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第1回 ドイツ絵本レポート - 竹島レッカー由佳子

2019/03/07

新連載
世界の出版事情 ー 各国のバベル出版リサーチャーより


第1回 ドイツ絵本レポート
-夢見る…だけではないドイツ絵本


       
                 
竹島レッカー由佳子(翻訳者、バベル翻訳専門職大学院修了)
 

 
 「メルヘン」という言葉は、今やりっぱな日本語として使われていますが、その語源はドイツ語(=
Märchen)だと、みなさんご存知ですか? メルヘンの代表格であるグリム童話に親しんだ方は多いと思います。日本のとある田舎町で育った私も、まだ読み書きのできなかった幼少のころ、ナントカ太郎や赤鬼や天狗が登場しない、異邦の挿絵を飽くことなく眺めていたことを覚えています。

 「メルヘンチック」いう和製語(これはドイツ語にはありません)から連想するのは、お城、森、木組の家並み、石畳などの風景ではないでしょうか。そう、まさしくそれがドイツなのです。週末にみなが散歩を楽しむ森があり、街の広場を囲むように教会と木組の家が並び、アウトバーン沿いの丘の上に古城が見える。それらの風景は、けっしておとぎ話の中だけではなく、今日でも、ドイツ文化の一部として当たり前のように存在しています。
つまり日本の4歳児も『赤ずきんちゃん』や『ブレーメンの音楽隊』を読むとき、すでにドイツ文化を体感しているというわけです。

 前置きが長くなりましたが、日本のみなさんが「メルヘンチックな国」だと思われるドイツで、子どもたちは何を読んでいるのか、というのが、ここでの本題です。

 ドイツ児童文学には、大きく分けて二つの分野があると言われています。一つは、子どもの夢を育む作品。題材はいろいろですが、幼年向けでは擬人化した動物、お姫さま、魔女、騎士、ドロボウなどがよく登場します。小学生以降は冒険ファンタジーが多くなります。

 もう一つは、現代を反映した、シリアスな作品です。死を題材としたものや、負の歴史のなかで人びとが負った痛み、そして現代の子どもが直面する問題をしっかり見据えた作品などがあります。

 今回は、児童文学のなかでも絵本に焦点を当て、ドイツの子どもたちに長年愛されているロングセラー絵本、そして近年のベストセラー絵本を、上記のように分類してご紹介したいと思います。


■夢たっぷり絵本■

Das Traumfresserchen
ゆめくい小人


作:ミヒャエル・エンデ
絵:アンネゲルト・フックスフーバー

邦訳: 『ゆめくい小人』
1981年偕成社
さとうまりこ訳

あらすじ
夢に怯えて眠れない王女のために、王様は
悪夢を食べてくれるという小人を見つける旅に出ます。


作者および作品について
ドイツ児童文学の巨匠ミヒャエル・エンデ。ロングセラー『モモ』や『はてしない物語』といったファンタジー作品は日本でも広く親しまれています。少しメルヘンチックな、寝る前の読み聞かせにぴったりの絵本です。ドイツでは人形劇にもなっています。


  
  
Das schönste Ei der Welt
  せかいいちのたまご(仮)

  作・絵:ヘルメ・ハイネ







あらすじ
「一番美しいたまごを産むのはどのめんどり?」 王様に問われ、めんどりたちは我こそはと口論しますが、なかなか決着がつきません。とうとう、その「中身」を見てみようということになり、ブチ子とシロとフェザーはそれぞれ特別なたまごを産みます。さあ、どのたまごに軍配が上がる?

作者および作品について
ヘルメ・ハイネはドイツで最も愛されている絵本作家の一人です。温かい色彩のイラストは、ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞など、数々の賞を獲得しています。ハイネの代表作である『
Freunde』(邦題『ともだち』 ほるぷ出版)は31
カ国語に翻訳されています。本作品は、「それぞれが個性的で、すばらしくて、世界一」であることを、ユーモラスに教えてくれます。

  
  
Oh, wie schön ist Panama
  夢みるパナマ


  作・絵:ヤノッシュ

  邦訳: 『夢みるパナマ』
  
2000年 きんのくわがた社
  大石一美訳





あらすじ
トラくんとクマくんはあこがれの国、パナマを目指して旅に出ます。キツネやウシが示す方向に野原を歩き、川を渡り、やっと行き着いたところとは?

作者および作品について
ドイツではこの話を知らない子どもはいない、というほどの定番です。シリーズ化し、アニメにもなりました。「友だちさえいれば、こわいものは何もない」がトラくんの口ぐせです。ふたりの会話や一途さがとてもかわいく、最後に見つけたボロ小屋が、実は前に住んでいた家だとは気付かず、修理をし、「今いるところが一番すてき」というオチに心がほっこりします。



 Vom kleinen Maulwurf, der wissen wollte,
    
wer ihm auf den Kopf gemacht hat.
    うんちしたのはだれよ!
    作:ヴェルナー・ホルツヴァルト
  絵:ヴォルフ・エァルブルッフ
   
    邦訳: 
  『うんちをしたのはだれよ!』
  
1993
年偕成社
  関口裕昭訳


あらすじ
ある日、空から降ってきたウンチが頭にかぶさり、怒ったモグラくんは犯人捜しにのりだします。

作者および作品について
一目でグッとくる表紙です。頭に異様な物をのせたモグラとこのタイトルを見ただけで、これから何が起こるのか、ワクワクしてしまいます。作者は元ジャーナリストということで、文はリズムよく軽快。尋問された動物たちは疑いを晴らすためにモグラの目の前でウンチをしますが、その形状の描写も愉快です。最後、犯人に小さな仕返しをして満足げなモグラくんの姿に、思わずくくっと笑ってしまいます。

