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新たな時代へ向けて、あるがままを生きる ― 佐々木 理恵子

2020/06/22

【特別特集】新型コロナに教えられたこと
第2回
 

 
新たな時代へ向けて、あるがままを生きる

佐々木  理恵子
(バベル翻訳大学院修了生)

 

自宅勤務となってから、2台のコンピュータを部屋の窓側に移しました。仕事をしながら、光緑に輝く木々、青く澄み渡る空、霞がかる遠くの山々が見えます。風が吹けば、さやさやとゆれる新緑の葉々。四方に伸びゆく細い小枝に小鳥たちのさえずり。世界、社会、個人の思いがどうあろうとも、決してひるむことなく、ためらうことなく、あるがままを生きる、その自然の強さと豊かさに、我の思いをどこに定めるべきかと、ふと考えさせられます。

2004年にバベル翻訳大学院を卒業してから、早16年という月日が過ぎました。TPT前号で本企画にご参加された院生の方々からのご投稿に深い感銘を抱き、私もバベル翻訳大学院で学ぶご縁がありましたことにあらためて感謝の念が溢れてまいります。

ウィットマイア彩様からは、デンマークのヒュッゲの精神をご教示頂き、最後に「ヒュッゲにあたる新しい日本語は何か、これから考えていきたい」と結ばれた、その言葉に向き合う真摯なご姿勢に、心が洗われる思いでした。

ウォーカー美穂子様は、オーストラリアの現状をご説明下さり、「これを機に、政治に関心を持ち、豪州、米国、日本を含む他の国の政府と国際関係について、今後も考えていくつもりです」というご決意に、国家やリーダーの在り方に対する深いご思索と精神性を感じます。

クローニン真理様からは、アメリカの実情をお伝え頂き、同じ国に住む者として大きな共感を覚えます。「この新型コロナウィルスにより深刻な被害を受けた人々、そして今、この瞬間、このウィルスの被害と戦っている真っ最中の人々に、この先、復帰の力となるものが多く生まれ出てくることを心より願っています」というご見解に、賛同申し上げます。コロナや人種差別の問題が大きく問われているアメリカですが、必ずしも悲観ばかりではなく、今、平和的行動や未来への希望的思考や対策もこれまで以上に育まれてきていることも、確実に目にいたします。そこから、きっと良きものが生まれ出るのでしょうね。

7年前になりますが、私は「翻訳者が意識すべき距離感」として、本誌でこう述べました。

「翻訳には、ある意味で、翻訳者と原文(原著者)間、および翻訳者と訳文(翻訳者)間において、ひとつの『距離感』が必要であるように思います。最初は、翻訳者として原文に近づきすぎず、あえて読者としての一定距離を保ちながら、何の先入観も持たず純粋に原文に接し楽しみ味わいます。その後、だんだんと翻訳者意識を高めつつ、原文(原著者)にどんどん近づいていきます。実質の翻訳時には、その距離感はゼロに等しく、翻訳者は原著者と一致共鳴します。しかし、最終段階に近づくにつれ、再び翻訳者は原著者との距離を離していきます。つまり翻訳者は、あえて訳文(翻訳者としての自分自身)から離れ、読者という第三者的意識を持って自分で書いた訳文との心理的距離を作っていきます。高い品質の翻訳を生み出すには、翻訳者は原著者にとって最大の良き理解者でありながらも、決してその情熱だけに身を任せてはならない。原文に対しても訳文(自分自身)に対してもどこか冷静さを保ちつつ、また原著者から信頼して頂けるだけの人間性向上も常に目指すことを基本的心構えとして持っていなければならない。」

今、読み返し、「わかったようなことを…」と感じないでもありません。ただ、改めて思いますのは、この『距離感』という意識は、私たちの生活にも言えるのではないかということです。

私たちは自分自身の心とは別に集団の心を持っています。いわゆる集団意識、集団心理です。決してグループ単位のみではなく、たった二人であっても人間が重なった時に現れる、その心です。その心が、時に自分の深い心とは異なる方向に暴走し始めることがあります。その時に「今、暴走している。私は流されようとしているんじゃないか」と、自分の心の動きを冷静に察知し俯瞰するための、もう一つの心を持つことが必要だと感じます。

世界が揺れ動く中、人々の様々な感情や思考は乱れ対立します。誰もが自分自身の経験という狭い視野で物事を見て判断し解釈し、コロナ禍においては「無知による誤解」も顕在化しやすくなります。それは、国、地域、文化、世代、組織、家庭、個々の人間など、様々なところで起こりうるのでしょう。この「無知による誤解」は、翻訳者にとって無視できない部分であり、翻訳作業を行う上でも致命傷となりかねません。また、混乱の中でこそ、異なる立場での相互理解を促し、より多くの方々に心の平安と命の尊厳を間接的に伝えていこうとすることも、翻訳を学んだ者としての使命なのかもしれないと思えてきます。

多様な心を知り、多様な生を知り、あるがままに自身を生き、あるがままの他を尊重し、すべてが自然の一部であることを知り、その調和のなかで生きる。では、調和とは何なのか。私の一生も無事無難で終わることが調和なのだろうか。創生、成長、破壊、再生の繰り返しに、今、深遠なる意味を感じます。

 

【プロフィール】
佐々木理恵子:

日本企業及び外資系語学教育機関勤務を経て、1997年渡米。翌年より翻訳学習および翻訳業開始。2001年バベル翻訳大学院入学、2004年同大学院修士号取得。2020年武蔵野大学心理学(産業カウンセリング及びキャリア・コンサルティング)学士号取得。2004年より現在まで米国スタンフォード大学にてリサーチコーディネータ及び教授秘書として勤務。2011年より2018年までバベルにて出版翻訳、産業翻訳、リサーチ、監査業務に従事。主な訳書:Zen Wind (「叡智の風」 田坂広志著 2018年)The Power of Body Awareness (「身体意識を鍛える」高岡英夫著 2014年)The Golden Ear (「金色の耳」きっかわみき著 2013年)Happiness (「あなたにあえて世界一うれしい」徳尾裕久著 2012年)