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第5回 昔話絵本の世界 その4
2019/04/08
『絵本の世界・絵本と世界』
第5回 昔話絵本の世界 その4

松本由美(玉川大学 教育学部教育学科 准教授)
■世界の昔話
さて、今回はグリム童話以外の昔話をご紹介しましょう。「むかしむかし」で始まる昔話を含む、世界各地にある伝承物語は、口承で伝わってきたものですが、多くの研究者によって指摘されているように、その物語の構造には共通性が見られます。これまで取り上げてきたグリムの昔話でも、「むかしむかし」に始まる物語設定があり、ある出来事が起き、それによって何らかの困難があり、その困難を乗り越えて、最後に主人公が幸せを得て終わるものでした。もちろんこれだけではありませんが、一つの典型であることは分かります。その困難の乗り越え方には、またいくつかのパターンがありますが、前回の『ブレーメンのおんがくたい』にあるような、ろばが困難に合いそれを乗り越えようとしているところに、いぬが加わり、さらにねこ、にわとりが参加して、最終的にはみんなで力を合わせて困難を乗り越えるという物語の作り方は、似たようなものをすぐに思いつくのではないでしょうか?
■『おおきなかぶ』A・トルストイ (再話) 内田 莉莎子(訳) 佐藤 忠良(画)
福音館書店1966

どんなお話なのか、改めて語るまでもないほど、子どもたちにはよく知られている、ロシアの昔話です。なぜ、子どもたちに良く知られているかといえば、国語の教科書に多く採択されていて、そして、おじいさんが種を蒔き、大きく育った蕪を次々と登場するみんなで、力を合わせて引き抜く物語は、寸劇などにも活用されているからということもあるでしょう。しかし、何と言っても、その小気味よい物語の進行と、内田莉莎子の名訳による語呂のよさが人気の秘訣でしょう。一度読んだら癖になる、思わず唱和したくなるような、リズミカルな掛け声「うんとこしょ、どっこいしょ」の楽しさ、そして、「おじいさんは おばあさんを よんできました」、「おばあさんは まごを よんできました」と続く、ことばのしりとりのような小気味よい文とともに、テンポよく進んでいく助っ人登場の物語進行は、読むものを飽きさせません。また、かぶを引っ張っても「ところが かぶは ぬけません」、「それでも かぶは ぬけません」、「まだ まだ かぶは ぬけません」という、似ている文のくり返しのパターンは、子どもたちの耳に馴染み安心させ、しかも聞くものを飽きさせない絶妙の加減になっています。お話を聞いている子どもたちは、聞きながら次の場面を予測していて、その予測が当たれば安心し、自分の予測していたのと異なり、かぶが抜けると、それはそれで驚き、大喜びです。お話を聞いている子どもたちが、こうして予測できるためには、ある程度のくり返しが必要です。しかし、あまりくり返しが多すぎると、冗長になり子どもたちは飽きてしまいますから、そのさじ加減が難しいのです。語り手と聞き手が向き合いながら、語り継がれ続けてきた、伝承物語だからこそ、長い時を経て、物語の構造が最も喜ばれる上手い具合になったのでしょう。
そして、先ほども述べたとおり、巧妙に仕組まれた文体もこの絵本の魅力の一つです。今回取り上げる『おおきなかぶ』は、ロシア文学者であり児童文学者で、ロシア語の翻訳を数多く手掛けている内田莉莎子の力量によるところが大きいと思います。松居直は『翻訳絵本と海外児童文学との出会い』の中で、内田莉莎子が子どものときから絵を読む力があり、内田莉莎子の父は、洋画家の内田巌氏であり、絵の美術的価値も理解していると評しています。これは、絵本の翻訳を手掛けるのに翻訳家として、非常に重要な要件です。なぜなら、絵本の絵とことばのバランス、調和が保たれ、さらにそこに生み出される絵とことばの相乗効果こそ、絵本としての真骨頂だからです。内田は『おおきなかぶ』の他にも、同じく佐藤忠良とともに、『ゆきむすめ』(福音館書店1966)をこちらは再話から手がけたり、ウクライナ民話をエウゲーニー・M・ラチョフが描いた『てぶくろ』(福音館書店1965)の翻訳や、その他多くのロシア語作品を翻訳しています。
