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東アジア・ニュースレター ― 海外メディアからみた東アジアと日本 ― 第126回

2021/06/22

東アジア・ニュースレター
――海外メディアからみた東アジアと日本――
第126回








前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
バベル翻訳大学院プロフェッサー 

 
 
 中国3人子政策への転換を発表した。メディアは、中国がその圧倒的な台頭を支えてきた経済力が少子化によって勢いを失いかねないために、指導部は急遽、人口政策を転換させようとしているが、未だに人口制限的姿勢を捨てきれず、またこれまでの管理政策が国民の意識に深く浸透していること、すなわち政策転換が遅すぎたために成功は覚束ないと酷評する。

 台湾馬祖群島に中国が大型浚渫船を派遣し、住民を威圧すると共に砂を掘削して島の海洋環境を劣化させている。さらに海底ケーブルを切断して通信手段の無力化も図っており、台湾当局は、これは中国による一種のサイバー攻撃だと非難している。こうした中国の民間船舶を使った戦術をメディアはグレーゾーン戦術と呼んでいるが、これは馬祖群島のみならず、台湾自体への威圧的行動と解すべきだろう。同様なことは尖閣諸島についても起きかねない。その意味で事態を注視していく必要がある。

 韓国文大統領が対面でバイデン米大統領と会談した。メディアは首脳会談後の共同声明について、安全保障問題に関する合意と妥協の両方を反映し、多方面にとって意味のある内容だと論評する。具体的には、戦時作戦統制権の移行の棚上げとその見返りとしての韓国のミサイルに対する射程の800キロを越える延長の合意、北朝鮮政府との対話と段階的な合意の追求に対する米政府の同意、そして共同声明にインド太平洋地域におけるルールに基づく秩序を脅かす行動への反対、南シナ海の航行の自由への支持、台湾海峡の平和と安定の維持が盛り込まれたことを挙げる。ただし韓国政府の対中批判姿勢が不徹底だとして不満も表明している。

 北朝鮮金総書記健康状態についてメディアは精細に追跡している。専制的独裁者である同氏の健康状態が北朝鮮のみならず地域の安全保障問題と結びついているからである。そうした観点からメディアは、久しぶりに姿を現わした金総書記が細身になったことから、いろいろ推論をめぐらしている。そのなかで、スリム化は国内での地位を向上させている可能性が高く、おそらく支配的地位にあることに自信を深めていると思われ、そうなると地域の指導者として行動の予測可能性を高めそうだとの見方が紹介されている。この見方が的を射ている可能性が高く、特に指導者として行動の予測可能性を高めそうだという推論に注目していきたい。

 東南アジア諸国がコロナウイルスの新規感染拡大に苦しんでいる。主因は、インド株やイギリス株などの変異ウイルスの蔓延とワクチン接種の遅れにあるとメディアは報じる。変異株の蔓延は、ベトナム、シンガポール、カンボジア、ラオスなどで顕著で、ワクチン接種はシンガポールでは人口の5分の1超が接種済みだが、それ以外の東南アジア諸国の接種率は1桁台にとどまっている。経済に対する影響も無視できなくなると危惧されている。

 インドが得意とする主要ビジネスの一つである外注受託業務がコロナウイルス第2波のために危機に瀕している。被害を受けているアウトソーサーと呼ばれる業界企業は、インフォシスやタタ・コンサルタント・サービスなどの地場企業だけでなく、インドでインハウス事業を展開するゴールドマン・サックスやグーグルなどのグローバル銀行やテクノロジー企業も含まれている。このためプロジェクトの遅延や従業員のための独自の治療施設の建設を余儀なくされ、さらに海外他地域への業務移転にも迫られている。ただし欧米でビジネス活動が持ち直すにつれて、業界も息を吹き返してきているとも報じられており、政府の対応が注目されている。

 主要紙社説・論説欄では、米経済の現状を特にインフレ動向と、これに対する米連邦準備制度理事会(FRB)の政策見通しに関連して観察した。


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北東アジア

中 国

☆ 遅すぎた3人子政策

 昨年実施された国勢調査によると、中国では出生率の低下と人口の高齢化が進み労働人口が縮小、専門家は政府がまもなく出生率の残りの制限を解除すると予想していると報じられていた。予想のとおり、中国共産党中央政治局は5月31日、1組の夫婦に3人まで子供を持つことを認める方針を発表し、併せて教育コストを引き下げ、税制面と住宅面での支援を強化し、働く女性の法的権利を保証する方針も示したとロイター通信が伝える。

 6月5日付ワシントン・ポストは「The ambitions of China’s rulers may be undone by the baby bust they fostered (水泡に帰すか中国支配者の野望、彼らが育てた子供世代の出生率が激減)」と題する社説で、新政策の成否について疑問を呈する。社説はまず、中国の台頭は根底に急速な経済の拡大があり、それが金融と軍事的影響力を高めているが、こうした展開の必然性については疑問の余地がいくつかあると主張する。一人の支配者によって支配され、組織的な人権侵害に依存する政治秩序の本質的な脆さがその一つだが、習近平国家主席の「中国の夢」の中で最も単純で潜在的に最も壊滅的な欠陥は、数学的に表現できること、すなわち、急速に縮小する出生率だと指摘する。
 中国の赤子の数は過去5年間で3分の1に減少し、出生率は現在世界最低の水準にあると述べ、中国の支配者は40年間の1人っ子政策によって人口動態の改善を大きく後退させ、その結果、人口増加率が低下しただけでなく労働年齢人口に対する高齢者と女性に対する男性の比率が偏ることになったと指摘する。家族は厚みを失い、その補助体制も手薄になり、世界最大の独身者集団は中国人で、多くは自身の子供の子育てにほとんど興味のない1人っ子なのだと述べる。
遅ればせながら、指導部はこの問題に対処しようと各家族に許可される子どもの数を3人増やすことと、教育、育児への投資を公約したが成功する可能性は低く、新華社通信のオンライン世論調査では2万2000人が3人の子供は考えないと答え、その後、当局は調査結果を非公表としたと報じる。
 そのうえで記事は次のように論じる。新しい政策がうまくいかない一因は、当局が出産に対して管理する姿勢を崩さないことがある。3人を越える子供を持ちたいと望んでもいまだに禁止されている。イスラム教徒のウイグル人など虐げられている少数民族は、人口増加制御のための強制中絶などの厳格な措置の犠牲になっている。都市に住む中流階級の人たちも高コストの住宅や限られた子育て施設のために出産を思いとどまっている。
 こうした趨勢がもたらす長期的な影響について、人口統計学者とエコノミストが議論を戦わしている。一部の人々は、労働力人口の減少は最終的に中国経済を停滞させ、軍の人員制限や政権による65才以上の人口拡大部分への資源転用を余儀なくさせると主張する。これに対し経済の生産性向上が労働者の減少を補って余りある可能性を示唆する人もいる。社会工学における政権の残忍な試み、例えば何百万人もの強制中絶や不妊手術などが世界の支配的な力になるという中国の願望だけでなく、世界で最も人口の多いこの国の安定についての長期的な見通しを難しくしている。

