワダルやスリランカのハンバントタなどの港で海軍のプレゼンスを開発したとしても、中国政府が米国のようにその軍と基地を歓迎した国々に対して安全保障を提供する可能性は低いと思われる。

 米国は北大西洋条約機構(NATO)の29の同盟国を守ることをコミットしており、日本、オーストラリア、韓国、ラテンアメリカの大部分を含む約30カ国に軍事的保護を提供している。中国が米国に匹敵する世界的な軍事的プレゼンスを達成することを望まない、または達成できない場合には、超大国になる新しい方法を見つけるか、野心をあきらめなければならないかもしれない。

 以上のように記事は、中国が世界の超大国になれるかという大きなテーマを真っ向から取り上げ、超大国になるのは複雑な仕事であり、中国の能力、熱意、意志が試されると指摘する。問題を軍事的分野と貿易、製造という経済分野に分け、経済の重みは国際的に大きなレバレッジとはなるものの政治的には決定的でないと主張する。軍事面では、中国はこれまでのこところ米国の世界に張り巡らした同盟国体制や軍事的プレゼンスを崩そうとする動きをみせていないこと、また米国に対抗して中国は、独自の代替システムを構築しようとするかもしれないが、米国のようにその軍と基地を歓迎した国々に対して安全保障を提供する可能性が低くいことを挙げ、最終的には、中国が超大国になるには米国とは異なる新しい方法を見つけるか、そうした野心をあきらめるかの選択になるだろうと論じる。

 荒削りながら鋭利な分析と言えるが、もう少し細かくみると幾つかの疑問が出てくる。例えば、一帯一路計画は中国の軍事的野心と全く無縁であり続けるのだろうか、日豪のように中国の経済力にさからう国は確かにあるが、東南アジア諸国や北朝鮮、あるいは時折の韓国のように政治的影響力を受ける国の存在をどうみていくのか、第3勢力としてのインドをどうみるか、台湾に関する中国の姿勢の洞察も適切なのか、などが挙げられる。これらの問題は、中国が今後いかなる目標や野心をもって進もうとしているのかという大きな方向性が明確になるに伴い、明らかになっていくと思われる。

 中国には、かつて世界に冠たる超大国であった時代と列強に国土を蹂躙された時代を合わせ持つ複雑な歴史がある。その中国が今や経済力で再び世界の超大国にのし上がり、中華民族の偉大な復興を掲げている。いずれにせよ、その看板を簡単には引き下げないだろう。


台 湾

☆ 米国との自由貿易協定交渉のその後

 6月30日、台湾と米国は貿易投資枠組み協定(TIFA)に関する協議をオンラインで再開した。米台のTIFA協議は、米国がトランプ政権になってから中断していた。台湾の交渉代表者トウ振中政務委員は、記者団に「米国側に協定締結への期待を伝えた。懸命な取り組みを続ければ、いつか達成されるとわれわれは信じている」と語ったと同日付ロイター通信が報じる。米通商代表部(USTR)も協議では米台通商関係の重要性を強調したとし、重要なサプライチェーンの安全と耐性を高めるために協力して取り組むことに双方が支持を表明したと述べたと伝える。

 こうしたなか、7月1日に米国では大統領貿易促進権限(TPA)法が失効した。米国では外国との貿易や関税のルールを決める権限は議会にあり、TPA法は議会が大統領に通商交渉権限を与える法律である。従って米政府が自由貿易協定(FTA)交渉を進めるために事実上不可欠な法律である。このままだとバイデン政権が今後貿易協定をまとめる場合は議会における通常の煩雑な手続きが必要となる。しかし7月22日付シアトル・タイムズはヘリテージ財団研究員の記事として、バイデン大統領はTPAの更新を議会に求めようとしていないと伝え、その理由について、国内で労働者や教育向けの大きな投資をするまでは、外国との新規貿易協定を締結する気はないと語っていると報じる。

 記事は、それではバイデン政権は新規の貿易協定を通さずにいかに自由貿易を推進さしようとしているのかと問題提起し、概略次のように報じる。
 先月、米国通商代表のキャサリン・タイは、バイデン政権は「クリーンな」自由貿易協定を追求するのではなく、「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」のレンズを通じて貿易を見るつもりだと述べた。政権は明らかに大統領権限を使って貿易フローを規制、制御し、政策課題の中で高度の問題を進めたいと望んでいるのだ。しかし貿易を気候変動やジェンダー政策、労働組合への不当な優遇策のような無関係な問題に結びつけるのは、他国との貿易関係を泥まみれにしてしまうだろう。
 そのうえで記事は6月に再開した台湾との貿易協定交渉について次のように論じる。6月にバイデン政権は、貿易投資枠組み協定(TIFA)に基づき台湾との協議を再開すると発表した。これは歓迎すべきニュースだが、同政権はさらに駒を進めて両者間の自由貿易協定を追求すべきである。台湾当局は準備ができている。台湾は、新たな協議が最終的に完全な自由貿易協定につながるのを期待していると記録に残している。米議会もバイデン政権に台湾との自由貿易協定を追求するよう要請している。新しいTPA法が成立すれば、これを可能にするだろう。

