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第3回 昔話絵本の世界 その2

2019/03/07


『絵本の世界・絵本と世界』


第3回 昔話絵本の世界 その2



       
               
           松本由美(玉川大学 教育学部教育学科 准教授)
 

■口承の昔話から昔話絵本へ
 前回に引き続き、昔話絵本のお話です。昔話は、そもそも人々に語られることにより受け継がれてきたものですから、流れていく音声が物語として人の記憶に留まっていたものでした。その口承の物語は、やがて文字として印刷されて現在に至り、世界に広まっています。一方、印刷されることにより、語り手を失い、語りの声や声色、語り方の速度や間、表情や動作等を含んで演じる語り手、から繰り出されていた物語のダイナミズムを失う、ということはこれまでお話ししたとおりです。

 さらに、絵本として印刷されるときには、そのダイナミズムを取り戻すということにも触れてきました。即ち語り手の声で表現されていた、人物の表情や場面の様相、そして場の展開や物語のテンポが、絵とことばを伴った昔話絵本で表現され得るということです。今回は、先に述べた失われたダイナミズムが、絵本にどのような形で仕組まれているのか、再び、フェリックス・ホフマン(
Felix Hoffmann, 1911-75)の『ねむりひめ』を例に取り、物語構成力、画面構成力の観点からお話しします。

■『ねむりひめ (世界傑作絵本シリーズ) 』 グリム (著), 
フェリクス・ホフマン (イラスト), せた ていじ (翻訳) 福音館書店
1963/10/1




 
□物語のページ割りと絵本の造形-絵本の構成―
 昔話に限らず、物語を音声情報として聞いている場合、情報は、もちろん句読点や文や場面の区切りに伴う何らかの間はありますが、基本的には連続した音として耳に入って来ます。しかし、絵本にする場合、その物語からいくつかの場面をピックアップして描くことになります。絵本の読み聞かせの場合、通常読み語りをしている人の声である音声情報もありますが、静止画という固定された視覚情報としての絵が描かれ、画像として記憶されます。挿絵のように物語に絵が添えられるのではなく、絵本では、物語のことばは文字として、その絵が描かれた画面に割り付けられます。ですから、物語から、どの場面をピックアップして、どのように描き、そこに物語のどこからどこまで割り付けするのか(ページ割り)、は絵本作家の選択です。物語の進行の順番を変えることはできませんが、ページや見開き(絵本を開いた状態)といった物理的区切りは、当然読み聞かせるときの語りのスピードや間、また、読み手や聞き手の認知に影響します。

 また、絵本が紙芝居と異なることの一つは、表紙や見返しと呼ばれる表紙の内側などの装丁も含めた造形的な構成が、実は大きな影響を及ぼしていることです。そして、これは絵本作家の腕の見せ所でもあります。フェリックス・ホフマンはイラストレーターでしたが、ステンドグラス作家でもあったので、いくつかの静止画で物語を象徴することに長けていたのではないかと思っています。非常に場面の選び方、描き方が的確です。 的確な絵本のページ割り付けと物語に相応しい絵本の造形-ここでは仮に「絵本の物語構成力」と呼びますーよい絵本の条件の一つです。

□絵本の見開きにおける構図-画面構成力-
 またホフマンの『ねむりひめ』は、文字の配置も含めた場面(見開き)内の構成に大変優れていると思います。特に、物語のクライマックス第
13、14見開きの構図は見事としか言いようがありません。城を覆うつる植物が、壁や階段をつたって上に伸びていく方向を上手く利用し、階段を描くことなく、城の階段を上っていく王子の動きや、上りながら城内に眠る家来たちと遭遇する様子を巧みに表しています。動きを表すことができるということは、その動きにかかる時間を表せることになりますから、この場面を見ているときにはまるで王子が階段を上りつめていく様子をビデオカメラで見ているようにさえ感じます。対角線上に配置したつる植物や人物の位置、そして、本文の文字も対角線の下側に美しく配置されています。この2つの見開きでは、城の中の空間と二種類の時間-王子の周りの動いている時間と、城内の未だ呪いによって止められている時間-が、絵本の見開きという平面に見事に表されています。
 
 続く第
15見開きでは、王子と目覚めたねむりひめのが、眠りから覚めた城下の人々の祝福を受ける物語のラストシーンが描かれています。見開き画面を一杯に使って、結婚式の行列が王子とねむりひめ、続く王と妃を中心にカラーで描かれ、その奥、即ち画面の上部には、祝福する人々が黒の線だけで描かれています。この色使いの対比は、平面でありながら空間の奥行きを生み出し、絵本の読者である私たちは、あたかも画面には行列の手前側に立つ観衆であり、二人を祝福しているように感じさせます。ホフマンの確かな画面構成力を感じさせる場面の一つです。よい絵本であるためには絵本作家の優れた画力だけではなく、物語の一場面となる見開き画面を構成する力がなければなりません。これももちろんよい絵本の条件です。