 
   Lindbergh
   リンドバーグ

   作・絵:トーベン・クールマン

   邦訳: 『リンドバーグ』
   
2015年ブロンズ新社
   金原瑞人訳




あらすじ
1900年初め、ネズミ捕り器が発明され、危機を感じた小ネズミくんは渡米を決意。しかしネコに阻まれて乗船できず、飛行機での大西洋横断を思いつきます。NYを目指し、飛行機作りのために材料をせっせと集め、研究と試飛行を重ねるネズミくんは、夢を叶えることができるのでしょうか。

作者および作品について
作者は新鋭イラストレーターのトーベン・クールマン。緻密な絵とアンティーク調の装丁が実にすてきな作品です。目標に向けてコツコツと努力を重ねる小さなネズミはいじらしく、フクロウをかわして大空に飛び出す姿には清々しさを感じます。最後に、大西洋横断に成功してヒーローとなった小ネズミのポスターをくいいるように見つめる少年の姿が描かれていますが、その少年こそ、のちの飛行家チャールス・リンドバーグ、というわけです。デビュー作である本作品はすでに
20カ国語に翻訳されています。2作目『Armstrong(アームストロング)』、3作目『Edison
(エジゾン)』も多くの国で賞賛され、ロマンを求める大人のファンも多いようです。

■現実的でシリアスな絵本■

  
  Opas Engel
   いつもだれかが…


   作・絵:ユッタ・バウアー

   邦訳: 『いつもだれかが…』
   
2002年徳間書店
   上田真而子訳



あらすじ
うれしいときも悲しいときも、怖いときも、危険なときも、いつもだれかが守ってくれていた……人生を振り返り、死に際におじいさんが孫に語ります。せつなくも心癒される物語。

作者および作品について
ユッタ・バウアーはドイツ児童図書賞や国際アンデルセン賞などを受賞したベテラン絵本作家です。本書のドイツ語タイトルは『おじいさんの天使』。おじいさんの回想シーンは子ども時代から始まり、交通事故やいじめっ子や怖いガチョウを軽くかわしていく姿は子どもらしくユーモラスに、そして大人になり戦時中や戦後の苦しみを乗り切っていく姿は淡々と描かれています。それぞれのシーンでおじいさんの背後にいるのは、かわいらしいというよりは、おばあさんのような風体の天使で、最後におじいさんが息を引き取ると、今度は孫に寄り添います。わたしたちも、今、誰かに守り支えられて生きている……そう思わせてくれる作品です。

  
  Ente, Tod und Tulpe
   死神とアヒルさん

   作・絵:ヴォルフ・エァルブルッフ

   邦訳: 『死神とアヒルさん』
   
2008年草土文化
   三浦美紀子訳



あらすじ
ある日、アヒルさんのもとに死神が現れます。始めはギョッとしたアヒルさんですが、一緒に過ごすうちに居心地がよくなり……

作者および作品について
前述の『うんちをしたのはだれよ』でもイラストを手がけたエァルブルッフは2刀流の児童文学作家で、ドイツ児童図書賞やボローニャ国際児童図書賞をはじめとした数々の文学賞を受賞しています。本作品に登場する死神は、頭蓋骨にチェックのワンピースのようなものを着ていて、無表情・無口でやや不気味な存在でありながらも、どこか温かさを感じさせます。しかし物語の主体はアヒルです。ふと死神の存在に気づいたアヒルは、始めは怯えるものの、しだいに死神に親近感を覚え、やがて寄り添うように息をひきとる……すべてのものには寿命があり、死は自然なもの、とさりげなく気づかせてくれる流れは秀逸です。死神がアヒルの骸に1本のチューリップを供える最後の場面では、死者への敬意が表れています。



  Ein mittelschönes Leben
  まあまあの人生 (仮)

  作:キルステン・ボイエ
  絵:ユッタ・バウアー






あらすじ
サッカーと理科が得意で、ごく普通の子どもだった男の子。いつしかごく普通に恋をして、働くようになり、結婚をして、親になり、夏には旅行にも行きます。ところが、ある日、奥さんは家から出て行き、やがて仕事も失ってしまいました。

作者および作品について
人気児童書作家のキルステン・ボイエとユッタ・バウアーによる、実話をもとにしたフィクション。ボイエは近年、シリア難民を題材としたノンフィクション絵本も出版しました。本書では、平易な語彙で静かに淡々と、ごく普通の家庭をもっていた男性が路上で生活するようになった様子が描かれています。重たいテーマでありながら何かを主張するのでない、ジャーナリスティック的な文体は、子ども読者を怖がらせることなく、すっと心に響きます。作者は実際に小学生からホームレスへの質問を集め、路上生活を送る人たちにインタビューを行っています。あとがきに載せられた子どもたちからの素朴な質問(「怖いと思うものは何?」「どうして施設に入らないの?」「クリスマスはどう過ごすの?」など)に対する、ホームレスの生の声は貴重です。

 
【プロフィール】
竹島レッカー由佳子
英語・ドイツ語翻訳者。米国オハイオ州立大学言語学科卒業。独ボン大学翻訳科で学んだのち、バベル翻訳大学院(USA)で米国翻訳修士号を取得。児童書、料理本などの下訳や共訳のほか、スポーツ・アパレル・音楽・教育・産業関連の実務翻訳に幅広く携わる。訳書として、『身近にいる「やっかいな人」から身を守る方法』(あさ出版)、『私は逃げない~シリアルキラーと戦った日々』(バベルプレス)などがある。ドイツ・ハイデルベルク在住。