そして、その内田莉莎子の力量に勝るとも劣らない世界的彫刻家の佐藤忠良が描いた絵が、この絵本の魅力を高めていることは言うまでもありません。『おおきなかぶ』は、ここにご紹介したものの他に、様々な絵本作家や編集者がその技量を尽くして、それぞれが作品を作り上げていますが、佐藤忠良の芸術の香り高いこの作品は、出版されてから半世紀以上経った今も輝きを失っていません。かぶを引き抜こうと葉を掴むおじいさんの手や腰の入れ方、おばあさんの踏ん張る足の効かせ方、ついつい見ているこちらも力が入ってしまいます。この正確で力強い絵は、彫刻家としてのデッサン力に加え、自らアトリエの鏡の前でポーズを取り、習作を丁寧に重ねた結果であると 藤本朝巳が『ベーシック絵本入門』で述べていますが、それは単に正確性だけを極めたものではないことは、すぐに分かると思います。犬は孫の洋服のリボンをくわえて引っ張り、猫は犬のしっぽを握り、ねずみと猫はしっぽ同士を結んで引っ張っている。何ともユーモラスでかわいらしく、楽しさが伝わります。でも、ほんの小さく描かれているねずみは、渾身の力を込めて引っ張っていることが分かります。そしてそれぞれの表情や、動きは、いつの間にか絵本を見ている者をその場に引き込んでしまいます。「うんとこしょ、どっこいしょ」と、掛け声にも一層力が入り、抜けた時の達成感、かぶの大きさに対する驚きといったらありません。佐藤忠良の『おおきなかぶ』は名画ですが、ただただ眺めることを許してはくれません。自然に体に力が入り、かぶを引っ張りたくなります。
子どもに読み聞かせるのであれ、自分のために手に取るのであれ、大人になった時の読み返しても輝きを失っていない絵本であり、大人の鑑賞に堪える芸術性というのも、よい絵本であるための大事な条件です。今回のよい絵本の条件⑤は「芸術性の高い絵」です。
【参考文献】
・生田美秋・石井光恵・藤本朝巳 編著『ベーシック絵本入門』ミネルヴァ書房2013
・松居直『シリーズ・松居直の世界③翻訳絵本と海外児童文学との出会い』ミネルヴァ書房 2014
【紹介した絵本】
『おおきなかぶ』ロシア昔話 A・トルストイ 再話 内田莉莎子 訳 佐藤忠良 画
福音館書店1966
『てぶくろ』ウクライナ民話 エウゲーニー・M・ラチョフ 絵 内田莉莎子 訳
福音館書店1965
『ゆきむすめ』ロシア昔話 内田莉莎子 再話 佐藤忠良 画 福音館書店1966
【プロフィール】
松本由美 Matsumoto Yumi
玉川大学教育学部教育学科准教授
津田塾大学学芸学部英文学科卒 同大学院修了
J-SHINE(小学校英語)指導者 絵本専門士
専門は第二言語習得論、文体論、英語教育、児童英語
玉川大学では小学校英語指導者を目指す大学生の指導、並びに第二言語習得に関する講義を担当している。現在、研究は、小学校英語教育の立場から「小学校英語教育における絵本読み聞かせとその効果の見える化」(2018年度学内共同研究)を中心に据え、絵本学の立場からも薦められる小学校英語に用いる絵本リストの作成にも取り組んでいる。
所属学会:小学校英語教育学会 児童英語教育学会 全国英語教育学会 国際幼児教育学会 絵本学会 International Research Society for Children’s Literature、European Network of Picturebook Research 他
出張依頼講演:「絵本で広がる児童英語の世界」 「すすんでコミュニケーションを取ろうとする外国語活動」「子どものそだち、ことばのそだち」
論文:
・「初期英語教育における絵本の有効活用‐児童の自発的反応を引出す「読み聞かせ」の試み」(2015)
・「必修化を見据えた小学校3年生外国語活動の在り方:視覚情報としての文字指導」(2015)
・「小学校英語を取り巻く議論の動向」(2016)
・「特別活動教室English Room の試み」(2016)
・「小学校英語教育における教材用絵本選定基準の試案―絵本リスト作成にむけてー」(2017)
・「英語絵本の読み聞かせの身体性と聞き手の理解」 (2017)
・「主体的・対話的で深い学びの視点で実施する 小学校外国語活動における英語絵本の選定方法
の考察」(2018)など
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