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東アジア・ニュースレター ― 海外メディアからみた東アジアと日本 ― 第120回

2020/12/22

東アジア・ニュースレター
――海外メディアからみた東アジアと日本――
第120回







前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト
           バベル翻訳大学院プロフェッサー 

 
 
 中国習政権民間企業国の方針に従わせ、事業を国家目標の達成に向けて方向付けようとしている。背景として、民間部門は予測不能な存在で全面的に信用はできないという考え方や複雑な経済の運営には国の計画立案者の方が適しているとの見方が政権内に広がっていることが指摘されている。かつて社会主義市場経済ともてはやされた改革開放の経済体制が市場経済につきものの混乱が生じると、共産党が牛耳る国家権力の発動により収拾を図るという往事の計画経済のいわば原点に回帰するような結果になっている。こうした動きは中国経済の活力や効率性を奪うリスクがあり、中国経済が抱える新たな大きな問題として注目していく必要がある。

 台湾米国との間で経済対話が初めて開かれ、台湾が成果を挙げているコロナ対策などの健康医療や半導体サプライチェーン、さらに5Gとテレコミュニケーションなどを含む幅広い分野での協力関係の推進が確認された。合意文書として5カ年協定が調印された。これには法的拘束力はないとされているが、今後の米台関係を規定する合意として象徴的以上の意味があるといえる。特に台湾側は将来の米台貿易協定の成立を展望していると報じられている。

 韓国の首都ソウル市香港の金融ハブとしての地位が揺らぐなか、それに取って代わろうと動き出している。市内の汝矣島(ヨイド)にある国際金融センターを候補地として考えている。ただし厳しい規制、柔軟性に欠ける労働市場、高い税率そして高騰する住宅価格や家賃などを勘案するとソウル市には国際的金融都市で働く外国人人材を引き付ける魅力があるだろうかという問題が挙げられている。ソウル市当局は家賃、賃金、通訳費用を支援する企業誘致のインセンティブパッケージを用意していること、コロナウイルス対策での成功、さらにはソウルには他の諸都市にない独自のアイデンティティがあるなどのアナリストのコメントもあり、楽観的見方をしているとメディアは報じる。東京もまた香港に代わる金融センター構想を推進しようとしているので、こうしたソウル市の試みは十分注視していく必要がありそうだ。

 北朝鮮が核武装や閉鎖性、貧困といった印象の強い金体制についてもっとソフトなイメージを広めようとしている。その狙いは、ソーシャルメディアを通じて普通の国というイメージを売り込み、制裁の緩和世界の世論に訴えることにあるとメディアは伝える。しかし秘密主義と閉鎖を守る国是からみてもその広報宣伝活動には限界があるとみられる。

 東南アジア関係では、フィリピン海外出稼ぎ労働者は熱心に海外で働き、稼いだ資金を本国に送金し家族を支援しているが、国内の政治を変革する役割は未だ期待できないとメディアが伝える。理由として、第1に政治力を発揮できる中産階層に成長していないこと、第2に彼ら自身が専制体制の地域で働き、独裁政治への疑問をあまり抱いていないこと、第3にそうした役割が期待できるプロの専門家層は海外に永住していることを挙げる。

 インド経済は、その大半を占める中小企業コロナで大打撃を受けて急激に縮小している。メディアは、モディ政権の経済政策の故に経済はコロナ前から躓き状態にあったためにコロナ前の経済成長に戻るのが困難だと伝える。政府は2660億ドルの景気刺激策を打ち出しているが焼け石に水だと述べ、こうした状況を「ビジネスの大量破壊」と評する。

 主要紙社説・論説欄では、東アジア包括的経済連携(RCEP)の調印に関する主要メディアの論調を取り上げた。中国の存在感増大米国の後退が改めて指摘されている。

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北東アジア

中 国

☆ 民間部門に服従を強いる習体制

 香港や東南シナ海で強権姿勢を強める習近平政権が国内でも民間企業に対する締め付けを強化している。12月11日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、習国家主席は民間部門を服従させる動きを明確にしつつあり、民間部門には党のやり方に従う以外に選択肢がないと次のように論じる。

 習近平国家主席は、世界第2位の自国経済に対する国家の支配力を一段と強めたいと考えており、あらゆる規模の民間企業をその方針に従わせようとしている。政府は、民間企業に送り込む共産党関係者を増やし、融資条件を厳しくし、経営幹部らに国家目標達成に向けた事業の方向付けを求め、統制を欠くと判断された企業を国有企業に吸収させて完全支配下に置いている。こうした政策は、市場と起業家は中国の台頭に重要な役割を果たしたものの予測不能な存在であり、全面的に信用はできないという確信が中国指導部内で強まっていることが原動力になっている。
 複雑な経済の運営には、国の計画立案者の方が適しているとの見方は今年に入ってから広く受け入れられるようになった。国家の命令に強く依存する形で中国経済が新型コロナウイルス流行の打撃からV字回復を果たしたからだ。習主席はここ何カ月かの間に優先する政策をとりわけ明確にしている。共産党は9月に民間企業に関する新たなガイドラインを発表した。それは、国家に奉仕する立場を民間企業に改めて認識させるとともに、教育などの手段を通じて「党の指導の下で民間事業者らの政治的コンセンサスを継続的に強化する」という内容である。
 習主席はその後、中国最大級の企業の1つであるアント・グループの340億ドル規模の新規株式公開(IPO)計画に個人的に介入し、IPOを延期させた。アントが金融リスクの管理という国家目標よりも自社の利益を重視しているのではないかとの共産党の懸念が一因だった。

