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第4回 昔話絵本の世界 その3
2019/03/22
『絵本の世界・絵本と世界』
第4回 昔話絵本の世界 その3

松本由美(玉川大学 教育学部教育学科 准教授)
■グリムの昔話と絵本
これまで、グリム童話のうち『おおかみと七ひこのこやぎ』、実は同じお話である『ねむりひめ』と『いばらひめ』を取り上げてきました。私たちが通常グリム童話と呼んでいるものは、グリム兄弟が再話した『子どもと家庭のための昔話』という昔話集で、子どもと家庭にふさわしいものを選りすぐりながら改訂をくり返し、現在に至っています。ここには200の物語が収録されており、これまでご紹介したものの他にも『ラプンツェル』『ヘンゼルとグレーテル』『シンデレラ』『ブレーメンのおんがくたい』『しらゆきひめ』など、日本でもお馴染みのものがたくさんあります。またフェリックス・ホフマンの『ねむりひめ』とエロール・ル・カインの『いばらひめ』でわかるように、絵本作家によって細かい解釈が異なるので、絵本作品になった時には、同じお話とは思えないほどに印象が変わることもあります。そして、どの絵本がその物語のイメージと合ってかどうかは、最終的には個人の判断に委ねられます。なぜなら、私たちは物語を聞きながら、一人ひとり異なる画像イメージを作っているからです。
しかし、楽しいお話、悲しいお話など、その物語の雰囲気や個性といったものがあり、それと絵本作家の作風がマッチしていることは、よい絵本の条件になります。今回の、よい絵本の条件は④物語と絵本作家の作風が合っていることです。グリム童話の『ブレーメンのおんがくたい』で見てみましょう。
■『ブレーメンのおんがくたい』グリム (著),
ハンス・フィッシャー (イラスト), せた ていじ (翻訳) 福音館書店1964

『ブレーメンのおんがくたい』もバーナデット ワッツやポール ガルドン、日本のいもとようこや、スズキ コージなど、数多くの絵本作家によって作品化されていて、それぞれに味わいのある名作揃いです。しかし『ブレーメンのおんがくたい』といえば、私にとってはハンス・フィッシャー(Hans Fischer, 1881-1945)の作品です。前回ご紹介した色と文様で埋め尽くされたエロール・ル・カインの作風とは対極のような、白い紙面に、クロッキーのように、躍動感あふれる線で描かれています。日本の児童文学の発展を語るには外せない松居直氏はその著書『翻訳絵本と海外児童文学との出会い』の中で、「昔話絵本の常識を破るモダーンなさし絵ですが、動物立ちの表情や動きの豊かさは抜群です。“これは鳥羽僧正なみだ!”と感心しました。」(p.72)と述べていますが、まさに同感です。ただ、私がハンス・フィッシャーの『ブレーメンのおんがくたい』を見て、最初に思い浮かべたのは、ムーランルージュの踊り子の絵で有名なアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックでした。彼も日本の浮世絵の影響を得ているのは、つとに有名な話ですが、動いているものの一瞬をとらえて今にも動き出しそうな線に捉えて画面に留める。見事な画力です。ハンス・フィッシャーの迷いのない線にも同じ力強さ、エネルギーを感じます。松居氏は前掲書でハンス・フィッシャーの線について次のように述べています:
ハンス・フィッシャーの絵本の比類ない特色は、美しくいきいきと語りかける線にあります。その線からは、物語る歓びと生命の力が快いリズムになって伝わってきます。歓びを線で表現してゆくと、おのずからさまざまな動物たち姿をあらわし、植物や家までもいきいきと舞台に出てくるようです。中略 画家の内面に湧きあがってくる即興が、微妙な線となって途切れることなく紡ぎだされているようです。目にしたものや記憶のなかにあるイメージが、線という視覚言語で表現された物語世界が、フィッシャーの絵本なのです。
(松居直『シリーズ・松居直の世界③翻訳絵本と海外児童文学との出会い』
ミネルヴァ書房 2014 P.73)
さらに、この作品を際立たせているのは、その彩色です。動物たちの彩色は、表紙絵などからわかるように、線で囲まれた部分がすべて塗りこめられているのではなく、さっと一筆だけ、ある部分だけ色を塗ったようになっていますが、そのことにより、絵筆の動きと、それに伴う描かれたものの動き、雄鶏の立派なしっぽやとさかのそり立った様子がつたわってきます。犬の彩色はぶちのように見え、猫の眼だけの彩色はその強調のように見え、馬の白に近いグレーの彩色は陰影のように見えています。また、似たようなモチーフでも彩色する部分を変えることで、強調する部分を変え、また彩色する分量を変えることで遠近をあらわすこともできます。中でも、異時同図法と呼ばれる動いた足跡をコマ送りのように全て書き込む手法を使った第5見開きでは、この彩色によって動物たちの動きと、移動した軌跡が見事に描かれています。
今回のよい絵本の条件は④物語と絵本作家の作風が合っていることです。ぜひ、色々な『ブレーメンのおんがくたい』を手に取って、お好きな作品をみつけてください。
参考文献 松居直『シリーズ・松居直の世界③翻訳絵本と海外児童文学との出会い』ミネルヴァ書房 2014
【プロフィール】
松本由美 Matsumoto Yumi
玉川大学教育学部教育学科准教授
津田塾大学学芸学部英文学科卒 同大学院修了
J-SHINE(小学校英語)指導者 絵本専門士
専門は第二言語習得論、文体論、英語教育、児童英語
玉川大学では小学校英語指導者を目指す大学生の指導、並びに第二言語習得に関する講義を担当している。現在、研究は、小学校英語教育の立場から「小学校英語教育における絵本読み聞かせとその効果の見える化」(2018年度学内共同研究)を中心に据え、絵本学の立場からも薦められる小学校英語に用いる絵本リストの作成にも取り組んでいる。
所属学会:小学校英語教育学会 児童英語教育学会 全国英語教育学会 国際幼児教育学会 絵本学会 International Research Society for Children’s Literature、European Network of Picturebook Research 他
出張依頼講演:「絵本で広がる児童英語の世界」 「すすんでコミュニケーションを取ろうとする外国語活動」「子どものそだち、ことばのそだち」
論文:
・「初期英語教育における絵本の有効活用‐児童の自発的反応を引出す「読み聞かせ」の試み」(2015)
・「必修化を見据えた小学校3年生外国語活動の在り方:視覚情報としての文字指導」(2015)
・「小学校英語を取り巻く議論の動向」(2016)
・「特別活動教室English Room の試み」(2016)
・「小学校英語教育における教材用絵本選定基準の試案―絵本リスト作成にむけてー」(2017)
・「英語絵本の読み聞かせの身体性と聞き手の理解」 (2017)
・「主体的・対話的で深い学びの視点で実施する 小学校外国語活動における英語絵本の選定方法
の考察」(2018)など
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