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第23回 すんなり入れる特許翻訳 ― 「浴槽内介護用座椅子」の特許訳

2021/03/08

特許翻訳入門 

第23回  「浴槽内介護用座椅子」の特許訳

奥田百子(おくだももこ)
奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍。
バベル翻訳専門職大学院(USA)では 第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて
「特許翻訳訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当 

 
 
   では、前回の宿題の回答を申し上げます。「浴槽内介護用座椅子」(出願公開2004-113432号)の明細書抜粋です。


注)「その体重」とは「軽度要介護者の体重」を指します。

キーワード)
・軽度要介護者 a person who requires light care
注)careは、「世話、介護」という意味のときは不可算名詞であるため、初出では定冠詞、不定冠詞を付けません。
・座椅子部材  a seat member (memberは可算名詞)
・腰を下ろす  sit down
・体重      weight(不可算名詞)
・底面   bottom(椅子部材に底面は必ず存在するため、初出でもtheを付ける)
・回動する   rotate
・座板     seat plate(plateは可算名詞)
・裏面     back face(faceは可算名詞)
・レール部   rail part  (partは可算名詞)         
・当接する   abut(「隣接する」という意味の自動詞、他動詞)
・底面16方向 the bottom surface 16 direction
「底面16方向」のように造語で簡潔に表現している場合には、英語もそれに合わせて訳語をつくります(”the bottom surface 16 direction”)。


In this state, as shown in Fig. 7, when a person requiring mild care sits down on a seat member 20, his/her weight allows the seat member 20 to rotate in the bottom 16 direction, and allows the back face of a seat plate 28 to abut the rail parts 39, 39.

キーフレーズ)
・その体重によって座椅子部材20が底面16方向に回動し、座板28の裏面が上記レール部39,39に当接する
                                                         ↡
その体重により、座椅子部材20を底面16方向に回動させ、座板28の裏面を上記レール部39,39に当接させる

回動するとは、一方向ではなく、様々な方向に動くことことです。
「主語が目的語に~させる」という構文を使います。
主語 allow 目的語 to 動詞原形
weight of the person allows to rotate …, and abut …(目的語にto不定詞以下の動作をすることを可能にすること)
weight of the person causes to rotate …, and abut …(目的語に強制的にto不定詞以下の動作をさせること)

では、Google®翻訳でこの翻訳を行ってみましょう。

In this state, when the mild care recipient 24 sits down on the seat chair member 20, as shown in FIG. 7, the seat chair member 20 rotates in the bottom surface 16 direction due to the weight of the seat chair member 20, and the back surface of the seat plate 28 is changed. It comes into contact with the rail portions 39, 39.
(Google®翻訳)

Google®翻訳を採用すべき点
1 「軽度要介護者」
”a mild care recipient”と訳されています。”a person requiring mild care”よりも簡潔に表現できるので、この訳語を採用します(”a person who requires mild care”のように関係代名詞を使うと、さらにワード数は増えてしまいます。”requiring”という現在分詞を使うとワード数は減少できます)。

2 「その体重によって座椅子部材20が底面16方向に回動し~」
「体重を原因として、座椅子部材20が回動する」というように、「座椅子が回動する」ことを主節として、体重はその原因としてdue toを使って文章を構成しています。
 これに対し、私の訳文は、「体重」を主語にして、「座椅子を回動させる」という動作として文章を構成しています。どちらも無生物主語であるという点では同じですが、動作の主体の捉え方の違いだといえます。座椅子の動作を中心に動作を述べる訳文であれば、Google®翻訳の方が適訳といえますが、どちらが正解ということはありません。
 
3 「座板28の裏面が上記レール部39,39に当接する」
“the back surface of the seat plate 28 is changed. It comes into contact with the rail portions 39, 39”
“the back surface comes into contact with ….”のように修正すれば、「裏面はレール部と当接する」という意味を表現することができます。”is changed”の部分は不要です。
「その体重によって座椅子部材20が底面16方向に回動し」、その結果、「座板28の裏面が上記レール部39,39に当接する」というニュアンスを表現したいのであれば、as a resultというフレーズを挿入することもできます。
                                                         ↡
Google®翻訳を使った完成訳文
“In this state, when the mild care recipient 24 sits down on the seat chair member 20, as shown in FIG. 7, the seat chair member 20 rotates in the bottom surface 16 direction due to his/her weight, and as a result, the back surface of the seat plate 28 comes into contact with the rail portions 39, 39”.