 しかし、バイデン政権はこうした努力をほとんどしないで自由貿易を通じて得られる利益について表面的な議論をしているだけである。貿易自由化は付加価値と競争上の優位性を生み出し、自由と選択の力をさらに強化する。自由貿易の推進はパンデミックから回復しよとしている米国人にとってとりわけ非常に重要だ。

 以上のように、6月に米台間でTIFA協議が再開され、自由貿易協定の締結への期待が高まっていたが7月に米国で大統領に通商交渉権限を与えるTPA法が失効し、米国側において交渉進展の芽が摘まれてしまった。しかもバイデン政権は議会に新TPA法を求める意向はないと報じられている。しかし自由貿易協定には記事が指摘するような利点がある。加えて台湾との協定には、中国に対する地政学的な意義がある。バイデン政権の台湾政策の観点からも今後の同政権の動きを注視したい。


韓 国

☆ 住宅価格の高騰に怒る中間層
 住宅価格の高騰が続くなか、国民は価格冷却化を公約して登場した文在寅大統領に怒りをぶつけていると、7月28日付ブルームバーグ・ビジネスウィークが伝える。記事によれば、7月23日に発表されたギャラップ・コリアの調査では、文政権を支持しないと回答した人たちの51%が、最も怒りの対象となっている文政権の政策は不動産政策だとしている。2017年5月に文大統領が就任して以来、ソウル市内マンションの平均価格は90%も上昇しているが、そうした価格高騰の勢いを止められなかったことが今春のソウルと釜山で行われた市長選挙での与党民主党の大敗に一役買っている。

 これらの動きは、文政権が経済をコロナ不況から世界最速で回復を導いたにもかかわらず、来年3月に予定される大統領選に勝利を期待する民主党に影を落としている。大統領選のフロントランナーには、元検事総長の尹錫悦(ユン・ソギョル)がいる。同氏は、市場のダイナミクスに逆らう住宅政策によって国民に痛みを与えたと政府を非難している。文大統領は進歩派陣営でキャンペーンを行い、経済的不平等を拡大させている根本原因を攻撃すると公約した。不動産は、アカデミー賞を受賞した韓国映画「パラサイト」で鮮やかに描かれているように、韓国の富裕層と貧困層を分断する明白な標識の一つとなっている。

 国の人口のほぼ半分が住むソウル首都圏では、国民銀行によるとマンションの平均価格は過去5年間で倍増し、7月には11億ウォン(95万3000ドル)に達した。同じ期間に国全体では60%の増加に止まっている。さらに同行の計算によると、首都の住宅は現在世帯収入の中央値17年に相当し、2012年の比率の約2倍である。韓国銀行(中央銀行)は、住宅価格が過大である証拠としてこの数字を挙げ、市場を冷やす努力の一環として政策金利を引き上げようとしている。

 しかし大統領の善意の政策は、状況をいっそう悪化させただけだった。不動産投機削減のために政府は複数の住宅所有者に対する資産税とキャピタルゲイン税を引き上げ、ローン制限を導入した。同政策の効果は、住宅の売り上げが阻害されたことによる住宅供給の圧迫と価格押し上げということに終わったのだ。また全国に広がったエリート私立学校を閉鎖する政策は、有名な公立学校を持つ都市地区の住宅需要をさらに高めている。ソウル大学のアン・ドンヒョン教授は、「政策立案者は、組み合わせたら意味をなさないような一連の税制や政策を通じて、価格抑制のためにモグラ叩きのような戦いを繰り広げている。政策決定を導いたのは健全な経済学ではなくイデオロギーだった。そして今、自家保有の有無にかかわらず誰も幸せではない。特に中産階級の間には深い喪失感がある」と語る。

 以上のように記事は、富裕層と貧困層を分断する明白な標識の一つとされる住宅価格の上昇が止まらず、このため国民は、特に中間層が経済的不平等を拡大させている根本原因を攻撃すると公約して登場した文大統領への怒りを募らせていると伝える。確かに全人口の約半分が住むというソウル首都圏でマンションの平均価格が過去5年間で倍増したというのは異常である。これに対する文政権の対応はモグラ叩きと評されている。特に中間層の間にくすぶる政権への怒りは、次の大統領選を控えて与党陣営にとって極めて厳しい情勢と言えよう。


北 朝 鮮

☆ 悪化の一途を辿る食料事情

 パンデミックによる国境閉鎖や洪水によって悪化している食料事情が熱波と干ばつによってさらに窮迫し、大飢饉が迫っていると7月28日付ワシントン・ポストが報じる。記事は、北朝鮮の気温は今週一部の地域で華氏102度(摂氏38.9度)まで上昇しており、気温が華氏100度(約摂氏38度)を越えることがない国に衝撃を与えていると伝え、この熱波の被害は干ばつの拡大によって悪化しており、国営メディアによると、北朝鮮は7月中旬の時点で21.2ミリメートル(1インチ未満)の雨が降り、この時期としては異常に低い量だったと述べ、さらに次のように報じる。