 6月2日付ウォール・ストリート・ジャーナルも、中国の「3人子政策」は出産をためらう時代の流れのなかで遅すぎたと述べ、1人っ子政策の意識が浸透しきった中国社会では政策の効果は疑問だと評する。記事は背景として、30年余にわたり実施された1人っ子政策で中国では家族計画を巡る人々の意識が変わったと指摘し、概略次のように論じる。
現在の中国では、大家族を望む家庭はほとんどない。1980年に正式導入された1人っ子政策は、その後の30年余りで人々の意識を変え、1人っ子の家庭が当たり前になった。中国は近年、出産制限を徐々に緩和してきた。2016年からは全ての夫婦が子供を2人持てるようになった。それでもなお、出生数は4年連続で減少した。
 中国が今になって許容していることは、何十年も前から国内の一部の人口統計学者が求めてきたことだ。制限緩和は20~30年前ならはるかに大きな影響を及ぼせただろうと彼らは言う。当時は出産適齢期の女性が今よりも多く、子供を欲しがる親たちももっと多かった。キャピタル・エコノミクスのエコノミストであるジュリアン・エバンス・プリチャード氏は、「少人数の家族構成が中国社会にすっかり定着した今、状況を逆戻りさせるために政策当局者ができることはほとんどない」との見方を示している。

 中国が今回認めた方針は、若い女性が結婚や出産を先延ばしにしたり、見送ったりする傾向とますますかい離している。ただし2人目の子供を持てる機会を利用した家庭も多い。公式統計によると、16~19年に生まれた新生児の半数以上は第2子だった。それでも特に大都市に住む多くの女性は、将来へ向けて二の足を踏んでいる。中国の少子化傾向は明確に示されている。中国で5月に公表された10年に一度の国勢調査の結果は、やはり警鐘を鳴らすものだった。
 北京のシンクタンク「中国グローバル化研究センター(CCG)」の研究員を務めるフアン・ウェンゼン氏は中国の若者について、家庭を持つことへの消極性は自身が考えていた以上にひどいと語る。

 以上のようにメディアは、中国の圧倒的な台頭を支えてきた経済力が少子化によって勢いを失いかねないと指摘。指導部は急遽、人口政策を転換させようとしているが制限的姿勢を捨てきれず、またこれまでの管理政策が国民の意識に深く浸透していること、すなわち政策転換が遅すぎたために成功は覚束ないと酷評する。3人子政策の成否は、中国の今後を左右する問題であり、息長く観察していく必要があろう。


台 湾

☆ 島嶼浚渫で圧力を強める中国

 中国が大型浚渫船を使って台湾が領有する馬祖島周辺の海洋環境に脅威を与えて住民に対し圧力を増していると、5月27日付フィナンシャル・タイムズが伝える。記事によれば、海岸巡防署(沿岸警備隊に相当。以下、海巡署)のマオ・チェン・ツァイ氏は、彼らはモンスーンの季節の後に戻ってくると言い、嵐の季節の間は休止するが、その後、違法な浚渫船の数はここ数週間で急増したと語る。先月、ツァイのチームは中国福建省から10キロ以内にある馬祖島周辺の浅瀬から59隻の違法な浚渫船と砂輸送船を追い払ったという。
 浚渫船は砂を掘り起こし、中国の沿岸都市におけるインフラブームと土地埋め立てプロジェクトに供給している。砂は水に次いで世界で最も使われている商品であり、中国はその価格を押し上げているのである。しかしアナリストは、浚渫船が配備されているのは1万3000人の台湾島民を脅かすためだと警告する。台湾国防省の支援を受けたシンクタンクの国防安全保障研究所のアナリスト、蘇瑞雲は「これは心理戦だ」と言う。
 同氏は、民間で運営されている砂の浚渫船は中国政府の「グレーゾーン戦術」の一部で島の防衛能力をすり減らし、島民を軍事力に頼らずに脅す狙いがあると指摘する。台湾当局者は、浚渫船は海洋環境を破壊し、島のビーチを後退させ、漁場縮小を加速させていると付け加えた。
 1000トンから9000トンの間の重量と長さ100メートルまでの浚渫船は、主に制限あるいは禁止する水域外の南岸島と金門諸島の間の海域に集中している。しかしこの1ヶ月間、浚渫船は定期的に台湾が管轄権を主張する海域に侵入しており、馬祖島の海岸線から6キロにまで迫っている。浚渫船は海巡署の放水砲で追い払われ、中国への帰還を余儀なくされているものの、侵犯は台湾が砂の違法浚渫に対する刑を1億台湾ドル(360万米ドル)の罰金と共に最長7年の実刑に引き上げたにもかかわらず、急増している。
 しかし馬祖島当局は、浚渫船を取り締まるためのリソースが不足していると訴える。ツァイ氏によると、昨年の最悪時には何百隻もの船が押し寄せたが、拿捕できたのは2隻だけだったという。アナリストは、中国は採取した砂の販売利益が大きいので船員に給与を支払い、浚渫船を失うリスクを冒してでも活動していると指摘する。アナリストの試算によれば、5000トンの船はオリンピックサイズのスイミングプール3つに相当する砂を採取できて5万5000ドルで売却できるという。また中国政府は海洋生態を保護するために自国海域での浚渫活動を制限し、台湾が実効支配している海域に中国の浚渫船を押し込んでいるという。
 20年には浚渫船は海底通信ケーブルを6回切断し、馬祖群島の一つ西莒島に住む736人のインターネットと通信の接続を混乱させた。台湾当局者はフィナンシャル・タイムズ紙に、事件は首都で警戒感を高めたと語り、「中国が馬祖島に対してより深刻な動きをする前に通信を遮断しようとしているかどうかは分からない」と述べている。島の主要ネットワークプロバイダーである中華テレコムの担当者は、ケーブルが意図的に切断されたという証拠はないと語るが、セキュリティアナリストは、事件は台湾に対する中国のサイバー攻撃の増加の文脈で考えられて然るべきだと指摘する。

