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第6回 昔話絵本の世界 その5

2019/04/22


『絵本の世界・絵本と世界』


第6回 昔話絵本の世界 その5



松本由美(玉川大学 教育学部教育学科 准教授)
 

■伝承物語から昔話絵本へ
 今回は日本の昔話絵本です。読者のみなさまは、日本の昔話というと、何を思い浮かべるでしょうか?昔話を子ども向けのお話と考えれば、その時代に合った子ども観や社会的な価値規範が良いお話とそうではないものを分けるので、「日本○大昔話」というのは、実は時代や各研究者の価値観が反映されるものです。ここでは、松居直が『絵本のよろこび』(
NHK出版2003p.217)で、日本の五大昔話としている、「桃太郎」「猿蟹合戦」「かちかち山」「花咲爺」「舌切雀」の絵本を2回に分けてご紹介します。

 昔話は、いくつかの要因が重なって子どもの文学になりましたが、子ども向けになる段階で多くの昔話絵本が生み出されました。絵本の方が子どもに理解されやすいからでしょう。しかし、このシリーズでもお話してきたように、文字にする再話の段階で口承のリズムや間を失いがちである上に絵を付けることは、それまでお話を聞いてそれぞれが自由に膨らませていたイメージを固定化することになります。しかし、昔話が子どもの文学になった理由の一つは、昔話が事実ではない架空の物語であり、子どもの想像力を大いに刺激することでしょうから、昔話絵本の絵は、特に子どもたちにとってお話が分かりやすくなるように理解を助けながら、自由に想像力を働かせることを促す絵でなければなりません。

 また、昔話は話の進行がシンプルで分かりやすく、登場人物の設定もはっきりしている上、口承であったため「むかしむかし」のようなことばの繰り返しで調子をとりながら、声に出して語りやすく、また聞いていても耳障りも良いものでした。昔話絵本は、この独特の語り口が生かされた文体であることも重要な条件です。このことは、次回にまたお話をすることにして、今回は、よい絵本の条件⑥子どもの理解と空想(認知発達)を促す絵を持った昔話絵本をご紹介します。

■『ももたろう』 松居 直 文 / 赤羽 末吉 画 福音館書店 
1965


 

 国際アンデルセン賞*を受賞した画家である赤羽末吉の絵と、松居直の再話にて実現した、戦後の傑作の一つです。この「桃太郎」は、鬼ヶ島に行き、鬼を退治するという物語の内容が、戦時中には国民の戦意を高めるために利用され、海の向こうの敵を倒し勝利するという歪められた形で伝わりました。松居直は「桃太郎」を本来の昔話に戻して子どもたちに伝えることを児童の本の編集に携わる者の使命として、「ももたろう」の再話を試みたと述べています。(『絵本のよろこび』
p.217

 昔話絵本『ももたろう』の画家に選ばれた赤羽末吉は、編集者であり、再話者でもあった松居自身から、絵で子どもたちに物語を語る名手として見込まれて、この作品を託されました。赤羽は「いい絵を、ただ並べても絵本にはならない。めくると展開するその流れと、ドラマ性がたいせつである。」(『翻訳絵本と海外児童文学との出会い』
p.177)と主張していたそうですが、この点でも「桃太郎」を描くのに相応しいのでしょう。

 赤羽の描く『ももたろう』は、これまで取り上げてきた絵本とは大きく趣が異なり、水墨画を思わせるようなたっぷりと水を含んだ色で描かれています。それは、「常に画面に余白を残し、時に大胆に細部を抄訳し、また或る時はものの形を表現する線すら押さえ気味に暈してしまう。(中略)かえって日本の風土をよく写し取っているように感じられる。」(『翻訳絵本と海外児童文学との出会い』
p.171)と紹介されている画風そのものです。筆で描かれたシンプルでありながら柔らかな線と、水を含ませた色合いが、昔話を生み出した日本の風土をよく表していて、霞がかった山野の風景やせせらぐ小川の音、湿った空気のにおいを感じさせてくれます。昔話は現代に無い風景の中に起きる、架空の出来事ですから、こうした物語の舞台設定は重要です。

 表紙絵は力強く描かれているももたろうの奥に広がる灰色の海原が描かれ、水平線に近い空は白いままの余白が残されています。この画面の中に帯状に広がる余白も、赤羽独特のものだと思います。この表紙を眺めていると、いつの間にかこの余白に遠くの時間と空間を感じてきます。ももたろうが、おじいさんおばあさんを残して出発する様子、手を振って見送っているおじいさん、おばあさんが思い浮かびます。全てを塗りつぶすのではなく、白い部分を残すことは、子ども向けの絵本では珍しいことではありませんが、赤羽の場合は、人物などを縁取る線、つまり余白部分を創りだす線が柔らかいので、絵本を読むものを自由に想像の世界に羽ばたかせてくれる気がします。この点、『ねむりひめ』のフェリックス・ホフマンや、『ブレーメンのおんがくたい』のハンス・フィッシャーの余白の使い方と大きく異なります。

