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禍根を残すパンデミック(ドイツ)- 竹島レッカー由佳子

2020/07/07

【特別特集】新型コロナに教えられたこと
第3回
 

 
禍根を残すパンデミック(ドイツ)

竹島レッカー由佳子
(翻訳者、バベル翻訳専門職大学院修了生)

 

まさかこのような事態が、私が生きている間に起きるとは思わなかった。

ドイツは9つの国に囲まれているが、それらに接する国境が、今年3月、すべて閉ざされた。戦後始めてのことだった。フランスのアルザス地方やスイス国境までは、私の住む地域(ハイデルベルク近郊)から車で2時間ほどの距離である。週末にフランス側のスーパーに買い物に行くこともある私にとって、国境の閉鎖はショックだった。おいしいマカロンが手に入らなくなったからではない。非現実的なことが現実になったからだ。国境という目に見えない線を初めて意識した。

ソーシャルディスタンシングという非常な状況のなかで、気づいたことは他にもある。

たとえば、マスクによる心理的な影響だ。制限措置が大きく緩和された現在でも、几帳面なドイツ人は、屋内でのマスク着用義務を守っている。だが、マスクを着けているとき、多くの人がよそよそしい。話しにくく、相手の表情が見えなくてイライラするせいなのか、コミュニケーションがぎこちなくなった。人を感染から守るという点ではマスク着用は必要不可欠だが、心理的な距離をつくっているような気がする。私もそうだが、マスクのせいで外出が億劫になった。ヴェルト紙によると、マスク着用義務によってショッピングの楽しさが半減し、そのために小売業が大きなダメージを受けているという。

規制に対する温度差を、最近とくに強く感じる。シングルマザーの知人たちは、私よりもはるかに大きな打撃を受けているせいか、措置は行き過ぎだと言っている。6月20日にシュトゥットガルトで起こった大規模な暴動は、ティーンエイジャーや20代の酔っ払った若者グループよるものだった(政治的な動機はなかった)が、長引く規制による鬱憤や将来への不安などが合わさって爆発したのだろう。この暴動でシュトゥットガルト(私の住む州の州都で、ポルシェやダイムラーの本社があり、経済的に安定した街)のメインストリートの店舗が破壊され、略奪が行われた。このようなことは近年、ドイツではなかった。

その他に、ドイツでの新型コロナウィルスからの影響をメディアや統計からいくつかひろってみた。

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・3月下旬から5月下旬のコロナ期間中に、離婚を決断した人が前年より5倍増えた(世論調査機関Civeyの調査による)

・グローバル化の支持者が少なくなった(世論調査機関Civeyによると、今年1月から約10%減少している)

・家庭から出るブラスチックゴミが前年に比べて10%増加した。使い捨てマスクのせいか?(リサイクル業者Der Grüne Punktによる)

・景気刺激対策として消費税が下げられることになった(7月1日から19%から16%に引き下げられる)が、34歳以下の消費者の39%はそれでも貯金をしたいと答えている(YouGov調査)

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学校は再開されたが、一斉登校を避けるために、生徒の半分はいまだ自宅でのオンライン学習をしており、このまま夏休みに突入するようだ。デスクワークやマネージメントの仕事に就く人も、大半が自宅からのリモート勤務を続けており、国間の移動が解禁されても経済上の理由から出張は大幅に少なくなると聞く。

このようなドイツの現在の状況を見ていると、ソーシャルディスタンシングが全面解除されても、コクーン化はしばらく続くかと思われる。先行きが見えない不安はあるが、内なる自分を見つめる、そしてごく身近な人たちの繋がりを強めるいい機会だと捉え、前に進むしかない。この状況は、出版業界にとってはチャンスではないだろうか。人は今まで以上に、心のよりどころとなるもの、気分を高めてくれるものを、身近なところで探すようになるだろう。そうなると、本が大きな役割を果たすと私は見込んでいる。

 

【プロフィール】
竹島レッカー由佳子
英語・ドイツ語翻訳者。米国オハイオ州立大学言語学科卒業。独ボン大学翻訳科で学んだのち、バベル翻訳大学院(USA)で米国翻訳修士号を取得。児童書、料理本などの下訳や共訳のほか、スポーツ・アパレル・音楽・教育・産業関連の実務翻訳に幅広く携わる。訳書として、『身近にいる「やっかいな人」から身を守る方法』(あさ出版)、『私は逃げない~シリアルキラーと戦った日々』(バベルプレス)などがある。ドイツ・ハイデルベルク在住。