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私の翻訳人生-ライフスタイルに合わせた働き方-ハクセヴェルひろ子

2020/07/22

【新連載】VOICES from Alumni Overseas
第2回 
 
私の翻訳人生-ライフスタイルに合わせた働き方

 ハクセヴェル ひろ子
(翻訳者、バベル翻訳専門職大学院修了)
 
 
 今年は結婚のためトルコに移住して28年、翻訳業に関わって21年ほど経ち、現在はトルコの地中海沿岸にある観光都市、アンタルヤというところで暮らしています。子供たちも独立し、夫婦二人で暮らしていましたが、今回の新型コロナの影響で、娘が在宅勤務になったため、一緒に住んでいます。バベル翻訳専門職大学院には2001年に入学し、2005年に修了しました。修了後は在宅翻訳者としてフルタイムで仕事をしてきました。特に意識したわけではありませんが、日本の両親との関係の変化、年齢の近い親戚が相次いで亡くなったことによる人生観の変化につれて、翻訳者としての生き方も変わっていきました。

第1ステージ:「仕事の途切れない翻訳者になる」
 1992年にトルコに移住してから、日本語教師を目指したり(日本語教育能力検定試験に合格しています)、日系企業に誘われたりしましたが、最終的に翻訳に落ち着いたのは、在宅でできることが魅力だったからです。バベルの通信講座を1年間受講中に仕事を探し始めましたが、講座を終了しても細々と注文が来るだけで、一向に仕事が軌道に乗りませんでした。

 ある日、翻訳の仕事のマッチングサイトProz.comでEU圏の翻訳会社が募集する高単価の仕事を見つけ、私を含め数人が受注しました。請求書は発注した国とは違う国、会社名で発行するようにとの指示があり、その通りにしましたが、最終的には未払いになりました。発注者は最初から踏み倒すつもりだったのでしょう。抗議のメールを送っても、見下したような口調で開き直るばかり。発注者は学歴も実績も申し分なく、翻訳とは関係ない学部卒の私とでは土俵が違いました。この件で、ヨーロッパは学歴社会であることをはっきり悟り、トルコで仕事を続けていくには、実力はさることながら、それを証明できる学歴が必要であることを痛感しました。

 それから縁があって、バベル翻訳専門職大学院に特別奨学生として入学する機会に恵まれ、あの時の悔しさをバネにいつか絶対に「仕事の途切れない翻訳者」になるという目標を抱きながら、4年間必死に勉強しました。無事にPSTの修了証を授与されると、スキャンした修了証を添付したCVをProz.comに登録しました。すると、かつてあれほど仕事を探すのに困っていたのが嘘のように、まず、イスタンブールの翻訳会社から、日系自動車企業の日英/日土(トルコ語)の翻訳が大量に舞い込みました。それから、東南アジア系の数社から仕事を継続的に受注できるようになり、「仕事の途切れない翻訳者」という目標はPST修了後1年も経たずにあっさり達成されました。それでも仕事を失うのが怖くて受注過剰になり、それから数年は睡眠時間を削って翻訳していました。

 この頃は、誤字や脱字などの基本的なミスを犯さないこと、実績を積むこと、自分の得意分野を見つけることに力を注ぎました。また、最初の翻訳で完璧に翻訳し、見直しに時間を取られないことを目指しました。さらに、翻訳しながら内容の展開を類推するように心掛けました。 

 ある日のこと、日本の母から電話があり、「叔母が急死した」と知らせてきました。日本に帰って葬儀に参列できませんでしたが、これが叔母ではなく、両親のうちどちらかが急死したら、一体どうすればよかったのかという問題が頭を離れなくなりました。その当時は長期にわたる大型案件を発注しており、日本に急遽帰国すれば翻訳会社に多大な迷惑がかかったでしょう。結論が出ないまま悶々と仕事を続けましたが、それから半年ほど経ってリーマンショックが起き、寝る暇もないほどの忙しさからは開放されました。

ステージ2:「長期間離脱しても、復帰できる翻訳者になる」
 Xデーは、叔母の死を伝える電話から2年ほど経った時やってきました。父が自宅で倒れて、救急車で病院に搬送されたが、意識もあるし大したことはないので、帰国は急ぐ必要はない、と母が電話で伝えてきました。ところが、その数日前アイスランドで火山が大爆発を起こして火山灰がヨーロッパ中に広がり、ヨーロッパの空港は全面的に閉鎖され、イスタンブールの空港の閉鎖も時間の問題となっていました。とりあえず、その日の直行便を予約して帰国しました。結局イスタンブールの空港は閉鎖を免れましたが、父の容態は入院時より悪くなっていました。この時の経験を踏まえ、いつでも最悪の事態を想定して行動するようになりました。

 それから7年間の間に、日本への緊急帰国は4回、隣の県にある夫の実家への緊急帰省は2回に及びました。幸い、そのうち5回は仕事が一段落したときに連絡が来たので、翻訳会社に迷惑をかけずにすみました。例外は、夫の実家に緊急帰省したときで手持ちの仕事がありましたが、クライアントが納期を伸ばしてくれ、無事に納品することができました。最後の2回の日本への緊急帰国は、その直前に花見で帰国したのと合わせて、半年間で3回に及びました。3回目はお盆の時期と重なりましたが、高額チケットを躊躇なく購入することができ、この時ほど翻訳者として経済的に自立していたことに感謝したことはありませんでした。

