大きくする 標準 小さくする

【新連載】第2回 翻訳者とキャリアアップ

2021/08/07

新連載
翻訳者のキャリアアップのための コンテンツ・メイキングの方法

第2回  翻訳者とキャリアアップ


バベル翻訳専門職大学院教授

キャリアアップのロールモデル
 本論をはじめるにあたって、まずは次の方々のプロフィールをご覧ください。

【翻訳者】
柴田元幸
https://kangaeruhito.jp/author/5197

鴻巣 友季子
https://www.shinchosha.co.jp/writer/1462/

枝廣淳子
https://www.es-inc.jp/about_es-inc/profile.html

【通訳者】
國弘正雄
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/37304.html

鳥飼玖美子
https://www.shinchosha.co.jp/writer/2248/

翻訳と並んで通訳も類似職業としてとらえて考えましょう。翻訳と通訳という仕事をきっかけにして、それぞれのキャリアアップに成功した方々ばかりです。編集長、エッセイスト、文芸評論家、ニュースキャスター、参議委員議員、大学教授などなど、翻訳・通訳とどのような関係性があるのかと首を傾げる職業もあります。何が言いたいのかと申しますと、翻訳・通訳の仕事はその後の運次第では、考えつかないキャリアにもつながる可能性を秘めていて、だとすれば、その可能性を模索してもなんら不思議ではない、ということです。



何を書いてキャリアアップをはかるのか

《日本語を書く》
 とは言うものの、何らの訓練を受けていない、日本式の就職習慣でキャリアアップを図ろうとしようとすると、どうしても厚く高い壁に阻まれてしまいます。なんらの事前準備もせずに、ニュースキャスターや文芸評論家になろうとしてもなれるわけがありません。
 そこで、翻訳者のスキルの中でも真骨頂とも言える日本語を書くスキルを踏み台にキャリアアップを図ってみるのはいかがでしょうか。本連載では、ある程度まとまった文書を書くことを目標にその方法を伝授していきます。

《最先端の情報を書く》
 翻訳者・通訳者の特権としていくつかあげられますが、中でもキャリアアップをはかるために役立つものとして、最先端の情報に接することができる、をあげておきましょう。そもそもなぜ翻訳しているかを問うてみると、日本の市場にはまだなく、紹介する価値があるからです。価値がある情報とは、日本語話者が知りたがっている情報、言い換えれば、当該分野で欠如している情報であって、それは言ってみれば、その分野における最先端な情報なのです。翻訳作品の復刻版がたまに発刊されることがあります。古い作品の訳し直しですが、翻訳された言語そのものが最先端となっています。

《専門性を書く》
 最先端の情報を書くことと似ていますが、最先端の情報に精通していることを別の表現にすると専門性となります。ある特定の分野にいかに精通しているかが問われます。
 仮に1冊の専門書を訳したとします。原著者以上の努力を要し、知識を身につけなければ、到底1冊の専門書を訳すことはできません。容易に類推できるのは、専門性を身につけるための調べものです。翻訳の作業は調べものが大半を占めるといっても過言ではありません。特に、専門性の高い書物を訳すときほど調べまくらなければなりません。もちろん、それをしないで済むように、ある程度、当該の分野に精通した翻訳者に仕事が回ってくる仕組みにはなっていますが、一人の翻訳者ができる仕事には限りがありますし、締め切りは待ってはくれません。仕方なく、若干心許ないですが、セカンドベストの翻訳者に仕事が舞い込み、調べもののオンパレードになってしまうことも多々あります。
 このような時にはぜひポジティブに考えましょう。お金をもらって勉強させてもらっているのだと。しかも最先端の情報に接することができ、さらに専門性を身につけることができるのです。


キャリアアップの方向性
《垂直的キャリアアップ》
 一介の翻訳者が起業して社長になる。このようなケースは垂直方向へのキャリアアップとなります。往々にして、垂直方向への距離が高くなると、管理者としての職責が増すことが予想されますので、「一人親方」が好みの方は、大々的なキャリアアップを避けるように心がけます。

