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第23回 ハワイ書籍レポート ー マリ・ピンダー

2020/06/08

世界の出版事情 ― 各国のバベル出版リサーチャーより
第23回
 

 
ハワイ書籍レポート
ハワイの偉人たち

マリ・ピンダー
(バベル翻訳専門職大学院在学中)


 

 「カラカウア通り」「カピオラニ公園」「クヒオビーチ」という名前を聞いたことがありますか?これらはすべてハワイ州オアフ島に実在する場所の名前で、ハワイの歴史上の偉人たちから名前をつけられています。

 カラカウア王は、それまで抑圧されていたフラをはじめとするハワイの伝統文化復活に貢献しました。毎年ハワイ島で開催されるフラの祭典「メリー・モナーク」は、カピオラニ王の愛称から名付けられたものです。カピオラニ王妃はカラカウア王の妻で、ハンセン氏病患者のための寄付金集めをするなど、とても献身的な人でした。王妃が開設した産院は今ではカピオラニ病院と呼ばれ、子ども専用の最新機器と最新技術を持つ施設として機能しています。クヒオはハワイ王国の王子として育ち、王国滅亡後は政治家として活躍。クヒオの誕生日は「クヒオ・デー」としてハワイ州の祝日に制定されています。ハワイにはこの他にもたくさんの偉人たちがいますが、その中から、100年前と50年前に活躍した偉人を2人紹介します。

 今回取り上げた書籍は、この偉人たちの記事が掲載されている雑誌trim magazineです。trimはハワイとサーフィンの歴史に焦点をあて、英語と日本語が併記されているユニークな雑誌で、2017年から私が翻訳を手がけています。



The Surfing Princess (2018)
trim hawaii surf magazine 09
作: ベン・マーカス



作品について
カイウラニは、ハワイ王国最後の王女でした。この作品では、「詩人でありながら運動能力も高く、歌がうまく泳ぎの名手であった」と言われているカイウラニの短い人生について書かれています。ハワイ王国転覆の一報を受けた際には、ボストン、ニューヨーク、ワシントンDCの東海岸を巡る旅に出ました。その美貌と着こなし、知性と魅力で当時のクリーブランド大統領含め、白人たちをあっと言わせたそうです。王位の座を失い23歳という若さで亡くなりましたが、ハワイの人たちにとても愛されていた人物です。ワイキキ内にカイウラニ像が建っている他にも、王女が幼少期を過ごした場所には現在、「プリンセス・カイウラニ」ホテルが建てられ親しまれています。


作者について
ベンはサンフランシスコで生まれ、サンタクルーズ育ちのサーファーです。オアフ島のアラワイハーバーのボートに数年暮らしていたこともありますが、現在はマリブ在住です。アメリカの有名なサーフィン雑誌”Surfer Magazine”のエディターや本の執筆を手がけ、今ではアメリカのみならずフランスや日本のサーフィン雑誌にも寄稿しています。


Hawaii’s Hero (2017)
trim hawaii surf magazine 06 <trim 2017 Fall Issue>
文:マット・ルトレル
 


作品について
近代サーフィンの父として世界でも有名なデューク・カハナモクは、1912年のストックホルムオリンピックにて、100メートル自由形で金メダルを獲得。ハワイに初めて金メダルをもたらした人物としても知られています。アメリカ代表に選出される前、デュークはホノルルで開催された大会で当時の世界記録を更新しました。しかしあまりに速すぎたため、アメリカ本土の審査員から、ホノルルの審査員は正確に計測することもできないのかと一笑に付されてしまいます。そんなデュークが本土で行われる大会に参加するために、サポートチームが結成されました。
現在のハワイでは、ワイキキにデューク像が立ち、デュークの名のついたビーチやレストランが存在します。しかし、サポートチームの存在はほとんど忘れ去られています。この作品では、ハワイのヒーローとなったデュークを支えた人たちを紹介しています。


作者について
trim magazine編集長であるマットは、ハワイの歴史を愛するサーファーです。過去にはハワイで発行されているFree Surfというサーフィン雑誌のエディターをしていました。雑誌作りにとどまらず、映像作品やボードショーツも制作しています。

 

【プロフィール】
マリ・ピンダー
バベル翻訳専門職大学院在学中。ホノルル在住8年目で1児の母。ハワイで制作されているバイリンガル雑誌Trimの翻訳をしています。日本にいた頃は、幼児向け英語教材の編集をしていました。

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