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第2回 昔話絵本の世界 その1

2019/02/22


『絵本の世界・絵本と世界』


第2回 昔話絵本の世界 その1



       
               
           松本由美(玉川大学 教育学部教育学科 准教授)
 

■伝承物語と昔話
 「むかし、むかし、あるところに、・・・」と始まる物語を聞いたことがない人は、いないでしょう。誰もが知っている、この語り口が『昔話』と呼ばれる所以です。その地方その地方の人々に伝わってきたお話は、伝承物語と呼ばれますが、そのうちの「むかしまかし・・・」で始まるものが昔話と呼ばれるようになりました。日本でもよく知られているグリム童話は、グリム兄弟がドイツの伝承物語をドイツ民族の文化的遺産として保持し、家庭に普及させるために集め出版した『子どもと家庭のための昔話集』(初版
1812年、追補改訂し決定版は第71857)です。もともと口承であったものが、こうして大規模に再話されて印刷されたことにより、今日まで時を経て伝わり、翻訳を通じてドイツから遠く離れた日本にいる私たちも良く知るところとなりました。口承だけでは考えられないことです。

 しかし、口承されていたものが、印刷し固定されることによって失うものもあります。まず、印刷によって物語は語りの声を失います。人から人に語られていた時は、恐らく声や顔の表情も豊かに、語られたでしょう。印刷されてしまえば、ただの活字です。さらに、語りの声を失うことは、そこに内在していたテンポやリズムも失い、物語のダイナミズムを失うことを意味します。失われた物語のダイナミズムは、今では、様々な表現形態と通して再現されようとしていますが、その一つが絵本です。昔話は、印刷された文字言語になることによって失う、語り手の声で表現されていた、人物の表情や場面の様相、そして場の展開や物語のテンポを、絵を伴って印刷される、つまり昔話絵本になることで取り戻しました。最も良い例の一つが、フェリックス・ホフマン(
Felix Hoffmann, 1911-75)の作品でしょう。

■よい絵本の条件②子どもに向ける深い愛情が感じられること
 父として、我が子に語るグリムの童話を絵本にしたホフマンは、子どもたちに惜しみない愛情を注いでいたに違いありません。ホフマンの絵本には、その比類ない構成力や確かな画力とともに、我が子に注ぐ深い愛情と温かな視線が全編に感じられます。その私家版絵本が、地元の出版社に見いだされて世に出た
1957年から61年間経ち、また日本で1967年に福音館書店から翻訳版が出版されてからも既に51年の月日を経て、今なお、読み継がれているということは、作品を貫くホフマン自身の深い愛情が、普遍的な親から子への愛情であることを物語るのではないでしょうか?子どもに対する深い愛情だけでは、よい絵本にはなり得ませんが、よい絵本の条件の一つにはなるでしょう。

■『おおかみと七ひきのこやぎ (世界傑作絵本シリーズ) 』


グリム (著), フェリクス・ホフマン (イラスト), せた ていじ (翻訳)
福音館書店

 
ところで、ホフマンは元来絵本作家ではなく、版画や壁画、ステンドグラスの作家であり、絵本作家ではないのですが、自分の子どもたちにグリムの童話を語り、自分で絵本を作り我が子にプレゼントしていたというのは、つとに知られた話です。この『おおかみと七ひきのこやぎ』は3女のために作られたそうです。読者に語りかけるような温かな視線が感じられるのも納得がいきます。

 では、絵本の中のどこに、その視線が感じられるのでしょうか?この作品の場合は、恐らく視線の交錯そのものだと思います。まず、表紙のこやぎたちが、おかあさんやぎが帰ったと思って我先にドアを開けようとする場面。こやぎたちは必死に上を向いています。ドアの上方にあるのぞき窓から、お母さんの優しい視線が注がれるはずだったのですから、必死です。しかし、そこには白塗りされた前足があるだけなのです。そしてその場面で、唯一下を向いているこやぎが、おおかみに食べられることを免れました。第二見開きで、おかあさんやぎが出かけることを告げる場面でも、二本足で立つおかあさんやぎが、高いところから4足で立つこやぎを見下ろしていますが、その高低差が。視線の落差を生みだし、人間のおやこのそれに近い感じがします。一方こやぎたちは、下から一生けんめいお母さんを見ているかと思いきや・・・個性溢れるこやぎたちです。あの助かったこやぎは、やっぱり一番前でとても熱心におかあさんを見て、おかあさんやぎのお話を聞いていますね。読み聞かせをしていると、子どもたちは実に良くこうした絵の細部まで見ていて、大人に教えてくれます。何度も何度も同じページに戻る時、何度も同じ絵本を読みたがる時は、まだ発見があるからなのです。どうか心ゆくまで見せてあげてください。