 中国にとってのリスクは、習氏が国家主義的権力の行使を強力に進める中でここ何十年かの中国の爆発的成長の原動力となってきたイノベーション、競争精神、自由なエネルギーが抑制されることだ。中国内外のエコノミストらは、電子商取引分野の巨大企業アリババグループ・ホールディング、ハイテク複合企業のテンセントホールディングスといった世界的な成功ストーリーを生み出してきた経済政策が終わりを迎えたようだと指摘し、このため中国企業は市場の力で動かされ、民間のイノベーションと消費に依存する米企業的な特徴が薄れてきているとみている。中国の製造業とインフラへの投資に占める民間企業の比率は、ここ何十年間か拡大してきたが2015年に固定資産投資の半分以上の水準でピークに達した後は減少傾向を続けている。
 その結果、中国経済の効率性は低下している。調査会社ロジウム・グループとシンクタンクのアジア協会政策研究所の共同データ・プロジェクトであるチャイナ・ダッシュボードによると、一定単位の経済成長に必要な資本投入額は、習主席が権力の座に就いた2012年以降倍増している。公式データによれば、規模を大幅に拡大してきた中国の国有企業の生産性が民間企業より低いケースが多いことがその一因になっている。しかし党関係者は、今が急速な民間企業の台頭に伴う過剰なリスクテーキング、債務や腐敗を抑え込むチャンスだとみている。市場主義と強化された国家介入を組み合わせた習独自の国家資本主義は米国との貿易戦争を耐え抜き、経済成長率に基づけば、最近は自由市場経済を上回るパフォーマンスをみせている。

 中国の方向性を示す明確な兆候の1つに民間企業を買収する国有企業が増えていることがある。これは政府が呼ぶところの「混合所有制改革」を再定義した動きだ。90年代終盤にさかのぼる当初の混合所有制改革は、民間資本による国有企業への投資を促し、肥大化していることの多い国有企業に民間の見識を取り込むためのものだった。現在は、習主席の下、プロセスが逆に働く場合が多い。大手国有企業が事業を継続させるためにより小さな企業を吸収し、買収される側の企業の戦略を国の利益になるよう変更している。
 中央政府による向こう3年間の行動計画は、国有企業と民間企業とのさらなる合併を求めており、「国有企業は民間企業の健全な発展に向け、指導的役割を担い、大きな影響をもたらさなくてはならない」としている。大手国有企業、中国交通建設の子会社は、下水処理サービスを提供する北京碧水源科技の支配権を4億4000万ドル余りで買い取った。北京碧水源は今後について、国内市場に集中するのではなく、党指導部の一帯一路構想の実現を後押しする計画だと述べている。
 中国の当局者は、習氏に起業家精神をつぶしたり、市場の力を排除したりする意図はないと述べる。習氏は民間セクターへの支援を約束している。同セクターは政府の税収の半分を占めるほか、都市部労働者の80%を雇用しているからだ。
 習主席は、着実に民間経済を拡大してきた前任者たちと違い、起業家を党の仲間に引き入れることに焦点を当てている。中国指導部に近い当局者らによると、こうした考え方は前任者の江沢民氏や胡錦濤氏の政権下で生じた行き過ぎと市場の混乱の影響を受けていた。両政権下では汚職や環境汚染の悪化が蔓延し、習主席はトップに立った初期の頃、市場の混乱に手を焼いた。当初、同氏は80年代に鄧小平氏の下で始まった市場改革の推進に前向きだった。2013年後半、習政権下の指導部は市場原理に「決定的役割」を与えると約束した。習主席は株式投資を推奨し、人民元への政府規制を緩和した市場重視の当局者たちを称賛した。習政権は、国有企業の運営を共産党政治局員ではなく専門の管理者に任せる提案さえも検討していた。こうした改革案は次々と混乱をもたらした。15年の夏、株式市場の大暴落は市場に衝撃を与え習主席を当惑させた。人民元をもっと自由に変動させようとする中国人民銀行(中央銀行)の動きは人々を一層動揺させた。
 指導部に近い人物らによると、習主席は部下との密室での会合で不快感をあらわにし、市場混乱の原因と同氏が考える問題に対処するため国の権力を発動した。国有企業担当部門の幹部は、国有企業に市場原理思考の管理者を据えるという計画の取り消しを習率いる指導部にうまく働きかけることができた。中国政府は現在128の国有企業を直接監督している。その主席は2012年の約140社からは減少しているが、国を代表するような企業をつくり上げるとの目標に基づく政府主導の整理統合の中、企業規模はより大きくなり民間セクターを一段と浸食している。地方政府は何千もの企業を管理している。

 最後に上記のように報じた記事は、政府に助言を行うあるエコノミストは「市場改革派はすべて去った。政府トップの人物がどのような改革を本当に望んでいるのかは、すでに極めて明確になっている」と語っていると伝え、指導部の経済アドバイザーのトップであり、9月に市場改革の支持者と目されていた劉鶴副首相が今後3年間の国有企業に関する計画を説明した際に時流の変化が明白になったと報じる。劉氏は「国有企業は、市場での競争の中心的存在にならなければならない」と表明したというのである。

 以上みてきたように、習政権は民間企業を国の方針に従わせ、その事業を国家目標の達成に向けて方向付けようとしている。背景として、民間部門は中国の台頭に重要な役割を果たしたものの予測不能な存在であり、全面的に信用はできないという確信や複雑な経済の運営には国の計画立案者の方が適しているとの見方が政権内に広がっていることが指摘され、そのような内容の民間企業に関する新たなガイドラインも発表されていると報じられている。また、こうした習政権の動きを示す一例として、中国最大級の企業の1つであるアント・グループの340億ドル規模の新規株式公開(IPO)の延期が挙げられている。かつて社会主義市場経済ともてはやされた改革開放の経済体制が、市場経済につきものの混乱が生じると、共産党が牛耳る国家権力の発動により収拾を図るという往事の計画経済のいわば原点に回帰するような結果になっている。問題は記事が指摘するように、こうした動きが中国経済の活力や効率性を奪うリスクであろう。中国経済が抱える新たな大きな問題として注目していきたい。