 また『ももたろう』では、異時同図と呼ばれる、一つの画面の中に同一の登場人物が、時間を追って動く様を描く手法が使われていて、コマ送りのように、動いた軌跡を感じることができます。第二見開きでは、川で洗濯をしていたおばあさんのところに、最初に流れてきたももを、おばあさんが手に取りほおばる様子は、おばあさんの表情と異時同図の効果で生き生きと動きを伴って、描かれています。また、第五見開きでは、異時同図がももたろうの成長する様子に使われています。「一ぱいたべると、一ぱいだけ、二はいたべると、二はいだけ、三ばいたべると、三ばいだけ、大きくなる。」という調子のよい文とともに、一ぱい食べたももたろう、二はい食べたももたろう、三ばい食べたももたろうが、同じ画面にお椀とともに描かれていて、ももたろうの成長と時間の経過が子どもたちにも分かりやすく描かれています。どんどん成長するももたろうをみて、こちらまで嬉しくなるような場面です。

 さて、「桃太郎」の終わり方には、鬼ヶ島で退治された鬼が差し出す宝物を持ち帰るものと、持ち帰らず鬼に返すものと、あるようです。今回ご紹介している松居直の再話による『ももたろう』は、差し出された宝物は持ち帰らず鬼に返して、代わりにお姫様を返すように告げ、お姫様を連れ帰ることになっています。

 何とも力強く、そしてやさしい『ももたろう』は、子どもたちの心にしみいることでしょう。それは、松居の再話とともに、赤羽の子どもたちに語りかける、子どもに理解させ、自由に想像させる絵があるからでしょう。今回は、よい絵本の条件⑥子どもの理解と空想(認知発達)を引き出す絵でした。

(絵本表紙画像は福音館書店「著作物の利用について」に従い、福音館書店ホームページより複写掲載しています)

*国際アンデルセン賞(
Hans Christian Andersen Awards)は、「子どもの本をとおして国際理解をすすめること」1)「世界中の子どもたちが、文学的、美術的に質の高い本にめぐりあえるようにすること」2)などの目的を持って活動する国際児童図書評議会(International Board on Books for Young People:呼称IBBY)により1953年に創設された子どもの本の国際的な賞で、現在は作家賞と画家賞に分かれています。赤羽末吉は1980年に、モンゴル民話を描いた『スーホの白い馬』(福音館書店1967年)で画家賞を受賞しています。
[1) 2) 一般社団法人日本国際児童図書評議会 (Japanese Board on Books for Young People (JBBY)ホームページ
http://jbby.org/ibby/activities02.htmlより本稿筆者抜粋。最終アクセス日2019/4/19]

【参考文献】 
松居直『シリーズ・松居直の世界③ 翻訳絵本と海外児童文学との出会い』ミネルヴァ書房 2014
松居直『絵本のよろこび』
NHK出版2003
【今回紹介した絵本】
『ももたろう』 松居 直 文 / 赤羽 末吉 画 福音館書店
 1965
 読んであげるなら
5・6才から 自分で読むなら小学低学年から〈出版社による〉





【プロフィール】
松本由美 Matsumoto Yumi
玉川大学教育学部教育学科准教授
津田塾大学学芸学部英文学科卒 同大学院修了

J-SHINE(小学校英語)指導者 絵本専門士

専門は第二言語習得論、文体論、英語教育、児童英語
玉川大学では小学校英語指導者を目指す大学生の指導、並びに第二言語習得に関する講義を担当している。現在、研究は、小学校英語教育の立場から「小学校英語教育における絵本読み聞かせとその効果の見える化」(
2018年度学内共同研究)を中心に据え、絵本学の立場からも薦められる小学校英語に用いる絵本リストの作成にも取り組んでいる。

所属学会:小学校英語教育学会 児童英語教育学会 全国英語教育学会 国際幼児教育学会 絵本学会 
International Research Society for Children’s Literature、European Network of Picturebook Research 

出張依頼講演:「絵本で広がる児童英語の世界」 「すすんでコミュニケーションを取ろうとする外国語活動」「子どものそだち、ことばのそだち」


論文:
・「初期英語教育における絵本の有効活用‐児童の自発的反応を引出す「読み聞かせ」の試み」(
2015
・「必修化を見据えた小学校
年生外国語活動の在り方:視覚情報としての文字指導」(2015
・「小学校英語を取り巻く議論の動向」(
2016
・「特別活動教室
English Room の試み」(2016
・「小学校英語教育における教材用絵本選定基準の試案―絵本リスト作成にむけてー」(
2017
・「英語絵本の読み聞かせの身体性と聞き手の理解」 (
2017
・「主体的・対話的で深い学びの視点で実施する 小学校外国語活動における英語絵本の
  選定方法の考察」(
2018)など

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