 北朝鮮は国連の経済制裁によって既に深刻な経済的圧迫を受けており、こうした極端な状況は、灌漑システムが悪く、食料危機が続いている同国にとって広範な影響を及ぼし、金体制に圧力を加える可能性がある。ソウルにある韓国統一研究院の上級研究員チョ・ハンバム氏は「北朝鮮の食料状況はすでに非常に悪く、長引く暑くて乾燥した気候がどん底に追い込んでいる」と語る。

 北朝鮮は昨年過去20年余りで最悪の経済不況に遭遇した。これはコロナウイルスの感染拡大を防ぐための中国との国境閉鎖、多くの被害を引き起こした洪水や台風などの要因が重なったためである。金総書記は、食料不足の報道が広まるなか、食料状況を「窮迫している」と評したが、専門家は、今年農民は肥料、燃料、農機具などの貿易に依存する製品が手に入らないために悪戦苦闘しており、そうした労苦が農村の給水不足によってさらに悪化していると語る。韓国政府も今週最近の熱波の影響を含め、北朝鮮の食料状況と作物レベルを監視していると述べている。

 北朝鮮の農業専門家クォン・テジン氏は、最近の報告書で今年は穀物や米を含む大幅な食料不足が予想されると述べている。クォンはまた「不足の量は、北朝鮮が単独で対処できる規模を超えている」と、韓国に拠点を置くシンクタンク韓国開発研究所が発表した報告書に書いている。北朝鮮のデータによると、現在の食料不足は数十万人が死亡した90年代の壊滅的な飢饉ほど悲惨ではない。しかし独立専門家の推計によると、最大300万人の命が失われるとみている。6月の食料不安に関する金総書記による珍しい国民への警告は、ここ数年もみられなかったような懸念の深さを示している。情報やデータの不足のため、一般の北朝鮮人や農業に対する潜在的な被害の程度は不明であるが、北朝鮮農業に関する専門家は、この状況がコメを含む多くの主食品の生産に被害を与えると予想している。「極端な気象状況は、朝鮮民主主義人民共和国の灌漑システムが非常に後れていることで知られているので、今年の米と野菜や果物の急激な減産を引き起こす可能性がある」と、慶熙大学地理学教授コン・ウソク氏は北朝鮮の正式名称に言及して語る。コン教授は、干ばつはまた、国の漁業や家畜産業に影響を与える可能性があると付け加えた。記事は最後に、国営の労働新聞が7月21日付第1面記事で「忍耐強い意志力で我々は高温による損害を防ぐために戦っている」と述べていると報じる。

 以上のように、経済制裁やパンデミックによる国境閉鎖などで深刻な食料難に見舞われている北朝鮮が熱波と干ばつによって食料事情がさらに悪化している。金総書記もこうした食料状況を「窮迫している」と評しているが、専門家は、穀物や米を含む大幅な食料不足は、北朝鮮が単独で対処できる規模を超えていると指摘し、最大300万人の命が失われるとの見方も示されている。核とミサイル開発に邁進する北朝鮮がこの危機にどう対処するのか注目したい。


東南アジアほか


シンガポール

☆ シンガポール金融管理局、仮想通貨取引所を認可

 シンガポールが初めて仮想取引のライセンスを供与し、デジタル資産業者の誘致を目指していると8月3日付フィナンシャル・タイムズが伝える。記事は、シンガポール当局がアジアで初めて仮想通貨(暗号資産)取引所を認可する予定で、これによりシンガポールは、デジタル資産業界が世界的な金融ハブにおいて当局に営業認可を求める重要な戦場となると報じる。

 記事によれば、オーストラリアの仮想取引所インディペンデント・リザーブは、シンガポール金融管理局(MAS)からデジタル決済トークンサービスを提供できることになる「原則的な」承認を取得した。同取引所は、バイナンス(Binance)やジェミニ(Gemini)を含む約170のグローバル取引所の中で、シンガポールでの正式な営業許可を与えられた最初の取引所となる。バイナンスを含むシンガポールの一部のグループは、個人投資家や機関投資家にサービスを提供するための申請の審査を待つ間、猶予期間が与えられ、正式ライセンスを待っている状況にある。オーストラリア取引所は20年4月に申請書を提出しいていた。シンガポールで営業する外国業者は「我々はこの日を1年以上待っていた。次は誰が認可を得るのか見守っている」と語る。

 シンガポールは、規制環境がビジネスに広く友好的とみられているために仮想通貨取扱業者やその経営者を引き付けてきた。世界の金融規制当局は、急成長しているデジタル資産業界の監視を強化し、投資家の保護とマネーロンダリング、テロ資金の調達や詐欺における仮想通貨の使用の排除とのバランスを取ろうとしている。香港は中国本土と同様、自由奔放な仮想通貨業界に対して厳しい姿勢をとっている。新しい法律の下で仮想取引を認定または機関投資家に制限しているが、シンガポールは、取引量の制限を含む制約にもかかわらず、外国の仮想グループがオフィスを設立し、住民や企業にサービスを提供することを容易にしている。2020年1月に企業がライセンスを申請できる決済サービス法を導入し、目下、約90のデジタル資産会社が申請しており、申請中の間、猶予期間として営業を認められている。