台 湾

☆ 米政府と5カ年協定を締結

 11月21日付英ガーデイアンは、米国と台湾がハイレベルの経済対話を開き、医療、テク、安全保障に関する5カ年の協定に署名したと報じる。両国は協調と将来の連携に向けた潜在性を強調し、これに対して中国が反対していると伝える。記事によれば、11月20日、台湾経済部(経済省)の陳正祺政務次官と米国のキース・クラック国務次官がワシントンで初会合を開き、5年間の覚書に署名し、歴史的な関係構築と「民主的価値の共有」を目指すことを宣言した。
関係当局者によれば、この対話によって健康研究開発に関する協力の可能性と半導体サプライチェーンについて台湾の貢献に優先順位を付けることが明確にされた。また両国は、グローバルな健康医療安保、科学とテクノロジー、5Gとテレコミュニケーション安保、サプライチェーン、女性の経済的エンパワーメント(能力開化)、インフラ協力、投資に関する作業部会を設置した。ただし記事は、協定は法的拘束力のある権利や義務を当事者に課さず、利用可能なリソースに従うとされていると伝える。

 記事はさらに、双方の代表者は具体的なコミットメントの詳細についてほとんど明らかにしていないが、米台の将来の連携関係について期待と熱望を表明したと述べ、特に台湾側がこの対話が貿易協定のような具体的なものに発展することを望んでいると報じ、台湾の立場について台湾政府は、中国を含むアジア太平洋15カ国が先週署名した世界最大の自由貿易協定である東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の当事者ではないため米国に2国間貿易協定を求めていると述べる。
 この米台貿易協定について記事は、米国では超党派の支持を得ているが、次期大統領候補のバイデン氏は、対中政策を未だ公表していないと述べ、ただし同氏は多国間解決を志向していることから台湾側は、同氏が中国再関与政策をとるのではないかと懸念していると報じる。
 また台湾の呉釗煥(ジョセフ・ウー)外相は、政権移行期にあるバイデン・チームからこの問題について支持を求めるのは時期尚早と述べ、さらにロウイ研究所のナターシャ・カッサム研究員は、ハイレベル経済対話は象徴的なものであるとしても、結果として協定が結ばれており、それは蔡英文総統にとって価値があり、台湾に対する米国の支援は強化されているという中国政府へのもう一つのシグナルとなる」と述べていると報じる。

 以上のように米台経済対話が初めて開かれ、台湾が成果を挙げているコロナ対策などの健康医療や半導体サプライチェーン、さらに5Gとテレコミュニケーションなどを含む幅広い分野での協力関係の推進が確認された。合意文書である5カ年協定には、法的拘束力はないとされているが、今後の米台関係を規定する合意として象徴的以上の意味があるといえよう。特に台湾側は将来の米台貿易協定の成立を展望していると報じられており、バイデン次期米政権の対応に注目したい。


韓 国

☆ 国際金融センターを目指すソウル市

 首都ソウルがアジアの伝統的な金融ハブに代わる国際的金融都市になろうと売り込んでいると、11月13日付フィナンシャル・タイムズが報じる。記事によれば、ソウル特別市はその候補地として市内を流れる漢江の汝矣島(ヨイド)にある国際金融センター(IFC)を考えている。IFCにある豪華なオフィスと家賃、賃金、通訳費用を支援する企業誘致のインセンティブパッケージが効果を発揮すると期待している。これまでに外国企業3社がインセンティブパッケージを取り入れてIFCに新しいオフィスを設立しているという。

 以前、ソウルは地域の金融センターとしての地位を目指したことがあるが成功は限定的だった。政府内の金融チームリーダーであるイム・グク・ヒュン氏は、香港での国家安全保障維持法の施行や韓国でのコロナウイルス流行への対処の成功によってソウル市の競争力が最近高まっていると考えている。またニューヨーク・タイムズが香港における報道の自由に対する懸念から、デジタル事業の一部を香港からソウルへ移転するという意外な動きがあり、ソウルがいつか地域を代表する金融センターになるかもしれないという楽観的な見方が一層強まっているという。

 ただし記事は、次のような問題を提起する。第1に外国人労働者が香港、シンガポール、上海から移転してくるかである。これに対し、約6年間ソウルに住むコンサルタント会社コントロール・リスクのアナリストのアンドリュー・ギルホルムは、シンガポール、上海、ロンドンにも居住経験があるが「ソウルはアジアで最も過小評価されている都市で、競合する他の諸都市よりも独自のアイデンティティを持っている」と語っていると伝える。

 次いで記事は、韓国はK-POPやバンドBTS、画期的な映画「パラサイト」などの文化の輸出で世界の評価を高めているが、香港やシンガポールと比較すると依然として厳しい規制、柔軟性に欠ける労働市場、高い税率に悩まされているとソウルのスタンダードチャータード銀行リサーチ責任者パク・チョンフンは語っていると報じる。これに対し、在韓アメリカ商工会議所の議長を務めるジェームズ・キム氏は、より楽観的である。「韓国は住みにくい場所、働きにくい場所だという誤解は常にある。(米国企業の)いろいろなCEOと付き合いがあり、皆、韓国に駐在したよかったと思っているといえる」と語っていると伝える。

 さらに記事は、ソウルでの住宅価格の高騰について次のように指摘する。多くの普通のソウル市民にとって、長年にわたる住宅のバブルが記録的な低金利によって悪化しているので裕福な外国人幹部を呼び寄せるという市の計画は気にしないだろう。ただしソウル近郊の富裕階級が住む地域では、マンション価格が5年間に倍増している。またKB銀行のデータによれば、ソウルの不動産価格は今や市民の平均年間所得の14倍に高騰している。3年前は11倍だった。グレートソウル地域の高騰する不動産を鎮静化させるのは、住宅問題を重要な社会福祉政策の公約として掲げる文在寅大統領にとって最大の課題の一つになっている。