 以上のように中国は福建省の目の前にある馬祖群島に浚渫船を派遣し、住民を威圧すると共に、砂を掘削して島の海洋環境を劣化させている。さらに海底ケーブルを切断して通信手段の無力化も図っており、台湾当局は、これは中国による一種のサイバー攻撃だと非難している。こうした中国の民間船舶を使った戦術を記事はグレーゾーン戦術と呼んでいるが、これは馬祖群島のみならず、台湾自体への威圧的行動と解すべきだろう。同様なことは尖閣諸島についても起きかねない。その意味で事態を注視していく必要がある。

韓 国

☆ 米韓首脳会談について

 5月21日、文在寅大統領はバイデン米大統領とホワイトハウスにおいて対面で会談した。以下は、「米韓首脳会談、政策の違いに関する論説」と題する米ヘリテージ財団の北東アジア上級研究員、ブルース・クリングナー氏の論文の概略である。同氏は韓国と日本の問題を専門としている。論文は、会談後に発表された共同声明を基に首脳会談について概略次のように論評する。
 長文の共同声明は、安全保障問題に関する合意と妥協の両方を反映しており、多方面にとって意味のある内容となっている。米政府は朝鮮半島の完全非核化について韓国政府の確認と優先順位付けらしきものを得たように思われる。ただし北朝鮮政策には大きな違いが残っており、韓国政府が中国の好戦的姿勢と脅迫を批判することに消極的であり続けているのは残念だ。とはいえ首脳会談は、強い2国間関係、共通の価値観と目標、そして米国だけでなく世界の舞台における韓国の重要性を強調することで大きな成功を収めた。
 こう述べた論文は、韓国軍の戦時作戦統制権の条件付き移行の問題について、これに関する両国のコミットメントについてバイデン米大統領が再度言及したのは、任期の最後の年に同権限の返還を実現しようとする文大統領の試みを終わらせるかもしれないと論じる。米政府は、韓国政府が合意したすべての条件を満たす前に、返還を早期に実施しようとする文大統領の目論みを拒否してきたと補足する。
 また論文は、予想外なこととして、米政府が韓国のミサイルに対する射程とペイロードに関するすべての制限を排除するという韓国政府の要求を受け入れたことを挙げる。この動きは、戦時作戦統制権の移行を見送る見返りであった可能性があると指摘し、韓国は今や800キロメートルを超えるミサイルを自由に開発できるようになったと述べる。

 中国の問題について論文は、韓国政府は自国防空識別圏への侵犯を含む中国の非合法な活動を批判することさえ望んでいないと述べ、韓国の主権を守るためにTHAADミサイル防衛システムを配備した後、中国の経済報復に直面した際、文政権は韓国の安全保障の改善に対する自主的な制限を黙認したと指摘する。北朝鮮問題では韓国政府は、北朝鮮政府との対話と段階的な合意の追求に米政府が同意したことを歓迎し、今や北朝鮮も米韓外交官と再び関与する意思があるかもしれないと仄めかした。しかし、バイデン政権は以前にそうした方針を明確にしており、これに対して北朝鮮は対話の要求を拒否していると述べる。
 さらに論文は、インド太平洋地域の安保問題について、米韓共同声明は日本の菅義偉首相による訪米時の宣言と比較して失望したと評する。同地域の安全保障問題に関して、日本は香港と新疆省における中国の人権侵害、台湾に対する脅迫、東シナ海と南シナ海における中国政府の好戦的な行動を率直に批判したと指摘する。対照的に韓国は中国の行動に対する反対論を当たり障りなく肯定しただけで、中国を名指しで言及することを拒否した。バイデン政権は文大統領に対し、中国に対するより強い言葉を受け入れるよう説得したが、うまくいかなかった。ただし共同声明には、インド太平洋地域におけるルールに基づく秩序を脅かす行動への反対、南シナ海の航行の自由への支持の誓約、台湾海峡の平和と安定の維持が含まれてはいたと述べ、中国はこうした脅威を脅かす唯一の国なのだと補足する。

 以上のように論文は、今回の米韓首脳会談について安全保障問題に関する合意と妥協の両方を反映しており、多方面にとって意味のある内容となっていると総括する。そうした合意と妥協の産物として具体的には、戦時作戦統制権の移行の棚上げとその見返りとしての韓国のミサイルに対する射程の800キロを越える延長の合意、北朝鮮政府との対話と段階的な合意の追求に対する米政府の同意、そして共同声明にインド太平洋地域におけるルールに基づく秩序を脅かす行動への反対、南シナ海の航行の自由への支持、台湾海峡の平和と安定の維持が盛り込まれたことを挙げる。ただし論文は、韓国政府の対中批判姿勢が不徹底であることに強い不満を表明しており、そうした批判的態度が注目される。


