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東アジア・ニュースレター ― 海外メディアからみた東アジアと日本 ― 第102回

2019/06/22

連載 東アジア・ニュースレター  
― 海外メディアからみた東アジアと日本 ―


第102回

前田 高昭 : 金融 翻訳 ジャーナリスト      
バベル翻訳大学院プロフェッサー
 

 
 
中国が保有する米国債の売却に動き出した。ただしメディアの一部は、中国が保有する米国債を対米交渉上の武器もしくはカードとして使うのは困難だと論じる。理由として、金融の世界で圧倒的地位を誇る米国債の特異性、米国債イールドに与える影響が軽微、米国債売りに伴う元高の問題、米国債に匹敵する債券市場が世界に存在しないこと、などを挙げ、さらに中国自身が覇権国、米国に挑戦するために必要となる開放性、透明性、法の支配などの条件を満たしていないと指摘する。

 
 台湾ドル
3年ぶりとなる急激な下落に見舞われている。米中関係の緊張により外国投資家が台湾株式の売却に動くなど台湾から資金を引き揚げていることが背景にある。台湾の輸出の40%が中国と香港向けであり、アジアで最も米中貿易戦争の被害を受け易いグループに入り、台湾ドルも大きく下落、その流れは当面、変わらず、対米ドルで31.6から31.8台湾ドルが攻防ラインとみられる。

 韓国経済が最近、不振に陥っている。
1四半期の経済成長率は前四半期比0.4%減と世界的金融危機後で最悪の落ち込みを記録した。理由として、輸出依存の経済が米中貿易戦争などのために厳しい環境におかれていること、財閥依存体質の改革と所得格差の是正小規模企業の救済を主眼とする文政権の経済政策が挙げられているが、政府は、経済構造の改革路線を変更する意図はないと明言し、追加的景気刺激策の検討を約している。 

 北朝鮮干ばつを理由に国連や韓国に対して人道支援を求めている。韓国政府は早速、支援に動き始めているが、一部メディアは、北朝鮮の意図について疑問を提起し、北朝鮮は制裁解除を実現するため、制裁が人々を苦しめていることを示そうと躍起になっていると批判する。また北朝鮮による食料輸入制裁の対象外となっており、こうした抜け道を北朝鮮は巧妙に利用しようとしているともみられる。

 東南アジア関係では、タイで新政権が発足した。
5年ぶりの民政移行となるが、引き続き親軍派が政権中枢を担い、軍の政治への影響力が維持された。新政権は選挙の洗礼を浴びて誕生したとはいえ、選挙自体に操作疑惑が指摘されており、メディアは、新政権は民主主義と軍政とのハイブリットだと評する。また連立政権であり、軍政時代と異なり、政局は一段と不安定を増すとみられている。

 インド準備銀行(中央銀行)は政策金利
0.25%引き下げて5.75%とした。利下げは今年に入り3度目で、政策金利は2010年以来の低水準となった。背景に、経済の低迷がある。昨年の経済成長率は7%を切り、今年第1四半期の成長率も6%台を下回った。失業率も6%超と危機的水準に上昇している。こうした経済の不振は、米中関係の緊張の高まりが一因と指摘されているが、再選されたモディ政権にとって経済への取り組みが喫緊の課題となった。

 主要紙社説・論説欄では
4月に投票が開始され、5月に開票が終わったインドの総選挙結果に関する論調を観察した。インド太平洋地域への関心が高まるなか、主要メデイアが一斉に社説で選挙結果について論評している。

                    § § § § § § § § § § 
 
北東アジア


中 国

☆ 米国債の売却に動く政府
 中国が今年
3月に過去2年間で最も速いペースで米国債を売却したと516日付フィナンシャル・タイムズが伝える。記事は、米財務省が発表したデータによると、3月の売却額は205億ドルに達し、米国債の最大の保有者である中国が米中貿易紛争の武器として利用しようとしているのではないかとの懸念を煽っていると報じる。記事によれば、アナリストは、財務省データは米中貿易協議が決裂する前から、トランプ米政権が対中輸入品に対する関税を引き上げた時期までに相応すると指摘している。中国の米国債売却は昨年9月に始まり、2月を除き毎月続いている。米国は、こうした売却の加速によって中国は市場を混乱させ、米金利に上昇圧力をかけ、米政府の借り入れコストを実質的に引き上げようとしているのではないかと危惧している。

 しかし記事は、何人かの投資家やアナリストは、中国がこうした過激な行動に打って出る恐れはないと主張していると伝え、理由として、中国は
11200万ドルの米国債を保有しており、金利が上昇すれば、同国ポートフォリオに損失が発生することを挙げる。また人民元を買い支えする場合には中国は米国債、つまり米ドルを売るのが一般的なのだと述べ、さらに今回の売却によっても10年物米国債の金利は31bp程度下落し、2.41%へ低下するにとどまり、金利の方向性を変えるには至らなかったのが実情だと指摘する。

 
530日付エコノミスト誌も「China cannot easily weaponise its holdings of American government debt(米国債を武器として簡単に使えない中国)」と題する記事で、トランプ米大統領が中国に貿易戦争を仕掛けることに慎重である理由は、中国の習近平国家主席が中国人民銀行(中銀)に対して、米国債を投げ売りして、米国を財政的な混乱状態に陥らせよ、と指示を出すことを恐れているためだと冒頭で述べ、中国が保有する米国債は中国指導部にとってひとつのカードになっているようだと指摘する。

 記事は、
529日付の共産党機関紙、人民日報が社説で、中国はスマホや電気自動車などの使われる希土類(レアアース)の対米輸出を制限できると示唆したと述べ、こうした新たな脅威を目の当たりにすると、3月の中国による200億ドルの米国債売却も一種の警告と受け止めたくなるかもしれないが、中国に積み上がった米国債はレーザー誘導ミサイルよりも散弾銃のようなもので、標的に当たらなかったり、暴発したりする可能性が高いとし、中国の外貨準備は急速に積み上がってきたが、経済上の武器としての価値は疑わしいと指摘する。