 記事は最後に、上述のギルホルムの「ソウル生活の難しさは、いくつかある。例えば、役所との相も変わらない争いがあるが、北朝鮮による軍事的挑発はあまり気にならない。一番の問題は税金と生活費だ」とのコメントを伝える。
以上のように、香港の金融ハブとしての地位が揺らぐなか、ソウル市がそれに取って代わろうと動き出している。市内の汝矣島(ヨイド)にあるIFCを候補地として考えているが幾つかの問題点が指摘されている。例えば、厳しい規制、柔軟性に欠ける労働市場、高い税率そして高騰する住宅価格や家賃などを勘案すると、ソウル市には国際的金融都市で働く外国人人材を引き付ける魅力があるだろうかという問題が第1に挙げられている。これに対してソウル当局は家賃、賃金、通訳費用を支援する企業誘致のインセンティブパッケージを用意していること、コロナウイルス対策での成功、さらにはソウルには他の諸都市にない独自のアイデンティティがあるなどのアナリストのコメントもあり、楽観的見方をしていると記事は報じる。東京もまた香港に代わる金融センター構想を推進しようとしているので、こうしたソウル市の試みは十分注視していく必要がありそうだ。


北 朝 鮮

☆ 新イメージ戦略を描く金体制

 金正恩委員長の宣伝担当員(プロパガンディスト)らが、ソーシャルメディアを通じて影響力を行使するという新たな使命に取り組んでいると12月5日付ウォール・ストリート・ジャーナルが報じる。記事によれば、金委員長は2014年からインターネットの使用頻度を高めるよう指示していたが、宣伝員たちはここにきて核武装や閉鎖性、貧困といった印象が強い金体制についてもっとソフトなイメージを広めようとしているという。

 先月、北朝鮮の閣僚2人がユーザーとなったツイッターアカウントが作られたことでこうした試みが表面化した。この2人は、18年の南北協議に交渉担当として参加した金命一(キム・ミョンイル)氏と宣伝機関とされる祖国統一研究院の韓成一(ハン・ソンイル)室長である。英日中韓の言語で書かれた投稿は、日常生活について語っていた。例えば、キム氏は「ようやくキムチの季節になりました」、「健康的でおいしいキムチのことを考えるだけで、食べたくて仕方なくなる」とツイートしていた。しかし先月末、両方のアカウントが突如削除された。専門家によるとこのツイートは閣僚が直接投稿したのではなく、宣伝担当員がツイートした可能性が高いが、掲載された写真などから国内の様子が見えるものだったことから当局が打ち切ったに違いないという。
 こうした試みの目的について記事は、北朝鮮ウォッチャーは、かつてないほど孤立状態を深めている北朝鮮について、発展を阻害する経済制裁を受けるには不相応な普通の国として自らを描き出そうとしている可能性が高いとみていると伝える。記事は具体例として、今夏に動画共有サイト「ユーチューブ」に投稿された一連のビデオブログには、ウン・アと名乗る若い女性が登場し、英語で話しながら食料品店や川沿いの公園を紹介したと述べ、ユーチューブの別のアカウント「新DPRK(北朝鮮)」は、平壌近郊の乗馬クラブやスカイダイビングの学校について紹介し、司会者は韓国語で話しているが英語の字幕がついていたと報じる。

 最後に記事は、南北統一を専門とする韓国シンクタンクを率いるコー・ユーファン氏は、世界が北朝鮮に対して抱く貧困にあえぐ独裁国家というイメージを踏まえれば、近代化や市民の普通の行動を映し出すことでそれまでのイメージを覆せるかもしれないと述べていると伝える。コー氏は北朝鮮を訪れ、現地で外国から北朝鮮を訪問した人々とインタビューし、「こうしたアカウントによって、北朝鮮もあなたや私が住むような普通の国だと考えを改めた欧米人もいる」と語っていると報じる。

 以上のように経済制裁で苦しむ北朝鮮がソーシャルメディアを通じて普通の国というイメージを売り込み、制裁の緩和を世界の世論に訴えかけようとしている。しかし、その一方では核とミサイル開発での進展を世界に誇示していることを考えるとその行動は首尾一貫しないといえよう。また秘密主義と閉鎖を厳しく守る国是からみてもその広報宣伝活動には限界があるとみられる。現に有力閣僚がユーザーとなったツイッターアカウントが直ぐに閉鎖されるという事態が起きている。とはいえ、北朝鮮がこうした形で国民生活を一部でも公開するのは興味深い。注目していきたい。なおウォール・ストリート・ジャーナルは12月8日付記事で、米当局者の話として中国が国連制裁に違反し北朝鮮への経済支援を強化していると報じている。記事によれば、中国はこれまでとは異なり、一部ではもはや違法取引を隠ぺいしようとすることもなくなり、堂々と実行に移しているという。こうした中国の行動は、米大統領選の空白期間を利用している可能性があるが北朝鮮がいよいよ崖っぷちに立たされていることを物語っているともいよう。


東南アジアほか

フィリピン


☆ 海外出稼ぎ労働者の現状について
 フィリピンの海外出稼ぎ労働者は、外国で働いて得た資金を本国の近親者に仕送りし、それがまたフィリピンにとって貴重な外貨獲得源となっていることで知られている。11月12日付エコノミスト誌は、彼らの現状を政治的視点も含めて次のように伝える。