 最後に、松居直さんの『絵本をみる眼』によると、福音館書店から日本の翻訳版を出そうとする時に、ホフマンに依頼して、やぎの瞳を正しく今の形に書き換えてもらったそうです。それは実に適切な、そして大切な変更であったと思います。


■ねむりひめ (世界傑作絵本シリーズ)

グリム (著),フェリクス・ホフマン (イラスト), せた ていじ (翻訳) 
福音館書店

 
大急ぎで、もう一冊だけホフマンの絵本を簡単にご紹介しましょう。『ねむりひめ』は、昔話としても、最高傑作の一つと言われ、先にご紹介したグリム童話だけでなく、フランスのシャルル・ペローの『昔々の物語ならびに教訓』(
1697)にも登場しています。また絵本作家が手掛けているので、読み比べてみるのも面白いと思います。

 ホフマンの『ねむりひめ』は次女のために作られたもので、ここでも王と妃の姫への深い愛情や、ねむりひめを目覚めさせた王子の愛、「愛」が全編を貫いています。やはり、視線の捉え方描き方が素晴らしく、表紙絵で姫を抱きながら見つめるその眼差しは、王というより父親の我が子への深い愛情に見えます。
 
■おわりに
 いかがでしたでしょうか?
2冊目にご紹介した『ねむりひめ』は、『いばひめ』という題名をつけられている絵本もあります。次回は、エロール・ル・カイン作の『いばらひめ』をご紹介します。もう少し昔話絵本にお付き合いください。

参考文献
生田美秋・石井光恵・藤本朝巳 『ベーシック絵本入門』ミネルヴァ書房 
2010
松居直『絵本をみる眼』日本エディタースクール出版部 
2004
松居直『シリーズ・松居直の世界③ 翻訳絵本と海外児童文学との出会い』ミネルヴァ書房 
2014
三宅興子・多田昌美『児童文学 12の扉をひらく』翰林書房 
1999




【プロフィール】
松本由美 Matsumoto Yumi
玉川大学教育学部教育学科准教授
津田塾大学学芸学部英文学科卒 同大学院修了

J-SHINE(小学校英語)指導者 絵本専門士

専門は第二言語習得論、文体論、英語教育、児童英語
玉川大学では小学校英語指導者を目指す大学生の指導、並びに第二言語習得に関する講義を担当している。現在、研究は、小学校英語教育の立場から「小学校英語教育における絵本読み聞かせとその効果の見える化」(
2018年度学内共同研究)を中心に据え、絵本学の立場からも薦められる小学校英語に用いる絵本リストの作成にも取り組んでいる。

所属学会:小学校英語教育学会 児童英語教育学会 全国英語教育学会 国際幼児教育学会 絵本学会 
International Research Society for Children’s Literature、European Network of Picturebook Research 

出張依頼講演:「絵本で広がる児童英語の世界」 「すすんでコミュニケーションを取ろうとする外国語活動」「子どものそだち、ことばのそだち」

論文:
・「初期英語教育における絵本の有効活用‐児童の自発的反応を引出す「読み聞かせ」の試み」(
2015
・「必修化を見据えた小学校
年生外国語活動の在り方:視覚情報としての文字指導」(2015
・「小学校英語を取り巻く議論の動向」(
2016
・「特別活動教室
English Room の試み」(2016
・「小学校英語教育における教材用絵本選定基準の試案―絵本リスト作成にむけてー」(
2017
・「英語絵本の読み聞かせの身体性と聞き手の理解」 (
2017
・「主体的・対話的で深い学びの視点で実施する 小学校外国語活動における英語絵本の選定方法
の考察」(
2018)など

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