 記事は、それでも中国による米国債売却が米政府を追い詰める可能性について次のように論じる。巨大な量の米国債は継続的にロールオーバーしていく必要があり、しかも途轍もない財政赤字によって年間約
1兆ドルのペースで積み上がっていく。今のところ投資家は、そうした米国債を買い続けているが、中国による米国債売却は、市場が容易に消化できる以上の国債をせっせと供給することになる。そうなると、米国債をたっぷり抱え込んだ投資家を市場に呼び戻すために、米政府は金利を引き上げる必要が出てくるだろう。借り入れコストが大きく上昇すれば、米政府は成長をご破算にする緊縮財政か財政危機の、いずれかの選択に迫られるだろう。

 こう論じた記事は、ただし米国債は通常の債券とは異なると指摘する。それは米国が主たる世界の準備通貨と最も安全な資産を発行し、金融の世界の覇者であることから来る特質だと述べる。経済が不確実な時には、それが米国に起因するとしても、米国債に対しては常に健全な需要が起きると指摘、中国の米国債売却がグローバル市場を騒がした場合にも、安全への逃避が、米国債が新たに供給されても、それを吸い上げて余りあるかもしれないと述べ、さらに次のように論じる。

 市場が平静を保っているとしても、中国の米国債売却は厄介な出来事程度のことは引き起こすかもしれない。米連邦準備理事会(
FRB)の2015年の調査によれば、1.5兆ドルの債券購入によるイールド低下は40から50bpと予想されていた。中国による米国債売却は迷惑行為だとしても、大打撃になるとは到底いえないだろう。FRBはイールド上昇が米経済への脅威となれば介入するとみられるから尚更である。またFRBは現在、月間150億ドルの債券購入プログラムという金融危機後の量的緩和措置を停止しており、中国が売却を開始すれば、購入を再開するだけのことですむだろう。

 また債券イールドは問題のひとつに過ぎない。米国債を売却して得たドルを人民元に交換すると元高につながり、輸出業者を苦しめることになる。このため中国は米国債を他の外貨資産と交換することもできる。しかし、米国債市場の規模と安全性に匹敵する外貨市場は存在しないのだ。独、仏、伊そして日本も大きな市場を提供するだろうが、リスクも大きい。また彼らの通貨を上昇させ、輸出業者を苦しめ、既に苦しんでいるデフレを悪化させるだろう。悪くすると報復的な関税の引き上げという中国にとって最悪の結果を招くかもしれない。

 それでも中国は米関税を相殺するために人民元を切り下げるかもしれない。投資家は、元安を嗅ぎ取りすでに元売りに動いている。中国による最近の米国債売りは、それによって得たドルを売って弱気の投資家から元を買い取り、急激な元安を防止し、米国や他の貿易相手を刺激せずに元切り下げを秩序立って行うことが目的かもしれない。また中国は、米国に代替する信頼できる覇権国となり、米国にひと泡吹かせたいと思っているかもしれない。しかし米国に挑戦するには、開かれた市場や透明な金融機関、法の支配が必要であり、これら全てが専制体制の下では困難だ。

 こう論じた社説は最後に、米国についても、全く愚かな行いをしていると断じ、保護主義の嫌がらせは世界経済の取りまとめ役としての魅力を失わせ、特権的立場を悪用する行為は、比類なき米国債に対する信頼を損なっていると批判する。

 以上のようにエコノミスト誌は、中国が保有する米国債を対米交渉上の武器もしくはカードとして使うのは困難だと結論する。その理由として、金融の世界で圧倒的地位を誇る米国債の特異性、米国債イールドに与える影響も軽微、米国債売りに伴う元高の問題、米国債に匹敵する債券市場が世界に存在しないこと、などを挙げ、さらに中国自身が覇権国、米国に挑戦するために必要となる開放性、透明性、法の支配などの条件を満たしていないと指摘する。記事が最後に米政府の最近の行動を厳しく批判していることにも注目したい。



台 湾

☆ 急落する台湾ドル
 台湾ドルが
3年ぶりとなる急激な下落に見舞われている。米中関係の緊張により外国投資家が台湾株式の売却に動くなど台湾から資金を引き揚げていることが背景にあると531日付ブルームバーグが報じる。記事は、為替ストラテジストは、米中貿易摩擦によって台湾のハイテク大企業の先行きに暗雲が立ちこめ、外国投資家はさらに台湾から資金を引き揚げるだろうと予想していると述べ、配当の支払時期と人民元安という状況が重なり、台湾ドルはさらなる売り圧力に直面するだろうと伝える。

 記事によれば、グローバルな株式投資家は今月、台湾株式市場から約
39億ドルの資金を引き揚げた。これはアジア株式市場からの逃避額として最大であった。こうした資金流出と株式市場の下落によって台湾ドルは5月に2.3%安となった。ベンチマークの台湾加権指数も4.3%10月以来の下落幅を記録した。みずほ銀行の為替ストラテジストは、米中貿易摩擦がテクノロジー分野に広がり懸念が深まるなか、台湾ドルも未だトラブルから抜け出せないかもしれないと述べ、グローバル投資家はテク株へのエクスポ―ジャ―を手仕舞っており、これが台湾株式に圧力となり台湾ドルに打撃を与えている、と語る。

 さらに記事は台湾経済について、輸出の
40%が中国と香港向けであり、アジアで最も米中貿易摩擦の被害を受け易いグループに入るとし、米中摩擦の高まりによる人民元安もまた台湾ドルに打撃を与えていると指摘、米政府が今月、対中輸入額2000ドルに対する関税を引き上げ、さらに3250億ドルにつても関税引き上げの脅しをかけていることに触れ、米国が対中輸入関税を増やせば、台湾は多大な被害をこうむる、とのJPモーガン・アセット・マネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジストのコメントを伝える。因みに、台湾の第1四半期の経済成長率は年率3.02%に落ち込んでいる。

 また記事は金融市場の動きについて、外国投資家が資金を引き揚げているために台湾ドルの流動性がタイトとなり、翌日物金利が
3年ぶりの高水準に上昇したと報じる。記事によれば、上場企業として最大の台湾積体電路製造(台湾セミコンダクター。TSMC)による年間配当金が第3四半期に予定されており、これが台湾ドルへの圧力となっている。配当金支払い後、同社株の78%を保有する外国投資家が保有株を売却する傾向があるため台湾ドルは弱含むのが通常である。