 フィリピン人海外労働者は220万人に達し、彼らはその払っている犠牲のためにフィリピン全土で敬意を表されている。サウジアラビアや湾岸諸国では労働といえば、その半分近くがフィリピン人のメイドやドライバー、ホテルスタッフによるものである。中国のすべてのホテルバンドには、フィリピン人の歌手がいる。香港に15万人以上、シンガポールにも12万人のフィリピン人労働者がおり、そのほとんどが家事手伝いや乳母として働く女性である。日曜日の香港中部は、フィリピン人女性が出身地域の友人と集まり、さながら小フィリピンである。フィリピンの多言語が地図のように舗道に繰り広げられる。
 ただし海外労働者は海外に広く分散するフィリピン人在留者(ディアスポラ)の一部に過ぎない。37万8000人のフィリピン人船員がいなければ、世界の商船団は海に沈んでしまう。そしてフィリピン人の看護婦、医師そして石油や鉱山技師がプロフェッショナルな派遣人材集団を形成している。合計するとこうした海外で働くフィリピン人は毎年300億ドルを故郷に送金している。この額はフィリピンの国内総生産の10分の1に相当する。
 政治家は、こうした海外で働く自国民の政治的、経済的影響力を認識している。香港で働くフィリピン人女性の一人は、政治家たちは海外労働者がフィリピンに戻った際の仕事や子供たちのための奨学金や健康保険を約束して接近してくるが、狙いはただ票を獲得したいためだと語る。大統領候補者またはその代理人が集会のために香港を訪れるのも労働者の票が得られるだけでなく、故郷の愛する人びとが労働者らの話をよく聞くからである。

 海外在留者のソーシャルメディアは、2013年に大被害をもたらした台風ハイヤンの後始末にみられるような政府の腐敗や無能振りに注意を引くキャンペーンを展開してきた。一部の学者は、こうした在留者が帰国した際に自国の政治変革に寄与するよう期待してきた。即ち、汚職や独裁者の専制に代って、よりよき政治と国内の格差に対する責任ある対応を要求することを望んできたのである。しかし、そうしたことが起きる兆候はほとんどみられない。海外労働者はまだ変革を促す力のある中産階級に育っていないからである。その一方で、プロの専門家は永住する可能性が高い。
 あるプロの帰国者、アテネオ・デ・マニラ大学政治学大学院長ロナルド・メンドーサ氏はもう一つの要因を提起する。即ち、海外労働者は、独裁者のモデルがめったに疑問視されない専制的な場所で主として働いていることである。例えば、大半の在香港フィリピン人は最近の民主化運動に当惑し、弾圧に賛成している。本国のロドリゴ・ドゥテルテ大統領は個人的支配を体現し、自警団の正義を推進しているが海外労働者の間では絶大な人気を博している。

 以上のようにエコノミスト誌は、フィリピンの海外労働者は依然として熱心に海外で働き、稼いだ資金を本国に送金し、家族を支援しているが彼らに国内の政治を変革する役割は未だ期待できないと伝える。理由として第1に彼らが中産階層として政治的力を発揮する勢力に成長していないこと、第2に彼ら自身が専制体制の地域で働き、独裁政治への疑問をあまり抱いていないこと、第3にそうした役割が期待できるプロの専門家層は海外に永住していることを挙げている。


インド

☆ コロナ禍で大打撃を受ける経済

11月27日付ニュー ヨーク・タイムズは、新型コロナウイルスが小規模企業に大打撃を与えた結果、コロナ禍の影響防止を狙った政府支出にもかかわらず、経済が急激に縮小していると伝える。記事によれば、7月~9月の経済は前年同期比マイナス7.5%へと縮小した。インドがGDPの数字を公表し始めた1996年以降で最も厳しい景気後退がさらに深まっていることを示し、また世界の主要経済で最悪の経済実績を示すインドの現状を明らかにしたと記事は述べる。一例としてニューデリーでシルクネクタイとスカーフを製造する62歳の工場主は、仕事は先細りで破綻するほかはないと語り、販売先の小売業者からの支払いを必要としているが、小売業者は製品を処分できず5万ドルの買掛金は未払いのままとなっていると報じる。

 在ムンバイのインド経済監視センターによれば、インドでは3月の都市閉鎖(ロックダウン)によって推定1億4000万人が職を失ったが、その他の多くの人々は給料が大幅に減少したという。ロックダウンが緩和されるに伴い多くが仕事に戻ったが、失業者のうち600万人以上の人々は未だ新規雇用をみつけるに至っていない。全インド製造業者機構による6月の調査では、中小企業の約3分の1は事業が救いようのない状態にあると述べている。業界団体は、このような「ビジネスの大量破壊」は前例がないと語っている。

 インドでは、中小企業が労働力の約5分の4の雇用を占める。繊維工場、革のなめし工場、レンガ窯、鋳造所などの中小企業は「社会組織の一部であり、地方に富と雇用をもたらす」とエコノミストは述べる。政府はこうした中小企業を支援するために年間GDPの約2%に相当する500億ドルをコミットし、同時に2660億ドルの景気刺激策の一環として低所得者への現金給付を行っている。しかし平均的なインドの労働者と起業家にとって、それでは不十分だと記事は報じる。

 わずか数年前、人口13億人のインドは世界で最も急成長している大規模経済圏の一つで毎年8%以上の成長を記録していた。グローバル企業は商品を生産、販売する中国の潜在的な代替場所としてインドを考え始めていた。しかしインド経済は、コロナ禍前に逆風に直面していた。昨年4月から12月にかけてGDPはわずか4.6%の成長を示していた。オックスフォード・エコノミクスの南アジア責任者のプリヤンカ・キショア氏は「インドは間違いなく中国の立位置に踏み込み、失われたグローバリゼーションを後押しすることが期待されていたが、そうした役割を果たさなかったために後退の一途を辿っているようだ」と語る。

 こう報じた記事は、2014年にモディ政権が発足して以降の政策を取り上げ、政策の目標が主として政府歳入増とデジタル・バンキングへの移行支援にあったと述べ、成功した政策としてレッドテープの整理、失敗した政策として、地下経済の洗い出しを目的とした新高額紙幣や単一付加価値税の導入を挙げる。そのうえで後者の政策が多くの小規模企業に対して破壊的影響を与えたと批判する。さらにモディ首相は産業政策を内向きに転換させたと述べ、エレクトロニクスやeコマースなどの自国産業を保護するために貿易障壁や規制強化に動いたことを挙げ、多くのエコノミストが経済成長の抑制要因となったと指摘していると報じる。