 インディペンデント・リザーブ・シンガポールのマネージング・ディレクターのラックス・ソンディ氏は「シンガポールとその規制体制が注目の的になっている」と語る。MASは、シンガポールをブロックチェーン・エコシステムのグローバルハブとして確立したいと考えており、ライセンスを取得するための「長いプロセス」は、規制当局が消費者保護とマネーロンダリング対策の防止に焦点を当てているためだと同氏は付け加える。これには「トラベル・ルール」の実施が含まれている。このルールは、仮想業者が特定の価値を超える取引について、個人を特定できる情報を共有することを義務付けている。シンガポールで申請者が首尾よくライセンスを取得するには、MASのガイダンスに従ってルールを実行する必要がある。

 デジタル通貨取引のプラットフォームCrypto.comの最高執行責任者エリック・アンツィアニ氏は、香港の地政学的リスクが高まっていると述べ、「シンガポールは個人投資家にとってもより有利だ。今は人材の面でもチャンスが増している」と語る。シンガポールの別のグローバル取引所の責任者は、「中国の影響力増大によって、香港は特にカストディアンサービスにとって仮想取引の目的地として魅力的でなくなっている。多くの客が中国の役人に資産を持って行かれるのではないかと心配している」と述べる。

 以上のようにシンガポールが仮想通貨などのデジタル資産の取引で世界の金融ハブのなかで先行して取引所の参入を認めた。特にライバルの香港市場が中国の影響力増大に伴い魅力を失ってきたことから、一歩先を行くことになった。シンガポール当局にとって重要な命題は、投資家の保護とマネーロンダリングやテロ資金の調達、詐欺などの仮想資産の悪用の防止という政策目標とのバランスをいかに取るかということである。日本を含む各国当局が大きな関心を持って見守っているテーマであり、今後の動向を注視したい。


インド

☆ デルタ変異型と戦うインド

 8月2日付ワシントン・ポストは冒頭で、今年初め新型コロナウイルスがインドを襲い数週間のうちに数万人が死亡し、その後、市場や市街での生活が再開されてもウイルスは消え去らず、インドが第2波から足場を取り戻したわずか数週間後、時には日々4万人を越える新規感染がケララ州で集中的に発生したとコロナ禍の惨状を伝える。さらに記事は、人口の3分の2がウイルスに感染しているとの調査結果があるインドにおいてさえ、感染力の強いデルタ変異型は排除するのが、いかに難しいかが浮き彫りにされたと述べ、デルタ型は5月の第2波ピーク時に症例の90%近くを占めたと指摘。そうしたインドの経験は、変異型に取り組む米国や中国を含む他の国々にとって参考になると述べ、次のように報じる。

 デルタ型は、インドの症例数が5月に月間41万4000件以上という空恐ろしいピークに達した後も保健当局と研究者を2カ月間にわたって悩まし続け、その後、突然減少し約4万人前後で安定した。一部の専門家は、急激な減少は病院での医療が崩壊し、感染者が悲惨で前例のない光景の中で自宅療養したからだと述べる。家族全員が感染し、酸素が欠乏して死者が急増、火葬場もスペースがなくなり、遺体は公園や駐車場で火葬された。別の専門家は、ウイルスが能力の限界まで人々に感染して疲弊し、衰退していったためだと述べる。

 これまでのところ、公衆衛生の専門家と政府当局者は、インドの次の感染急増がどれほど深刻でいつ到来するのか、あるいは、そもそも到来するのかについて意見が分かれている。しかしコロナウイルスが人口の少なくとも80%がワクチン接種を受けるか、感染によって抗体を取得するまでインドと世界の脆弱な部分につきまとい続けるだろうとの見方で概ね一致している。

 7月、インドの国立研究所で構成されるゲノム監視コンソーシアムは、デルタ型は依然として国内の「新しい症例の支配的な系統」であると述べた。この変異型は2020年にインドで初めて特定された。バンガロールに拠点を置くインド公衆衛生財団の疫学者ギリダール・バブ氏は、「このウイルスは、我々と共生する方法を見つけるので我々が望むかどうかにかかわらず、ウイルスと共存することになる。このパンデミックからの唯一の出口戦略はワクチン接種だ。インドでは人口の10%弱が完全に予防接種を受けているが、同国のワクチン接種運動は、接種へのためらいと生産のネックで予想よりも遅れている」と語る。

 研究者によると、1人の患者が何人に感染させ得るかを示す基本再生産数が今週幾つかの州で1を越えた。つまり、感染が再び増加し始めたのである。現在の震源地は、昨年の第1波のパンデミック管理で世界的に賞賛された南部のケララ州である。同州は先週国内で報告された3万件の症例の半分近くを占めた。近隣のカルナータカ州とタミル・ナードゥ州は、ケララ州からの旅行者に対し、国境検問所でウイルス検査を行うよう命じている。もう一つの懸念事項は北東部で少なくとも6つの州が10%以上の陽性率を報告していることである。