北 朝 鮮

☆ 細身の金総書記が与える地政学的影響

 6月10日付ワシントン・ポストは、約1ヶ月間ぶりに姿を現わした金正恩総書記がかなり痩せており、そのことは地域に地政学的変化をもたらすかもしれないと次のように報じる。
 長い間、北朝鮮から漏れ出す情報であれば些細なものでも追跡してきたアナリストや外国情報機関は、細身になった金総書記の姿を見て、何かが起きたと感じ取った。金総書記が単に健康のためにスリム化したならば、それは「国内での地位を向上させている可能性が高く、おそらく支配的地位にあることに自信を深めていると思われ、地域の指導者として行動の予測可能性を高めそうだとマサチューセッツ工科大学(MIT)のヴィティン・ナラン准教授はNKニュースに語った。
 過去7ヶ月間のキムの手首の拡大画像を比較することまで試みているNKニュースは、11月の写真では、1万2000ドルのIWCポートフィノ自動時計は金氏の手首の周りにぴったりと収まるように見えたが、最近の写真ではストラップに余裕がある場合が多いと伝える。こうした写真は金氏の減量ぶり示す補強材料となっている。
 金氏の健康や人となりを窺い知るために、その画像を精査するのは初めてではない。例えば、なぜ金氏は2014年の映像では足を引きずっていたのか。18年に韓国の文在寅大統領と会談した際、ある韓国の新聞は7人の専門家に対して金氏に関する手がかりを得るために何時間も費やして映像を点検すよう求めた。調査は、同氏が背を高くみせるために厚いインソール(中敷)を履いていた可能性を示唆したという。
 そして金氏が昨年ゴルフカートに乗って登場した際、重病説の噂は終わりを告げたが、一部の医療専門家はその手首にある小さなマークが医療処置を受けた証拠になると推測した。ただしトランプ前大統領の北朝鮮指導者との個人的な外交は、金氏の「重大な」健康の噂の中で事態を明確にすることに役立たなかったようだ。2011年に金正恩氏が昇格した際も事態は謎に包まれていた。北朝鮮政府が発表するまで、米当局は父親の死を2日間知らなかったからである。それで金氏自身の画像が入手できない時には、アナリストやオンライン・ウォッチャーは同氏の飛行機やモーターケード、列車やボートの動きを追って衛星画像に目を走らせているのだ。
 韓国の諜報機関にとって、金氏の健康は長い間懸念されてきた問題である。同氏は体重が300ポンド以上と推定され、重度の喫煙習慣を抱ええている。ただし北朝鮮の最高の医療を受けられ、北朝鮮政府と緊密な関係を維持するロシアや中国からの専門家を呼び出すこともできる。最近、北朝鮮を支配する朝鮮労働党は金委員長の祖父である金日成と父の金正日のレガシーへの言及を党規約から抹消した。これはある専門家がそう呼んでいるように、金氏は独り立ちしていることを誇示しようとする試みを示しているのである。
 他方、北朝鮮政府と米国の間で最近、緊張が高まっている。バイデン大統領が金氏の核開発を「米国と世界の安全保障に対する深刻な脅威」と呼び、最近の上下両院合同会議での演説で「外交と厳しい抑止力」を通じて対応すると宣言したことに北朝鮮が反駁したのである。北朝鮮外務省のクォン・ジョングン(Kwon Jong Gun)米国担当局長は、バイデンのコメントは「耐え難い」ものであり、米国からの「いつもの話」を反映していると反論した。

 以上のようにメディアは、金総書記の健康状態や体調について精細に追跡している。確かに専制的独裁者である同氏の健康状態は、北朝鮮のみならず地域の安全保障問題と結びついている。その限りで同氏が痩せたか、太ったかという問題は地政学的影響力を持つと言えよう。そうした観点からメディアは、久しぶりに姿を現わした金総書記が細身になったことから、いろいろ推論をめぐらしている。そのなかで、スリム化は国内での地位を向上させている可能性が高く、おそらく支配的地位にあることに自信を深めていると思われ、そうなると地域の指導者として行動の予測可能性を高めそうだとの見方が紹介されている。朝鮮労働党が金総書記の祖父である金日成と父の金正日のレガシーへの言及を党規約から抹消した、あるいは、バイデン米大統領の上下両院合同会議での演説に北朝鮮が反駁した、などのニュースから推察すると、この見方が的を射ているとも思われる。その場合、特に指導者として行動の予測可能性を高めそうだという推論に注目していきたい。


東南アジアほか

☆ コロナウイルス感染拡大に苦しむ東南アジア

 5月20日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、東南アジア諸国はコロナウイルスの封じ込めに成功してきたが、ここにきて変異株とワクチンの遅延で状況が暗転していると報じる。記事は、アジアの一部地域は新型コロナウイルス封じ込め策を徹底して世界でもとりわけ高い成功を収め、何カ月もの間ウイルスが消え去ったかにみえたが、現在ベトナム、シンガポール、タイなど複数の国が新たな感染拡大に苦しんでいると伝える。
 記事によれば、ベトナムは過去最多の感染者数を記録し、シンガポールは数日にわたり国内感染者数が2桁の伸びとなったことから、レストラン内の食事禁止や学校閉鎖、社会的な集まりの制限などの措置を実施した。タイでは刑務所内感染が急増、17日の新規感染者数は9600人と過去最多に達し、昨年の合計感染者数を上回った。
 ワクチン接種状況について記事は、シンガポールは人口の5分の1超がワクチンを接種済みだが、それ以外の東南アジア諸国の接種率は1桁台にとどまると述べ、ハーバード・メディカル・スクールの感染症専門家で、ベトナムで医療プログラムを運営しているトッド・ポラック氏は、「米国や英国のようにワクチンがある国では、感染者数が減少しているが、その他のほとんどの地域では、たとえこれまで素晴らしい取り組みをしていた国でも感染が増加している。非常に起こり得ることであり、ワクチンが普及するまで続くだろう」と指摘していると伝える。