 以上のようにニューヨーク・タイムズは、インド経済はその大半を占める小規模企業がコロナで大打撃を受けて急激に縮小していると報じる。しかもモディ政権の経済政策の故に経済はコロナ前から躓き状態にあったためにコロナ前の経済成長に戻るのが困難だと伝える。政府は2660億ドルの景気刺激策を打ち出しているが焼け石に水だと述べ、こうした状況を「ビジネスの大量破壊」と評している。

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主要紙の社説・論説から

 アジア地域において長年の懸案であった東アジア地域包括的経済連携(Regional Comprehensive Economic Partnership、以下、RCEP)が11月15日、ベトナムのハノイで15カ国の間で調印された。以下に主要メディアの論調の概略を紹介する。
 11月16日付ワシントン・ポストは、アジア諸国はトランプ米大統領が環太平洋経済連携協定(TPP)を廃棄してから、米国抜きの貿易協定について検討を重ね、ついに世界の国内総生産の3割を占める一大貿易協定に署名したと述べ、人口とGDPで欧州連合を上回る新貿易圏内に強固なサプライチェーンを確立したと評する。これはアジア各国の政府が、いかに地域貿易の拡大を目指しているかを明示していると強調、米国はRCEPへの参加申請資格を有するもすぐに申請するかが明らかでないと述べる。次期大統領に選出されたバイデン氏は選挙中に加盟問題について態度を明確にしておらず、まずは米労働者の競争力とインフラ強化を優先するとしか語っていないと報じる。

 RCEPの問題点として、加盟各国の反応が一様でないことを挙げ、日本では経団連は歓迎しているが、安保関係アナリストは地域で存在感を増す中国への影響と米国及びインドの不参加に懸念を示していると述べ、豪州では、中国が既に豪州輸出品を閉め出しており、労働組合が新協定の恩恵に疑問を呈していると報じる。またアナリストは、RCEPは知的財産権のような難しい問題を規定する画期的なルールに欠け、契約の詳細や項目の一部について適用時期が不明だと批判していると伝える。とはいえ、RCEPは北東アジアの経済大国同士及び彼らとベトナムのような急成長する東南アジア諸国とを結びつけるという国際的なトレンドを加速させると大方はみていると述べ、新協定は中韓日を含む最初の多国間貿易協定であり、それよって企業は域内他国から部品を調達する誘因を得ると指摘する。さらにピーターソン国際経済研究所によると2年前に米抜きで発効した「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」とRCEPの2つの新協定によって、2030年までに加盟国間の貿易は4280億ドル、世界のGDPは1860億ドルそれぞれ増加すると予測していると報じる。

 11月17日付米タイムは、専門家はこの取引は象徴的なものであるがアジア太平洋地域における中国の力と衰退するアメリカの影響力の両方を明示していると語り、また関係筋は日本、韓国、オーストラリアのような米国の同盟国でさえ、代替案がない中で中国との交渉に動いたと指摘していると伝える。また記事は、RCEP調印によって、トランプ大統領が多国間主義から撤退した「アメリカ・ファースト」の4年間の動きを逆転させるのがバイデン政権にとって、これまで考えられていたよりも難しくなったとみられると指摘する。「貿易協定は署名国の経済的財産をさらに緊密に中国の経済財産に結び付けており、時が経つにつれてこれらの国々を中国の経済的、政治的軌道に深く引き込むだろう」と国際通貨基金の元中国部門責任者は語っていると報じる。

 11月17日付フィナンシャル・タイムズは社説で、RCEPは地域における米国の影響力低下を裏付けていると述べ、自由貿易の恩恵に疑問が提起され、グローバリゼーションへの懸念が世界で台頭するなかで、新協定が調印されたのは象徴的出来事であり、地域の経済統合に向けた一里塚となると論じる。参加15カ国のGDPは世界のほぼ3分の1を占め、中日韓を結び付ける初めての貿易協定であると述べ、アジアは統合的貿易圏とする目標へ一歩近づいたとし、同様に重要なこととして、米国の影響力縮小を明示したと指摘する。さらに米国をTPPから引き離したトランプ米大統領は、中国が他のアジア太平洋14カ国との協定に署名するのを目撃して大統領の任期を終わろうとしている。一方、バイデン次期米大統領は中国政府の世界的影響力の増大を押し戻すために米同盟国を結集することを明らかにしたと報じる。

 ただしRCEPは、関税の引き下げに集中する比較的底の浅い(shallow)前世紀スタイルの貿易協定だと述べ、さらに複雑な問題、例えば国境を越えるデータフロー、Eコマース、農業などを回避していることに注意を払うべきであり、またRCEPの紛争解決メカニズムが大いに効果を発揮するかも不明だが、これも中国が政治的紛争で貿易相手国をいじめる(bullying)傾向があることから極めて重要な問題だと指摘する。
 それにもかかわらず、RCEPには中国にとって地域での地位を強化する重要な手段がいくつか込められており、最も重要なものは、域内で取引される商品の原産地規則を自由化し統一することだと述べる。これにより柔軟なサプライチェーンの構築が容易となり、米国が再び制裁で中国製品を標的にした場合など、いくつかの理由で中国にとって役立つ可能性があると指摘する。原産地規則が統一されると規制当局による原産地基準の設定が広範に進められるようになり、加盟国の貿易相手国がその要求に応じるにつれてRCEPを超える波及効果が出てくると思われると述べる。

 これらの動きは、貿易に関する米国のリーダーシップを取り戻し、中国を押し戻すというバイデン政権の公式目標に対する挑戦となる。この目標の達成には外交的に言えば、米国がCPTPPに参加すればよいことは明らかであるが、現在の米国の状況では政治的に不可能だろうと指摘する。さらにインドについて、モディ政権は中国の急速な産業発展に倣ってインドを今世紀における第2のアジア超大国として台頭させようと熱望しているが、新興のインド産業が安価な中国の輸出品によって押しつぶされるのを恐れて、RCEPから離れていると批判、過去の防衛的で内向きの態度に逆戻りしないように注意すべきだと警告する。