 血液サンプルによってコロナウイルス抗体の存在をチェックする血清推定調査が全国的に実施され、その結果が7月に発表された。疫学者は、これによりどの地域が影響を受けやすいかについての手がかりが得られるかもしれないと語っている。調査によると、同国人口の3分の2は春の第1波後に抗体を得たとみられている。またワクチン接種については8月2日の時点でインドは4億7600万回のワクチンを投与したが、政府のデータによると2回接種者は約14億人の人口のうち1億5000万人だけとされている。これは数ヶ月にわたる供給不足がワクチンの取り組みを妨げ続けているためで ある。

 政府は、毎月のワクチン生産に関する様々な数字を共有している。しかし、バラティ・パワル保健副大臣は最近議会で2つの現地ワクチンの「推定生産能力」は月間1億4750万人分で、年末までの全成人ワクチン接種という目標達成に必要な用量よりもはるかに少ないと語った。ロシア製のスプートニクも利用可能だが量は限られている。

 上記のように報じた記事は最後に、インドの経験によるもう一つの教訓として児童の感染状況について次のように伝える。インドの体験によると、子供たちの感染は重篤ではない可能性が高く、このため15ヶ月以上閉鎖されている小学校を再開するかどうかについて論議が起きている。パンジャブ州は今週すべての年齢層の対人授業を再開した。5月にマハラシュトラ州のアフメドナガル地区では、子供たちの間で9000例近くのコロナウイルス症例が検出されたが大半は無症候だった。カルナータカ州のコロナウイルスデータ管理チームの分析によると、過去5ヶ月間の20歳未満の人々のコロナウイルス感染は全体の12%近くで以前からわずかに増加した。ただし死者はほとんど報告されていない。これらの数字は、ユニセフが児童感染率に関して共有するデータと一致している。103カ国のコロナウイルス感染の14%は20歳未満の人々で構成され、同年齢層の死亡率は1%未満であった。

 以上のように記事は、第2波となる5月のコロナ禍による被害の惨状を詳細に報じ、大被害をもたらした主因はデルタ型の変異ウイルスにあり、解決策は人口の8割以上のワクチン接種以外にはないとの専門家の見方を伝える。しかし、インドの現状は完全に予防接種を受けているのは人口の10%弱で接種へのためらいとワクチン生産の遅れで余り進んでいないと述べ、当面はデルタ型と共生していく他はないとの専門家の意見を付け加える。一つの明るい話題は児童の感染率が低く、多くは無症候で重篤者が極めて少ないと記事が最後に報じていることであろう。

             § § § § § § § § § § 

主要紙の社説・論説から

欧州中央銀行、インフレ目標を見直し超緩和政策を継続


 7月8日、欧州中央銀行(ECB)は物価目標を柔軟に運用する中期的な戦略方針を発表した。次いで22日の理事会で金融政策の先行きを示す指針「フォーワードガイダンス」を変更し、インフレ率の一時的な2%からの上振れを容認、景気刺激のために超緩和策の継続姿勢を鮮明にした。今回は、そうしたECBの動きとメディアの論調を観察した。以下は、その要約である。

 7月8日付ロイター通信によれば、ECBは中期的なインフレ率目標を「2%」に変更し、これまでの「2%に近いが、それを下回る水準」を改め、物価の一時的な上振れを容認する。戦略見直しは2003年以来18年ぶりで、気候変動の問題にも一段と配慮するとしている。会見でECBのラガルド総裁は、「緩やかで(2%からの)一時的な乖離が上下両方向にあり得るものの問題ではない。しかし持続的で根強く、大幅な乖離があれば大きく懸念する」と述べ、米連邦準備制度理事会(FRB)の平均インフレ目標政策(インフレ率が一定期間2%を上回ることを許容し、平均でならして2%程度を目指す考え)とは異なると明言した。

 7月9日付フィナンシャル・タイムズは社説「ECB’s new strategy is a welcome update (歓迎すべきECBの戦略見直しと新戦略)」で、ECBは伝統的な中銀に戻るとともにその目指す目標を一段と明確にしたと論じ、インフレ目標を上下2%の対称的な動きを示すものとする見直しを行い、一時的なインフレ率の「上振れ」を容認し、タカ派寄りの姿勢を放棄したとコメントする。これはECBに持ち込まれていたブンデスバンク(独中央銀行)の保守的政策からの決別になり、08年の金融危機以後、インフレ目標が未達成だったECBとしては妥当な戦略だと評する。

 ただし、今回の見直しは大方が期待していたほど大胆ではなかったとし、ECBはFRBと異なり「平均的インフレ」を目標としていないと指摘。インフレ尺度に含める住宅は実際の住宅価格ではなく、価格が年間でわずかしか変化しない「オーナー占有住宅のコスト」に限定されており、「気候行動計画」も社債を購入する企業がパリ気候協定の目標に沿って行動していることを確認する程度にとどまっていると批判する。 