 さらに記事は、各国の感染状況について次のように報じる。ベトナムの新たな感染経路は、外国から来て指定施設での14日間の強制隔離を終えた後に陽性反応が出た人々にさかのぼる。シンガポールは航空旅客数をコロナ前の3%未満に制限していたが、それでも空港で集団感染が発生した。南アジアなどハイリスク地域からの旅行客を受け入れる区域の労働者にも感染が広がった。保健当局者や科学者によると、多くのケースで2つの変異株が急速な感染拡大を引き起こした。シンガポールでは集団感染の多くはインドで最初に見つかった変異株が検出されており、タイ政府によると、同国の感染拡大に拍車を掛けているのは英国で最初に発見された変異株である。

 人口9600万人超のベトナムは感染者数およそ4500人、死者37人に抑え、地域諸国の中でも成功を収めた国となっていた。しかし、足元の感染拡大はこれまでより複雑だ。感染は数十の都市や地方で散発的に発生しており、病院から工業地帯に至るまでさまざまな場所で見られる。複数の変異株が広がっている上、昨年と異なり隣国のカンボジアやラオスでも感染が急増し、国境を越える感染のリスクが増している。ベトナム保健省の公衆衛生緊急対応センター上級顧問のトラン・ダク・プー氏は「英国型とインド型の変異株は極めて急速に広がることもあり、今回の感染増はより深刻だ」と語った。ベトナムの主要都市ではナイトクラブやバー、カラオケ店が閉鎖された。ベトナムは全国的なロックダウン(都市封鎖)は導入していないものの、集団感染が発生したアパートや市街、病院、村、地区を閉鎖している。
 シンガポールの足元の感染拡大は、外国人労働者向けの密集した寮で昨年発生した感染に比べればはるかに小規模だが、それでも一部地区はロックダウン(都市封鎖)に踏み切っている。空港や大手病院、刑務所などでも集団感染が確認されている。保健省によると、少なくとも87人の感染はシンガポール・チャンギ空港を中心とした集団感染に関連している。最初に感染が明らかになったのは空港ターミナルで清掃員として働く88歳の男性で、男性はワクチン接種を完了していた。この男性は5月の検査で陽性となり、その後に警備員やハイヤー運転手、店舗の販売員をはじめ、空港を訪れた人々の間で感染が見つかった。シンガポール政府のコロナ対策委員会の共同委員長、ガン・キム・ヨン氏は14日、「われわれは広く網を張り、発生しつつある感染を検出、隔離、囲い込むため迅速な行動を取った。厳重な警戒態勢を敷いている」と語っている。

 以上のように東南アジア諸国は、コロナウイルスの新規感染拡大に見舞われ苦しんでいる。主因は、インド株やイギリス株などの変異ウイルスの蔓延とワクチン接種の遅れにあるとメディアは報じる。変異株の蔓延は、ベトナム、シンガポール、カンボジア、ラオスなどで顕著であり、ベトナムは集団感染が発生したアパートや市街、病院、村、地区を閉鎖し、シンガポールでも一部地区のロックダウンに踏み切っている。またワクチン接種は、シンガポールでは人口の5分の1超が接種済みだが、それ以外の東南アジア諸国の接種率は1桁台にとどまると報じられている。こうした情勢では、経済に対する影響も無視できなくなると危惧される。ロックダウンなどの対策やワクチン接種の進行状況などを注視していく必要がある。


インド

☆ 危機に瀕するバックオフィス業務
 5月23日付フィナンシャル・タイムズは、インドのバックオフィス業務が新型コロナウイルスの第2波のために危機に瀕していると報じる。記事によれば、バックオフィス業務を展開する企業は従業員に対して医療の提供に迫られているが、その肝心な医療制度が揺らいでいる。インドは450万人が働く世界有数のバックオフィスハブであり、顧客応答サービスからソフトウェア開発や住宅ローン処理まで行い、120万人の労働者を抱えるフィリピンなどの同業者をはるかに上回っている。ゴールドマン・サックスからグーグルまで、グローバルな銀行やテクノロジー企業もインドでインハウス事業を展開すると共に、インフォシスやタタ・コンサルタント・サービスなど地場アウトソーサーに対して多くの業務を外注している。
 しかし、現在インドはパンデミック第2波に襲われ、7日間平均で26万人の感染者と1日平均4100人の死者を出しており、危機は病院のベッド、酸素、ワクチンの深刻な不足によって悪化している。経営幹部はインドのビジネスモデルがリスクにさらされており、企業としては海外への業務移転やプロジェクトの遅延、さらには従業員のための独自の治療施設の建設を余儀なくされている。
 経営幹部やアナリストは、多くの企業で従業員の1割がコロナウイルスのために休んでいると報告しているが、この数には病気の家族を看護する労働者は含まれていないという。業界団体であるIT従業員フォーラムのヴィノッドAJ事務総長は、多くの労働者にとって耐えられない負担になっていると語る。「ゴールドマン・サックス、アクセンチュア、TCS、インフォシスのいずれであっても規模や国籍に関係なく、すべての企業が影響を受けている」と同氏は指摘する。
 ただし全国的な感染件数はここ数日で減少している。専門家はウイルスが比較的検査能力で劣る国の一部で広がっていると懸念してはいるが、10万人以上の従業員を抱える米国のハイテク企業、IBMのアービンド・クリシュナ最高経営責任者(CEO)は、第2波がピークに近づいていると仮定しても負担は管理可能であると述べている。
 インドのIT業界グループ、ナスコム(Nasscom)によると、業界は年間約1800億ドルの収益を上げている。昨年の渡航禁止と都市封鎖によって業界のビジネスモデルが揺らぎ、ナスコムによるとITサービスへの支出は昨年4%減少した。しかし欧州や北米でビジネス活動が持ち直すにつれて、業界も息を吹き返してきている。地場格付け会社ケアレーティング(CARE Rating)によると、売上高の伸びは20年6月期の前年比2.7%から21年第1四半期には6.4%に加速した。
 こう報じた記事は、インドの第2波は政府が医療システムの準備や十分なワクチン調達に失敗するなど危機対応を誤るとアウトソーシング先としてのインドの評判を損なうような根本的な脅威となろうと警告する。