 11月17日付ウォール・ストリート・ジャーナルは、この協定が中国政府にとっては勝利とされているが協定の内容が弱いために中国は地域貿易のリーダーシップからは程遠い場所に置かれていると述べ、加盟15カ国のうち、7カ国は既に約2年前に発効したCPTPPの加盟国であり、10カ国はASEAN加盟国で、RCEPは2011年にASEANNによって立ち上げられたと指摘する。協定の内容について野心的要素は比較的少なく、取り決められた関税引き下げはCPTTPよりも少ないとし、戦略国際問題研究所(CSIS)は、RCEPは環境や労働に関するルールを含んでおらず、かつ紛争解決、競争、サービス、投資に関する部分が比較的弱いと述べ、多くの場合、既存の多国間・二国間協定網の方がRCEPで進められる予定のものよりもかなり貿易自由化の程度が高いと報じる。このため他の国々やグループは、既に結んでいる取り決めの方を優先するだろうとし、この新たな経済圏は、「ルールメーカー(規則を作る側)」としてよりも「ルールテーカー(規則を受け入れる側)」としての立場を続けることになりそうだと述べる。ただし記事は新協定の強みとして、第1に規模を挙げ、世界最大の貿易国である中国を参加させたことは重要だと述べ、第2に最大の利点は、他の全加盟国との貿易に輸出業者に必要とされる原産地証明が統一されることかもしれないと述べ、既にアジア内のサプライチェーンを利用している多国籍企業には管理が容易になり、事業の展開場所を検討している企業には魅力となると指摘する。

 11月20日付ブルームバーグ社説は、世界で最もダイナミックな地域で大規模な自由貿易協定が新たに調印されたことによって、米国の民主、共和両党は行動を起こすべきだと米国の決起を促す。RCEPが近隣諸国をさらに中国の経済軌道に乗せるとみられるなか米経済が参加していない事態に対して、大統領に選出されたバイデン氏とライバルの共和党は懸念を抱き、かつ米国の指導力を再生するという問題を想起して然るべきだと主張する。同時に、少なくとも当初この取引は経済的影響よりも象徴的なものである可能性があると述べる。理由として、比較的大胆さに欠ける関税引き下げスケジュール、不必要に複雑な同手続、他の高水準貿易協定に及ばない電子商取引とデジタル貿易に関する規定、そしてインドの交渉撤退による大幅な規模縮小を挙げる。

 さらに社説は、長期的には新協定は大きな影響を持つ可能性があると述べ、20億人以上の人々と26兆ドルのGDPを擁する地域をカバーし、インドが加盟すればさらに劇的に拡大する可能性があること、簡素化された原産地規則は、地域で事業を展開する多国籍企業の経営を容易にすること、このため競争上、多国籍企業はRCEP加盟国へ生産をシフトする圧力に直面するだろうと予想する。また協定は、始めは控えめであっても、アジア諸国は時間をかけて、その利益に合致する貿易条件を設定するためのプラットフォームを確立するだろうと述べる。そして中国について、日韓両国とのハイテク貿易の拡大と地域貿易の増加によって経済的影響力をさらに増すだろうとし、重要なのは、この協定が中国政府による国有企業への支援やその他の中国経済モデルを制限していないことだと指摘する。

 他方、この間の米国の動きについて、世界で最もダイナミックな地域における最大の貿易協定から事実上絶縁して、米企業や労働者を不利な立場に置き、中国に対する影響力を後退させ、米国のアジアへのコミットメントに対する根強い疑念を煽ったと批判する。そのうえで、米民主党内左派の強い反対やCPTPP現加盟国も米国のために重要な新たな譲歩をすることに消極的とみられることなどを挙げ、米国の同協定への早急な復帰について悲観的見方を示す。ただし社説は乗り越えられない障害ではないと主張し、巨大な米国市場が加われば、一部の加盟国にとって収益性が劇的に高まる可能性があり、米新政権の要求が合理的である限り、加盟国は喜んで交渉に応じるかもしれないと論じる。また加盟国との交渉に当たって、デジタル貿易などの特定のセクターに焦点を当て、的を絞った合意を求め、双方の信頼を再構築することを提案する。国内での反対を和らげる方法としては、バイデン氏は協定における労働と環境保護を改善する交渉を進めると共に、生産の海外移転によって発生した失業者向け支援プログラムへの投資増大という公約を果たすことを挙げる。

 最後に社説は、中国の不公正な貿易慣行を抑えたいのであれば、協定に加わることが最も効果的な武器の一つになると説き、アジアの指導者がRCEPに調印したのは、協調と妥協の恩恵をよく理解しているからであり、米国がアジアにおける影響力の底上げを望むのであれば、民主、共和の両党はアジアの導きに従うべきだと論じる。

結び:東南アジア10カ国と東アジア3カ国及びオーストラリア、ニュージーランドの15カ国が調印したRCEPは、世界のGDPの3分の1を占める、文字通り世界最大の貿易協定となる。中核に急成長する経済圏を擁して、今後世界をリードする貿易協定となると期待されている。そこで際立つのは米国の不在とそれと対照的に協定の中心に位置する中国の存在感である。メディアの論調もこの点に集中し、RCEPはアジア太平洋地域における中国の力と衰退するアメリカの影響力を明示したと指摘する。