 台湾ドルがさらに下落するかどうかは、
6月下旬にトランプ米大統領と習近平中国国家主席の会談が予想されている20か国・地域(G20)サミットの成否にかかっているとメイバンク(マラヤン・バンキング)の為替ストラテジストは述べ、第2と第3四半期末に台湾ドルは対米ドルで31.8台湾ドルに下落すると見込んでいると記事は伝える。またMUFG銀行グローバルマーケット調査部門の東アジア地域責任者は台湾ドルが来月末、対米ドルで31.75台湾ドルに落ち込む可能性があるとみている。因みに台湾ドルは対米ドルで5月末、31.612台湾ドルで引けている。これは171月以来の安値だった。

 以上のようにテク産業を中心に中国(含む香港)と経済関係が緊密に結びついている台湾が、米中貿易摩擦の影響を真ともに受けており、このため通貨、台湾ドルも大きく下落し、その流れが当面、変わらないとみられている。当面、対米ドルで
31.6から31.8台湾ドルが攻防ラインとみられる。またG20サミットでの米中首脳会談の行方も注視する必要がある。



韓 国

☆ 構造改革路線を変えない文政権
 韓国では経済成長への懸念が高まっているが、文在寅政権の経済アドバイザーは、財閥依存の経済を抜本的に変革するという経済の構造改革を後退させる計画はないと述べていると
66日付フィナンシャル・タイムズが報じる。記事によれば、エコノミストらは、米中貿易戦争によってエレクトロニクス製品の輸出減少に拍車がかかり、アジア第4位の韓国経済は今年、2012年来の低成長へ減速すると予想しており、これが文大統領に対して経済を支える財閥企業への支援強化を求める圧力となっている。

 しかし尹ジョン源(ユン・ジョンウォン)大統領経済首席秘書官は、
19年の経済成長率が予想を下回るかもしれないと認めたものの、輸出企業や財政支出の大幅増を求める経済政策の変更は拒否すると述べ、現在のビジネスサイクルのレベルでは、政府は予定された支出を増やす必要ないと考えていると語っている。

 文政権は
2017年に政権を握ると、経済の進路を所得格差是正と財閥依存からの脱却へと大きく舵を切った。税率と最低賃金を引き上げ、労働時間に上限を設け、それによる消費と雇用の増大に希望を託した。また非財閥部門を成長させると公約し、小規模企業と新規起業向けの補助金と優遇税制を拡大した。尹首席秘書官は、これが我々の成長戦略で、それは大財閥企業の拡大に基づくものではない、と語った。

 他方、今週発表されたデータによると、第
1四半期の経済成長率は前四半期比0.4%減となった。これは世界的金融危機後で最悪の落ち込みとなる。その一因は、韓国の輸出の5分の1を占める半導体のグローバルな需要減少と中国経済の減速にあった。しかし公式データによると、投資が4四半期連続で低下したことから、アナリストは文政権の経済政策も企業の景況感と投資に影響を与えた恐れがあると懸念を表明している。韓国CLSAの調査部門責任者は、企業の景況感悪化は顕著だと述べ、政府が企業を萎縮させるような政策を次々と打ち出したため、企業は投資削減で対応したのだ、と指摘する。

 これに対し尹秘書官は、政府は追加的財政刺激策を発表すると共に、地方政府に対して支出増と規制緩和の加速を求めて圧力をかけている、と述べ、グローバルな需要減の規模が政府予想を上回り、経済成長への影響も大きくなれば、政府はさらなる拡大政策を検討する、と語っている。

 ただしアナリストは、政府による強力な対策が急務だと述べる。韓国ナティクシス(仏金融グループ
BPCE傘下の投資銀行グループ)の上席エコノミストは、産業競争力の的を絞った強化を図っている中国など近隣諸国と比較して、韓国が心配だと懸念を表明、韓国経済はきわめて厳しい年を迎えており、競争力の向上と構造的弱点に対処するために、現在よりもはるかに積極的な産業政策と財政改革が必要になっていると強調する。

 以上のように記事は、韓国経済の最近における不振の理由として、輸出依存の経済が米中貿易戦争などのために厳しい環境におかれていること、財閥依存体質の改革と所得格差の是正や小規模企業の救済を主眼とする文政権の経済政策を挙げる。しかし政府はそうした経済構造改革路線を変更する意図はない、と伝える。韓国経済の財閥依存体質は久しい以前から問題視されており、その限りでは現政権の方針は理解できる。政府は追加的景気刺激策を検討しているようであり、その施策と効果のほどを暫く見守る必要があろう。



北 朝 鮮

☆ 北朝鮮の人道支援に動く韓国
 韓国政府は
520日、北朝鮮に対する800万ドル相当額の人道支援計画の実施に向けて迅速に動くと宣言すると共に、この数十年間で最悪となる干ばつに苦しんでいるとする北朝鮮に食料品を送ることも検討している、と同日付米タイムが伝える。記事によれば、韓国統一省の李報道官は、韓国政府はこの計画について世界食糧計画および国連児童基金と話し合うと語っている。食料支援は北朝鮮の児童や妊婦に迅速に届けられるよう両機関を通じて実行される予定とされている。韓国はまた食糧支援を実施するための公的、政治的な支援体制を構築し、これを直接あるいは国際機関を通じて行おうとしている。

 北朝鮮の国営メディアは先週、食糧不足に追い打ちをかけるように、この
1世紀以上で最悪となる干ばつに見舞われたと報じた。これを受けて韓国政府の李報道官は、韓国は先ず、支援の前提条件について国際機関と話し合い、支援が早急に北朝鮮に届くよう措置を講じると述べ、韓国が直接支援する問題については国民の意見を十分に聞き取って検討すると語った。

