第18回 すんなり入れる特許翻訳 ― 日用品「書籍の栞」の特許訳
2020/08/07
特許翻訳入門
第18回 日用品「書籍の栞」の特許訳
第18回 日用品「書籍の栞」の特許訳

今回から「書籍の栞」の特許を通して日用品の特許訳を学んでいきます。
日用品は親しみやすい技術分野です。たとえば以下に挙げる「書籍とマスコット化アイテム」の発明は技術的に難しいということは全くありません。
(1) 書籍のマスコット化アイテムと、マスコット化アイテムを備えた書籍
(特開2002-264563号)
いきなり読んでも理解できます。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 書籍の頁と頁の間に挿入可能な本体部と、該本体部を書籍の頁と頁の間に挿入した場合に、書籍の外形から突出する凸部とを備えた栞より成る書籍のマスコット化アイテムであって、上記凸部は、人物や動物等の任意の物の一部又は全部の形状と成されていることを特徴とする書籍のマスコット化アイテム。

【請求項2】 請求項1に記載のマスコット化アイテムを備えた書籍であって、該書籍は、表紙、裏表紙等の外表面の適宜箇所に、上記マスコット化アイテムの凸部と一体となって所定の物の形状を表現するデザインが表示されていることを特徴とするマスコット化アイテムを備えた書籍。
この2つの請求項を読んだだけでも内容が理解できます。
書籍の栞となるマスコットのアイテム(請求項1)
このアイテムを備えた書籍(請求項2)
①発明の単一性
栞となるマスコットとこれを備えた書籍は別発明ですが、同一の技術的特徴を有するため、発明の単一性の要件を充たしており1つの出願に含めることができます。
*技術的特徴とは、先行技術に対する貢献です。先行技術の問題点を解決するのが本発明であり、マスコットアイテム(請求項1)と、このアイテムを備えた書籍(請求項2)は先行技術に対して同一の貢献をしています。
ではこの発明の解決しようとする課題は何でしょうか。
活字離れ → 書籍を読ませたい → 書籍を人目を引くようにしたい → しかし表紙やブックカバーにデザインを施しても、直方体という書籍の画一的形状は変えられず(無味乾燥性は拭えず)

☝ つまり
本発明の課題は、書籍の画一的な外観に変化を与えることです。これを達成できるのはマスコット、そしてマスコットを備えた書籍であり、両者は同一の技術的特徴を有しています。
(2)請求項1の英訳