 以上のようにインドが得意とする主要ビジネスの一つである外注受託業務がコロナウイルス第2波のために危機に瀕している。被害を受けているアウトソーサーと呼ばれる業界企業は、インフォシスやタタ・コンサルタント・サービスなどの地場企業だけでなく、インドでインハウス事業を展開するゴールドマン・サックスやグーグルなどのグローバル銀行やテクノロジー企業も含まれている。彼等はプロジェクトの遅延や従業員のための独自の治療施設の建設を余儀なくされ、さらに海外他地域への業務移転にも迫られているという。ただし欧州や北米でビジネス活動が持ち直すにつれて、業界も息を吹き返してきているとも報じられており、政府の対応に注目したい。

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主要紙社説・論説から

米国経済の近況―迫りくるインフレと金融政策の転換


 米金融界でにわかにインフレ警戒論が高まっている。足元の消費者物価が前年比で大幅に上昇したことが、こうした警戒論を煽っている。米連邦準備制度理事会(FRB)は、コアインフレ率が平均2%となり完全雇用が回復するまで、金利はゼロに抑えられると平静に対応しているが、メデイアは金融政策の転換の必要性について活発な論議を展開している。今回はそうしたメデイアの報道や論調を観察した。以下はその要約である。

 5月13日付ウォール・ストリート・ジャーナル記事「Inflation Data Test Fed’s Strategy and Outlook (日本版記事:物価上昇で試されるFRBの戦略と見通し)」は、4月のコア物価指数が前月比0.9%上昇し、1カ月の上昇率としては1981年以来の大きさだったと述べ、この先も上昇が続けば、FRBの思惑が外れる可能性があると問題提起、パーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントのビル・アックマン最高経営責任者は、「利上げをしなければならないと思う。現在の金利水準では、景気が過熱するリスクが極めて高い」と語り、FRBは政策スタンスを見直すべきだ主張したと伝える。
 FRBはインフレ率を長期的に平均2%とする目標を掲げているが、エコノミストやFRB当局者は、今後数カ月の物価上昇がそれを幾分上回るペースになると見込んでいるとし、要因として、数兆ドル規模の景気刺激策、消費者がワクチン接種を終えることで企業の財・サービスの供給能力を圧迫するとみられることなどを挙げ、さらに広範囲に及ぶ労働力不足、賃金や物価の上昇圧力がFRB当局者の想定以上に持続する可能性、半導体不足などの供給不足が経済の足を引っ張ることなどにも言及する。
 他方、昨年FRBは30年続いたインフレ率の低下を受け、金利設定戦略を見直し、これまでのように物価上昇がFRBの目標である2%を超えないよう先手を打って利上げするのではなく、長期的に2%の平均インフレ率を目指す方針に変えたと報じる。FRB当局者は、物価が2%上昇を達成後に一段と上昇に向かい、経済が完全雇用かそれを超える状態になるまで、金利をゼロ付近で維持する見通しだと語り、昨年12月以降、これらの目標に向けて「さらなる実質的な進展」があるまで現在のペースで資産購入を続ける意向を示したと伝える。
 こう報じた記事は、投資家に対してFRBによる政策転換の支援に動くべきだと促す。金融危機における米銀の経験から学んだように大きな政策ミスがあると、資産価値や市場機能、経済的かつ社会的福祉に延々と続く大きな損害を与えるからだと説く。記事は最後に、今後のシナリオとして2つの可能性を指摘する。第1に一時的な症状であるインフレ率上昇がずっと持続することを挙げ、これについては直近の物価急上昇が持続的なインフレ高進を招くかどうかは「まだ疑問の余地がある問題だ」との専門家の見方を紹介する。第2に、必要以上に急な政策転換を迫られる可能性を挙げ、上院銀行委員会の共和党筆頭理事を務めるパット・トゥーミー議員(ペンシルベニア州)は、FRBは緩和的な政策スタンスを見直すべき時だ」とツイートしたと伝え、これは経済へのダメージが大きいと懸念を示す。

 5月24日付ブルームバーグは「The Fed Should Say It’s Ready to Rethink (FRBは政策見直しの用意があることを表明すべきだ)」と題する社説で、新経済データは先行きのリスクを明示しており、FRBはこうした不確実性に目を凝らしていることを示す必要があると冒頭で主張する。4月の消費者物価は前年同月比で4.2%上昇し、前年春に物価が大きく下落したことで歪められているとしても、コア・インフレ率(変動の大きい食品やエネルギーを除く)も同3%上昇しており、数字自体は予想を上回っていると警告する。社説は、これに対しFRB当局者は、これまでの立場を繰り返しただけで、リチャード・クラリダ副議長は、物価の加速は「基礎となるインフレに一時的な影響しか及ぼさないだろう」と述べたと批判する。ただし社説は、3月の給与支払名簿データによると、雇用は266万人しか増加しなかったのは驚きだったと述べ、雇用の回復の遅さは不安定な回復を示しており、その限りではFRBが金融政策を可能な限り緩く保つことは正しいと指摘する。
 しかしFRBの企業マインド調査によると、多くの雇用主が人手不足と雇用の困難を訴えている、つまり労働市場は緩くはなく、タイトだと述べ、この原因が最近のパンデミック救済パッケージで提供される失業給付の延長によるものでなく、利用可能な労働者と企業が必要とする労働者との間の不一致、すなわちパンデミック発生後に起きた永続的な構造変化によるものである場合、緩やかな金融政策がもたらすさらなる需要は、賃金と物価に対する上昇圧力を増大させるリスクがあると警告する。FRB当局者は、政策調整の必要性についての議論をなお避けているが、4月末の中央銀行の政策会議の議事録によると、セントルイス連銀のジェームズ・ブラード総裁とアトランタ連銀のラファエル・ボスティック総裁は、必要に応じて動向を監視し、政策を調整する必要性について話し合っているが、議事録自体はこの問題をさらに突っ込んで議論しようとしていないと批判する。
 さらにラリー・サマーズ元財務長官がFRBは金融市場で「危険な自己満足」を助長していると非難しているように、資産価格が突飛な水準に押し上げられており、危険は目の前にあると指摘、雇用、賃金、物価の見通しに関して矛盾するシグナルがあり、これを認めないのは賢明でなく、そうしたことが長く続けば続くほど、政策修正が経済に衝撃を与え、残酷な結果をもたらす危険性が高くなると警告、FRBは必要あれば政策修正の用意がありと投資家に発信すべきだと論じる。