 日本については、経団連は歓迎しているが安保関係アナリストは地域で存在感を増す中国への影響と米国及びインドの不参加に懸念を示しているとコメントする程度で記述は乏しい。しかしCPTPPを含めて日本の果たした役割の重要性については、メディアも評価しているのは間違いない。そのことは本誌前月号で紹介したように主要メディアがCPTPPの調印に際して果たした安倍前首相の役割をその主要な功績の一つとして挙げていることからも明らかである。日本には、そうした過去の実績も踏まえRCEPを堅実に運営、育成することが求められるのは言うまでもない。
 日本に期待される役割の第1は、米国のCPTPPへの誘致であろう。CPTPPには、最近中国の習近平国家主席が参加に前向きな発言をして注目されている。RCEPも含めて中国に支配権を握られないためにも米国のCPTPP加盟は欠かせない。ただし、これには米国内に参加に消極もしくは批判的な意見が強いとい問題がある。特に与党となる民主党内左派が強く反対しているとされる。他方、CPTPP加盟国側も米国が加盟のために協定内容について厳しい修正条件を突き付けてくることに警戒心を示している。しかしメディアが指摘するようにこれらは乗り越えられない障害ではない。メディアが示唆し、提案するような方策を駆使して、日本が主導して米国の加盟を実現させることが期待される。同時に地域の一方の大国として、中国への有力な対抗勢力となるインドの誘致も日本が果たすべき重要な役割の一つである。

 中国はRCEP内では中心と程遠いところに位置しているとのウォール・ストリート・ジャーナルのような見方もあるが、経済力と最近とみに強まる強権的姿勢を考えるとその戦略は大いに警戒する必要があろう。一つの問題は、日本のメディアはほとんど関心を示していないが、幾つかの海外メディアが指摘するように原産地規則の自由化や統一という動きが中国を大いに利する可能性があることに注意すべきだろう。原産地基準は複雑な手順や手法を経て決定される。その規則の弾力化によって、例えば、中国は自国製品への経済制裁を原産地基準の柔軟な運用で巧みに回避する道が開かれる。ただしRCEPは、「規則を作る側」よりも「規則を受け入れる側」として位置づけられている。つまり内容の水準が低いRCEPは、CPTPPのルールで取り込める余地があるということである。しかもRCEPは、中国政府による国有企業の支援やその他の中国経済モデルを制限していないと指摘されており、こうした中国政府を抑制できるのは日本を筆頭とするCPTPP加盟国なのである。
 とはいえRCEPを通じて加盟各国は、中国の経済的、政治的軌道に深く引き込まれていく可能性がある。RCEPによる対中貿易の拡大は、経済的恩恵と共に政治的あるいは安保上のリスクを増大させる。RCEPが包含する大きなジレンマである。日本は自身のためにも、その均衡を塩梅しながら利活用を進める必要がある。

            § § § § § § § § § § 

(主要トピックス)

2020年
11月16日 アジア太平洋経済協力会議(APEC)、オンラインで閣僚会議を開催。
     「経済回復へ機動的に行動」と共同声明で表明。
  17日 菅義偉首相、来日したオーストラリアのモリソン首相と会談。
     自衛隊と豪軍の防衛協力拡大のために共同訓練を推進する
      「円滑化協定」で大枠合意。
  18日 タイ国会、王室改革を含む改憲案を否決。反体制派、反発。
     インドネシアとフィリピンの中央銀行、政策金利を0.25%引き下げ。
  20日 アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議をオンラインで開催。
     「コロナ克服へあらゆる手段」を用いるとの首脳宣言を採択。
      中国の習近平国家主席、APEC首脳会議で環太平洋経済連携協定(TPP11)
      への参加を「積極的に考える」と表明。
              米国と台湾、第1回経済対話を開催(米ワシントン)。医療、半導体、
                   高速通信規格「5G」などのハイテク分野で協力深化の方針を確認。
  22日 米インド太平洋軍のマイケル・スチュードマン情報司令官、
                   台湾を訪問。
  24日 中国の王毅国務委員兼外相、来日。菅首相とも会談。中国公船による
                   沖縄県・尖閣諸島周辺の領海侵入や香港情勢に懸念を伝達。
         韓国の秋美愛(チュ・ミエ)法相、尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長の
                    職務停止と懲戒を請求すると表明。
     25日 香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官、立法会(議会)で施政報告
                   (施政方針演説に相当)。公務員に香港政府への忠誠を義務付ける
                   手続きの明確化を宣言。
  26日  訪韓した中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相、ソウルで文在寅
                   大統領、康京和(カン・ギョンファ)外相と会談。新型コロナウイルスの
                   状況が落ち着き次第、習近平国家主席の訪韓を調整する方針で一致。
  30日 日中両政府、短期出張や長期駐在員などを対象に両国の往来を再開。
12月  1日 中国、輸出管理法を施行。安全保障などを理由に戦略物資などの輸出
                   管理を強化。米国を念頭に海外の対中輸出規制への対抗措置。
     2日 米下院、米国上場中国企業の会計監査厳格化法案を全会一致で可決。
     6日 インド首都で農業改革の新法をめぐり農民数千人が1週間以上に
                    わたり大規模デモ。農産物取引自由化で収益減を懸念。
     8日 トランプ米政府、台湾に軍事用野外通信システムを
                    総額2億8000万ドルで売却を決定。
     9日 ASEAN国防相会議(オンライン)、開幕。南シナ海問題など討議。
   10日 韓国の文在寅大統領、2050年までに二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロ
                   にする炭素中立(カーボンニュートラル)の達成を宣言。
      韓国の国会本会議で検察改革の柱である「高位公職者犯罪捜査処」を
                   設置する改正法が成立。
  11日 香港当局、民主化を支持する香港紙「蘋果日報(アップル・デイリー)」
                  の発行人ジミー・ライ(黎智英)氏を外国共謀罪で起訴。
  14日 岸信夫防衛相、中国の魏鳳和国務委員兼国防相とテレビ会議方式で
                  協議。尖閣諸島周辺での中国公船の動きに自制を促す。
  15日 韓国法務省の懲戒委員会、尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長を停職2カ月
                  の懲戒処分にすると決定。

主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名) THE WALL STREET JOURNAL (ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES (フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES (ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST (ワシントン・ポスト)、GUARDIAN (ガーディアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK (ブルームバーグ・ビジネスウィーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、 REUTER (ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。


 
前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』も配信中。
 

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