キーワード)
・本体部 body, main body (可算名詞)
・挿入可能な~ that (which) can be inserted, that (which) is insertable
注)insertable という形容詞を用いることにより、”can be inserted”を1ワードでまとめることができます。あるいはinsertableを名詞の前に置くことにより、さらにワード数を削減できます。
例 挿入可能な栞 “a bookmark that can be inserted” ☛ “an insertable bookmark”
では、「頁の間に挿入可能な栞」を英訳は、
“an insertable bookmark between pages”
“a bookmark that is insertable between pages”
はどちらがより適切な英訳でしょうか。
前者は「頁の間にある挿入可能な栞」、後者は「頁の間に挿入可能な栞」のニュアンスがあるため、後者の方がワード数は多くても原文に忠実な英訳といえるため、こちらを採用します。
なお、”can be insertable”と訳してしまうと「可能」のことばが重なってしまうため、”is insertable”と訳すように気を付けましょう。
・外形 appearance (不可算), external shape(可算)
・突出する protrude, project
・凸部 protruding part(可算), convex part(可算)
・マスコット化アイテム
マスコットに形成されているアイテムであり、このアイテムはほとんどの部分は栞であることが文脈からわかります。
厳密に訳すと、“an item formed into a mascot”となりますが、「マスコットのようなアイテム」としてa mascot-like itemと訳しても良いです。
・任意 optional, arbitrary, any
注) “any” には「いずれかの」という意味があり、任意の訳語として使うことができます。
一般には“optional”と訳しますが、特に特許翻訳ではanyを使うことが多いです。
・物 object, thing
注)ここでの「物」は物体という意味で使われてます。栞となるような何らかの「有形の物体」の訳語としては、object, thingが適切です。
・一部又は全部の part or whole of
・物の形状と成されている 「物の形状を構成している」という意味なので、
form (constitute, configure) the shape of an object
注)「成されている」のように受け身で記載されていても、「形状を成している」と能動態で言い換えることができます。「凸部が物の形状と成されている」と記載したのは、日本語では無生物(凸部)が自ら形状を構成するという表現を避け、「形状に組み込まれている」という消極的な記載をすることがあるからです。英語では無生物は自ら動作を行う主体として積極的に使われています。
注)「構成する」「成す」の訳語としては、form, configure, constituteを使うことができます。これは他の箇所でも頻繁に使うので頻出単語として覚えておきましょう。
では以下の請求項を英訳します。
請求項を英訳するには、以下のステップを踏みます。
①請求項のエッセンスを抜き出し
書籍のマスコット化アイテムであって、
本体部と
凸部を備える栞により構成され、
前記凸部は、人物や動物などの物の一部又は全部の形状を構成している。
A mascot-like item of a book comprising:
a main body; and
a bookmark having a protruding part, wherein
the protruding part forms part or whole of an object such as a person or an animal.
マスコット化アイテムという発明を、本体(main body)と栞(bookmark)という2つの構成要件をcomprising(移行句)でつなぎ、構成要件に記載された凸部(protruding part)の特徴をwherein以下で述べています。
② クレームタイプの決定
「~において(であって)、~を特徴とする装置」という形式のクレームであり、これはジェプソンタイプのクレームといわれます。
i) ジェプソンタイプ・クレームとは
「~において(であって)」の部分(前提部分, preamble)と、
「~を特徴とする」という部分(特徴部分,characterizing part)から構成されます。
前提部分は先行技術を記載するので新規性が基本的な形で
“comprising”の代わりに、”which comprise”と訳すこともできます。この場合はwhichの先行詞はitemであることがわかりますが、前提部分がもっと長い場合、先行詞を見分けにくいことがあり、明確性を重んじる請求項ではなるべく関係代名詞を使わないことをお勧めします。
”wherein”以前の記載は先行技術と認めたことになるので、この請求項では、the protruding … animal"の部分のみが新規性を有することになってしまいます。したがってwhereinを使用することを避ける場合があります。
ii) whereinを使わない訳
whereinを使わない場合は、どのように訳したらよいでしょうか。
A mascot-like item of a book comprising:
a main body; and
a bookmark having a protruding part, wherein
said protruding part forming part or whole of an object such as a person or an animal.
【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載
日用品は親しみやすい技術分野です。たとえば以下に挙げる「書籍とマスコット化アイテム」の発明は技術的に難しいということは全くありません。
(1) 書籍のマスコット化アイテムと、マスコット化アイテムを備えた書籍
(特開2002-264563号)
いきなり読んでも理解できます。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 書籍の頁と頁の間に挿入可能な本体部と、該本体部を書籍の頁と頁の間に挿入した場合に、書籍の外形から突出する凸部とを備えた栞より成る書籍のマスコット化アイテムであって、上記凸部は、人物や動物等の任意の物の一部又は全部の形状と成されていることを特徴とする書籍のマスコット化アイテム。

【請求項2】 請求項1に記載のマスコット化アイテムを備えた書籍であって、該書籍は、表紙、裏表紙等の外表面の適宜箇所に、上記マスコット化アイテムの凸部と一体となって所定の物の形状を表現するデザインが表示されていることを特徴とするマスコット化アイテムを備えた書籍。
この2つの請求項を読んだだけでも内容が理解できます。
書籍の栞となるマスコットのアイテム(請求項1)
このアイテムを備えた書籍(請求項2)
①発明の単一性
栞となるマスコットとこれを備えた書籍は別発明ですが、同一の技術的特徴を有するため、発明の単一性の要件を充たしており1つの出願に含めることができます。
*技術的特徴とは、先行技術に対する貢献です。先行技術の問題点を解決するのが本発明であり、マスコットアイテム(請求項1)と、このアイテムを備えた書籍(請求項2)は先行技術に対して同一の貢献をしています。
ではこの発明の解決しようとする課題は何でしょうか。
活字離れ → 書籍を読ませたい → 書籍を人目を引くようにしたい → しかし表紙やブックカバーにデザインを施しても、直方体という書籍の画一的形状は変えられず(無味乾燥性は拭えず)

☝ つまり
本発明の課題は、書籍の画一的な外観に変化を与えることです。これを達成できるのはマスコット、そしてマスコットを備えた書籍であり、両者は同一の技術的特徴を有しています。
(2)請求項1の英訳