 5月25日付フィナンシャル・タイムズは「The Federal Reserve is no longer markets’ best friend (市場の最良の友でなくなったFRB)」と題する論説記事で、2007年の世界的金融危機の際、大手米銀のトップは、戦略を転換するには市場が変わろうとしていることを示す「曖昧さを残さない証拠」が必要だと答えたことを紹介、銀行は目先の実績を気にして、短期の業績不振を恐れていたと指摘する。次いで記事は、1月の債券利回りの急騰や2月の業績不振の米ゲームソフト販売大手の株価の連日急騰、ファミリーオフィスのアルケゴス(Archegos)が金融機関に100億ドルもの損害を与えた事件に触れ、中央銀行による流動性供給によって巨大なリスク・テイクの動きが再発していると懸念を表明、一度発火すれば、重大な金融事件に発展しかねない危険があると警告する。
 そのうえでFRB当局者は、一般的な発言のポイントをインフレ懸念の否定で貫き、量的金融緩和による毎月の資産購入規模の段階的縮小、すなわちテーパリングについて「考えることは考えていない」と繰り返してきたが、先週発表された政策委員会議議事録によれば、一部の当局者は「今後の会合で」インフレの可能性を話題にしたいと述べ、FRBがようやく政策修正に乗り出そうとしており、そうなるとFRBが2007年から08年にかけて犯したような政策過誤の可能性が減ると歓迎する。ただし政策委員会に出席していたメンバーがごく少数で、しかも議長が不在のようだったと述べ、スケジールも内容も、あいまいで、市場がほとんど注目しなかったのも不思議ではないと補足、加えてFRBは、インフレ率は期間平均で2%を目指す方針とする「新しい金融枠組み」を掲げ、これがパンデミックに関連する経済構造の変化に適していないため、政策転換は厄介な問題を抱えていると懸念を表明する。そして政策転換には、市場のボラティリティとFRBの信頼性の損失という双子のリスクがあるが、これに代わって独断的な後ろ向きの政策スタンスにしがみつくと、はるかに大きな損害という脅威が待ち構えているだろうと警告する。

 5月11日付エコノミスト誌は、「America’s economy suffers bottlenecks and shortages And inflation is picking up speed (ボトルネックと不足に苦しむ米経済、インフレも加速)」と題する金融経済記事の冒頭で半導体不足や労働力不足について触れた後、これが景気回復の障害やインフレ加速要因となるのではないかと懸念を表明するが、最終的には一時的現象に終わるかもしれないと論じる。
半導体、労働力不足問題について記事は、1970年代半ば以降で、企業のサプライヤーからの配達遅れの報告頻度がこれほど高くなったことはないというゴールドマン・サックスの調査やメーカー業務のバックログ在庫は春に記録的な速度で増加したとのIHSマークイットの調査を引用し、これは景気回復を脱線させるかどうか、さらにはインフレの横行を引き起こすかどうか、という問題を提起すると指摘する。
 その一方、不足問題は米経済の回復と結びついていると述べ、配達の遅延は米国で最もよく見られるようで、このことは米国での消費者需要の健全な回復とはおそらく結びついているとし、JPモルガン・チェースの追跡調査によると、クレジットカード支出は、3月までの半年間でパンデミック前の10分の1を下回る傾向から5月までにわずかに下回る水準にまで増加したと伝える。
 この回復のスピードが企業を不意打ちにし、米小売業者の在庫は、収益対比で史上最低に落ち込み、小売店が売れるものを売り果たしたことを示していると述べ、この傾向は特に小規模企業に著しく、大手上場企業の在庫は減少していないと報じる。しかし急増する需要はすぐには補充できないと述べ、たとえば、輸入品をみると船の米中間航行期間は数週間かかり、21年には港湾でのコンテナ不足やコロナによるロックダウン第1波による立ち往生などの例を挙げる。
 ただし、その間に物の価格が上がるかもしれないとし、米中間の商品輸送コストはこの1年間で約3倍になり、一部の米企業は航空貨物などコストがかかる方法を採用しており、このコスト上昇分を価格に転嫁する可能性があると指摘する。こうしたことすべてが、手の付けられないインフレが近づいているという市場の騒ぎに貢献していると述べ、市場予想インフレ率の指標である5年間損益分岐率は、5月11日に2.7%に達し、13年ぶりの高水準となったと報じる。4月の消費者物価指数は前年比4.2%上昇したが、物価上昇の最大の要因は物資不足の隘路ではなく、昨年の原油価格の下落が年間比較から脱落していることに関連しており、かつ昨年の経験は、物資不足が一過性の物価上昇以上のインフレを引き起こすほど長く続かない可能性を示唆しているとし、昨年初頭、経済がロックダウンされるなか、企業はすぐに材料を調達する新しい方法を見つけているからだと述べ、インフレ待ちは結局、時間切れとなって然るべきだろうと論じる。