 ただし、これ以上ハト派寄りの枠組みとするには政治的に経済と同じくらい難しそうだとコメントし、これまでもECBは積極的に動くために独政府の支援に頼ってきたとし、ドラギ前総裁がユーロ圏危機に際してショーブル元独財務相と衝突した時には、メルケル首相の支持を当てにできたと振り返り、次の独首相は、欧州政局でメルケル首相のような地位や支配力を持つ可能性は低いが、メルケル氏と同様にECBの独立性を守るべきだと強調。今回の包括策はECBが「大ブンデスバンク」ではなく、普通の中央銀行になるための遅ればせながらの一歩だと述べ、新目標は控えめで妥当ではあるが、達成できるかどうかは別問題で有意義な行動が欠かせないと主張する。

 7月8日付ウォール・ストリート・ジャーナルも「ECB Aims for Slightly Higher Inflation, Stops Short of Fed’s Major Shift (日本版記事:ECB、インフレ目標を引き上げ中期「2%」に)」と題する記事で、中期的なインフレ目標を現行の「2%弱」から「2%」に引き上げ、必要な場合にはこの目標を超過しても容認することを決めたがFRBが昨年表明したような大きな政策変更に踏み込まなかったと論評する。これは高インフレを懸念しがちなドイツなど北部諸国と、経済成長を重視するイタリアなど南欧諸国が歩み寄った結果だと述べ、インフレ目標の引き上げは金融緩和の長期化を示すシグナルで追加の景気刺激効果が生まれる可能性があると指摘する。

 7月22日、次いでECBはインフレ率が目標の2%に相当近づくまで主要政策金利をマイナス0.5%から引き上げないと政策声明で発表する。ロイター通信によると、ラガルデ総裁は「パンデミックが続く間、経済の全てのセクターに対する良好な資金調達環境を維持する必要があり、これは現在の回復を持続的な拡大に発展させ、パンデミックによるインフレへのマイナスの影響を相殺する上で不可欠だ」と述べ、同時に「経済の大きな部分の活動が再開されたことでサービス部門の力強い回復が支援されているが、デルタ変異株の感染拡大に伴い、観光業や接客業を中心にサービス部門の回復が鈍化する恐れがある」と懸念を示した。

 7月23日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「ECB Looks to Keep Rates Low for Longer (日本版記事:ECB、低金利の長期化を示唆)」と題する記事で、ECBは金利がマイナス0.5%にとどまる公算が大きいとの見方を示したと伝え、これは2週間前に公表した新たな政策の枠組みを反映しており、ECBは長期間にわたり低金利を継続して経済を支える意向を示唆したと報じる。さらにパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)に基づくユーロ圏の債券買い入れを少なくとも22年3月まで続けると改めて表明したと述べ、ラガルド総裁によるとECB当局者は1兆8500億ユーロ(約2兆2000億ドル)の緊急購入プログラムの変更については議論しなかったが、このプログラムによりECBはユーロ圏の債券を毎月約800億ユーロ購入していると補足する。記事はこうしたECBの動きは、来週緊急債券購入の段階的縮小の議論を開始するとみられるFRBと乖離してくるとコメントする。

 7月22日付フィナンシャル・タイムズは「The ECB strategy review is a missed opportunity (機会を逃がした欧州中銀の戦略見直し)」と題する論説記事で、欧州中央銀行がインフレ復活のための政策を活用しようとしないのは機会を逃していると論じる。記事は、過去10年間ユーロ圏のインフレ結果は欧州中央銀行の目標を執拗に下回ってきたが、これは生産と雇用がECBが自ら定義する物価安定の尺度を実現するために必要とされていたよりも低かったためだと述べる。しかも物価安定の目的が達成された場合よりも広範な財政赤字、高い債務残高、低いインフレ予想が遺産として残され、そのため経済の潜在力との関連で、国内総生産に損失が将来生じる可能性を高めたと指摘する。
さらに記事は、ECBの最近の戦略的見直しはなぜこうした事態が起こったのか、それに対してどのような政策を展開すべきだったかという問題に触れようとしていないが、ECBは低インフレに対する政策対応の設計と規模の両方で革新的だったと主張できると述べ、世界的な金融危機後余りにも早期に緊縮的となった財政政策への対処とソブリン資金調達危機への対応を仲介する機能、およびパンデミックへの迅速対応が必要だったと指摘する。

