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コロナ禍で変わる通訳の世界と、縮まる翻訳との距離

2020/09/23

【新連載】翻訳と通訳の距離    
第2回 


コロナ禍で変わる通訳の世界と、縮まる翻訳との距離

岡崎詩織
(通訳者/米国ワシントンDC)

 

 初めまして、ワシントンDCに拠点を置く、フリーランスの通訳者の岡崎詩織と申します。

 翻訳と通訳の距離を考えるにあたり、今ほど素晴らしいタイミングはないと思います。コロナを受けて対面の仕事がほとんどなくなったことから、通訳業界は大きく変わり、翻訳との距離がぐっと縮まりました。時折翻訳に携わる通訳者として、今起きている変化と、それに今後通訳者や翻訳者がどのように対応できるかについて、考えを述べたいと思います。 
  
 まず、通訳と翻訳の兼業をされている方は増えているのではないかと思います。今年3月中旬に米国でコロナが蔓延し始めて対面のお仕事ができなくなり、私も通訳の依頼がいったんすべてキャンセルになりました。ありがたいことに翻訳のお仕事に恵まれ、そちらに舵を切ることができましたが、私の周りの通訳者も、今は翻訳に力を入れている方が多いです。

 また、遠隔の通訳が可能になったことから、通訳は、翻訳同様、どこでもできるようになりました。5月くらいから、私にも徐々に遠隔通訳の依頼が入ってきました。逐次通訳はどのような電話会議のシステムでもできます。遠隔同時通訳(Remote Simultaneous Interpretation: RSI)はこれまで、専門のプラットフォームで提供されるニッチなものでしたが、コロナで一気に注目されるようになりました。Zoomのウェビナー機能でもRSIが可能になり、クライアントや視聴者にとっても身近なものになりました。ただ、時差という意味で、ある程度の地理的制限はあります。日本と米国東海岸は昼夜が逆転しており、お仕事は大体早朝か夜に入ります。場合によっては、こちらの午前2時や3時に終わるRSIもあり、身体のリズムを整え直すのに何日かかかってしまいます。

 地理的な場所がそれほど重要でなくなると、通訳者は、これまで以上に世界中の同業者と競争することになります。ある意味市場が一つになるため、居住地にかかわらず、安価なサービスを提供する通訳者に仕事が流れてしまうのではないか、という懸念もあります。その点、私は、翻訳者から学べることが多いと感じています。翻訳者の方々は以前から、地理的制限のない市場で活躍され、仕事の質や評判、専門性の確立、人的ネットワークなどで依頼を獲得されてきたと思います。通訳の世界でも、業界全体が大きく揺らいでいる今の不安定な状況において通訳者同士のネットワークが強化され、私も、RSIのコツから自宅での通訳に使える最新の機器まで、先輩通訳の方々に多くのことを教えていただいています。

 最後に、オンラインのセミナーやイベントといった場でも、通訳と翻訳の距離が縮まっていると感じます。私は昨年末まで、日米関係の強化に携わる非営利団体で働いていました。対面のイベントや人物交流ができなくなった今、そういった組織は、活動をオンラインに移行する中で、コンテンツをいかに日英の両言語で提供するかについて、いろいろな工夫を行っています。Zoomを使ったセミナーにその場で逐次・同時通訳を入れることが多いですが、事前にセミナーを録画し、後から映像に字幕をつけることもあります。また、字幕は作成に時間がかかるため、事前に録画した映像に同時通訳を付けて保存するもの、イベント開催中にリアルタイムでキャプションを打ち出すものなど、これまでにないクリエイティブな対策も散見します。9月7日号のニュースレターで、堀田副学長は、「メディア翻訳は翻訳と通訳の領域にまたがっている」と指摘されましたが、まさにそういった領域横断的な仕事が増えてきています。字幕翻訳は、限られた字数の中、分かりやすさを重視した意訳も必要で、パズルのような楽しさがあります。映像の同時通訳が永久に保存されることに私はまだ少し抵抗を感じていますが、オンラインのイベント増加に伴いそういった機会は増える可能性があるため、今後選択肢の一つとして考えたいと思っています。リアルタイムのキャプション翻訳についても、口頭の同時通訳以上に難しいのではないかと感じ、打ち間違えることを懸念して辞退しましたが、そういった照会が複数の組織からあったため、今後通訳・翻訳の一つの新しい手法として広がる可能性はあるのかもしれません。

 変わりゆく世界で活動を続けるために、専門性を高めつつも、新しい傾向やツールを柔軟に学んでいきたいと感じています。数年前には考えられなかったRSIがたった半年で一般的になったように、複数の言語でコンテンツを提供する方法が、あらゆる意味で大きく変わってきています。RSIのプラットフォーム、字幕のツールなど、語彙や時事問題以外にも勉強内容が増えましたが、もともと好奇心旺盛な通訳者や翻訳者にとっては、楽しい変化でもあるのではないかと思います。コロナが収束すれば対面の仕事はある程度戻ってくると思いますが、恒久的な変化もあるでしょうし、今身に付けたスキルは、今後も役に立つと確信しています。

 
【プロフィール】
岡崎詩織
国務省を含む様々なクライアントを持つ通訳者。シアトルで生まれ、ホノルルと東京で育つ。以前は在米・在英日本大使館、非営利団体の米日カウンシルで広報を担当。コロンビア大学の国際公共政策大学院とジャーナリズム大学院で修士号を取得。