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第22回 きせつの絵本 その1 絵本の楽しみ方:冬の温もりを感じる
2019/12/23
『絵本の世界・絵本と世界』
第22回 きせつの絵本 その1
絵本の楽しみ方:冬の温もりを感じる

松本由美(玉川大学 教育学部教育学科 准教授)
■冬の温もり
年の瀬も押し詰まり、何だか気ぜわしくなってまいりました。北海道生まれの私は、小さい頃の思い出といえば、雪に結びつくものが一番多いのですが、皆さまはいかがでしょうか?今回はゆきに纏わる絵本を紹介したいと思います。雪が降る日は、雨の日よりも気温は低いはずなのですが、なぜか温かさ、温もりを感じます。今回はそんな冬の温もりを感じる絵本をご紹介します。
■『ゆき』ユリ・シュルヴィッツ 作 / さくまゆみこ 訳 あすなろ書房 1998年
“Snow” ( Caldecott Honor Book ) Uri Shulevitz. Farrar, Straus and Giroux 1998
原作の“Snow”は、1998年にコルデコット賞のオナー賞を受賞、日本語翻訳版は第4回日本絵本賞翻訳絵本賞を受賞していますので、原作の英語でも、日本語でも安心して楽しんでいただける絵本です。原作者のユリ・シュルヴィッツは、1935年2月27日ポーランドのワルシャワ生まれですが、1939年ユリが4歳の時に始まったポーランド侵攻により、一家は祖国を脱出し8年間の放浪生活を送ることになりました。ようやく1947年にフランスのパリに落ち着き、パリでようやく彼の才能が評価されます。その後イスラエル在住を経て、1959年ニューヨークに移り住みます。Brooklyn Museum Art Schoolで2年間絵画を学び、挿絵画家を経て、1963年に “The Moon in My Room” で絵本作家としての活動を開始しました。彼が絵を描き始めたのは3歳からで、ごく幼小の頃から家族にその才能を認められ、放浪生活を余儀なくされた間も休むことなく描き続けたとのことですから、今回ご紹介する『ゆき』は1998年の出版ですが、この絵本の中にある冬景色は、一体どこの風景なのでしょうか?そんなことを考えながら、楽しんでみてください。
中表紙の次の見開きの右側のページには、表紙の右下に居る男の子と犬が喜んで走っている様子が描かれています。背景もことばも無く、表紙と同様に見開きの右下にページの進む方向つまり順行に、喜び勇んでかけていく様子が描かれていますから、この物語の基調になる表現と考えて良いでしょう。どこの国でも、子どもと犬は仲良しですし、雪が大好きです。そして物語が始まります。そらがどんよりと雪雲に覆われたある日、男の子が窓から外を見ていると、雪がひとひら、落ちてきます。「ゆきが ふってるよ」と喜ぶ男の子に、大人たちは、まだ降っているうちに入らないだの、直ぐ溶けちゃうだの、ラジオもテレビも天気予報で「ゆきは ふらないでしょう」と空を見もせず告げています。でも、雪はテレビも見ないし、ラジオも聞かないから、ただただ降り続けます。やがて街は真っ白な雪景色。
いつの間にか、大人たちは家の中に入ってしまい、真っ白な街は子どもの世界です。「ちらちら おどって くるくるまわって」空から降りてくる雪とともに、マザーグースもハンプティダンプティも本屋さんの看板から飛び出してきます。みんなで雪を喜びながら歌っています。どんよりとした空に覆われた日、とうとう雪が降り出してどんどん積もっていった冬の日。まだ、雪だるまを作るほど積もっていないけれど、空からひらひらと舞い降りてくる雪が嬉しくて、ただ外にいた、子ども時代の雪の日を思い出します。そして、次の朝、魔法がかけられたように一面の銀世界に変えられた街と、本当に美しい青空。でも、見上げると、また、きらきらと輝きながら小さな雪の結晶が降りてくる。何とか結晶のまま捉えようと、上を見上げながら、両手を一杯に広げて雪を受け止めようと駆け回りました。この絵本の最後の見開きも「わーい、ゆきだよ!」と喜ぶ男の子と犬の後ろ姿で終わります。
どんよりと雪雲に覆われた空から、雪が舞い降りて、街中に雪化粧を施し、やがて止む。大きな事件は何も起こりませんが、真実を見ない大人や報道、自然の声、真実をしっかり見ている子どもという見方もできます。そして、大人たちが家に入ってしまった後の、子どもの世界。灰色でありながらどこかにラメの輝きを秘めたような独特の雪雲が、温かみのある色味を使って、たっぷりと水を含んだ筆で塗られています。建物や街は全体的に灰色でも、やや暖色の色味を帯びた温かい灰色で塗られ、建物はレンガの赤みや、緑色を帯びた屋根の色が、雪にも埋め尽くされることのない、街の温かみを描き出しています。きっと、この男の子たちも、家に戻ると「いつまで外にいるの」とちょっとあきれたお母さんに迎えられ、温かい夕食が供されることでしょう。雪を描いていながら、人の気配を忘れない、ユリ・シュルヴィッツの温かい目線を感じる絵本だと思います。
次回は、また別の冬の風景をご紹介する予定です。どうぞお楽しみに。
【参考サイト】
“About Uri Shulevitz”
http://amazon.com/Uri-Shulevitz/e/B001H6U2TU/ref=dp_byline_cont_pop_book_1
【プロフィール】
松本由美 Matsumoto Yumi
玉川大学教育学部教育学科准教授
津田塾大学学芸学部英文学科卒 同大学院修了
J-SHINE(小学校英語)指導者 絵本専門士
専門は第二言語習得論、文体論、英語教育、児童英語
玉川大学では小学校英語指導者を目指す大学生の指導、並びに第二言語習得に関する講義を担当している。現在、研究は、小学校英語教育の立場から「小学校英語教育における絵本読み聞かせとその効果の見える化」(2018年度学内共同研究)を中心に据え、絵本学の立場からも薦められる小学校英語に用いる絵本リストの作成にも取り組んでいる。
所属学会:小学校英語教育学会 児童英語教育学会 全国英語教育学会 国際幼児教育学会 絵本学会 International Research Society for Children’s Literature、European Network of Picturebook Research 他
出張依頼講演:「絵本で広がる児童英語の世界」 「すすんでコミュニケーションを取ろうとする外国語活動」「子どものそだち、ことばのそだち」
論文:
・「初期英語教育における絵本の有効活用‐児童の自発的反応を引出す「読み聞かせ」の試み」(2015)
・「必修化を見据えた小学校3年生外国語活動の在り方:視覚情報としての文字指導」(2015)
・「小学校英語を取り巻く議論の動向」(2016)
・「特別活動教室English Room の試み」(2016)
・「小学校英語教育における教材用絵本選定基準の試案―絵本リスト作成にむけてー」(2017)
・「英語絵本の読み聞かせの身体性と聞き手の理解」 (2017)
・「主体的・対話的で深い学びの視点で実施する 小学校外国語活動における英語絵本の
選定方法の考察」(2018)など
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