 そのうえで、ECBが必要に応じて別の政策手段を展開する余地がまだ残っていると述べていることに触れ、ECBがインフレを目標に戻す政策手段を持っているなら、なぜそれを展開しないのかと疑問を提起する。政策が非伝統的になるにつれて、影響も不確実になったと主張できるとし、インフレを目標またはECBの予測に戻すために政策変更が必要であれば、それにより予測の不確実性もまた増すのであり、例えば、資産購入拡大に伴い金融不安定化の可能性も高まりかねないと述べる。あるいは、ソブリン債務の購入増によって財政政策立案者に対する歪んだ、または不安定化させるインセンティブが生み出されるのではないかとECBが懸念するのであれば、ECBはマクロプルーデンスやその他の規制介入がより重要になることを明確にすればよいと論じる。
 しかし、ECBはこれらの議論に加わらず、その政策が達成すべく設計されたものを分かりにくくしてしまったと指摘する。経済の全てのセクターにとって「有利な資金調達条件」を維持するという中間目標を導入したが、これが物価安定を実現するための正しい方法である理由の体系的な説明がなく、その目的に関する納得のいく定量的な定義も提供されていないと批判する。

 またECBは、インフレの上振れに対する許容範囲の拡大という概念を導入したが、これらの考え方がインフレ目標の信頼性構築にもたらす影響は、ECBが現在インフレ下振れの見通しを容認している理由を説明しなかったことによって損なわれてしまったと述べる。日本銀行の最近の経験をみれば分かるとおり、大規模で持続的な金融政策行動すらインフレ目標の達成には十分な条件でなく、インフレ上振れ容認ではどうにもならないと批判する。 

 さらに記事は、FRBはインフレ下振れを時間の経過とともに限定すべく態勢を転換し、ラガルド総裁は今回の戦略見直しがFRBと同じ考えを「欧州」で実施するためであるのを示唆しているが、目標を上回るインフレを積極的に求めると宣言することと、一定期間の下振れ後に単なるリスクとして容認することには大きな違いがあると述べ、その違いが現在賃金と価格の設定者の行動に反映されていると最後に指摘する。

 7月30日付ニューヨーク・タイムズは「Europe recovers from double-dip recession but lags the United States. (欧州経済、2度の不況から回復するも米経済より後れる)」と題する記事で、直近のユーロ圏経済の状況について次のように報じる。欧州統計局(Europe’s statistics agency、略称ユーロスタット)の7月30日付報告によれば、今年第2四半期のユーロ圏域内総生産(GDP)は2%成長し、前年比14%近く増加。今年初の3ヶ月間における0.3%の縮小を逆転させた。だがユーロ圏の回復は、スピードは目覚ましい一方で完全というには程遠い。第2半期のGDPがパンデミック前に戻ったことを示すデータを29日に発表した米経済に依然として後れを取っている。欧州は来年末までその水準に戻るとは予想されていない。

 経済協力開発機構(OECD)によると、EUは最近今年の成長率見通しを4.8%に引き上げたが、米経済は6.9%成長すると予想されている。とはいえ、政府が春に新たなロックダウンの防止に動いた後、ユーロ圏19カ国の間でサービスと製造業の景況感と活動が上向き、それに伴い欧州の回復は速度を増している。さらに当局は、回復持続の鍵とみられるワクチン接種促進のために市民に圧力をかけており、労働者や企業に対する数十億ドルのパンデミック支援を徐々に減らしている。

結び:メディアは上記のように多面的な分析と見解を示した。以下にメディアの見方について6つの観点からコメントしたい。
 第1に一部のメディアは今回の見直しによって、ECB内に残る独中央銀行のタカ派的姿勢が廃棄されたと評するが、こうした見方に疑問が残ることである。現にメディアは、FRBが打ち出した「平均的インフレ」目標を取り入れていないことなどを挙げて、見直しが期待していたほど大胆ではなかったと批判している。これはECBが依然としてインフレ上振れに対して、独中央銀行的な警戒感を持っていることを示していると思われる。

 第2に見直しが高インフレを懸念しがちなドイツなどの北部諸国と経済成長を重視するイタリアなど南欧諸国との根深い対立感情の残存を示唆したことである。実際メディアはメルケル首相後の独政府に対して、引き続きECBの独立性維持を支援するよう呼びかけている。

 第3にインフレ上振れに対する警戒感は、EUが今年の成長率見通しを4.8%に引き上げた動きやユーロ圏19カ国の間でサービスと製造業の景況感と活動が上向き、欧州の回復は速度を増している状況を反映しているとみられることである。一部メディアは、インフレ目標の引き上げは金融緩和の長期化を示すシグナルとの見方を示しているが、欧州経済の回復スピードを勘案すると長期化せずむしろ短気に終了する可能性があると言えよう。ECB内部になおタカ派的思考が残っているとすれば尚更であろう。

 第4にECBは当面主要政策金利をマイナス0.5%から引き上げないと宣言し、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)に基づくユーロ圏の債券買い入れの22年3月までの継続も表明したことについて、メディアは、こうしたECBの姿勢を緊急債券購入の段階的縮小の議論を開始する意向のFRBと乖離してくると指摘している。しかし、ECBとしては上記のような施策を当面の景気対策として継続する必要があり、欧州経済が未だ購入縮小を検討する段階にないと考えているとみるべきだろう。

