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第2回 少しは「切れた」名残から

2021/09/07

【新連載】
なまくらギフテッド随想録
第2回
 

                               
 少しは「切れた」名残から

後藤雛樹
バベル翻訳専門職大学院院生


 
 

 以下のような文章があるのだが、どう思われるだろうか。

          ――――(引用ここから)――――

            <日本の国際化について>

 日本の人々はまだ弥生式土器などが作られていたような大昔から、外国の恩恵をうけていました。今、日本の主食となっている米も、道徳のもとになっている儒教も、みんな中国や朝鮮などから伝わってきたものだし、日本が、世界の国々に負けないような一流国に発展したのも、外国の援助があったからです。このように、外国の助けをもとに発展した日本は、昔から、外国にすすめられて貿易したり、品物を買わされたりしました。
 しかし、今はもうそんな時代ではないと思います。今は日本列島だけに日本人がかたまっている時代ではないのです。もちろん、そんなことはとうに知られ、日本の国際化をすすめる運動は明治維新以来、ずっと行われてきました。
 現に、外国の製品を輸入するだけなどということはなく、立派な日本の製品を海外へ輸出しています。しかし、それは、経済の国際化であっても、文化の国際化にはならないと思います。文化の国際化というのは、世界の国々のいろいろな状況を考えに入れた上で、世界中の様々な社会と、日本の社会を公平に見ていくということなのです。しかし、自分たちの生活を見ていると、そんなことは、あまり守られていないように思います。
 日本人は外国を、外国人は日本を、本当に理解しあうには、お互いがそれぞれの文化をからだで理解するのが一番です。
 そういう意味で、経済だけの国際化はかなり進んではいますが、日本は、まだまだ外国を理解するところまでいっていないのではないでしょうか。
 外国に旅行することなどによって外国に二年や三年住むことができても、なかなか外国を理解することはできるものではありません。また、外国人にとっても日本を理解するということは難しいはずです。
 よく、日本人ははにかみやだとか、社交性がないとか言われます。日本人は、海外に出ると、大勢の力を借りればそこそこのことはできますが、一人では何もできないというようなことが多いと思います。それは、その国の文化、あるいは生活といったものへの理解が少ないからではないでしょうか。
 また、外国人に日本を理解しもらうという努力も必要だと思います。日本人は、日本を積極的に理解してもらうようなアピールをどんどんするべきだと思います。
先進国ばかりのつき合いだけではありません。後進国とのつき合いも大事にして、相手の国の文化と慣れ親しむよう努力することが国際化へのいちばん大切な道だと思います。
                   (1985年3月)
              ――――(引用ここまで)――――

 実はこの文章、筆者が小学校6年のときに学校の卒業文集に寄せたものである。ここに転載した理由としては、第一にいわゆる「ギフテッド児」が書きそうな文章の実例をお見せしたかったこと、第二に前回述べた異文化の問題とも結びつきがあること、そして第三に筆者の現在のグローバリゼーションに対する考え方と全く同じことが述べられているために、読み返した筆者自身も驚いたことである。
第一の理由に関しては、今後この場でギフテッド児やギフテッド・アダルト(成人のギフテッド)について述べていく上で、そうした人々をイメージする幾ばくかの手助けになることと思ったからである――上のような文章を{認/したた}めるような筆者の特性はこの時も、そしてこの時から何十年にも渡って逆風に晒されることになるのだが、当時の筆者は今ほど「なまくら」ではなかったように思うのだ。そして第二の理由とも関連することだが、筆者は常に異文化への興味を絶やさなかったこともあって、現在の翻訳学習に繋がっていることもつけ加えておく。
第三の理由として挙げたグローバリゼーション関係の事柄も重要であるから、是非この機会に書いておきたい。本学(バベル翻訳専門職大学院)に入学した当初から考え続けていた事と直結するためである。入学当時、TPTなどにおいて「反グローバリゼーション」の論調が展開されていたのだ。これが異文化好きの筆者自身の内面で消化不良の原因となってしまった。それ以降、自分の不得意な政治や経済についても少しは勉強したつもりであったが、やはり撞着は解消されない。そんな時に、自分がかつて書いた上の「日本の国際化について」をたまたま読み返して解決に漕ぎつけたのだ。すなわち「経済のグローバリゼーション」はこれを規制し、「文化のグローバリゼーション」はこれを推進するべきなのだと思いついたのである。もちろんその規制や推進の程度に関しては様々な意見があろうかと思うが、ともあれグローバリゼーションは単一の概念であるという単純な思い込みが筆者の葛藤の主因だったと言える。
グローバリゼーションと言ってもその意味するところはひとつではなく、切り分けて考えることで答えが出るとするならば、同様の考え方を他の問題にも応用できないだろうか? 最近流行りのいわゆる「発達障害」や早期英語教育の功罪、またここで俎上に載せるギフテッド教育ならびにギフテッドという概念それ自体等々についても、よくよく検討する必要があると言えるだろう。                   


【プロフィール】
後藤雛樹(ごとう・ひなき)※ペンネーム

兵庫県西宮市在住、奈良県生まれ。バベル翻訳専門職大学院院生。JAPAN  MENSA会員、ギフテッド・リンクス会員。神戸の大学で心理学を、奈良の大学と米国ポートランド州立大学で英語を学び、学士号2つ(社会学、英語コミュニケーション)と日本心理学会認定心理士、TOEIC900点、英語検定準1級、漢字検定2級、中国語検定準4級などの資格を持つ。趣味は読書(マンガ含む)、英会話、ビデオゲーム蒐集、カラオケ、映画・アニメ・動画や音楽の鑑賞、散歩など。