 この他にも、年に1~2回安いチケットを見つけては1か月ほど帰国していましたが、日本では父を在宅看護する母の手伝いをしていたため、全く仕事をしませんでした。そんなに頻繁に、長期間帰国して仕事に支障がなかったのか疑問に思われるかもしれませんが、取引先はすべて海外の翻訳会社で、休暇の予定を事前に連絡しておけば、日本から帰国後も1週間以内に普段のペースに戻ることができました。その代わり、普段は少々無理しても仕事を引き受け、メールへの迅速な対応、納期厳守、品質にムラを出さないことを徹底して、翻訳会社と信頼関係を築いてきました。ただし、支払いに問題がある会社や、プロジェクトマネージャー (PM) に問題がある会社など、仕事量が多くてもストレスとなる仕事先は切り捨てて、信頼の置ける、仕事量が豊富な会社を開拓しました。

ステージ3:「複数拠点で仕事しながら、旅する翻訳者になる」
 父のことが一段落した後、従兄弟の訃報が入ってくるようになりました。家業を受け継いだり、企業戦士としてバリバリ働いた後、やっと引退してこれから自分の時間を楽しもうという時に、突然死したり、急性の難病に罹ったりして亡くなってしまいました。他にも、生活習慣病が悪化して治る見込みがなく、施設に入っている年下の従兄弟も二人います。トルコ在住者でも、若くして亡くなった女性が何人かいて、人生の賞味期限というのは案外短いのかもしれないと考えるようになりました。

 それでは、今やり残して後悔することは何だろうと考えました。私の場合は、トルコ国内や周辺の国をもっと旅したい、それからイスタンブールの街を隅々まで味わいたいということでした。現在のトルコがある大地は、文明の十字路と呼ばれているように、有史以来さまざまな国家が興亡を繰り返し、行く場所によって全く異なる遺跡が見られます。巨大なローマ宮殿の遺跡、山頂にある王の墓やそれを見守る石像、ダム建設のため水没する畑地から発掘された色鮮やかなモザイクの数々。すべて人類の叡智を集めて作られ、大災害や戦争によって破壊されてきました。人間の偉大さ、素晴らしさや愚かさ、自然の厳しさをこの目でもっと確かめてみたいというのが私の夢です。幸い夫も旅行好きで、運転手を努めてくれることになっています。また、かつて2つの帝国の首都だったイスタンブールは数千年の歴史があり、世界遺産に指定されている見どころのある旧市街の他にも、名もない教会やモスク、歴史のある建造物、個人や企業経営の美術館が無数にあります。結婚当初住んでいましたが、大地震を期に子育てのために地方都市に引っ越したこともあり、子育てが終わったら、旅行ではなく、ふらっと出掛けて散策したり、チャイを飲みながらまったりしたいという思いをずっと抱いていました。

 昨年の夏、思いがけない形でそのチャンスがやってきました。大学院を卒業した娘がトルコ企業のイスタンブールにある本社に勤務することになり、空港への行き来に便利で、会社からも近い絶好の地に少し広めのマンションを借りることができました。秋になって、仕事用の高スペック・ラップトップを購入し、仕事で使っているデスクトップと同じ仕様にしました。12月の始めに、娘の下宿に滞在しながら、早朝から午前中は仕事、日中はふらっと出掛けて、夕方から夜はまた仕事という生活を1週間続けて、二拠点生活の手応えを感じました。年末から1か月半日本に帰国し、春から本格的に自宅とイスタンブールの二拠点生活を続けながら、時々旅に出るという計画を立てていましたが、残念ながら今回のコロナ騒ぎで予定を延期せざるを得なくなりました。

 翻訳という職業は、どこにいても社会とつながり、誰かに必要とされていることが実感できるすばらしい職業です。仕事もしたい、自分の夢も実現させたいというのは、とても欲張りな望みだと思います。それでも、今回敢えて挑戦してみようと思ったのは、人生の残り時間が少なくなってきたからです。トルコで旅するには体力が要ります。あと10年すれば、もう行けなくなるかもしれません。コロナの終息を祈りつつ、仕事も人生も楽しむ、これが今後の目標になりそうです。

 皆さんの夢は何ですか?

現況
在宅翻訳者。主に在米の翻訳会社と取引しながら、Eラーニングモジュール、AIデバイスなどの翻訳を手掛ける。

 

【プロフィール】
 ハクセヴェル ひろ子
・日本の大学卒業後、商社と外資系金融機関に勤務
 ・1992年トルコに移住
 ・1999年Proz.com に登録
 ・2005年バベル翻訳大学院にて翻訳修士号を取得
 ・2008年Proz.com Certified PRO認定会員
 ・現在トルコに在住し、実務翻訳に従事する傍ら、
   翻訳評価、翻訳ビジネスの発展向上をめざし活動中
・バベル翻訳専門職大学院教育カウンセラー

 

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