■『いばらひめ』(新版) グリム童話 エロール・ル・カイン絵 矢川澄子訳 
ほるぷ出版 
2015



 少し駆け足になりますが、エロール・ル・カイン(
Errol Le Cain 1941-1989)の『いばらひめ』をご紹介します。これまで見てきたフェリックス・ホフマンの描く『ねむりひめ』と『いばらひめ』は実は同じお話です。このことについては、ここでは詳しく触れませんが、同じ物語を描いた二つの傑作を比べながら味わうのも、絵本好きにとってはたまらないひと時です。と言っても、二人の作風は大きく違います。ホフマンは淡い温かみのある色合いで、余白を上手く活かしながら絵とことばを配置して『ねむりひめ』を仕上げていますが、エロール・ル・カインは、見開きの片側に語りのことば、もう一方に絵を配置しています。ことばはページの四辺を飾る美しい額縁の中に納められ、絵は、ページの四辺は白く余白を残していますが、絵の中には余白はありません。細密画を思わせる緻密な線とその中を埋め尽くされた色を見つめているうちに、その場面の中に吸い込まれていくような感覚すら覚えます。

 二つの作品で取り上げる場面で大きく異なるのは、最後です。ホフマンは町の人々に王子とねむりひめが祝福される様子を描いていますが、エロール・ル・カインは、最後の見開きはことばだけです。思わずページをめくり損ねたのではないかと、確認してしまうほど、シンプルなことばだけのページで、最後の場面を仕上げています。なぜ、ここに絵を書かなかったのでしょうか?しかし、この絵の無い見開きを眺めていると、なぜか落ち着いてきます。恐らく、ここで、私たち読者は、眩暈を覚えるような細密画の世界から解放されて、漸く自らの想像力に身を委ねて「そうして、ふたりはさいごまでしあわせにくらしました。」という一文を味わうことができるのです。ホフマンの『ねむりひめ』とは全く異なる、画面構成、絵本の構成の仕方ですが、やはり、エロール・ル・カインの『いばらひめ』も、画面構成力、物語を絵本化する構成力もともに素晴らしい、傑作です。

■おわりに よい絵本の条件③確かな絵本の物語構成力と画面構成力
 今回のよい絵本の条件は絵本構成力と画面構成力が巧みであることです。ぜひ、絵本を手に取って味わってみてください。

参考文献
生田美秋・石井光恵・藤本朝巳 『ベーシック絵本入門』 ミネルヴァ書房
2010
松居直『シリーズ・松居直の世界③翻訳絵本と海外児童文学との出会い』 ミネルヴァ書房 
2014
松岡享子『昔話絵本を考える』(新装版) 日本エディタースクール出版部
2002



【プロフィール】
松本由美 Matsumoto Yumi
玉川大学教育学部教育学科准教授
津田塾大学学芸学部英文学科卒 同大学院修了

J-SHINE(小学校英語)指導者 絵本専門士

専門は第二言語習得論、文体論、英語教育、児童英語
玉川大学では小学校英語指導者を目指す大学生の指導、並びに第二言語習得に関する講義を担当している。現在、研究は、小学校英語教育の立場から「小学校英語教育における絵本読み聞かせとその効果の見える化」(
2018年度学内共同研究)を中心に据え、絵本学の立場からも薦められる小学校英語に用いる絵本リストの作成にも取り組んでいる。

所属学会:小学校英語教育学会 児童英語教育学会 全国英語教育学会 国際幼児教育学会 絵本学会 
International Research Society for Children’s Literature、European Network of Picturebook Research 

出張依頼講演:「絵本で広がる児童英語の世界」 「すすんでコミュニケーションを取ろうとする外国語活動」「子どものそだち、ことばのそだち」

論文:
・「初期英語教育における絵本の有効活用‐児童の自発的反応を引出す「読み聞かせ」の試み」(
2015
・「必修化を見据えた小学校
年生外国語活動の在り方:視覚情報としての文字指導」(2015
・「小学校英語を取り巻く議論の動向」(
2016
・「特別活動教室
English Room の試み」(2016
・「小学校英語教育における教材用絵本選定基準の試案―絵本リスト作成にむけてー」(
2017
・「英語絵本の読み聞かせの身体性と聞き手の理解」 (
2017
・「主体的・対話的で深い学びの視点で実施する 小学校外国語活動における英語絵本の選定方法
の考察」(
2018)など