 この関連でECBが導入した経済の全てのセクターにとって「有利な資金調達条件」を維持するという中間目標もインフレ目標達成のための対策の一環と考えられるが、これが物価安定を実現するための正しい方法である理由の体系的な説明がなく、目的に関する納得のいく定量的な定義も提供されていないと批判されていることをECBとして銘記すべきだろう。

 第5にまたECBがインフレを目標に戻す政策手段を持っているなら、なぜそれを展開しないのかとの疑問提起は当然であり、資産購入拡大に伴い金融の不安定化や財政政策に歪んだ不安定化のインセンティブが生み出される可能性をECBが懸念するのであれば、マクロプルーデンスやその他の規制介入の重要性を明確に主張すればよいとの指摘も妥当と言えよう。またメディアは、ユーロ圏インフレ率が過去10年間ECB目標を執拗に下回ってきたのは、ECBが定義する物価安定の尺度を実現するための生産と雇用が低かったためと指摘しているが、これは財政面での支援が不十分だったことを批判する意味で妥当と言えよう。

 第6にインフレの上振れに対する許容範囲の拡大もインフレ目標達成に向けた施策の一つであるが、その効果がインフレ下振れの見通しを容認している理由をECBが説明しなかったことによって損なわれたとメディアは指摘。日本銀行の大規模で持続的な金融政策行動ですらインフレ目標の達成には十分な条件でなく、インフレ上振れ容認だけではどうにもならないとし、目標を上回るインフレを積極的に求める宣言と一定期間の下振れ後に単なるリスクとして上振れを容認する姿勢には大きな違いがあると述べるがいずれも妥当な指摘であろう。

 総合すると、ECBの目標と政策の見直しは方向としては妥当と思われるが、FRBとの比較において大胆さに欠けるのは否定できない。その背景として、米経済の回復に欧州が追いついていない経済情勢とECB内部にタカ派的姿勢が残存し、北部と南欧諸国の対立が解消していない実態があると指摘できよう。そうした背景を引きずるECBが金融政策だけで景気をけん引しようとしても明らかに限界があると考えられる。メディアは、インフレ目標未達の一因として財政面でのてこ入れ不足を示唆している。今後、積極的な財政出動が益々欠かせなくなっていると言えよう。

             § § § § § § § § § §

(主要トピックス)

2021年
7月16日 アジア太平洋経済協力会議(APEC)非公式首脳会議、
     オンライン形式で開催。日米中ロの首脳が参加し、
     新型コロナウイルスワクチンの供給加速の必要性で一致。
   19日  日米欧の各国政府と機関、中国政府とつながるハッカーが
                  ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)などで攻撃を
                繰り返していると非難。
     米財務省、ベトナムと通貨政策をめぐり協議。
                  自国通貨安への誘導回避でベトナム国家銀行と合意。
   20日  台湾の外交部(外務省)、バルト3国の一つ、リトアニアに
          代表機関を設置すると発表。
   21日  シャーマン米国務副長官、来日。記者会見で朝鮮半島非核化に
                  向け北朝鮮との対話再開に意欲を表明。
   23日  東京五輪、開幕。
       オースティン米国防長官、シンガポール、ベトナム、
          フィリピン歴訪に出発。
     中国外務省、反外国制裁法に基づき米国のロス前商務長官らに
     制裁を科すと発表。
   26日  米国のシャーマン国務副長官、中国・天津市を訪問。
       王毅(ワン・イー)国務委員兼外相らと会談。
      27日 韓国と北朝鮮、南北両首脳が親書交換により関係改善で一致と発表。
                  南北間ホットライン再開で合意。
   30日 韓国の次期大統領候補として世論調査で支持率首位の尹錫悦
    (ユン・ソクヨル)前検察総長、保守系の最大野党「国民の力」
      に入党。
      韓国銀行(中央銀行)、北朝鮮の2020年実質国内総生産(GDP)が
      前年比4.5%減少したと発表。
8月2日  インドのモディ首相、補助金支給などに使う新電子決済「eルピー」
      の導入を発表。
   4日  バイデン米政権、台湾への総額7億5000万ドルの武器売却を決定。
        バイデン政権での武器売却は初めて。
   6日  東南アジア諸国連合関連の閣僚級会合、ASEAN地域フォーラム
        (ARF)閣僚会議、オンラインで開催。中国の王毅国務委員兼外相、
         南シナ海問題で米国を念頭に域外国の介入を批判。
 10日  中国外務省、駐リトアニア中国大使の召還を決定。
      台湾のリトアニア代表機設立に反発。
      米韓両軍、テロなどを想定した危機管理演習を開始。
 13日  タイで新型コロナウイルスの感染が急拡大、プラユット首相の
                 辞任などを求める反体制デモが頻発。
 15日  韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領、「光復節」の式典で演説、
        歴史問題で悪化した日韓関係を巡り対話による解決を訴え。

以  上

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

 
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。
 

編集部宛メールフォーム

お名前:必須

Eメールアドレス:必須

Eメールアドレス(確認用):必須
(確認の為、同じものをもう一度入力してください)

記事タイトル:必須


メッセージ:必須

ファイル添付:

記事一覧