 さらに記事によると、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、こうした支援が対北朝鮮外交と関与政策の復活に寄与することを希望すると表明した。南北関係は、
2月の米朝サミットが物別れに終わった後、冷え込んでいたからである。しかし文政権は支援計画については未だ具体的な決定には至っていない。北朝鮮が最近、明らかに米政府と韓国政府に圧力をかけることを狙って短距離弾道ミサイルの発射実験を再開したからである。韓国が国際機関を通じて北朝鮮人道支援を行ったのは、最近では2015年に北朝鮮の公衆衛生状態を査定するために80万ドルを国連人口基金プロジェクトに提供したことである。また直接的な食糧支援は2010年が最後となっている。

 北朝鮮の朝鮮中央通信は先週、今年
1月から5月初めにかけての平均降雨量が5.4センチと1982年以来の最低水準だったと報じた。その2日後、今度は国営の労働新聞が今年1月から515日までの降雨量が5.63センチと1917年以来の最少量だったと伝えた。他方、国連食糧機関は5月初め、北朝鮮の収穫が過去10年間で最悪の水準となり、約1000万人の人々が「深刻な食糧不足」に見舞われていると述べている。北朝鮮の国営メディアは現在、農民に対し最大の収穫を得るために最善を尽くすよう呼びかけている。

 上記のように韓国政府は北朝鮮向け人道支援に動いているが、
517日付ウォール・ストリート・ジャーナルは北朝鮮の食料支援の要求に疑問の声が上がっていると報じ、一部の専門家らは、悪天候と経済制裁が北朝鮮で本当に新たな食料危機を生み出しているのか、それとも停滞している非核化交渉で米国に圧力を掛けるために、北朝鮮政府が以前からの問題により大きな関心を向けさせようとしているのか、疑問が残ると指摘していると伝える。

 記事はまた、北朝鮮による食料援助の要請は毎年の慣例と言え、今年
2月にも国連への書簡で同様の要請を行ったが、米国の北朝鮮人権問題担当特使を務めたロバート・キング氏は、今年の要請は、これまでとは違った性格を持つと指摘、制裁措置が食料危機の原因になっていると北朝鮮が強調していると報じる。キング氏は、北朝鮮は制裁解除を実現するため、制裁が人々を苦しめていることを示そうと躍起になっていると述べていると伝える。さらに記事は、南北交流プログラムを進める民族和解協力汎国民協議会(民和協)によれば、北朝鮮政府は今週、韓国の援助団体との会合を527日に瀋陽で開くことを提案、食料援助の要請をさらに本格化させていると報じる。

 また最近の北朝鮮の実情について国連報告書は、
2018年の北朝鮮の食料生産量は熱波、洪水や台風による影響を受け、この10年で最も急激な落ち込みを記録し、前年比9%減となったが、昨年の収穫不足によって食料供給が劇的に落ち込むかどうかは数カ月を経なければ分からないとしていると報じる。ただし、エコノミストや最近北朝鮮を訪問した人々によると、北朝鮮の国内経済は、制裁が強化されているにもかかわらず、驚異的な粘りをみせており、違法取引やその他の闇市場での取引によって、人々が食卓に食料を並べるのに十分な商取引が行われているという。

 また専門家によれば、北朝鮮の食料輸入は、
179月の制裁強化の対象外であり、おおむね横ばいに推移しているという。大豆とトウモロコシの生産量は近年より少ないものの、12年ないし13と同程度とみられている。米ホワイトハウスは先週、韓国が北朝鮮に対し何百万ドルもの食料支援を計画していることについて介入しないと述べた。韓国統一省は14日、国連世界食糧計画(WFP)が9月までに食料援助を行うよう要請してきたことを明らかにした。

 以上のように北朝鮮は、干ばつを理由に国連や韓国に対して人道支援を求めている。これに対してメディアは、北朝鮮の意図について疑問を提起している。確かに、専門家が指摘するように「北朝鮮は制裁解除を実現するため、制裁が人々を苦しめていることを示そうと躍起になっている」可能性は十分にあると言えよう。また記事が報じるように
20179月の北朝鮮に対する制裁強化は同国の核・ミサイル開発の資金源を絶つことに主眼があり、食料輸入は対象外となっている。こうした抜け穴を北朝鮮は巧妙に利用しようとしているとも言えよう。



東南アジアほか


タイ

☆ 親軍派政権が成立
 タイでは
324日に民政移管を目的とした選挙が実施されたが、それから2ヶ月余りを経てようやく議会は新首相を選出した。65日付ニューヨーク・タイムズは、新首相には5年前に権力を掌握した軍事政権の指導者で暫定首相を務めていたプラユット・チャンオーチャー元陸軍司令官(65)が選出されたと報じ、プラユット氏は上院(定数250)と下院(同500)を合わせた投票で500票の賛成票を獲得したと伝える。記事はさらに、上院の定数250は全て軍が任命しているため、定数500の下院で半分の250議席を何とか獲得して勝利したことになり、このため今後数ヶ月間、民主陣営からかなりの反対を受ける可能性があると見られると述べる。

 記事によれば、反軍勢力が統一候補として擁立した新未来党党首のタナトーン氏(
40)は244票を獲得していた。タナトーン氏は先月、上院議員に選出されていたが憲法裁判所によって議員資格を停止されていた。同氏は議会での演説は許されなかったが、議会外で、私は真実の首相、変革の首相、そしてタイを前進させる首相を務める用意ができていると語った。

 他方、親軍政党の与党、国民国家の力党(
116議席)は総選挙で第2党にとどまったため、第4党の民主党(53議席)と第5党のタイ誇り党(51議席)との連立で合意、さらに中小政党16党の支持を取り付けた。新政権を安定させるには下院だけで過半数の勢力確保が必要なためである。

 記事は、このため新政権は連合相手の政党からの閣僚起用に合意せざるを得なくなり、かつ多数の選挙された野党議員らが占める下院に対して初めて責任を負わされることになったと述べ、また、これは単独で権力を握っていた過去5年間余の軍事政権時代とは異なり、今回の選挙を経て、軍事政権は初めて他陣営と権力を共有しなければならなくなった、とのタイ・プラチャーティポック王立学院(
KPI)のプラウイッチ研究員のコメントを伝える。