《水平的キャリアアップ》
 翻訳者が著者になったり、エッセイストになったりするのは水平方向のキャリアアップです。キャリアアップの方向性としては、本連載がおすすめするものですし、キャリアアップの本来的な目的として理想ではないでしょうか。

 いずれの方向性でも書くことが仕事であることに変わりありません。ただ、垂直的キャリアアップでは書く頻度が、水平的キャリアアップでは職種によってはやはり書くことが減ることも予想されます。

《副業的キャリアアップ》
 昨今話題となっているのが副業です。様々な副業が考えられますが、翻訳者という仕事をしながらできるのは、翻訳を通して得た知識を横展開するタイプの副業でしょう。もちろん、知識を横展開するといっても、剽窃や機密情報の漏洩には気をつけなければならないことは当然です。

 冒頭にあげたロールモデルの中で、枝廣淳子氏は、翻訳を通して得た知識の横展開に理想的な形で成功した事例ではないかと考えています。環境問題に対して世界の関心が高まっていたこと、日本は環境対策で遅れをとっていたこと、などの諸条件が重なり、それに加えてご本人の起業家精神が駆り立てられキャリアアップにつながったのだと想像しています。

《翻訳すること 書くこと》
 今回の最後に、翻訳することと書くことの違いを説明しておきます。釈迦に説法であることに違いありませんが、個人的な経験談も含めてしばしお付き合いください。
 知り合いに日英バイリンガルの翻訳者がいました。話す言葉は完璧なバイリンガルで、話をしている分には、日本人かアメリカ人が区別がつかないほどです。ただ、ご本人は日英翻訳しかしません。日本語を書くことのむずかしさはわかるのですが、なぜあのような完璧な日本語を話している人が日本語を書けないのか不思議でなりませんでした。
 さらに不思議だったのは、あれほどすばらしい日英翻訳をするのにもかかわらず、ゼロからのライティングは苦手らしいのです。つまり、英語をクリエイティブまでいかずとも、書くことが浮かばないそうです。再度の疑問は、あれほどの英語ネイティブにもかかわらず、です。
 ライティングの方法に「話すように書け」というのがありますが、まさに本人に話してもらっているところを録音し、その英語を文字起こしすれば、それこそユニークな小噺がたくさん生まれるようなキャラクターだったので、もったいない気がしたのは私だけではなかったはずです。

 少し長くなってしまいましたが、ここで何を伝えたいのかと言えば、翻訳することと書くことがまったく別物に感じる方もいるということです。なので、翻訳はできるけれど、書くことは大の苦手の方がいても不思議ではありません。また、そのような方にクリエイティブライティングを通してのキャリアアップをおすすめしてもストレスに感じるばかりでしょう。
 ただ、翻訳を通して培ってきた日本語ライティング能力はかなり高いレベルにあるはずです。また、専門性や新規性とも触れてきたことは確かです。それを財産として眠らせておくのではなく、自らが「自分の歌を唄う」ために駆使してはどうか、との提言をさせてください。
 食べず嫌いという言葉があります。自分は書くのがどうも、という苦手意識を持っていただけの話かもしれません。翻訳がめっぽう好きという方は、ぜひ少しの間だけ立ち止まって今後のキャリアについても少し考えていただく機会としていただければ幸いです。

 

【プロフィール】
小坂貴志(こさか・たかし)
神田外語大学教授。青山学院大学文学部卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社入社。アメリカコロラド州デンバー大学スピーチ・コミュニケーション研究科修士課程修了、同博士課程単位取得終了満期退学。その間、J.D.Edwards World Source Companyでテクニカル・トランスレーターとして勤務。その後、Monterey Institute of International StudiesにてAssistant Professor、立教大学経営学部特任准教授などを経て、現在に至る。最新の著書として『入社1年目のビジネス英語大全』(出口朋美との共著、ジャパンタイムズ社、2021年)があり、これまでに数多くの著作を発表している。

編集部宛投稿メール

編集部宛の投稿は以下のフォームからお送りください。

みなさまの投稿をお待ちしております。

 

【編集部宛メールフォーム】