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「翻訳者に役立つ『やさしい日本語』」セミナー

2019/11/07

【特集】
『やさしい日本語』


「翻訳者に役立つ『やさしい日本語』」セミナー



猪塚 元 (いのづか はじめ) 日本語教育講師/東邦大学他講師

 

母語を産出する観点からの「やさしい日本語、Plain Japanese」の利用
 前回指摘したように。①から翻訳機能を繰り返して得られたものが、原文では①と③の相違が大きいのですが、「やさしい日本語」ではその差がほぼありません。さらに②と④の違いは、原文でも書き換えでないことがわかりました。


原文:①いつ起きてもおかしくない首都圏を襲う地震に備える。
   →②
Prepare for an earthquake that could hit the metropolitan area at any time.
     →③首都圏を直撃する地震に備える
     →④
prepare for an earthquake that hits the Tokyo metropolitan area


やさしい日本語での書き換え:
   
①東京などで地震が起きるかもしれないので、地震のときのために準備して下さい。
→②
There may be an earthquake in Tokyo, so please prepare for the event of an earthquake.
→③東京で地震が起きるかもしれませんので、地震に備えて下さい。
→④
There may be an earthquake in Tokyo, so please prepare for the earthquake.

 このことから前回「凝った言い回し」でも「簡単な言い方」と伝達内容は変わらないので、「翻訳しやすい(誤解されにくい)」言い方をとしての「やさしい日本語」が望ましいと指摘しました。今回はこれを日本語のチェックに使用することを考えてみましょう。まず以下の文に対して同様の翻訳を繰り返してみます。

①興味深いのは、原文(1)翻訳した(2)からもどした(3)はいわゆる「やさしい日本語」に近くなっているということです。 
  ↓
What is interesting is that the translation of the original (1) (2) (3) is close to the so-called "easy Japanese".
 ↓
③興味深いのは、原文(1)(2)(3)の翻訳がいわゆる「やさしい日本語」に近いということです。

 ③~判断すると②の下線部が誤訳されています。そこで『「やさしい日本語」にするため
12のきまり』の中から下記をもとに書き換えてみます。
規則の詳細は「減災のための「やさしい日本語」のホームページ内の参照

http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/EJ9tsukurikata.ujie.htm

 (2)「1文を短くして、分かち書きにし、文の構造を簡単にします。文は分かち書きにして、ことばのまとまりを認識しやすくしてください。文の長さは平仮名で数えて24字程度、文節の数は10文節程度を目安にしてください。
また、文は文節で余白をあけて区切り、分かち書きにしてください
①主語と述語を一組だけ含む文にしてください 
②連体修飾節(名詞を説明している部分)の構造を単純にしてください  

①‵原文(1)を翻訳したものが(2)です。(2)から翻訳した(3)はいわゆる「やさしい日本語」に近くなっています。
 ↓
‵The translation of the original (1) is (2). (2) Translated from (3) is close to the so-called "easy Japanese".

②により正しい翻訳が得られたので、こちらの日本語のほうがわかりやすいと考えられます。今回は紹介できませんでしたが、『「やさしい日本語」にするための
12の決まり』には、機械翻訳とのやりとりの中で日本語を書く上での有益なルールが多く見られます。

「やさしい日本語」と母語での表現の工夫

 母語での表現の工夫について「驚いた」を「強調」することを例に考えて見ましょう。通常は簡単で一般的な言い方の「とても」とか「すごく」ではなく、「腰を抜かすほど」や「心臓が止まるくらい」などとすることが考えられます。

 しかし逆に考えれば「表現を幾ら変えても「強調」という機能にはかわりない」とも言えるわけです。その場合まずは「とても」とか「すごく」という基本表現を使うレベルを作成するほうが望ましいというのがこの「やさしい日本語」的な発想の一つです。

 さらにこの修飾語などがどのような機能で使われているかに意識的になることは、以下に挙げる語彙関数という考え方を通じ、翻訳に結びつきます。

語彙関数   
 Magn(強調)という語彙関数と考える

日語  濃い お茶                        日語   
Magn (茶) = 濃い
英語  
 strong tea                            英語    Magn (tea) = strong
独語  
 starker (‘powerful’) Tee       独語    Magn (Tee) = starker
西語   
 té cargado (‘loaded’)            西語    Magn (té) = cargado
仏語     
thé fort (‘forceful’)              仏語     Magn (thé) = fort
露語   
 krepkiy(‘firm’) chay            露語     Magn (chay) = krepkiy

 機能でとらえて翻訳することで、誤訳せずに正しい表現が得られるわけです。そしてこれらを機能的的に働かせるためには、「強調」だったらその機能を果たす最も「やさしい」形で示しておくのが有効になります。

 さらに表現の工夫に応じて
Magn+Metph(強調+比喩)といった関数を作れば、「MagnMetph(驚く)=心臓が止まるくらい(驚く)」のような関数の各国語版を準備すれば、さらにより高度な対処もできます。将来的には単語を選択して「強調」のような機能を働かせれば選択された語にふさわしい「とても」から始まった様々な強調表現が並び、それから選択するといったことも可能ですし、その翻訳バージョンも考えられます。

 ロシア語やフランス語ではこの語彙関数に基づいた辞書が作戦されており、日本語でも研究があります。(参考文献参照)


最後に
 現状では今回紹介することしかできなかった「やさしい日本語」を、翻訳、特に手軽に使える機械翻訳を用いて考えることや、翻訳用の「やさしい日本語」、さらにそれらを支える「母語話者の語学としての国語(日本語)教育」は研究でさえまだ始まってもいない段階といえます。この段階で重要なのは、とにかく多くの人が様々な試みをすることです。思いつきでも何でも試してみること。そしてそれが集まってくることで形や方向が見えてくるようになるでしょう。

参考文献
日本語
城田俊・尹相實『日本語 言葉の結びつきかた 新日本語語彙論』
2015 ひつじ書房
ロシア語

Mel’ uk, I.A., and A. Zholkovsky. The explanatory combinatory dictionary. In M.W. Evens, ed. Relational Models of the Lexicon: Representing Knowledge in Semantic Networks, pp. 41 – 74. Cambridge University Press, 1988.

フランス語

 Igor Mel’čuk (Compilateur) Dictionnaire explicatif et combinatoire du français contemporain: Recherches lexico-sémantiques. Volume 1 1984 Volume 2 1988 Volume 3 1992 Volume 4 1999




【プロフィール】
猪塚元(いのづか はじめ)
上智大学外国語学部ロシア語
学科卒業、同大学大学院言語学研究科 
博士前期課程修了 文学修士
日本語教育能力検定試験 合格 
東邦大学等で講師
大学院では音声学の研究室に所属し10年ほど日本各地で方言の
フィールドワークに従事
大学院終了語、辞書出版社で露和・和露、英和・英英などの辞書の
編纂また情報処理振興事業協会でコンピュータ用日本語辞書の
プロジェクトに従事

 ●著書 
 (共著:猪塚恵美子)『日本語の音声入門』バベルプレス
 (共著:猪塚恵美子)『日本語音声学の仕組み』研究社
 (共著:井口厚夫他)『
Japanese Now(英文)』荒竹出版