 さらに記事は、こうした新政権を軍事政権でも民主主義レジームでもない、ハイブリッド政権だと評し、その正統性について野党が早速、問題を提起していると報じる。例えば新未来党党首のタナトーン氏は、軍が任命した選挙管理委員会が選挙結果を操作し、下院のコントロールを民主勢力から親軍勢力に移すために下院議席の配分を変更したと非難していると伝える。

 記事は最後に、新しい時代においてプラユット氏は弱体な連立政権の指導者になりそうだと述べ、多数の政党がそれぞれの利害を主張し、議会は行き詰まり状態に陥るとみられ、一例としてプラウイッチ研究員は、議会の早期解散と新選挙の可能性を指摘していると伝える。

 
65日付ウォール・ストリート・ジャーナルも冒頭で、操作されたと批判されていた選挙から2ヶ月を経て議会は、新首相に将軍を選出したと報じる。ただし新首相の政党は、過半数の議席獲得に失敗したと述べ、プラユット元将軍は十数の中小政党の支援に頼らざるを得なかったと伝える。

 記事は
324日の選挙は民主主義の復活ではあるが、よく言っても、ぎこちない復活だったと評する。プラユット氏は、大金持ちでポピュリスト政治家、タクシン・シナワトラ氏を追放した軍事クーデターから5年後に選挙運動を開始したが、集票のために全国を回り、村民らとダンスをしたり、貧困層に現金を配ったりするとともに、同性婚やマリファナの合法化に道を拓く政策を導入、タクシン流の大衆迎合的な政策を模倣したと報じる。

 また選挙の実態について、不正確な集計と強制の噂があり、軍の上官が好む候補者に部下が投票したかどうかをチェックしているとみられるビデオが広く出回っていると報じ、政治アナリストは、プラユット氏が首相に選出されたことで、タクシン氏を追放した
2006年以来、タイを見舞った分裂の修復にほとんど貢献していないと語っていると伝える。

 経済もこの間、ベトナムのような競争相手の出現、米中貿易関係の緊張の高まりとそれによる輸出の減少、そして労働人口の縮小による長期的な競争力の低下などから苦難を強いられていると述べる。

 そのうえで記事は、プラユット氏の課題は、こうした経済の再活性化と、より開かれた民主主義制度において新政権が直面する、その権威に対する挑戦に如何に対処するか、だと指摘、そうした挑戦者として、タイ自動車部品製造大手の創業者一族出身で、若く精力的な新未来党党首のタナトーン氏の名を挙げる。

 政治アナリストは、タナトーン氏がこれから数年間、プラユット氏の最大のライバルになるかもしれないと語っていると述べ、このため軍側は同氏に対して幾つかの法的措置を仕掛け、これには煽動罪やメディア企業株式の不法所有などが含まれており、同氏は全て無罪を主張しているが、有罪となれば、罰金刑から政治活動の禁止と数年間の禁固刑を課される可能性があると報じる。

 以上、新内閣が発足すれば
5年ぶりに民政に移行するが、引き続き親軍勢力が政権中枢を担い、軍の政治への影響力が維持されることになった。新政権は選挙の洗礼を浴びて誕生したとはいえ、選挙自体に操作疑惑が指摘されており、メディアは、新政権は民主主義と軍政とのハイブリットだと評している。また連立政権であり、軍政時代と異なり、政局は一段と不安定を増すとみられる。



インド

☆ 準備銀行、今年3回目の利下げを実施

 インド準備銀行(中央銀行)は
66日、政策金利を0.25%引き下げて5.75%とした。利下げは今年に入り3度目で、政策金利は2010年以来の低水準となった。記事は背景として、先週発表された政府データによると、3月末に終わる財政年度の経済成長率が前年度の7.2%から6.8%へ低下したことを挙げ、さらに準備銀行は6日、景気の先行きを占う自動車販売などの指標に勢いがないことから、現在の4月から来年3月までの財政年度の成長率見通しを当初の7.2%から7.0%へ引き下げたと報じる。また財界筋は、若年層の雇用確保には二桁台の成長率が必要だと主張していると伝える。

 記事によれば、準備銀行のシャクティカンタ・ダス総裁は昨年末、成長の勢いが大きく弱まったと述べ、政策委員会は確固としてタイミングよく行動する必要があると語っていた。また準備銀行は金融政策の姿勢を中立から緩和に転換していた。これについてダス総裁は、近い将来の利上げの可能性を否定し、成長見通しが弱い場合には、将来の金融緩和の可能性を示したのだと語った。

 準備銀行は、米中間の緊張の高まりを背景としたグローバルな景気低迷と国内の成長減速に対する懸念を強調した。しかしアナリストは、準備銀行の最近の動きは、経済に必要な刺激策を提供していないと警告する。具体的には、銀行制度の問題によって貸し手が利下げの恩恵を借り手に分配できていないと指摘する。インドには 郵便局を通じる国家少額貯蓄基金(
National Small Savings Fund)という国の貯蓄スキームが存在し、高利の貯蓄預金を提供する郵便局に対抗して銀行も高利で預金を吸収せざる得なくなっている。このため高コストの資金を抱える銀行は、利下げ効果を借り手にパススルーできないという事情があり、さらには、このように金利を高止まりさせる要因として慢性的な財政赤字があると記事は最後に指摘する。

 
66日付ウォール・ストリート・ジャーナルも、昨年の経済成長率は6.8%5年間で最低の水準に落ち込み、今年に入っても第1四半期の経済成長率は、個人消費と企業支出が減少するなか、年率5.8%に減速したと報じ、先月の総選挙で圧勝して再選されたモディ首相にとって次の5年間は、この減速する経済のてこ入れに取り組むことになると指摘、そうしたなか、インド準備銀行が政策金利を引き下げたと伝える。

 記事はさらに失業率について、政府は先月、昨年
6月までの1年間で6.1%だったと発表したが、モディ政権の批判勢力は、公式失業率はこれまで3%以下だったので、これは雇用危機の発生を示す証だと攻撃していると報じる。ただしインドでは失業率は断続的にしか発表されず、しかも統計方法がその度に異なるので、比較が困難だと統計専門家は語っていると記事は補足する。