 5月26日付ガーデイアンは、「The Guardian view on inflation: the revival that’s nothing like the 1970s (1970年代とは全くことなるインフレ再燃)」と題する社説で、現在の英国経済の状況からインフレ問題について論じる。インフレが復活したが、このインフレは半世紀前のものとは別物で、物価上昇の兆候に対する懸念の多くは見当違いだと指摘する。社説は、この春から夏にかけて物価上昇が復活したのは確かであるが、主因はパブやレストラン、衣料品店の再開、目抜き通りでの消費支出の復活により、物価が上昇しているのであり、インフレ率は、記録的な低迷後の経済成長の兆しとして歓迎されて然るべきだと主張する。
 もう一つの要因は、ガソリンスタンドと家庭暖房の両方で燃料価格が上昇中であること、そして最後の要因は、一部の業界で素材と労働力が不足していることにあり、木材や塗料の値上がりを挙げる。労働力不足については、ロンドンで労働者がパンデミック以前ほど容易に募集できなくなっていると報じ、海外に強力なネットワークを持つ人々の中には、完全に去った人もいると述べ、保守党は、英国が間違ったタイプの移民、つまり十分なスキルを持たない人々を受け入れてきたと主張し、建設業者やバーテンダーを減らし、生物科学者や銀行家を増やすべきだと示唆してきたが、今日、我々はこうした転換のもたらしたコストを実感しつつあると批判する。
 現在のインフレと1970年代との大きな違いは、政治家や政策立案者が当時、心配していたのは、賃金のインフレだったことだと述べ、50年後の今は、労働側は社会勢力として粉砕されており、英国の労働市場は、雇用者の呼びかけに応じて従業員が勤務する不安定なゼロ時間契約が普及したことで特筆されていると指摘、今は景気刺激と壊れた社会契約を修復する時であり、特に過去15ヶ月間に多くの機会を失った若者たちに職を与え、枢要な労働者に良き給与と保護を保障しようと呼びかける。

結び:以上みてきた5つの主要メディアの論調は、即時の利上げやテーパリングを主張するタカ派と現状維持を主張するハト派、そして中間にある中道右派と左派とに截然と分かれている。しかし共通点もあるといえよう。それは07年から08年にかけて起きた米国発世界的金融危機の再発への警戒感もしくは恐怖感である。日本でリーマンショックとして知られる、この危機は発生から10年有余を経ても一種のトラウマとして今なお関係筋の脳裏に刻まれているのであろう。危機から立ち直る段階で金融政策の舵取りを担っていた当時のFRBのジャネット・イエレン議長(現米財務相)が繰り返した言葉に、「データ次第」がある。金融政策は物価や雇用データを道標として運営するといいう見解である。
 新型コロナウイルスの大流行は世界経済を直撃し、いわばリーマンショックを上回る大打撃を与えた。米経済を初めとする大型景気対策を実行した先進諸国経済は、ワクチン接種の急速な進展もあり、経済が急回復している。その意味で、リーマンショック後の回復期と相似した時期にある現在は、上述の「データ次第」が当てはまる考え方といえよう。その限りでは、米ビジネス誌ブルームバーグのインフレ・データは先行きのリスクを明示しておりFRBはこうした不確実性に目を凝らすべきだとの主張は的を射ている。FRBはデータを基にして必要あれば、政策修正の用意があると市場に発信すべきだろう。


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(主要トピックス)
2021年
5月17日 菅義偉首相、ベトナムのファム・ミン・チン首相と中国による
       東・南シナ海での海洋進出などにつき電話協議。
                 北朝鮮政府、「情報産業省」を新たに設置。労働新聞が報道。
                 金正恩総書記のIT分野など科学技術強化の意向を反映。
   19日 参院本会議、自衛隊とインド軍が食料や燃料などを融通し合う
               「日印物品役務相互提供協定(ACSA)」を可決。
      20日 欧州連合(EU)、中国と大筋合意した投資協定について欧州議会が
                 批准審議を凍結。
   21日 訪米した韓国の文在寅大統領、バイデン米大統領と初の対面式会談。
       対北朝鮮政策で現実的措置を通じて非核化をめざす方針で一致。
                 共同声明で台湾海峡の平和と安定の重要性を確認。
      24日 日本の梶山経済産業相、東南アジア諸国連合(ASEAN)の脱炭素化への
                 支援を表明。
      27日 香港立法会(議会)、選挙制度見直し条例案を賛成多数で可決。
                 中国指導部による「愛国者による統治」の制度面手続きを完了。
   31日 中国人民銀行、外貨預金準備率を5%から7%に引き上げると発表。
                 元高圧力の緩和が狙い。
      マレーシアのムヒディン首相、総額400億リンギ(約1兆600億円)の
                 追加経済対策を発表。
6月  2日 日本の岸信夫防衛相、フィリピンのロレンザーナ国防相とテレビ協議、
                 東・南シナ海の現状変更反対で一致。
        4日 台湾で新型コロナウイルスの感染が急増、日米がワクチンを提供。
                 中国政府、政治的利用として反発。
        7日 韓国のソウル中央地裁、韓国人元徴用工が日本企業を相手取った訴訟を
                 却下。原告の個人請求権は日韓請求権協定で消滅していないが訴訟で行使
                 できないと判断。
      10日 中国でデータ安全法(データセキュリティー法)が成立。
                  改ざんや不正利用で国家安全保障を損ねると判断すれば罰則を科す。
                  国外組織や個人によるデータ収集も対象。
   13日 主要7カ国首脳会議(G7サミット)閉幕。共同宣言で新疆ウイグル自治区
                 での人権と自由の尊重、香港の人権と自由および高度の自治の尊重、
                 台湾海峡の平和と安定の重要性、東・南シナ海の現状変更に反対を表明。
   15日 東南アジア諸国連合(ASEAN)、オンラインで国防相会議を開催。
               「南シナ海における航行と上空飛行の自由の維持と促進」を強調。

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、THE GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。

 
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。
 

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