 文例1

キーワード)
・この結果   As a result
・要介護者   a person requiring care
・浴槽        bathtub
・安定的    stably
・腰掛ける   sit down
・手摺        handrail
・摑まる    grasp
・簡単に      simply, easily
・水没する   drown(他動詞、自動詞)
注)「水没する」を辞書で訳語を調べると、submergeが掲載されています。これは「水浸しにする」「浸水する」という意味を有し、モノに使われることが多いため、「溺れる(drown)」に言い換えて訳します。

As a result, the care recipient 24 can sit in the bathtub 12 stably and is not easily drowned if he or she(注)grasps the handrail 22.
注)要介護者を2回目はhe or sheで置き換えています。
 
文例2

キーワード)
・腰を下ろす           sit, sit down 
・適度の                     suitable, appropriate, moderate
・浮力                      buoyancy 
・クッション              cushion(可算名詞)
・~として機能する   function as …, 
・足腰の筋肉      muscular power of the lower half
・弱っている              weak
・介護者                     caregiver (可算名詞)
・手を借りる              ask for help
・ゆっくりと              slowly
・着席する                  being seated, sit, sit down 

注)「腰掛ける」(文例1)、「腰を下ろす」と「着席する」の訳し分けをする必要があるでしょうか? 原語が異なる場合は、同じ訳語を当てることができないのが原則です。
 「座る」ことをsit downということは知られていますが、sitだけでもその意味があります。”sit”は自動詞と他動詞であり、「座る、~を座らせる」という意味があります。
 自動詞の“sit”と“sit down”はほぼ同じ意味ですが、命令形で使うときは、”Please sit”よりも”Please sit down”の方が適切です。“Please sit down”,”Please be seated”は「座りなさい!」という強制の意味が出るため、顧客などには”Please have a seated”が適切です。   
 ”sit in”, “sit on”のように前置詞を付して「~に座る」と表現することができます。ソファのようにふかふかとしたものに座るときはinを使い、ベンチのように硬いものに座るときはonを使うという区別がされています。ここでは「浴槽内で腰掛ける」という動作であるため、文例1では”sit in the bathtub”と訳しました。浴槽内に包み込まれるように座るということです。
“sit down on”
“sit down in”
を使うこともできます。いろいろと述べてきましたが、ここでは「腰掛ける」、「腰を下ろす」、「着席する」の訳し分けはしないこととします。すべてを同じ意味とニュアンスで使っているからです。”sit down”を使うこととします。


Additionally, when the care recipient 24 sits down, the moderate buoyancy of the seating member 20 functions as a cushion, and even a person with weak muscular power of the lower half can be seated slowly without asking a caregiver for help.

  では、以下の文章を次回までの宿題とします。キーワードを与えておきますので、これを使って訳してください。


注)「立ち上がる」「腰を浮かす」「起立する」の主語は書かれていませんが、文例1から要介護者24であることがわかります。he, sheで置き換えたいところですが、文例1とは離れているため、これらの代名詞が何を指すか不明確です。そこで、ここではthe care recipient 24を再度記載することとします。
 その際、「立ち上がる際には」の主語もthe care recipient 24ですが、when standing upと表現し、主語を記載する必要はありません。その後にthe care recipient 24 only lifts his/her waist…と続くからです。これは分詞構文であり、主節に同じ主語がある場合には、分詞構文(ここではwhen the recipient stands up)の動詞をing形にして、主語を省略することができます。

キーワード)
・さらに         In addition, Additionally, Further, Furthermore
・立ち上がる  stand up
・ちょっと        a little, just, somewhat
・~だけ           only
・腰を浮かす    lift a waste, float a waist
・効く               take effect, activate, work
・臀部               buttock(可算名詞)
・押し上げる    raise
・自力で           by oneself
・起立する       stand up



【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載

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