 以上のように中銀は今年に入り
3回目となる利下げに踏み切った。背景に、経済の減速がある。昨年の経済成長率が7%を切り、今年第1四半期の成長率は6%台を下回った。しかも3%以下が通常だった失業率が6%超と危機的水準に上昇している。インド経済の不振は、米中関係の緊張の高まりが一因と指摘されており、再選されたモディ政権にとって経済への取り組みが喫緊の課題となった。

                     § § § § § § § § § § 

主要紙の社説・論説から

地滑り的勝利で再選されたモディ首相

 
4月11日から実施され523に開票が始まった総選挙(連邦下院選挙。注1)で、モディ首相(68)と与党、インド人民党(Bharatiya Janata Party、以下、BJP)が圧勝した。選挙は有権者が9億人に上り、選挙期間も6週間に及んでいた。与党は303の選挙区で勝利し、下院で過半数となる272を十分上回る議席数を確保した。インド太平洋地域への関心が高まるなか、主要メデイアも一斉に選挙結果を伝え、論評している。以下に先ず、そうした論調の要約を、次いで詳細を順次みていく。

 要約するとメディアは、モディ政権と与党の勝因は、モディ首相のカリスマ性と政治的本能および継続する野党の混乱にあると指摘、国民に愛国主義の誇りを訴え、それがヒンズー・ナショナリズムと結びついて宗教的ナショナリズムの勝利をもたらしたと分析する。ただし、それはまたイスラム教徒への敵愾心を煽り、政治の分極化を招いたと批判、モディ政権の反自由主義的政策と相まってインド民主主義にとって悪しき前兆となると懸念を表明する。

 そのうえでメディアは、喫緊の課題は経済問題だと述べ、再選を果たしたモディ首相は経済発展を加速し、インドをグローバル大国へと導く機会を得たとし、インド近代化の努力を倍加し、貧困削減とインフラ改善、労働市場と土地改革、苦境にある農民の救済、保護主義の修正、統治の強化、政府の効率化、国有企業改革などを推進すべきだと主張する。また失業対策として製造業の拡大を挙げ、外資導入の促進を提言する。

 それでは詳細をみていこう。
523日付ワシントン・ポスト記事India election results: Modi wins landslide victory(インド総選挙、モディが圧勝)」は、選挙結果はモディ首相に対する驚くべき信任投票を意味すると述べ、同氏はカリスマ的で分極化させる 政治家だが、ライバルを圧倒して過去5年間で類をみない信任を得て再選されたとコメントする。モディ首相が初めて政権の座についたのは5年前で、変革を求めていた国民は、同氏がインドを再編して経済をくびきから解放し、数百万人の雇用を創出すると信頼していたと述べ、こうした期待は実現していないものの、今回の選挙でモディ首相は、ナショナリスト的誇りを前面に打ち出し、有権者に対して国の安全を守り、テロと戦う候補者は自分だけだと語りかけたと述べる。こうしたモディの勝利は、建国の指導者が推進した世俗主義を放棄し、インドをヒンズー原理主義の国とみなす、ある種の宗教的ナショナリズムの勝利だと論評する。

 さらに記事は、次期政権の主たる課題として経済を挙げ、昨年の失業率が
6.1%45年ぶりの高水準に達し、消費者の購買額も減少、経済全体が減速していると指摘、そうしたなか原油価格が上昇しており、エネルギーを輸入原油に頼るインドとして対応が急務となっていると警告する。また記事はモディ首相の人気の一因として、有権者が勤勉で腐敗とは無縁の政治家とみていることを挙げる。しかしモディ政権が2014年に発足して以来、ヒンズー過激派による暴力行為のニュースが増えたと述べ、イスラム教徒らはインドが進む方向について危惧を表明していると伝える。

 また
ワシントン・ポストは25日付社説「India’s dangerous landslide(インドの危険な地滑り的勝利)」で、BJPの勝因は無関心が理由ではないと述べ、投票率は67%にも達し、延べ6億人近い有権者が投票しており、そうした驚異的な大勝利はナショナリズムと宗教上の派閥主義の綱領を提示したことにあると指摘、インド民主主義にとって悪しき前兆だと懸念を表明する。社説は、モディ政権はメディアを軽視し、5年間も記者会見を開かず、一部のジャーナリストや非政府機関に圧力をかけるなど反自由主義的政策を展開したと批判、選挙圧勝によってヒンズー・ナショナリズムへの傾斜を倍加する信任を得たと解することが懸念されると警告する。

 
523日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「Narendra Modi’s Massive Mandate(圧倒的信任を得たナレンドラ・モディ)」と題する社説で、モディ首相は指導者として経済を開放するチャンスをもう一度得たと述べ、次のように論じる。

 モディ氏は、とりわけ今年初に起きたパキスタンとの衝突(注
2)の機会をとらえてポピュリスト的政治スキルを発揮し、ナショナリストと地場ヒンズー教徒へ働きかけ、与党連合として強力な多数派勢力の結成に成功した。確固たる信任を獲得したモディ首相にとって、問題は、この勝利を最初の任期で失敗した経済改革の達成のために活用するかどうかにある。

 モディ氏は
2014年、数十年間にわたって政権を担当してきた国民会議派による社会主義の時代を経て、レッドテープの削減、肥大した社会保障国となったインドの改革、外資の導入などに期待する有権者によって信任を受け、政権の初期に成果を挙げた。破産法改革によって信用市場を強化し、世銀のビジネス容易度ランキングも規制緩和によって14年の134位から19年に77位へ引き上げられた。しかし17の新物品サービス法の制定や前年の高額紙幣の改廃による混乱などで政治的資産を失った。モディ首相がなすべきこととして、労働市場と土地改革がある。100人以上の従業員を抱える企業にとって解雇はきわめて困難であり、土地購入に関する規制によって市場がゆがめられ、経済成長が損なわれているからだ。

