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第25回 ハワイ書籍レポート ー マリ・ピンダー

2020/08/07

世界の出版事情 ― 各国のバベル出版リサーチャーより
第25回
 

 
ハワイ書籍レポート
受け継がれるアロハスピリット

マリ・ピンダー
(バベル翻訳専門職大学院在学中)


 

ハワイで外出禁止令(今は外出自粛令)が出されてから、4ヶ月が経ちました。コロナウィルスの収束が見えないどころか、ハワイでは日々新規感染者数の最高記録が更新されています。経済活動の多くを観光業に頼るハワイは、非常に苦しい状況が続いています。ホノルル市内だけで、900ものビジネスが廃業したという報道もありました。普段は観光客で溢れているワイキキのメインストリートであるカラカウア通りやアラモアナショッピングセンターも、マスクをしたローカルの人たちが少し出歩いているくらいです。

しかしそんな中で、ちょっとした混雑が見られる場所があります。どこか想像のつく方はいらっしゃるでしょうか。答えは、海です。外出禁止令が出された後も、ハワイでサーフィンが禁止されることはありませんでした。ビーチが閉鎖されたにも関わらず、サーフボードを持って通り抜けて海に入ることは良しとされたのです。憶測でしかありませんが、他州に比べて人口密度が低く、しかしサーファー人口は多いこと、そして何よりもサーフィンが生活になくてはならないものという意識が浸透しているので、禁止などしようものならどんなことが起こるか分からないから許可しよう、といったところでしょうか。夏場に波の立つワイキキやアラモアナは、観光客がいないにも関わらずなかなかの混み具合です。

さて今回紹介する書籍は、多くのサーファー、特に女性とキッズサーファーに多大なる影響を与えた人物について書かれたものです。彼女の名前はレル・サン。オアフ島西部のマカハをホームポイントとしたことから、「マカハの女王」と呼ばれていました。レルはオアフ島初の女性ライフガードであり、サーフィンはもちろんスピアフィッシングやスキンダイビングの得意な正真正銘のウォーターウーマンでした。男性一辺倒だったサーフィン界において、女性でもサーフィンできることを証明し、多くのサーファーのロールモデルとなりました。女性サーファー向けのコンテストの開催のみならず、次代を担うキッズサーファーのコンテストを創設し、そのコンテストは今でも続いています。レルの活躍は海の中だけにとどまらず、フラを踊り、ラジオDJとしても活動していました。

アロハスピリットに溢れたレルですが、1998年に乳癌のため47歳の若さでこの世を去っています。この書籍は、レルを愛してやまないたくさんの人々によって書かれた回顧録です。編纂者の言葉を借りると”talk story”スタイルとなっています。このハワイならではの”talk story”とは平たく言えば「おしゃべり」なのですが、カジュアルな話題からシリアスな事柄まで、ハワイの人たちはいつだって語り合っています。レルへの深い愛の詰まったこの書籍を読み、どうして彼女が癌に選ばれてしまったのだろうと思わざるを得ませんでした。もしレルがまだ生きていたら、どんな風にこの厳しい状況を乗り切っていったでしょうか。

Stories of Rell Sunn : Queen of Mākaha (2010)
編纂: グレッグ・アンブローズ
 


作品について
「世界のウォーターウーマン」「レルのオハナ(家族)」「メンターと指針」「精神力と生命力の大使」という4つのカテゴリーに分かれ、70篇の回顧録が集録されています。様々な角度からレルのことが書かれていますが、総じてそのウォーターウーマンとしてのスキルの高さ、懐の深さ、溢れるアロハスピリット、キッズサーファー育成への情熱、と言った点に皆が言及しています。

回顧録を寄せた人たちは、娘のジャンを含めて39名。既に故人となっている世界的に有名なシェイパー(サーフボードを作る人)であるドナルド・タカヤマをはじめ、ビーチボーイやライフガードと言った海つながりのあった人たちもいれば、レルが癌を患ったことで友人となった人もいます。たくさんの人がレルのアロハスピリットに感銘を受け、その意志を受け継いでいます。

 

【プロフィール】
マリ・ピンダー
バベル翻訳専門職大学院在学中。ホノルル在住9年目で1児の母。ハワイで制作されているバイリンガル雑誌trimの翻訳をしています。日本にいた頃は、幼児向け英語教材の編集をしていました。

 
【記事で紹介された主な作品】

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