・本体部 body, main body (可算名詞)
・挿入可能な~ that (which) can be inserted, that (which) is insertable
注)insertable という形容詞を用いることにより、”can be inserted”を1ワードでまとめることができます。あるいはinsertableを名詞の前に置くことにより、さらにワード数を削減できます。
例 挿入可能な栞 “a bookmark that can be inserted” ☛ “an insertable bookmark”
では、「頁の間に挿入可能な栞」を英訳は、
“an insertable bookmark between pages”
“a bookmark that is insertable between pages”
はどちらがより適切な英訳でしょうか。
前者は「頁の間にある挿入可能な栞」、後者は「頁の間に挿入可能な栞」のニュアンスがあるため、後者の方がワード数は多くても原文に忠実な英訳といえるため、こちらを採用します。
なお、”can be insertable”と訳してしまうと「可能」のことばが重なってしまうため、”is insertable”と訳すように気を付けましょう。
・外形 appearance (不可算), external shape(可算)
・突出する protrude, project
・凸部 protruding part(可算), convex part(可算)
・マスコット化アイテム
マスコットに形成されているアイテムであり、このアイテムはほとんどの部分は栞であることが文脈からわかります。
厳密に訳すと、“an item formed into a mascot”となりますが、「マスコットのようなアイテム」としてa mascot-like itemと訳しても良いです。
・任意 optional, arbitrary, any
注) “any” には「いずれかの」という意味があり、任意の訳語として使うことができます。
一般には“optional”と訳しますが、特に特許翻訳ではanyを使うことが多いです。
・物 object, thing
注)ここでの「物」は物体という意味で使われてます。栞となるような何らかの「有形の物体」の訳語としては、object, thingが適切です。
・一部又は全部の part or whole of
・物の形状と成されている 「物の形状を構成している」という意味なので、
form (constitute, configure) the shape of an object
注)「成されている」のように受け身で記載されていても、「形状を成している」と能動態で言い換えることができます。「凸部が物の形状と成されている」と記載したのは、日本語では無生物(凸部)が自ら形状を構成するという表現を避け、「形状に組み込まれている」という消極的な記載をすることがあるからです。英語では無生物は自ら動作を行う主体として積極的に使われています。
注)「構成する」「成す」の訳語としては、form, configure, constituteを使うことができます。これは他の箇所でも頻繁に使うので頻出単語として覚えておきましょう。
では以下の請求項を英訳します。

請求項を英訳するには、以下のステップを踏みます。
①請求項のエッセンスを抜き出し
書籍のマスコット化アイテムであって、
本体部と
凸部を備える栞により構成され、
前記凸部は、人物や動物などの物の一部又は全部の形状を構成している。
A mascot-like item of a book comprising:
a main body; and
a bookmark having a protruding part, wherein
the protruding part forms part or whole of an object such as a person or an animal.
マスコット化アイテムという発明を、本体(main body)と栞(bookmark)という2つの構成要件をcomprising(移行句)でつなぎ、構成要件に記載された凸部(protruding part)の特徴をwherein以下で述べています。
② クレームタイプの決定
「~において(であって)、~を特徴とする装置」という形式のクレームであり、これはジェプソンタイプのクレームといわれます。
i) ジェプソンタイプ・クレームとは
「~において(であって)」の部分(前提部分, preamble)と、
「~を特徴とする」という部分(特徴部分,characterizing part)から構成されます。
前提部分は先行技術を記載するので新規性が基本的な形で

“comprising”の代わりに、”which comprise”と訳すこともできます。この場合はwhichの先行詞はitemであることがわかりますが、前提部分がもっと長い場合、先行詞を見分けにくいことがあり、明確性を重んじる請求項ではなるべく関係代名詞を使わないことをお勧めします。
”wherein”以前の記載は先行技術と認めたことになるので、この請求項では、the protruding … animal"の部分のみが新規性を有することになってしまいます。したがってwhereinを使用することを避ける場合があります。
ii) whereinを使わない訳
whereinを使わない場合は、どのように訳したらよいでしょうか。
A mascot-like item of a book comprising:
a main body; and
a bookmark having a protruding part, wherein
said protruding part forming part or whole of an object such as a person or an animal.
【プロフィール】
奥田百子(おくだももこ)
・外資系銀行を経て特許事務所にて勤務
・現在、奥田国際特許事務所にて、翻訳者、執筆者、弁理士として活躍し、バベル翻訳専門職大学院(USA)では第3科目「特許・技術・医薬翻訳専攻」にて「特許翻訳レベルⅠ(英日)」をプロフェッサーとして担当
・「現代日本執筆者大辞典・第5期」(日アソシエイツ)に掲載されている
・元 弁理士試験委員
<著書>
「ゼロからできるアメリカ特許取得の実務と英語」(秀和システム)
「国際特許出願マニュアル2版」(中央経済社)
「特許翻訳テクニック2版」(中央経済社)
「もう知らないではすまされない著作権」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解著作権法のしくみ(2版)」(中央経済社)
「なるほど図解商標法のしくみ(3版)」(中央経済社)
「米国特許法改正のポイント」(中央経済社)
「ネイティブに笑われない英文ビジネスメール」(中央経済社)
「こんなにおもしろい弁理士の仕事(3版)」(中央経済社)
「誰でも弁理士になれる本(4版)」(中央経済社)
「なるほど図解特許法のしくみ第3版」(中央経済社)
「自宅でできる翻訳の仕事」(ペーパーバック+電子書籍、インプレスR&D)
「知的財産関係条約基本解説」(法学書院、2017年1月)
「現代日本執筆者大事典・第5期」(日外アソシエーツ)所載
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