 インド経済監視センター(
CMIE)によれば、今年第1四半期の経済成長率は6.6%に減速し、4月の失業率は7.4%に上昇した。BJPは食品価格の低下に苦しむ小規模農家に現金を支給したが、製造業向けの外資導入を増やせば、非生産的な農業に従事する若者に雇用機会を創出し、農家支援になる。最も失望したのは、モディ氏が与党内のヒンズー狂信的分子を宥め、さらにははやし立てたことだ。自らをインドの守護神として演出する一方で、党内他候補は牛(ヒンズー教の聖なる存在)殺戮の禁止やイスラム少数派保護の停止を掲げて出馬した。また政府は反政府勢力への嫌がらせや公式統計の操作などで非難されており、専門家はインド民主主義へのリスクだと説いている。

 社説は最後に、モディ首相はインド独立以来の最も親米的な政治家で、米印両国は経済、安全保障で緊密な関係を強化し相互に支援できるだろうが、インドをグローバルパワーとして高めたいのであれば、全国民の才能を政府の家父長主義と腐敗の重荷から開放しなければならないと主張する。

 
523日付フィナンシャル・タイムズも「Modi should opt for reform, not division(モディは分断よりも改革を)」と題する社説で、モディの再選は、そのカリスマ性と政治的本能および継続する野党の混乱の産物だと述べ、モディ氏と与党の勝利が包摂する政治の分極化は、インドの将来に深刻な問題を提起していると指摘、悪くすると、モディ再選はヒンズー・ナショナリズムの正当化と見做され、さらなるイスラム教徒への敵対心とインドの不安定化を生み出しかねないと懸念を表明する。モディは選挙戦で声高に愛国主義を訴え、最近のパキスタンへの攻撃で国民の誇りをくすぐり、またテロ撲滅の決意は理解できるとしても、排他的愛国主義への傾斜を奨励しており、一例として、与党のアミット総裁がバングラデシュからの移住者を「侵入者」と呼んだことを挙げ、こうした攻撃的なトーンは、地域の緊張を高めると批判する。

 同時に社説は、モディ氏は再選の機会をとらえてインド近代化の努力を倍加し、貧困削減とインフラ改善、政府の効率化に集中できると主張する。再選を果たしたモディ首相は大胆かつ慎重に配慮調整された経済政策の見直しをすべきだと指摘、土地所有制と銀行業務に関する構造改革や、食品価格の下落と生産コスト増、水不足などに苦しむ農民への対策を挙げ、新内閣の組成に当たり、モディ氏は近代化論者としての自身を明示し、再選を確かにした愛国主義を後退させるべきだと提言する。

 
25日付英エコノミスト誌も社説「What Narendra Modi should do next(モディが次になすべきこと)」の冒頭で、与党の圧勝をインド独立直後の国民会議派の勢いに喩え、人民党が当たり前のように政権与党となったと評し、これを投資家も歓迎、株価も史上最高値をつけたと述べる。その勝利は安定だけでなく、発展と改革の期待を抱かせたとし、BJマニフェストに空港、地下鉄などの大盤振る舞いのインフラ投資と、2030年にはインドが世界第3位の経済大国になることがうたわれていると指摘する。

 ただし社説は、BJPは経済成長に対する最大の障害、例えば、労働者の多くが貧弱な教育しか受けておらず、大半の土地に明確な所有権が存在せず、銀行業は硬直化した国有企業の支配下にあること、などについてほとんど触れていないと批判する。そしてヒンズー活動家は、さほど実際的でない問題に精力を注ぎ込みがちだと指摘し、ケララ州において大寺院を女人禁制にする、イスラム教徒が多数派を占める唯一の州、ジャンムー・カシミール州 に対する特権を憲法改正によって剥奪する、新内閣にイスラム教徒6人の殺害を支援した容疑で起訴を待つ女性が入閣しそうなこと、などを挙げる。

 さらに社説は、
BJPは世界と上昇志向の有権者に対して自らを近代化論者で改革派だと称し、インドの潜在力を十分引き出す決意があると宣伝しているが、同時に、ヒンズー主義の強力なチャンピオンだとも主張し支持を得ていると述べる。そして最後に、モディ氏は再選によって経済発展を加速し、インドを純粋にグローバル大国とする機会を得たが、そのためには経済に焦点を絞る必要があると述べ、選挙運動中に盛り上げた党派的問題意識は有害な障害となると警告する。

 523日付ブルームバーグも社説「India Needs a Leader for All Indians(すべての国民のためになる指導者が必要)」で、大勝したモディ首相は早速、2つの課題に取り組むべきだと次のように主張する。

 第
1は経済である。モディ首相は第1期に新破産法の制定や物品サービス税の導入など評価に値する改革を推進したが、経済を構造的な成長軌道に乗せるまでには至らなかった。膨れ上がる人口のために毎月100万人近い雇用を創出する必要があるが、それを達成する唯一の道は、製造業部門の拡大、とりわけ輸出品の生産増であり、それには労働市場法と、インド企業が成長発展してグローバル・サプライチェーンに組み込まれるように土地取得法を、それぞれ根本的に改正しなければならない。

 また最近における保護主義への傾斜を逆転させる必要もある。この
2つの措置によって、貿易相手国からの反発に先手を打ち、かつ競争力を向上させることになる。またモディ首相は2014年の公約、「最小の政府と最大の統治」の実行に向けて動き出す必要がある。さらに投資が再び流れ始めるよう非効率な国有銀行は閉鎖もしくは民営化されて然るべきだ。税金を無駄使いするインド航空のような国有企業についても同様である。

 第
2は、モディとBJPが勝利を得るために利用した分裂を封じ込めるという、もう1つの中核的な仕事である。モディ首相は、野党の国民会議派がイスラム教徒の国、パキスタンに同情を示すという裏切り行為を行ったと非難している。またモディ陣営の幹部は不法なイスラム移住者を「シロアリ」にたとえ、追放すると宣言し、イスラム教徒を6人殺害した自称、聖なる女性を選挙に立候補させている。モディは、ヒンズーナショナリスト運動の筋金入りの信奉者で、ヒンズー教の遺産を推進すべきとの信念を隠そうとしていない。反イスラムの偏見による緊張の高まりを放置し、それが暴力沙汰に発展、モディ政権発足後に少なくとも40人近いイスラム教徒がリンチを受けている。そして、事件の容疑者に対する地方BJP幹部の寛容な態度が、ヒンズー過激派に自分たちは罰を受けないとの観念を植え付けている。  

 こうしたトップからのシグナルが政治と司法に対する信頼を損なっただけでなく、コミュニティ間の関係にも有害で、この数十年間でイスラム教徒に対する最も受け入れられないような、あからさまな偏見をもたらした。これは危険なばかりに近視眼的な見解であり、経済改革の推進に必要な
2大政党主義という体制を不可能とし、インドの弱体な社会組織に深刻な打撃を与える恐れがある。こう論じた社説は最後に、モディ氏は今回の選挙でまたもや異常なまでに練達した政治家であることを証明したが、偉大な指導者であろうとすれば、彼は全てのインド国民のための指導者であることを示さなければならない、と主張する。

 以上、メディアの論調を観察してきた。安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略」に象徴されるように、日本にとってインドの重要性は近年ますます高まっている。そのインドでモディ現政権が圧勝した。モディ政権は親日的政権と言え、その限りでは日本として歓迎すべき出来事と言えよう。しかし、勝因をみると、そこに光と影がある。モディと与党の地滑り的勝利が光とすれば、ヒンズー・ナショナリズムと結びついた宗教的ナショナリズムの勝利という影の部分が指摘されている。見方を変えれば、モディ再選は現政権と与党が訴えたポピュリスト的綱領に対する大衆の信任であり、アジアにおける民主主義の先進大国、インドで大衆迎合的政権が再選されたと言える。

 そうした第
2期モディ政権に何を期待すべきか。第1に、政権の正統性を宗教や排外主義に頼らず、世俗主義の伝統を遵守し、地域の緊張を煽る使い古された外交戦略を放棄することだろう。第2は、国民の信任に応えるために経済を安定強化することである。政権の安定は、経済成長を通じて国民生活を安定向上させること以外にはあり得ない。まさにメディアが指摘するように、経済改革という足が地に着いた政策をしっかり展開することであろう。「自由で開かれたインド太平洋戦略」を掲げる日本としても協力支援していくのは当然であろう。その手立ては経済分野でも多々あるはずである。

1:インドは独立以来、一貫して議会制民主主義体制を維持し、現在も上下両院による議院内閣制を採用し、下院が行政を担う首相を選出している。首相、下院議員の任期はいずれも5年。第1回下院議員選挙(総選挙)が1952年に実施されて以降、これまでに16回の総選挙が行われた。今年4月の総選挙は第17次連邦下院の議員を任命するために実施された。

2この事件について48日付ニューズウィーク誌は、次のように伝えている。
パキスタンとインドが領有権を争うカシミール地方では
214日、インド支配地域でパキスタンを拠点とする過激派が乗用車による自爆攻撃を行い、インドの治安部隊員少なくとも40人が死亡。その後、インドがパキスタンで過激派の訓練施設とする拠点を空爆し、対立のリスクが一気に高まった。パキスタンはインドの戦闘機を撃墜し、インド軍のパイロットを拘束。パイロットはその後解放された。

                    § § § § § § § § § § 

(主要トピックス)

2019年
5月15日 トランプ米政権、中国通信大手ファーウェイ(華為技術)向けの米製品や技術の販売を禁止。
  17日 訪日した中国の外交トップ、楊潔篪(ケッチ)政治局員、安倍首相、河野外相と会談。
  20日 日本政府、元徴用工訴訟をめぐり第三国の委員を含む仲裁委員会の開催を韓国政府に要請。
  23日 インドネシア選挙、開票の結果、現職のジョコ大統領の再選が確定。ただし対立候補のプラボウオ
      元将軍が異議を唱え、野党陣営が抗議デモを展開。
      インド総選挙開票の結果、モディ首相と与党、インド人民党が圧勝。
  25日 トランプ米大統領、令和初の国賓として来日。
  26日 両陛下、トランプ米大統領と会見。
        日米首脳会談、開催。トランプ米大統領、日米貿易交渉は8月に発表と表明。 
      トランプ米大統領、北朝鮮拉致被害者の家族と面談。
6月 1日 アジア安全保障会議、開催。
      (シンガポール)シャナハン米副国防長官、中国の南シナ海軍事拠点化を非難。
              中国、魏鳳和国防長官が反論。
   4日 中国で天安門事件30周年、北京は厳戒態勢。香港、台湾ではデモ活動が発生。
   5日 中国の習近平国家主席、ロシアを訪問、プーチン大統領と首脳会談。
   6日 タイ国会、プラユット暫定首相を新政権の首相に選出。
        インド準備銀行(中央銀行)、政策金利を0.25%引き下げて5.75%とする。
   8日 G20財務相・中央銀行総裁会議、開幕(福岡)。
   9日 香港で「逃亡犯条例」の制定に反発し、103万人(主催者計算)が
        参加したデモを展開。
        G20財務相・中銀総裁会議、閉幕。
   11日 タイで新首相に選出されたプラユット暫定首相、ワチラロンコン国王の承認を得て首相に正式就任。
   13日 台湾の与党、民進党、蔡英文現総統を次期総裁候補に選出。
   15日 香港政府、「逃亡犯条例」改正案の審議を無期延期すると発表。



主要資料は以下の通りで、原則、電子版を使用しています。(カッコ内は邦文名)THE WALL STREET JOURNAL(ウォール・ストリート・ジャーナル)、THE FINANCIAL TIMES(フィナンシャル・タイムズ)、THE NEWYORK TIMES(ニューヨーク・タイムズ)、THE LOS ANGELES TIMES (ロサンゼルス・タイムズ)、THE WASHINGTON POST(ワシントン・ポスト)、GUARDIAN(ガーデイアン)、BLOOMBERG・BUSINESSWEEK(ブルームバーグ・ビジネスウイーク)、TIME (タイム)、THE ECONOMIST (エコノミスト)、 REUTER(ロイター通信)など。なお、韓国聯合ニュースや中国人民日報の日本語版なども参考資料として参照し、各国統計数値など一部資料は本邦紙も利用。            

 


前田 高昭
金融翻訳ジャーナリスト、社団法人 日本翻訳協会 会員、翻訳家。
訳書に『チャイナCEO』他。
『東アジアニュースレター』配信中。 

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